電撃文庫と堕落生活*でんだら*

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【くるこい】第14話 結末

  第14章

 目が覚めた。
 正面は、真っ白い天井だった。
「起きたか少年」
 横を向くと、りんごを向いている綾香先輩がいた。
「ここは、……どこですか?」
「病院だ」
 そりゃあ、見ればわかる。
「逢坂と……春名は……」
「引っ越した」
「え?」
 意外な言葉に、耳を疑う。
「二人揃って北海道と沖縄に引っ越した。逢坂は北。春名は南だ。連絡先を聞いてないから、多分もう会うことは無いだろう」
「タチの悪い冗談ですか? それ」
「ああ、本当に……タチの悪い冗談だ……。お前も、忘れたわけじゃないだろうに」
 先輩の言葉に、覚醒した頭を回転させる。
 最初に思い出すのは、遊園地。そうだ。遊園地にいったんだ。
 先輩がついてきて、途中で会華と会って、ベンチで居眠りして、春名と逢坂どっちをおぶるかで先輩と張り合って、
「次の日から春名がおかしくなって……」
「私の裸を見て、逢坂とキスをしていたな」
「そうでした。ああ、会華がいなくなって……それから」
 次の日は、春名と会って、普通に過ごして、校舎裏に呼び出されて……。
「…………………………」
 そして全てを思い出した。
「……タチの悪い冗談ですね」
「学校では、そういうことになっている」
「本当ですか?」
「ああ、本当だ」
 苦々しい顔をしながら、先輩は答えた。
「つっッ」
 どうしたのかと首を向ければ、親指を舐めていた。
「慣れないことはするもんじゃないな」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫か、じゃないだろ。お前はもっと心配すべきことがあるだろうに」
「はぁ」
 それだけ言って、絆創膏を親指に巻いて、りんごの皮むきを続ける先輩。
 話しかけてくる雰囲気を消してくれたので、思考に没頭する。
 あの時……。
 俺は何も出来なかった。
 二人を止めることも、やめろと声をかけることも、だんだんと顔が険しくなっていく逢坂を守ることも、本当に嫌そうに泣きながら包丁を振るう春名を止めることも……。
 体中の力が抜けて、喉も動かせず、眼球を動かして全てを見ることしか俺には出来なかった。
 だからこそなのかもしれない。
 全部。全てを鮮明に覚えていた。
 春名の泣き叫ぶ声。痛みに耐える逢坂のうめき声。包丁が肉と触れ合う音。苦しそうに眉をゆがめる逢坂の顔。そして、胸を刺された痛み。目を刺された痛み。喉が潰れるほどの叫び声。
 思い出すだけで、吐き気がし、そして同時に痛みを覚え、その辛さに悲しみを思い起こす。
 それを見ているだけしか出来なかった自分がとても情けなく、みじめに思えた。全てを回想し終え、最後に思ったことは、逢坂と春名にもう一度会いたいということだけだった。
「先輩」
「なんだ?」
「逢坂と春名の葬儀は、あったんですか?」
 引っ越したことになってる人間の葬儀をする必要なんて無い。そう思ったが、残された一縷の望みに縋ってでも、出来なかった別れは済ませたかった。
「無いよ。そんなもの。遺体なら私が保管しているが」
「そうですか……。…………今なんて言いました?」
 何か重要なことを聞いた気がした。
「遺体なら私が保管していると言ったんだ。私の家系は無駄に金持ちでね。こういうときにしか役に立たないから、役に立ってもらったんだ」
 先輩の言葉の節々には、自分の家を嫌っているニュアンスが漂っていた。
 だから、そのことには触れず、ただ結果だけを聞く。
「どこにあるんですか?」
 主語は言いたくなかった。遺体と言ったら、認めてしまう。まだ、まだ認めたくなかった。せめて確認してからにしたかった。
 自分の中では、ついさっきまで一緒にいた人間が、死んでしまったなんて……。
「私の家だ。すぐ……は無理だな。君の容態もあまり芳しくない。もう少しで失血死するところだった」
「先輩が……助けてくれたんですか?」
「たまたま通りかかってな。――というのは嘘だ。叫び声がしたから行って見たら、あの二人が斬り合っていた。止めようと思った瞬間にはもう決着がついていてね。私専属の医者を呼んで、全員助けようと思ったが、あの二人はもう無理だった」
 一息で言って、ふぅ、とため息をつく綾香先輩。
「正直君もぎりぎりだったよ。意識は既に無くて、かなりの量を出血してたからね。君のお父さんの献血が無ければアウトだった」
「父さんが?」
「今は病室の外で寝ている。丸三日ずっと君の事を呼んでいた。少し休ませてあげなさい」
「そう……ですか」
 静かな時間が過ぎる。りんごをむく音だけが響く。
 包丁を見て、少し心がざわついた。
 当分は肉料理作れないな、と緊張感の抜けた脳が考える。
 ぼーっと天井を見ていた。春名のこと、逢坂のことを考えながら。
 先輩が口を開いた。
「現場の血痕、その他の細かな厄介ごとは私がなんとかした。幸いだったのは、その時教師、警備員含めて、学校関係者は全員その時間のことを覚えていなかったことぐらいだ」
「なんですか? そのホラーは」
「ホラーでもなんでもない。ただの睡眠薬と、催眠術だ。証拠すら残らないから、犯人がわかっててもどうしようもない」
「犯人?」
「知らなかったのか。全ての元凶だよ。春名を壊し、逢坂をけしかけ、お前を殺そうとした」
 一呼吸置いて、先輩はさっきの自分の家を見下したときの数倍の嫌悪をこめてその名を呼んだ。
「来栖美樹。まさかとは思ったが、ウチの傘下にいる来栖グループの一人娘だ」
「委員長が? そんなまさか」
「春名が変わった前日に一緒にいたのは誰だ?」
「でも電話があったって言ってたのは…………」
「それも来栖が言い出したんだろうな。春名としては従わざるを得なかった」
 そして、そこから語られる先輩の言葉は、にわかには信じがたいことばかりだった。
 春名の両親は、自宅で死体で発見された。父の手首から先は途切れ、母の腹部には大きく切り開いた後があった。部屋中が血で染まっていて、二人の死亡推定時刻はちょうど遊園地から帰ったその日の夜だった。
「私も見てきた」
 先輩が言う。
「あれは、人間を人間として見ていない。最低の行為だ」
 嫌悪を隠そうともしない。
「だが、やつを殺そうにも、後ろが大きすぎる。クソっ、なんて無様なんだ私は! 親友の仇ひとつとれないというのかッ!!」
 取り乱している先輩を初めて見た。激情に駆られたその目は何を見ているだろうか。
 そして激怒する先輩の言葉は、俺に突き刺さる。
 ――なんて無様なんだ。誰一人として助けることも出来ない。
 そして再びの沈黙。
 痛いぐらいの沈黙が続く。
 思考は一時的にボイコットしたらしい。何も考えられない。
 言葉も無く。音も無く。
 しばらくして、先輩がぽつりとこぼした。
「……りんごでも、食べるか」
 今まで向いた分のりんごを皿に載せて渡してくれた。
「ありがとうございます」
 ひとつ食べる。かじり、噛み砕き、汁を飲む。
 三口目で、ひとつ分を全て口に入れ、噛み砕いていると、先輩が言った。
「あの子たちを裏切ることになってしまうな」
「?」
 口を開けないので首を傾げると、ベッドに飛び乗った先輩に唇を奪われた。
「!?」
 そのまま、舌で口腔を犯される。逃げられないように抱きつかれて、口の中で舌を蠢かされる。逢坂のような、熱烈な感じではなく、ねっとりと、まとわりつくように口を吸われる。歯茎の隅々まで舌を伸ばされ、唾液が流し込まれた。
 りんごの果汁と、まだ噛み切れていない破片を先輩は吸い出すように持って行き、代わりに自分の口から湧き出る唾液を渡してくる。
 ――心の中の、何かが壊れた気がした。
 自由になっている両手を、先輩の背中に回し抱き寄せ、自分から先輩の口の味をむさぼる。舌を絡ませ、喉の奥まで伸ばし、歯がぶつかり合っても関係なく、そのまま唇も舐めまわす。頭がおかしくなってくる。息が続かない。酸欠の頭で、逢坂のキスを思い出し、逢坂を思い出し、逢坂の死に顔を思い出し、先輩を突き飛ばした。
 ベッドから転がり落ちる先輩。
「くっ」
 脇腹に鈍い痛み。当然のことながらまだ完治はしてないらしい。
「すみませんっせんぱ――」
「いい」
 断言口調で、手のひらを見せ、俺の言葉を止めた。
「君が罪に感じることなど、君は何一つしていない。全ては私の身勝手だ」
「先輩……」
 床に座ったまま、両手を見て先輩は言う。
「たまに自分が嫌になる。逢坂君と春名君の死体を見ておきながら、言葉で二人は死んだ……と考えたとき、私の心には確かな喜びがあった。『やった、これで邪魔者はいなくなったぞ』ってね」
 俺は何も言えない。先輩の独白に入り込む権利も無い。
「無様だろ? 自分の力で勝ち取れないものなら、おこぼれでもかまわないと言う、この醜い根性は。まったく、自分で言ってて嫌になる」
 そこまで言って俺のほうを向く。
「鉱。卑怯な自分を見せて、さらに気を惹こうとしている私の心を知った上で聞いて欲しい」
 最後の恥を、一番見せたくなかった恥部を見せるように、先輩は言った。
「私は君のことが好きだ。卑怯な私でもかまわないと言うなら、恋人になって欲しい」
 言い切って、目を伏せてしまった。
 俺の返事は、どうなんだろうか。
 春名が消え、逢坂が消え、残された先輩が、俺を見てくれる。
「……………………考えておきます」
 先輩は、あきれるような顔をして、笑った。
「ははは、確かに。それが鉱らしいな」
 と、
 ドアのほうから声が聞こえてきた、ドアをぶち破るかのように開け、入ってきたのは父さんだった。
 泣きながら、俺に抱きついてきた。
「よかった。よかった。本当に……よかった、よかった……」
 綾香先輩と目を合わせ、二人して微笑んだあと、俺は泣いた。

   ■

 しばらく入院して、次の次の週。
 遊園地に行った日曜日から、3週間が経過した。
 季節は既に秋を完全に呼び込み、うっすらと黄色く染まっていただけのイチョウは、退院する頃にはすべて散っていた。
 退院してまずしたことといえば、墓を作った。
 逢坂と春名は、西園家で、先輩に頼んで火葬にしてもらった。
 最後、棺の中の二人は何事も無かったかのように笑っていた。
 涙を我慢していたら、先輩に抱きしめられた。赤子のように泣き叫んだ。
 葬儀は簡単に済まされ、墓は西園家の私有地に作られた。
「私が、彼女達を忘れるわけにはいかないからな」
 それが綾香先輩なりの決意だったのだろう。
 俺に必要な決意はなんなのだろうか。未だに決めかねていた。

 もう1週間だけ休んで、学校に行くことにした。

   ■

 逢坂の机は、既に無かった。
 春名の教室に行ったが、春名の席も既に無かった。
 クラスメイトは、久しぶりの来訪者を質問攻めにした。俺は、階段から落ちた拍子に、階下の金属板に腹を突き刺したことになっていた。
 逢坂はもちろん転校したことになっていた。
 自分がいるのかいないのか。わからなくなってきて、目の前を見たら元気そうな会華がいた。
 例の月曜日から二日間ほど記憶が無いらしい。水曜日まで寝てたというのが会華の結論らしい。なんにせよ、死んでなくてよかった……。
 初日だけは、先輩との部活を休み、先に帰ることにした。
 下駄箱に、便箋のみが入っていて、
『校舎裏で』
 と書いてあった。
 予感を感じつつ、校舎裏に向かった。

   ■

「やっぱりお前か」
「高坂元気だねー。入院してる間にずいぶん痩せたんじゃない?」
「委員長こそ元気そうでなによりだ」
「にゃはは、お褒めに預かり光栄です隊長」
「会華は?」
「会華ちゃん、あれだけ可愛いんだから女の子だったらよかったのにねー。輪姦学校でトラウマ植えつけてあげようかと思ったのに、立派に男の子なんだもん。三日間寝てたから元気になったんじゃない?」
「そうか、それはよかった」
「あれ? いろいろ聞きたいんじゃないの?」
「とりあえず会華には何もしてないことがわかって安心しただけだ」
「だっていっぺんに死んじゃったら、つまんないじゃない?」
「……そうだな」
「だからさー。ゆっくりゆっくり殺してあげるの。心から。周りの人から。あーでも、おかーさん死ぬの早かったよねー」
「おかーさ……ん?」
「そ、君のおかーさん。ちょっといじめたら、ころっと死んじゃったんだもん。あれは焦った焦った」
「母さんも……お前のせいで死んだのか」
「ほらそんなに怒らない怒らない。らりーっくす。でもでもあたしは殺してないよ? 自殺だからね」
「……父さんが仕事やめたのは関係あるのか?」
「半分ねー。ちょっと上司にお金上げただけだけど。あの頃はどうやっていじめようか悩んでたから加減がわからなくて……」
「そういえば、まだ聞いてなかったけど、何で俺を狙うんだ?」
「ちょっと違うかなー、60点。こーさかにしてはもうちょっとだったね」
「じゃあ……」
「残ってるのは一人なので残念不正解ー。君のお父さんが憎くて憎くてしょうがないわけですよはい」
「理由は?」
「ママを殺したから。ママは歩道橋から飛び降り自殺した。そのママを跳ねたのがあの男。それだけ」
「委員長もそろそろ死ねるぐらい恨み持ってるんじゃないか?」
「だいじょーぶだいじょーぶ、そしたらその人の家族を脅しに使うだけだから」
「腐ってるな」
「納豆だからね。ねばねばー」
「もう話は終わりでいいか?」
「もういいの?」
「お前がどうしようもないクソ野郎だってことがわかっただけでいいよ。殺してやりたいけど、どうせそしたら俺の親父が死ぬんだろ?」
「よくわかったね。満点満点」
「もう一生話しかけるなよ。じゃあな」
「あーっ待って待って、それじゃだめだなぁ。挨拶はそんな態度じゃだめなんだよ?」
「あ?」
「ほら手出して、はい握手握手。これからもずーっと仲良くしましょうね?」
「死んでしまえ」
「お父さんが? それとも綾香先輩が?」
「――――ッ!!」
「そ、ゆ、こ、と。では改めて、これからも日常ごっこ、よろしくね」
「…………ああ、『また明日』な」
「じゃーねー」

   ■

 一番辛いのは生きていくことだと言ったのは誰だろうか。
 そいつに、最高の賛辞を送りたい。

 ああ、
 まったくその通りだ。
  1. 1990/01/04(木) 02:14:00|
  2. 創作小説
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  4. | コメント:0
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