電撃文庫と堕落生活*でんだら*

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【くるこい】第13話 終末

  第13章

 風が吹いている。
 残暑が残っているとはいえ、季節はだんだん秋に近づいてきていて、風の肌寒さもそれを象徴しているようだ。
 そこに立っているのは逢坂と春名。
「どうしたの。アイ。こんなところに呼び出したりして」
 早く教室に戻りたい。そんな気持ちがひしひし伝わってくるような、どうでもいい口調。
 その態度が気に食わないらしく、逢坂は近くに落ちていたコンクリートの破片を蹴り飛ばした。
 時刻はちょうど昼休みが始まってから十分が経過した頃。時間はまだまだある。
「どうしたの?」
「どうしたの、って何が?」
「ッ――!!」
 知ってるのにわざと聞いてくる春名の態度に、逢坂は大声で怒鳴ろうとし、その感情を抑えて、しかし声に怒気をはらませて言う。
「……もうこーくんのことは諦めたんだ」
「諦めて……ないよ」
 風が吹く。
「じゃあ諦めて。今。ここで」
「なんでそんなことアイに命令されなきゃいけないの?」
 無視して逢坂は進める。
「別に春名がどうなっても私はどうでもいい」
「……」
「昨日から元気が無いらしいけど、私にとってはそれはうれしいことだから別にどうでもいい」
「……何が言いたいの?」
 無視。
「それでも許せないのは、春名がこーくんの心の一部にまだ残ってること」
「自分勝手」
 無視。
「そんな中途半端な気持ちで、こーくんの心を占有するのは許せない」
「……」
「あなたが決めない限り、私に出番は回ってこない。私がいくらがんばっても、庇護欲で人を引き止める人には勝てない。だってこーくんはやさしいから」
「……」
「私はそんな卑怯な真似は使わない。だからあなたがいなくなって」
「……」
「その態度が、わざとだとは思わないけど、だからこそ――」
「………………」
 最後の一言を言うために逢坂は息を吸い、
「ここから消えて」
 冷たく言い放った。
 直後、踵を返し、屋上を出る。
 バタン。扉が閉まる。
 一人残された春名。
 一人静かに考える。
 考える。考える。考える。
 動こうとせず、立ちすくんだまま、そのままの体勢で、昼休み終了のチャイムを聞いた。
 それでも、まだ。
 動かない。

   ■

 最初は冗談かと思った。
 ドッキリだと次に思い、悪い冗談だともう一度思った。
 ツンとした異臭が鼻をつく。
「お父……さん? お母さん?」
 赤い。
 真っ赤な水溜りに、ひとのかたちをしたおとうさんとおかあさんが落ちている。
 照明をつけていないのは何でだろう?
 ――それはお父さんとお母さんが光を必要としていないから。
 夢。夢想。幻。幻覚。幻想。
 仮定を並べては見たものの、それは単なる祈りに過ぎなかった。
 叫び声はまだあげていなかった。
 だって、叫んで、そして誰かがきたら、これは幻じゃないと決めてしまうから。
 喉が枯れる。
 玄関を開け、廊下を渡り、リビングに入ろうとドアを開けた状態のまま、固まって動けない。
 何を見ているんだろう私は。
 何度も思考の渦に飲み込まれようとしたが、それすらも叶わない。自分と、自分の目に入る世界が全てだと、そう思い込みたかった。
 このままドアを閉めて、一回外に出れば全ては終わっている。
 そうだ。
 とにかくここから離れれば――
 『パチッ』
 唐突に、電気がついた。
 そしてそれを直視した。

   ■

 昼休み、逢坂が居ない。
 それ自体は珍しいことではない。昼休みに教室に逢坂が居ないことなどこの一週間のなかでは日常茶飯事だからだ。だが、教室にも居ず、俺の隣にも居ないとなると、どこに言ってるのか皆目見当もつかない。
 まぁ逢坂にも彼女なりの友好関係があるのかもしれない。俺が見てる中にはそんな友好関係を結べてる奴は来栖ぐらいしか見当たらなかったが。
「なーに考えコンデンサー?」
「委員長。思いつきで会話するのやめろよ」
 うわさをすればなんとやら。
「むっ、人間の80%は思いつきで出来ているってしらないのかい?」
「新学説だな。学会に提唱すればノーベル平和賞が取れるぞ」
「お、マジっすか。じゃああたしが理論の構築するから、論文は任せたっ! 賞金はあたしが8割でこーさかが1%ね」
「残りの19%は俺の親に寄贈しといてくれ」
「残念無念! ユニセフに募金することになりました」
「平和に貢献してるのはそこだけだな」
 まったく。本当にどうでもいい会話だ。
「そういえば、委員長が委員長らしい仕事をしているのを見たことが無いんだが、普段何してるんだよ」
「もちろん、生徒の絆を深めるという崇高な理念に基づいて、生徒間の会話を促す仕事の手伝いを……」
「つまりなにもしてないわけだな」
「まぁぶっちゃけ見た目はそうかもね。実際はいろいろ裏方仕事とかあるけど、そういうのは言わないほうがかっこいいじゃないっすか?」
「確かにそういうことを自慢する奴よりかはマシだな」
「つれないこと言うなよーこーさかー。そこは嘘でも『おお、かっこいいな委員長。君は委員長の鑑だよ! 大好き!結婚してくれ!らぶりーぷりちー超愛してる!』とか言ってくれないと」
「誰が言うか」
「言ってくれないの?」
 かわいい声で言っても駄目だってば。
「というか後半が意味がわからない。そんなに愛に飢えてるのかお前」
「ううん。言ってみただけ」
 だろうな。
「でもさー」
「ん」
「たまに、ね。ホントにたまーにだけどさ、愚痴とかこぼしてみたくなるわけですよ所長」
「そうかそうか。それはよかった」
「ぶー、こーさかが真面目に取り合ってくれないー」
 口を尖らせてぶーぶー言う来栖。
「そういうのは女同士でこぼせばいいんじゃねーか?」
「わかってないなー高坂は。好きな男の子に愚痴ってあげることで弱みを見せて、そこに付け入らせる隙を与えるんですよ」
「じゃあ、なおさら俺は対象外だな」
「ん? なんで?」
「なんでって、お前……」
 待て待て、そんな純粋なまなざしで見られても。
「大丈夫大丈夫。こーさかは愛とはるにゃんのものだから。二人が居る限り手は出さないよー」
「なんていうかお前、よくわからねぇな」
「にゃはは。じゃーねー」
 猫みたいに笑いつつ、来栖はくるくる回りながら、教室の喧騒にのみこまれていった。
「……ってか、あれで会話終わりなのかよ」
 誰も居ないところで一人ツッコミをして、むなしい気分になりながら、ご飯どうしようかなー、食堂でも行こうかなーと、ぼーっと考える。
 特に無ければ会華に相談するのに、あいつもいないから話も出来ない。昨日ほどアイツを探そうと切羽詰ってないのは、学校に来てないということは家に居るということで、帰りにでも寄ればいいと思ったからだ。
 でもだったら昨日寄ればよかったじゃんというのは、まぁ昨日の精神状態からして無理だったろ、と昨日の自分を慰める言い訳を考えてみる。
「まぁ、なんでもいいか」
 思考のことも、昼食のことも。
 とりあえずは席を立って学食に行くことにする。

   ■

 嘔吐した。
 胃からこみ上げて来る消化しきれていない食物は、強烈な酸味をもって喉を通過する。床を汚してはいけないと考えられたのは一瞬で、直後に振り向く暇もなく口から吐瀉物を撒き散らしていた。
「うぐぉおおおえええ、がはっ、うおぇっ、げほっ」
 光がその光景を照らした瞬間、目に入ってきたのはいつもの日常と、ぶちまけられた血液。壊れた人形のように落ちている父さんと母さん。血の水溜り。こぼれ落ちた内臓。むき出しの骨。ちぎれ飛んで、ドア付近に落ちている手。
 一瞬の情報量は多すぎて、そのどれもが、ひとつひとつが精神を汚濁する要素を含有した害悪で、でもそのもとは、全部自分の父親と母親で。
 そのことを気持ち悪いと嘔吐した自分に気持ち悪いと感じ、さらに口から胃から流れ出るものが二乗する。
 助けに行きたいのに、身体は動かず、四つん這いになって吐き続ける自分にこの上ない嫌悪を感じる。
 直視できない。
 目線をあげられない。
 今まで一緒に過ごしてきた人が、愛情を向けられ、愛情を向けていたものが、まったく違うものに変質しまう恐怖。その怖さから目をそらしたまま戻せなくなっていた。
 ふと、声が聞こえた。
 死体と思っていた。
 勝手にそう思っていた、その母親の形をした人形から、声が聞こえた。
「…………あ、…………に…ニ……げて………ハル……な」
 声を聞いて。
 それでも春名は動けず。座り込んだまま、獣のように咆哮した。

   ■

 放課後になり、いつもと同じように茶道部室に行った。
 今日は逢坂も一緒に部室に入ったおかげで、綾香先輩と逢坂が向かい合わせにちゃぶ台を挟んで座った。昨日の今日だ。当然ながら会話がまったくと言っていいほど無く、ただ菓子を食べ、茶をすするだけの時間が過ぎていった。
 途中眠くなったのか、逢坂がちゃぶ台に突っ伏して寝てしまい、そのままにしておいたらいつの間にか最終下校時刻を過ぎていた。
 その間も、先輩との会話は無かった。
 逢坂を起こし、綾香先輩に挨拶をして茶道部室を出る。
 春名を迎えにいこうと思ったが、朝の件もあって、なにを言えばいいかわからなかった。
 会いに行きたいのはやまやまだが、それが春名にとっての重荷になっていないかと考えてしまうようになった。いい進歩なのか、後ろ向きなのか……。
 どちらにせよ、部活の時間もあるし会えるとも限らない。今日はそっとしてあげることにした。
「こーくん。何考えてるの?」
「いや、ちょっとね」
 手を絡ませるだけじゃ足りないらしく、腕まで組んでいる逢坂。
 俺を見上げ、問いかける。
「また春名のこと?」
「…………ああ」
 目線をそらして、少し考え込む逢坂。
「そう、だよね。しょうがないね」
「ごめんな」
「謝らないで!」
 突然の大声にびっくりして、再び逢坂を見るが、俺のほうを向いてはいなかった。
「こーくんは、悪くないんだから。謝らないで、いいから」
「わかったよ」
 ほかにどう答えればいいというのだろうか。そのまま会話はなく、昇降口までの道を歩く。
 今朝、登校するときの沈黙とは正反対の、心に痛い無言。先に何があるでもなく、未来が見えているわけでもなく、その場しのぎの沈黙は0以下の感情しか残さない。
 相変わらず会話が無いまま、下駄箱にたどり着く。
 開け、上履きを入れ、靴を取り出す。その過程で一枚の封筒がはらりと落ちてきた。
「なんだこれ」
 ちょうど一週間前にも似たようなことがあったな。と冗談交じりで逢坂を見るが、逢坂のその眼はその封筒にしか向けられていない。
 表には『おにーちゃんへ』
 裏は無記入。
「愛、ちょっといいか?」
「うん」
 素直に従い、逢坂は一歩下がる。逢坂の方を向き、背中を下駄箱に預ける。
 封筒を開け、三つ折にされている便箋を取り出した。
『校舎裏の桜の木の下で待っています』
 かわいい字で、A5ほどの大きさの便箋の真ん中に、それだけ書いてあった。
 封筒に畳んで入れる。
「愛、今日は先に帰っててもらっていいか? なんなら俺の家でもいいぞ」
「ううん。こーくんがそういうなら帰るよ」
 努めて明るい声を出そうとしてるのだろうか。声が少し震えている。
「そうか」
「うん。じゃあまた明日」
 言って、くるりと方向転換し、先に行ってしまった。
 その背中を見送り、しばらく止まっていたが、春名のところにいくことにした。
 奇しくも、逢坂の告白場所と同じところなのは偶然か。それともそれを春名は知っていたのだろうか。
 どちらにせよ行ってみない限りはわからない。
 それにもしも、俺の部活が終わる頃から待っているとしたら、相当な時間待ってることになる。
 靴をひっかけ、早足で校舎裏に向かった。

   ■

「すごいよねー。あれでまだ死んでないんだよ?」
 大声で叫んでいたはずなのに、耳元で明瞭に聞こえた声に身体は過敏に反応し、喉をふさいでその場から飛び跳ねようとして、自分の吐いた吐瀉物に足を滑らせ盛大に転んだ。
 尻餅をつき、腰骨を強打しつつも、四肢をめいっぱい動かして声の主から逃げようとした。
「慌てなくても大丈夫大丈夫。はるにゃんもはるにゃんのお父さんもお母さんもまだ殺す気はないからだいじょーぶだよ」
 そのにいたのは来栖美樹先輩。バレー部の先輩で、後輩の面倒見のいい優しい先輩。
 でもその表情はいつもどおりだった。いつもどおりの、何が楽しいのかわからないけどとにかく笑顔が絶えない先輩。ころころ感情で表情が変わってしまう私にとっての憧れだった先輩。周囲にいい空気を流してくれる先輩。
 ただ、ここで笑顔になっている先輩を見ても、怖気が走るだけで笑顔は逆に恐怖を煽る。
「それにしても人間ってすごいねー。腕切られても内臓はみ出ても、丁寧にやってあげればなかなか死なないものなんだね。まぁ、あたしはそのまま殺しちゃいそーだけど」
「せ……んぱい?」
 喉がかすれる。声にならない声。頭に浮かんだ言葉を言葉にしただけ。何を問おうとしたわけでもなく、ただただ、恐怖から声をあげずにはいられなかった。
「ん? そのとおり先輩です。さっきから一緒にいたのに忘れちゃったの? ほらー美樹先輩ですよー」
 言って、手を振る来栖先輩。
「で、はるにゃんは何を聞きたいのかな?」
 我に返る。聞きたいことは山ほどある。
 なんでお父さんとお母さんは血だまりなの?
 なんで死んでないって知ってるの?
 なんであの惨状を見て平気でいられるの?

「全部、先輩が、やったんです、か?」

「ちがうよー」
 と軽く、冗談に対して答えるぐらいの軽い口調でさらっと言った。
「でも、頼んだのはあたしだから、あたしがやったことになるのかな?」
 一瞬でも安堵のため息をついた自分が情けなく思え、その直後に恐怖がぶり返してきた。同時に、生きていると言われた両親を助けなければという感情で心が埋まった。
「先輩! 来栖先輩は、お父さんとお母さんが生きてるって言ったよね? 助けて! 二人を助けてよ!」
 狂気に近づくほどの勇気はなく、その場で叫ぶしか方法は無かった。
「んんー、もともとそう言われるためにこんな事したんだけど、でもやっぱりこんなことした張本人にそんなこと言うなんて、はるにゃんも結構変なとこあるよね」
 どうでもいい。そんなことはどうでもいい。自分が変でもそんなのはもうどうでもいい。今、最優先にしなければいけないことは、お母さんとお父さんを助けること。
 そのためだったら、あんなふうにした本人に頼もうと、自分がどうなろうと関係なかった。ただ、助けたかった。
「まぁいっか。じゃあ、はるにゃんがそこまで言うなら助けてあげるけど、ひとつだけお願い聞いてもらっていい?」
 いやな予感しかしない。
 それでもどんな条件でも呑むって決めた。それこそ自殺しろと言われたら、自殺しかねない勢いで、次の言葉を待った。
 沈黙は一瞬。
 息を呑むその一瞬の間をおいて、来栖先輩は言った。
「じゃあ、こーさかを殺してくれたら、二人を助けてあげるよ?」
 疑問符がまずあり、そして絶望があった。

   ■

 時間指定が無かったので、ずっと待っているのだと思い、駆け足で校舎裏に向かった。
 桜の木の下に着いたときには辺りはもう暗くなりかけていたが、そこに春名の姿は無かった。
 呼び出しておいていないとはどういう了見だまったく! と怒るはずも無く、春名が話してくれるのならば、このまま何時間でも待つ構えだった。
 既に役目を終え、次の春に備えて冬を越す準備をしている桜によりかかり、待つことにする。
 目を瞑り、風の音を聞いて心を落ち着かせる。
 春名が来たら、まず話を聞こう。質問はしないで、最後まで聞いて、それでもわからないことがあっても、それは春名が話したくないことなんだと。決心して、それでもなお話せないことなんだと、そう自分に言い聞かせてそのまま帰ろう。それでおしまい。この不安は全部なくなって、今までのように過ごせたらそれで満足だ。誰を選ぶかなんてそこからでいい。
 心に決めた。
 求めすぎのようにも思えたが、ネガティブに考えてもしょうがない。
 そして風が吹いて、足音が聞こえた。

   ■

「え? なんでおにーちゃを……」
「別にホントは、はるにゃんじゃなくてもよかったんだよねー。でも、はるにゃんが一番こーさかと近かったからさ」
「近かった?」
 そのときばかりは、両親のことも忘れ、先輩の言葉に聞き入っていた。何か、聞き逃しちゃいけない、重大なことのような気がした。
「うん。会華ちゃんでもよかったんだけどさ、やっぱり愛情って大きいよねー。他人よりも友達。友達よりも仲間。仲間よりも親友。親友よりも家族じゃない?」
「…………」
 ただ聞くしかない。そこに質問の余地は無い。
「でも、こーさかの家族ってつまりはアイツの家族だから。それはまだ早すぎるかなーってね。だってほら、崖からいきなり突き落とすより、崖に手が引っかかって助かるかもしれない、って時にその手を踏みつけた落としたほうが、楽しいじゃん? と不肖この来栖美樹こと委員長は思うわけですよ。はるにゃんもそう思うでしょ?」
 理解は出来ない。でも同意も出来ない。否定も出来ない。
 疑問系の語尾で締めくくっていたとしても、先輩の言葉は私に回答を求めてはいない。
「だから一番家族に近いはるにゃんが適任だったんだよねー。ちょうどはるにゃんにも家族がいたし」
 そんなことのために、そんな理由で、お父さんとお母さんは、あんなことになってしまったのか。ただ私が、おにーちゃんと仲良くしてたから……。
「で、さ。そのおにーちゃんをころしほしーなーって、美樹先輩は思うわけですよ。そしたら助けてあげるよ? おとーさんもおかーさんもはるにゃんもみんなみんなー。生きているから友達なーんーだーってね」
 おにーちゃんの命ひとつで、三人の命が助かる……。
「まーね。別に殺さなくてもいーよーって。そのときはあたしは何もしないだけだから」
 何もしないということがどういうことか。
「はるにゃんのおとーさんにもおかーさんにも何もしない。ああ、でも救急車とか呼んだらちゃんととどめさないとねー。はるにゃんが何もしなければなんにもしないよー」
 言葉が言葉の意味を成して頭に入るごとに、自分の中の恐怖が増大する。
 その口調が、その吐息が、その言葉が、いつもの先輩とまったく変わらない。これっぽっちも変わらない。自分に対して優しい言葉をかけてくれたときと、何も変わらない。
 その事実に心が壊れそうになる。
 優しい声で、おにーちゃんを殺せと、さもなくば両親を殺すと、そう問いかけてくる声に、その選択肢に、心が壊れそうになる。
「まー、はるにゃんはそのままで、二人が死ぬだけだねー。後始末は自分ひとりでやってもらうけど」
 一瞬。そう、ほんの一瞬だ。自分の手で、お父さんとお母さんの死体を抱え、運ぶ姿を想像し、再び吐き気が舞い戻ってきた。
 もう出すものも無いというのに、際限なく湧き出てくる吐き気には、ほとんど透明な胃液を吐き出してもまだ足りない。
「大丈夫かい? はるにゃん?」
 背中をさすってくる。その手が、本当に自分を労わってくれているような撫で方で、違和感が気持ち悪さを伴って、脳髄に響く。
 反射的にその手から逃れようと、四つん這いになっていた右手で振り払い、支えを失った身体は床に倒れこんだ。
 髪に吸い付く胃液の匂いは、すでに感じなくなっていた。

   ■

「春名」
 口に出して春名を呼んだ。
 彼我の距離は目測で5メートルぐらいか。そこで春名は止まった。
「ここって、アイが告白した場所なんだってね」
「何で春名がそのこと知ってるんだ? 誰にも言ってないのに」
「会華が教えてくれた」
「アイツか。そろそろアイツにもなんとか言ってやらないとな」
「そうだね」
 春名は微笑んで、手を後ろに組んだまま、こっちに歩いてくる。
「それで、逢坂が告白した場所で、何の話をするつもりになったんだ?」
「うん。ちょうどいいよね。だっておにーちゃんの記念の場所だもん」
 会話がかみ合ってない気がする。
 距離は3メートル。
 春名はゆっくり歩いてくる。
「どうしたんだ春……」
 その瞬間、春名が地面を蹴った。
「大丈夫だから。おにーちゃん……」
 小さなか細い声と、
「こーくん!!」
 窓を開ける音に続いて聞こえてきた、耳をつんざくような叫び声。
 反射的に声のしたほうを向き、逢坂が1階の窓から飛び出ようとするのを確認。
 同時に、春名が後ろ手に隠していた包丁がわき腹に突き刺さった。

   ■

「じゃあ、やってくれるね、はるにゃん?」
「……………………………………………………はい」
 かすれる様な声で答えた。
 心はもう既に枯れて、残っているのは自分の命を繋ぐことだけ。そして、父と母の命を繋ぐことだけ。
 倒れて動かなくなった私に、先輩は近づいてきて、床に広がるクリーム色と紅色を気にもせず、目線を私と同じ高さに合わせて訊いてきた。
 それは質問ではなく、ただの確認。
 確認を終えた先輩は、満足げな表情をし、後ろにいた黒服の男たちに父さんと母さんを助けるように指示を出していた。その男たちがいつ入ったか、そんなことは気にも留めなかった。
 ただ倒れている自分の身体が、無力で、いいなりになるしかない自分の無力さが途方も無く悲しかった。
 父さんと母さんは、注射を打たれ、いかにも適当そうにソファに乗せられた後、飛び出たものを消毒され、中に入れられ、失った手首はそのまま縫われ、生きているのか死んでいるのかすら定かではない状態で放置された。
「じゃあ、全部終わったら、元に戻してあげるからねー。がんばるんだぞはるにゃん!」
 死んでしまえと思った。
 自分も、この女も。
 でも死ぬのは両親だと、理解し。
 泣いた。
 涙と鼻水と吐瀉物と血液の混ざった匂いは、麻痺した鼻腔にとどかなかった。
 ただ吐き気がした。
 自分に。全てに。

   ■

 春名が決心した。
 そのことは、逢坂愛の心に複雑な影を落とした。
 昼休みに春名に言ったことは本心だった。自分は正々堂々と戦って勝ちたかった。それなのに、相手があんな体たらくでは勝ったとしても得るものは無い。
 こーくんの心は私には無く、逃げるようにして去る春名のに心を縛り付けられる。
 だからこそ、早く春名には立ち直って欲しかった。
 最初は疎むだけの存在だった。ただの邪魔者だった。
 それでもしばらくするうちに、友達とはいえなくても、ただの知り合い以上の関係にはなっていた。少なくとも私はそう思っていた。
 だからこそ。だからこそ、あんな春名を見続けるのはいやだった。
 張り合える相手のいない中で、こーくんの心はここになく、それなのに自分がこーくんを占有している。勝ち取ったわけでもなく、ただ転がり込んだだけ。しかも完全ではない愛され方。
 だからこそ。
 春名のラブレターを見たときには、心の中で喜んだ。ああ、やっとこーくんに認められるために動ける。今までの春名が戻ってくる。
 そう感じて、こーくんには悪いけど、その様子を見ることにした。
 桜の木が見える一階の廊下の窓を少し開き、こーくんが待っているのを見つけた。
 風が吹き、何で先に春名は待っていないんだろうとやきもきし、それはイライラなんだと自分に言い聞かせ、しばらくしてやってきた春名に安堵と同時に、心だけで声援を送った。
「――――」
「――――」
 二人が会話する。遠すぎて聞こえない。
 そして二言三言言葉を交わした後、二人の距離が近づく。一方的に春名が歩いているだけだけど。
 そこで違和感に気づいた。
 春名が後ろ手につかんでいるものを、視認する。
 包丁。
 気づいた瞬間、窓を開けた。
 大きく息を吸い、叫んだ。
「こーくん!!」
 かばんに常備してある包丁を持ち、窓に足をかけ、飛び出す。
 地面に着地して、前を見た。
 こーくんの背中から薄っぺらい金属の板が飛び出ているのを見た。

 今まで考えていたこと全てが。
 吹き飛んだ。

「はるなぁぁぁぁぁあああああああああああ!!!!」
 残ったのは殺意。
 こーくんを傷つけた。こーくんを傷つけた。こーくんを傷つけた。
 それは例え誰であろうと関係なく向けられる殺意。
 例え、さっきまで応援していた春名だろうと、こーくんを傷つけた瞬間に、敵になった。ライバルではなく、敵。
 倒すべき、殺すべき、敵。
 包丁を握る手がうっすらと汗をかく。滑らないように更なる握力を持って押さえ込む。
 足が動く。跳ねるように動く。
 春名はまだ、こーくんに包丁を突き刺した体勢のまま動いていない。
 15メートルほどの距離を2秒で詰め、春名に向かって凶器を狂気に乗せて突き出した。

   ■

 駄目だった。
 朝、目が合った瞬間、全てを打ち明けてしまいそうになった。
 いつもの通りを目指して、反応してみる。
 ……無理だった。装えば装うほど心が壊れていく。これからおにーちゃんを殺さなくてはならない。そうしないとおかあさんが死ぬ。お父さんも死ぬ。そして、多分私も死ぬ。
 おにーちゃんを殺したからって安心できるはずも無い。だけど、やらなければ確実に二人は殺される。殺されるというのは的確じゃない。野垂れ死にさせられる。
 もういやだった。全てをぶちまけて、ここから逃げたかった。
「おっ、仲良さそーじゃん二人とも」
 先輩の声がした瞬間、身体がこわばった。恐怖がぶり返してきた。
 度し難いほどに膨れ上がった恐怖と、壊れそうになった心をどこにおけばいいのか。それはもう選択肢ではなく、確定事項。
 自分の中に閉じ込めて、消化しきるしかない。消化できなくて吐いた瞬間、親が死ぬ。吐露した言葉を聴いた人も死ぬ。
『もし、はるにゃんが別の人とかに言ったら、その人をころしちゃうから気をつけてねー。あ、もしかしたらお母さんとかも死んじゃうかも。まーそこらへんは気分だにゃー』
 もう残された道は、大好きな人が一人が死んで、愛している二人と自分が助かるか。大好きな人が無事に生き残って、自分と家族が死んでしまうか。
 命の天秤。
 その荷は、あまりにも重過ぎて、少女の心を砕くには十分すぎた。

   ■

「ごめんね。でもボク。死にたくない…………お母さんもお父さんも、みんな死んで欲しくない……」
「何が、春名……っつあああああああ!!」
 灼熱の痛みが身体を襲う。今まで感じたことの無い、痛覚の限界ぎりぎりとも思える痛み。喧嘩なんてほとんどしたこと無い俺にとって、未体験のこの痛みは、正常な思考を奪うのに十分すぎた。
 それでも、その原因が春名だということには理解が及ばず、ただただ、痛みに喘ぐだけだった。
「ごめんねごめんねごめんねごめんね」
 呪文のように贖罪を口にする春名。
 俺は未だに痛みの原因を理解できていなかった。痛みの元を見ようとすれば春名が視界を遮っている。俺の胸に飛び込むようにして、春名は俺に体重をかけている。
「はるなぁぁぁぁぁあああああああああああ!!!!」
 逢坂の叫び声が聞こえた。
 怒りと怒りと怒りに染められた声。
 しかし俺にはその声に反応することは出来ない。自分の痛みを叫ぶ声で精一杯だった。
「ごめんね……おにーちゃんはボクがずっと覚えてるから。ボクの中で生き続けるから。ごめんね。許して……」
 その目に涙を流し、謝り続ける春名。身体に走る痛みをなんとか跳ね除けて、その身体を抱きとめようと手を回して、
「ぅぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!」
 春名の身体が、真横に吹き飛んだ。

   ■

 消えた。
 殺された。
 そうとしか思えなかった。
 昼休み。ずっと気をかけてくれるおにーちゃんの優しさに、心が何度も動きそうになり、それでも我慢して、でもどうしようもなくて、言いそうになって、口を開いたその瞬間に、生徒会室の扉が開いて会華が入ってきた。
 言わなくて良かった。言ったら、それこそみんなが犠牲になる。誰も残らない。私さえも。
 おにーちゃんは、綾香先輩に呼ばれたらしく、行ってしまった。
 残されたのは私と、会華だけ。
「コウは真面目だから、帰ってくるのは遅くなると思うよ」
「え?」
 つい、すっとんきょうな声を出してしまった。
「いやさ、コウには言いにくいことがあるんだろうなーって思ってさ。あ、ごめんね。ちょっと生徒会室前で立ち聞きしちゃってて……。コウはいなくなったから、ほら、言っていいよ? 言いたくなければいいけどね。オレは石ころだと思って、適当に愚痴こぼしてればいいよ。幼馴染だろ?」
 駄目だった。
 もう限界だった。
「ひぐっ、うっ、ああああああああぁあぁぁぁん!」
 泣きついていた。
 昔から、おにーちゃんと、私と、会華で遊んでいた記憶がよみがえってきて、感情の置き所が無くて、ずっと上空に上りっぱなしで、やっとみつけたところにストン、と落ちた。
 何を言ってるのか自分でもわからなかった。泣きながら叫んでいた。お父さんが、お母さんが、おにーちゃんが、先輩が。
 意味のなす単語はほとんど無く、その代名詞だけが頭の中でぐるぐる回って、全部吐き出そうとしたけど、会華まで巻き込んだらどうしようもなくなると思って。
 繰り返す意味の無い文章に、会華はよしよし、といって頭を撫でてくれていた。
 それだけで、それが一番心が落ち着いた。

 そして、会華が消えた。
 もう、どこにも行けないことに気づいた。

   ■

 突き刺さった。
 手ごたえはあった。
 いや、それでも失敗したかもしれない。
 狙ったのは肩。こーくんの身体に包丁を差している右手。その大本の肩。
 そんなまどろっこしいことをせずに、脳天に直接突き刺しても良かったかもしれないと、春名を吹き飛ばした後に思った。
 包丁を離し、崩れ落ちるこーくんを抱きしめる。
「大丈夫!? こーくん!! こーくん!!」
 声をかけて、傷口を手で押さえる。抱き起こそうとするけど、出血がひどくなりそうなので、寝かせたまま抱きしめるだけにする。抑えてる手をすり抜けて血が流れていく。
「こーくん! しっかりして! こーくん!!」
「あ……逢坂か……俺なら大丈夫だ。それより……」
「大丈夫なわけ無い!! 無理しないでいいから!!」
 悲痛な声で叫ぶ。だって、血がどばどば出て、だんだん顔が青ざめていく。
「それより……春名は……」
 ハッと気づいて振り返ると、春名が包丁を大きく振りかざして立っていた。右肩に刺さった刃物は、持ち手しか見えないほど深く刺さっているはずなのに、そんなこと関係なしに、血にぬれた包丁を大上段に構えて立っていた。その包丁を、
「アイ……邪魔だよ」
 泣きそうな目で振り下ろした。
「あがああああああああっ!!」
 こーくんに覆いかぶさってる背中に、一筋の傷がつく。服が切り裂かれ、肉をえぐり、骨まで達するような深い切り傷。肉と神経が分断される痛みに、意識を刈り飛ばされそうになる。
「こーくんは殺させない!! 何があっても!!」
 絶対に!!
「どいてよ……」
 言葉と同時にもう一筋の傷が生まれる。切り傷では済まされない斬り傷。背中がやけどを負ったように熱い。熱いアツイアツイアツイ!!
「お願いだから……」
 声と同時に、もう一回。
 ぐっ、とうめいて、それ以上は何も反応しては駄目だ。叫んだら痛みを認識してしまう。
 そしたら気絶してしまう。
 そしたらこーくんが死んでしまう。
 そんなことが許されるわけ無い。
 こーくんが死ぬくらいなら、私が死ぬ。 
「どいてよ……邪魔だよ……それ以上いたらアイまで殺しちゃうからっ!! どいてよっ!!」
 一言ごとに、傷が増える。交差状につけられた傷は、肉を巻き込み、えぐり、背骨を連続して傷つける。
 一言ごとに、涙が流れる。泣いて、泣いて、泣いて、それでも手は止まらない。春名の手は私を傷つける。
 一言ごとに、血が流れる。私の背中。こーくんのわき腹。春名の右肩。血は地面を濡らし、身体から力を奪う。
「あい、さか……」
 声が聞こえる。背中が熱い。意識が飛びそうだ。でもこーくんがそばにいる。こーくんを守らなきゃ……。
 攻撃が止まった。
 振り返ると、春名が左手で包丁を握って振り上げている。右手はぶらぶらと死体のように肩にぶら下がり、今にも千切れそうだ。
 そしてその目から、絶えず涙が流れていた。
 春名が、つぶやいた。
「やめてよ……みんな死んじゃうんだよ? なんでアイまで死んじゃうの? やめてよ!! ボクはおにーちゃんを殺して終わりなのにっ!!」

   ■

 屋上でのアイの言葉が無かったら、今頃私は何も出来ないまま全てを失っていた。
 だから、彼女の言葉はそれこそ救いだった。私にとっての唯一の救い。
 だから、彼女を殺すなんてしたくなかった。
 だって、彼女は私の命の恩人だから。
 でも、おにーちゃんだけ、おにーちゃんだけ殺させてくれれば、それでいいのに。
 何で。何で!!
「何で邪魔するの!? やめてよ!! もう……ボクのせいで、誰も殺させないでよ!!」
 一人死んで、三人助かる。
 みんな、大事な人。それを天秤にかけられたら、多いほうを選ぶしかない。そうすれば、悲しみは最小で済む。
 もうおにーちゃんはほとんど起きてない。おにーちゃんよりもっとひどい傷のアイだけが、おにーちゃんを守ってる。
「ごめんね。アイ……」
 突き刺すしかないと、決めた。
 もう無理だ。
 おにーちゃんだけ殺すのは無理だ。
 だからせめて、死ぬのは二人。アイとおにーちゃん。
 だって、そうしないと、三人しんじゃうんだもん。
 身勝手な理屈は、それでもそれだけが、私の最後の頼みの綱。この綱が切れたら、もう私は生きていけない。それもいいか、と思った瞬間、先輩の言葉を思い出した。
『あと、はるにゃんが死んでも、二人とも死ぬから、自殺とかしちゃだめだよーん』
 もう、逃げ道は無い。
 最初から無かった。
 腰の位置で、左手の包丁を構え、
「ごめんね。おにーちゃん」
 突き出した。

   ■

 もうどうしようもなかった。
 背中が熱い。熱さで痛みなのかなんなのかわからなくなってくる。たぶん細切れになった背中の皮膚が、肉が、ぐちゃぐちゃになってるんだと思う。
 でも、関係ない。
 だって、こーくんは守れたから。
 だって、こーくんはまだ死んでないから。
 私の今の願いは、こーくんが無事でいること。そこに私の安否は関係ない。
 悔しいことだけど、私がいなくても、こーくんは毎日を過ごしていた。私がかかわらなくてもこーくんは生きていける。
 それはとても悔しいけれど、確実な真実。
 今のこーくんに私が必要とされてるかはわからないけど、私にとってこーくんがいない世界はもう考えられない。多分、自分だけ残っていたら自殺すると思う。
 だから私はもうどうでもいい。
 今、春名に殺されてもいい。
 だけど、今私が春名を止めないと、春名を殺さないと、こーくんは死んでしまう。それはやだ。私が死んだのに、こーくんも死んだら私が死ぬ必要は無かったことになる。私が自殺したのと同じことになる。
 違うかもしれないけれど、それが私にとっての真実。
 だから私は、迷わずに、

 自分の右胸を、春名の包丁に突き刺した。
  
 私は喉がつぶれるほどの絶叫を上げた。背中の傷が痛みを主張する。
 春名が一瞬戸惑うのが目の前でわかった。
 でももう遅い。私はそのまま左手で、春名の右肩に刺さった包丁を抜き、
「ああああああああああああああああああ!!!」
 春名の右目に突き刺した。
「――――――――」 
 金切り声。鼓膜が破れそうな叫び声と金切り声は、校舎裏全体に響き渡る。
 しかし、それでも二人は動く。
 狂ったように暴れる春名。
 左手一本で支えていた包丁は、既にその手からはなれ、新しくつかむのは右目に刺さった私の包丁。
 一息で抜き、私に向かって突き出す。
 よけられるほどの体力は無く、その切っ先が、首筋を捕らえた。右の頚動脈が斬れ、一拍置いて血が噴出す。
 関係ない。
 既に叫び声は出ない。かすれた息が喉からこぼれ出るだけだ。
 仰向けに倒れそうな身体を無理やり方向転換。春名に掴み掛かり、押し倒す。
 右目のつぶれたその顔は、血が流れている右半分を除けば、今まで憎らしくも可愛かった春名と何も変わらなかった。可哀想に泣いている姿は、ほんとうに、綺麗だった。
「なにもなければ……よかったのにね……」
 倒れていくからだが春名を仰向けに倒す。もう春名に残ってる力で私を押し返すのは、不可能だ。
「ひぐっ、ごめんね、アイ……」
 涙は散り、地面にぶつかった衝撃で、私の胸に刺さっていた包丁が、貫通した。
「私も、ごめんね……春名」
 春名の左目が閉じるのを確認して、私も目を閉じた。
  1. 1990/01/04(木) 02:13:00|
  2. 創作小説
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