電撃文庫と堕落生活*でんだら*

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【くるこい】第11話 本音と包丁

  第11章

 ガチャ。扉の開く音がする。
「うむにゅにゅぬ……」
 寝ぼけ眼どころか、まだレム睡眠寄りの睡眠だったので、その音が何を意味してるか理解できていなかった。
「――――――――」
 無言。
 といっても俺にとっては、無言=無音なので、その沈黙の中にどれだけの感情が含まれていようと、判断するすべは持ち合わせていなかった。困惑と嫉妬と怒りの含まれたその沈黙は、静かに確実にその場の空気を変質させていった。
 ただ、生命の危機を察知する能力は俺にも備わっていたらしい。その沈黙の間に、少しずつ目が覚めていった。
「――――――――ッ!」
 ダンダンと床を踏みしめる音。意識がだんだん浮上してくる。
 ダッと、床を蹴る音。あるいは飛び上がる音。その振動で俺は目を開いた。
 次の瞬間。
 目の前に、言葉としての目の前ではなく、本当に眼の前に包丁があった。
「うおっおおおっぉぉぉぉぉぉぉううううおうおうおおうお!!??」
 オランウータンのような声を出しながら、ごろごろ転がってその脅威から逃れる。一瞬前まで俺の頭があったところに、逢坂が握り締めた包丁が深々と、それはもう深々と、畳にその刃を10センチは埋めて、突き刺さっていた。
「ちょっとまて逢坂!! 待て待ってくれ何の冗談だそれは!?」
 10センチ近く刺さって、そうとうしっかり食い込んでるはずの包丁を、ぐいっと一発で抜き、逆手に持って俺に振り向く。
 その足元、つまり俺が寝ていたすぐ脇には、裸に毛布一枚かけただけの先輩がいた。
「こーくんは。こーくんは何をしてたの? 何してたの?」
 ゆらゆらと左右に揺れながら問いかけてくる逢坂。逆手に持った包丁が、窓から入る光を反射してきらめく。怖い。
「この前、綾香先輩とは何もないって、イッタヨネ?」
 言った。確かに言った。俺が言っても信じてくれなかったけど先輩が言ってなんとか納得してくれた覚えがある。
 でも、だ。聞いてほしい。俺は何もしていない。何もしていないんだ。やましい心は少しはあったかもしれないけど、でも手をだしたりはしなかった。自制心を働かせて耐えたんだ。耐えたんだよ! だからほら、言えよ俺! 何もしてないって言えばいいだろ!!
 ……すまん俺。無茶言った。
 どうみても無理です。
「ちょっと待ってくれ愛」
「春名だったら、もしかしたら春名だったら許せてたかもしれないのに……よりにもよって……」
 どうみても無理です。
 既に俺の言葉を聞く気がゼロです。それ以前に目が俺のほうを向いていません。これはもう何をしても何を言っても無駄だと確信しました。
 相変わらずゆらゆらと揺れる逢坂。すこしずつ、一歩ずつ一歩ずつ近づいてくる。既にホラーのレベルになりつつある。
「だからね、こーくん。私を見て。私だけを見て。そうしないと……殺しちゃうから」
「わかった。わかった。もう浮気はしない。愛だけを見てる」
「ホント!?」
 ぱあっと、最後の一言にそれこそ人が変わったように明るくなる逢坂。
「じゃあ春名も美樹も綾香先輩も会華もみんなみんな見ない? 私だけを見ててくれる?」
「ああ」
 嘘でも言っておかないと死ぬ。約束を守るとか破るとかそれ以前に今リアルタイムで死ぬ。
「ホントに?」
「愛は俺を信じてないのか?」
「えっそんなううん。信じてるよ」
 言ったタイミングを見計らって抱きつく。落ち着かせるのと、さっきの言葉の信用性を高めるのと、あと、純粋に包丁が怖いので、すぐには刺せないようにする。
 抱きついた後、二人とも無言になる。
 そのまましばらく、数時間にも思える時間が過ぎる。本当は長くても30秒だと思うけど、その沈黙の重さは、体感時間を何十倍にも延ばしてくれた。
 逢坂も何か変わった様な気がする。以前と比べて、何かが変わった。
 その違いは目に見える違いじゃなくて、身体で感じる、空気のようなものだ。まとっている雰囲気が、今の逢坂は、昨日の逢坂と違う気がする。
 どこが違うって言われたらうまくはいえないけど、それでもこの前同じようなことがあった時と比べると、行動が極端すぎる。何か、俺の周囲で何かが変わってきているんだろうか。
 そんな被害妄想に駆られてみたが、変わってるのは逢坂と春名のの二人だけだったことに気づき、今まで考えてた被害妄想をもう一回繰り返して、流石に恥ずかしく思えてきた。それでも、春名がおかしいのは変わらない事実なので、早く電話の相手を探さないと……。
「こーくん」
 ビクっとしてしまったのは、さっき来栖に注意されたことがあったから。考えてることを口に出してなかったか不安になって、反応してしまった。
 さっき言ったばかりなのに、春名のことを考えていたのがばれてしまったのかとビクビクしながら逢坂の次の言葉を待つ。
「こーくん今何考えてる?」
 春名の事。忠告してくれた来栖のこと。どこに行ったかもしれない会華のこと。足元でまだ寝ている綾香先輩のこと。
「愛のことだよ」 
「うれしい……」
 逢坂は、抱きついていた体をいったん離して、俺の肩を持って見詰め合う。
 一瞬、時間が止まったと思った。
「んっ――――」
 気がついたら、逢坂の唇と俺の唇の距離がゼロになっていた。
「んむっ!?」
 びっくりして離れようとした途端に、両手を頭の後ろにまわされる。
 そのまま引き寄せられて、口腔を舌でまさぐられる。
 舌を絡ませる、歯茎と唇の隙間を余すことなく舐め取られ、唾液を交換する。回した手を激しく引き寄せるので歯と歯がぶつかりあい、カチカチという音がして、それでもキスをやめようとはしない。俺の口の中を逢坂の舌が暴れまわり、それに抵抗するようにして舌を出してみると、二人の舌がぶつかり合って、また粘着質な音が生まれる。
 諦めて、されるがままになる。その行為を、その好意を受け入れ、脳内で咀嚼する。まとわりつく唾液を舐め取り舐め取られ、あふれ出した唾液は唇の端を伝ってあごを経由し、首筋を撫でるように這ってから服にしみ込む。
 何分の間、そうしていただろうか。口をいっこうに離そうとしないので、鼻で息をするのがだんだん辛くなってきて、酸欠でゆっくりと頭がぼーっとしてきたころ、徐々に緩やかになってきた逢坂の舌が、名残惜しそうな様子で俺の口腔を一周した後、徐々に少しずつゆっくりと離れていった。
 唇が離れるとき、唾液が糸を引いてつながり、逆アーチを描いた後、粘度が重力に耐え切れなくなって、床に落ちた。
「………………」
「………………」
 逢坂の頬は赤く火照っていた。多分俺の顔はそれの数倍真っ赤になっていることだろう。なにせファーストキスじゃないにしても、ここまでのディープキスは初めてだ。
 そして沈黙。
 さっきから、逢坂がこの部屋に入ってきてからずっと、実際の時間経過に比べて体感時間がとてもとても長く感じる。
「――――っ!」
 唐突に振り返って走り出す逢坂。え、ちょっと、何!?
「おい逢さ………………………………あぁ行っちゃったか」
 茶道部の扉を開け放して、逢坂はどこかへ走り去ってしまった。
 唇に指を触れ、ほんの一分前の感触を思い出す。とたんに恥ずかしさが勝り、手を引っ込める。
 こめかみを押さえ、つぶやく。
「………………なんだったんだ。一体」
「あそこまでイチャついて、なんだったこーだったも無いだろうに」
 かかっていた布団を身体にまとうようにして、裸身を一応隠してるようなそぶりを見せながら、起き上がって先輩が言う。
「……………………起きてたんですか、先輩」
「ああ」
 即答。
「いつから?」
「愛君が包丁を持って走ってきたときからだな。身の危険を感じて、いざとなったら逃げられるようにしていた」
「最初からですか……。というか逃げるってそのカッコでですか?」
「ん……そういえば何も着てなかったな。鉱、服をくれ。今鉱が着てるそれでいい」
「着てないのはわかってたでしょうに。服はあげません。脱いだ奴があるでしょ」
「鉱の温もりが欲しいんだよ」
「やめてください。逢坂に殺されます」
 言い訳程度にいった言葉に、先輩がひっかかった。
「じゃあ、逢坂君がいなかったら、どうする?」
 空気が変わった。
 その顔は一瞬前とはまったく違う表情で、いつに無く真剣で、「どっちにしろかわりませんよ」と軽く流すはずだった口が止まってしまった。
「私が、君の温もりを欲しいといったら……」
 言葉を区切り、一音一音をはっきりと発音して、確実に俺に聞き取れるように注意して先輩が言う。
「逢坂君も春名君も、もちろん他の誰も私と君の間には、関係ないとしたら……」
 見つめる瞳には、ほぼ恒常的に含まれているおふざけの要素は一ミリたりとも含まれていない。あるのは、真剣さと、必死さ。そして期待と不安。
「……どうする?」
 先輩から目が離せない。茶道部室のドアが開いてるのも頭の隅にはあるが、意識の中には入ってこない。ほかの雑音も遠くに聞こえる。視線が固定されて動かない。
 頭の中では回答がぐるぐる回る。
 俺は先輩が好きです――先輩はあくまで先輩であって――それでも俺は――恋愛の対象としては――嫌いじゃない――好きかもしれない――二人でいると安心できる――それはつまり好きってことか――俺は――俺は…………
 思考が渦を巻いて、混乱した脳は単純な言葉を発することも出来ずに、ただただじっとその体勢を続けてるだけで……
 沈黙が再び場を制する。
 一秒が過ぎ、十秒が過ぎ、二十秒が過ぎ、そして……
「――――。なんてな」
 すっ、と。
 本当に気楽に、さっきまでの苦しさをどこかに置き忘れたかのように、すっと視線をそらして、先輩は言った。
「ちょっと遊んでみただけだよ」
 下に落ちている下着と制服を拾って着始める。その様子に一瞬前までの真剣みはかけらも残っていない。
「鉱もこんなことでいちいちホンキにしてたら、一生女に振り回されることになるぞ?」
 ワイシャツに袖を通しながら、すらすらといつもどおりに話す。視線に含まれていた真剣な要素は既にどこを探しても見当たらなかった。
「じゃあ私は今日はこれで帰ることにするから。鉱も気をつけて帰れよ」
 着替えが完全に終わったらしく、置いてあったバックも持って、まっすぐ部室を出て行く。ちゃんと扉は閉めていった。
「…………」最後まで言葉を発することが出来なかった。
 バタンッ! とドアが閉まる音で、硬直から解けた。
 頭が次第に働き出し、さっきの先輩の行動を考え、理解は出来たが理解不能な出来事に、頭が混乱してくる。
「ったく、なんだってんだ」
 春名と逢坂だけでなく、先輩も今までと変わってしまった。先輩の場合は、本音が出た、と言ったところか。いや、変わったんと言うより動き出してきたのかもしれない。俺の周囲の関係が。
 きっかけは春名だろうか。春名にかかってきた電話と言うのもやはり気になる。
 そして、今まで先送りにしていた結論を求められているのかもしれない。春名を選ぶか。逢坂を選ぶか。 そして、今日新たに加わった選択肢の、先輩を選ぶ、か……。
 今日は、時間があるので、ゆっくり帰ることにした。
 とりあえずここで少し頭を整理したほうがいいと思い、お茶でも入れてゆっくりすることにする。
「はぁ、何がどうなってるんだ……」
 一人つぶやいた言葉は部室に響き、そこで反響して自分に返ってくる。
 悩むだけじゃ始まらない。
 決めなければ始まらない。
  1. 1990/01/04(木) 02:11:00|
  2. 創作小説
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