電撃文庫と堕落生活*でんだら*

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ライトノベルについて少し考えてみた

そるさんがやってたから自分もやる。
別にいいさ餓鬼っぽくても。思ってることを俺は言うだけだ。
逐一そるさんを引き合いに出してしまうが、非難しているわけではもちろん無く、反対意見を述べようと思っているわけでもない。ただ、参考として使わせていただく。失礼します。



さて。
ライトノベルを何に分類するかという議題がある。その媒体が文章であり、テキストであるならば、それは文学であろう。文学の定義はわからないが、ただ、文学はマンガとは一線を画しているということは大事な事象であると判断する。

その媒体を位置から作り、何も無い世界に何かを生み出すと言うことでは共通だが、そのイメージとしての固定度がまるで違う。

人間の周囲の判断能力の割合から考えたとき、視覚の占める割合は実に8割にも及ぶ。実際にその光景を見なくても、絵さえあればいくらでも補完できるし、それこそが、絵の利点である。

逆に小説は、あくまでその世界を作るのは自分である。
小説は読者が世界をつくり、マンガは作者が世界を作っている。




ここで問題としているのはラノベに対する、イラストの占める価値的割合ということだ。



別の言い方で言えば、イラストはラノベにとってどれだけの価値があり、どれだけの重要度を持っているかということだ。




俺は、以前言ったように1:1であると考える。

本来文学であった小説が絵つき小説になり、さらに時代を経て(かなりの短期間だが)ライトノベルとよばれるようになった。

絵つき小説というのはつまり、挿絵の付いている小説。つまりは本来ならばテキストが主体なのだから、実際2:1、3:1、でテキストを尊重すべきだがあえて1:1を主張する。

二つの理由からの結論だが、

一つは、前述の視覚からの影響力について。
当然、視覚から入った事象は最優先で脳内に取り込まれて、それを基盤に世界が作られていく。その過程を踏むのであれば、まず最初に必要なのは絵だ。
つまり、絵の価値はそれほど高いと言うことえあろう。



二つ目の理由として考えられるのは、やはり娯楽としての読書というところに終着する。



ここが根本的に俺とそるさんが違っている所であろう。



俺が本に求めるのは楽しさであり、面白さであり、気分の爽快さなどだ。
読書と言う行為を通して行っているのは、ストレス発散であり、それこそ娯楽の一つ、テレビを見る、マンガを読む、ラノベを読む。そういうことだ。


ここで、俺の悪い癖として、情景描写を軽々しく飛ばすというものがある。


何故か。

理由としては、テンポの遅延がある。
これはまあ作者によっては重大なことなのだが、変に設定を読み込んでいると、その時点に時間がかかってテンポが途切れるのだ。作者としては、その情景描写で全てを把握してほしいのだろうがそれは無理な話だ。
正直な話、俺としてはその場で重要なことさえわかればいい。
「天候」「季節」「場所の名前」
そのくらいか。あとはその場所は自分の知っている空間に置き換えて考えてみる。無理だったら知っている空間に手を掛けてその通りにしていく。
この瞬間で俺の脳内ではその情景が「創られて」いくのだ。だから、そこで、「絵」と言う媒体が存在するならばそれに依存し、その、作者にとって正解にちかい世界を享受する。

また似たようなので、意味不明に長い世界観の設定は飛ばす。(でもその場合後で困ること多々。ただ、情景は飛ばしても困らないことが多いので、世界観に比べたら軽く見ている。)

そして世界の様子は絵を見ればわかることなのだから。

ただ、最初に読んだのが青い鳥文庫、次がラノベとあって、その後も9割の読書がラノベである俺にとって、普通の小説では、想像力が足りないと言うことが多々あり、そのときにもこの手法をとってしまうのでかなり困ることがあるがそれはまた俺の話。


閑話休題

ここで、情景描写が絵に頼りきりになり、テキストでの表現がおざなりになってしまうということがおき、それによリ文章力が低下する・・・。たしかにその通りそるさんの言うとおりだ。


そこで、考える。

文章力の低下はしょうがないが、たとえば、絵と文章がある。

そのキャラのかわいさを全力で文章で訴えたのと、
七草さんに頼んで萌えキャラを描いてもらうったのと、

どちらのほうが説得力がある?(完全に俺主観です)
当然、絵のほうがわかる。説得力がある。つまりここで、

「特徴の描写を読み飛ばす」という働きが俺には起こる。


そうやってエンターテイメントの行き着く先として、共生としての絵と文章が出てくる。つまり互いに助け合わなければ販売できないという事態になってしまう。そのくらい現在のラノベはイラストに依存しているといっても過言ではない。


たとえば、バッカーノ!。
正直、絵が無かったらあの小説は俺には無理です。それぞれのイラストによって個性が確定され、それによって読者のイメージに加速がかかり、そしていちいち登場したシーンまで戻らなくても、口絵を見ればかなりわかる。

それこそが本当のラノベではないか?


いや違うな。ラノベとしての代表格と言うほうがいいか。



ラノベにおける絵の必然性を軽く説明したが、絵が必要だからといって文章力の低下が許されるわけではない。




ただ、この問題に関して、重要なことがあると思う。


最近、文章が絵に負けていると言う作品が多すぎる。
特に一般に言う萌え、というものを意識した作品でその傾向が顕著だ。つまりは、絵主体、1:2、1:3のライト「ノベル」が誕生している。

絵が勝っているのではない。文章が負けているのだ。


コレは本当に由々しき事態で、しかし、これが絵いりの小説の弊害か、と言われればそれはまた違うと思う。



問題は出版社、果ては読者に存在する。


現在、保守派のラノベはもう見捨てられる傾向にある。たとえば、今、スレイヤーズ級の作者が電撃大賞に応募しても、入賞すらしないかもしれない。

今出版社が求めているのは、確実性のある順当なベテラン作家ではなく、常に新しいものを生み出そうとしている心を持った向上心のある若者なのだから。

まず選考基準として、一定以上の文章力が求められる。
ただ、この「一定以上」はそこまで高くない。なにせ新人なのだ。これからの成長の可能性を潰してしまうのは防ぐだろう。

また求めているのは新しい発想。既存のラノベの概念から外れたような、今回の電撃大賞で言えば「狼と香辛料」のようなものである。


ここで読者が登場する。
何故、そのような状況に陥ってしまったかと言えば、当然、もう古いネタは売れなくなってしまったからだろう。使い古された昔々のSFなどは、それこそ偉大な先輩たちが描いたものばかりだったりする。

つ ま り だ 。

新人程度の腕じゃそのレベルには勝てない。
同じネタじゃ勝てない売れない。
ということは新しいことをするしかない。

そうして今の市場は出来上がる。



困ったことに、そのようにして発行された本は毎月、大手の数レーベルだけでも50はいく。つまりそれだけ乱雑に発行された本は、それだけたくさんの人にわたる。それだけたくさんのニーズにこたえられる。

ニーズにこたえるという需要と供給のバランス。
そこにも大量発行の意味が隠されているように思う。




結論がまとまらない・・・。
まあいいか。


だらだらいくよ。


問題ごとにまとめないで話を進めた結果、脱線しまくってますが戻します。


ラノベとは何か。

イラストとは何か。

人がモノを書く時、そこに心がある。その心のベクトルについて考えた。
何か主題を考えてエンターテイメントを作る人と、
笑いを考え、楽しませることを考え、読者を喜ばせることを考えながらエンターテイメントを作る人では、心の動きか方が違う。

自分中心か他人中心か。

自分中心というのは自己中心的性格のことを言っているのではなくて、自分の中の書きたいものを描くということを生業としている人のことだ。
つまり、「コレをかきてぇ! よし書くぞ!!」と思って書く。
後者のほうが最初に考えることは、「どういう展開にすればこの本は売れるか、人気が出るか」である。


売れないのも当然だろう。

そういうことで、俺の望む娯楽としてのラノベが生まれると、そういうわけではない。そういう人が安易に萌えに走り、安易に戦闘に走り、主題に重きを置かず、セリフを多用することでキャラを強調し、その上外観はイラストレーターに任せるので描写は未熟、そんなことになる。


で、その薄っぺらい小説は、これまた薄っぺらいラノベ読者(読書暦の浅く、アニメやマンガから入ったラノベ読者)が好んで読み、「萌える」などを連呼しつつ、売れていくため、俺たちにはまったくいらない小説が後を絶たないで生まれ続けているのであろう。


メディアミックスは正直うれしくない。
布教活動がスムーズに進むのはうれしいが、それより、自分たちの手から離れて行って、なにか変な読者層をを巻き込んで、全く違うものになって戻ってくるそのクオリティの変化の大きさに驚くばかり。


本当にここ1年。ここ1年で一気にラノベ読者は増えた。
深夜帯のラノベのアニメ化に伴って、そこからの新参参入が多すぎた。
おまえらいいから、さっさとラノベの世界に浸りきるか、アニメに戻るかしてくれ。これ以上駄作を増やす要因を増やさないでくれ。



他力本願でシメて、おやすみなさい。

テーマ:ライトノベル - ジャンル:小説・文学

  1. 2006/03/25(土) 01:30:50|
  2. 日記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1
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コメント

どうも、お久しぶりです。
奇跡的に第一志望合格して、どうにか死を免れた流々です。

今回も、ライトノベルについてすごい長さで語ってますね、
僕のブログでは、容量制限でこの文章の3分の1くらいしか書けません。
もうそろそろFC2に移転しようかなとか思ったり思わなかったり……。

まぁ、新しいブログ作り次第連絡するので、
よろしくおねがいします。

PS 最近テラモエス祭してないような希ガス
  1. 2006/03/26(日) 10:05:29 |
  2. URL |
  3. 流々 #.usTzc9U
  4. [ 編集]

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