電撃文庫と堕落生活*でんだら*

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【ConneCt】第4話 熊と依頼と

   第4話 熊と依頼と

 第壱種能力。
 第弐種能力。
 第参種能力。
 第四種能力。
 そして第伍種能力。
 能力の分類方法だ。
 壱種から順に、肉体強化、念動力(PK)、精神干渉、物質発現、時空干渉。となる。
 
 そして今回の対象、まあここではとりあえず対象Aとするか。対象Aは第壱種、つまり肉体強化を自分の意志で行えるツキノワグマ。そして第壱種の中では代表的でシンプルでそれゆえ怖い筋力増加。
 勝ち目の無い戦闘ではないが、比較的危険度の高い仕事ではある。まあだからこそ報酬も大きいのだろうが。
 そんなどうでもいいことをなんと話に考えながら、というかそんなどうでもいい事を考えていないと精神崩壊してしまいそうな車に乗りながら、龍花、洸平、明日香、そして乙は対象Aの確認場所の山奥へひた走る。
 運転手は明日香。オラオラ!!とかどけどけ邪魔だぁ!!とか轢き殺したろか!?とか聞こえるのは全部無視だ。たとえだれがそのセリフをきいていたとしても明日香を止める事は不可能に等しく、それはつまりこの車が安全運転が不可能な事を意味する。
 殺人的なまでのスピードと、殺戮的なまでのハンドルさばきで武器を積んだバンは走る。キノさんに認識結界で車が警察に見つからないように頼んだのは、ここまでくると逆に失敗だったとも思ってくる。ああ、やべえ…………。なんでキノさんは微動だにしないんだ? 何で洸平は楽しそうなんだ? ああ、やばいマジでやバ―――――

          *     *     *

 ―――ふと気がつくと、既に目的地に到着していた。
 どうやら意識を失っていたようだ。隣で明日香が怒鳴り散らしているが無視だ。それでもしつこいので、死ね、とだけ言っておく。
 とりあえずねぐせがついた髪の毛を手ぐしでとかす。といってもかかとまであるもんだからめんどい。まあ、いいか。もうどうでもよくなってきたので両側に普通に下ろして終了。
 そしてバンから出る。
 ―――――暗ぇ。
 第一印象はそれ。
 真夜中の森林は月明かりしか頼りにならず、さらにその月さえ今日は新月でおいて、少しも太陽の光を反射しようとしない。ああ、違った。新月は日没前に沈むんだった。どうやら意識を失った後遺症で簡単な思考さえ不可能になってきている。
 これはさすがにやばいので、一応、能力で自分に思考の簡略化を禁じ、とりあえずの応急処置。いくらか思考がクリーンになる。
 この暗闇の中で野生の熊(ああ、野生じゃ無いのか)を見つけるのは至難の業だが、明日香がいるためにその問題はあっさりと解決する。感覚能力は数キロ先までの視界と聴力をもたらす。
 その明日香の指示により進む。キノさんが一人離れて行ったが、たぶん認識結界とか物理結界による音の遮断をするんだろう。先回りでもするのかとも思ったが、よく考えればこのくらいの仕事はキノさん無しでもできるようになれと言う暗黙の伝言なのか? ああ、今度は深読みし過ぎだ。禁止の能力は融通が聞きにくいのも難点だから困る。
 再びそんな思考遊びをおこない、明日香のあとについて行く。なぜか洸平がいないが、別にあいつなぞどこでどうしようが死ぬ事はまず無いし、どうせどこからかひょっこり現れるのがオチだ。そんなわかり切ったオチの為にオレが立ち回る必要性は全く感じないのでそんな無駄な事は頭の隅からも全除外。
 そんなわけで明日香と二人っきりになってしまった。まあ、どうでもいいが。
 同じクラスの女子とか(まずありえないが)と二人っきりなら少しは何か思うところがあったかもしれないが、相手が仕事仲間でさらに女であろうとも高梨明日香という女である限りは何も思う事はない、と思う。
 なんか手持ち無沙汰になってウエストポーチからヘアゴムを取り出す。他にも拳銃が入ってるがそっちは今は使わないので無視。拳銃のほうは大量生産のやつだから名称は知らない。どうせ使い捨てだし。本命は身体に装備しているコイルガンだ。
 関係ない事に軽く意識を逸らし、両手で髪の毛を持ち上げまとめる。赤みがかった髪の全てを頭頂部より少し後ろで止める。頭の上に小さな髪の毛の玉が乗り、そこから下に落ちて行く感じ。毛先はかなりばらけてるが、背中なので全く気にしない。首をふって流れた髪の毛を整え、そのまま明日香について行く。
 その間、明日香の視線を感じた気がしたが、どうせ気のせいだろうと思い直す。だいたい明日香の能力ならばデフォルトの状態でさえ後ろの様子がわかるはずである。わざわざ振り向いてまで見る事もないだろう。
 ヒマでヒマでしょうがないが、どうせやる事もないので明日香に敵(と呼べるかどうかわからないが凶暴そうなので敵としておく)までどのくらいか訊いたところ、あと10分ぐらいで遭遇する、という意味的のことを延々10分間話しやがった。よくそんなに話す事があるな、と思いながら、ってかもう十分たってんじゃねえか。
 なんてことを考えていたら数十メートル先で何か大きなものが動く様子が見えた。オレもある程度は視力があるが、変人的な五感をもった明日香にかなうはずがないので明日香に確認をとる。
 当然気付いていたものと思った明日香だったが、その生物を確認したのはオレと同じタイミングだと言う。どうした? 今日は調子悪いんじゃないか? おいおい、疲れてるんじゃないですか……、
 ―――なんて考えているヒマは、なかった。
               爆音とともに熊が目の前に―――

         *     *     *
 
「通せ」
「無理だ」
「なら無理を通す」
 乙探偵事務所所長、乙一と、第五遺伝生物学研究所所員、東条木雨が対峙する。
 乙が戦況を見渡せる高台に行くと、二十歳を過ぎたかというくらいの白衣の青年を見つけた。その青年は、対象A及び龍花と明日香のいる方向へ行こうとしていたので、乙はその前に立ちはだかった。
 そして先の会話。

 直後、戦闘が始まった。
 木雨は白衣から水風船を取り出し、割る。飛び散った水滴はしかし、あたりへ散らばらずに木雨の前方で球状になって空中で静止。さらに周辺の水蒸気を取り込んでバスケットボール大になる。
 乙がそれをぼんやりと眺めているはずはない。背後にまわりこみ抜いた長剣を高速で斬り付ける。
 刃と木雨の皮膚が接触する直前、その隙間に先ほどの水が硬質化して潜り込んだ。
 第弐種能力の念動力。特定の物質を流動体内で自由に操る。東条木雨の場合は操れるものは水であり、空間で固定すれば硬度は鋼鉄並みに高まる。
 硬質化した水は長剣の運動エネルギーを受け止めると即座に軟質化。木雨の背後でスライムゲル状になった水は、操作者の視線がなくとも意志どおりに動いて長剣にまとわりつく。
 しかし乙はその水の速度を完全に超越し、木雨の前方に一瞬で高速移動。音速の突きを放つ。
 木雨は前面に残っていた水を盾にして切っ先を受け止めながらバックステップ。
 乙はさらにその上をいき、残像を残して上方に飛翔。空中に壁をつくり、本来ならありえないはずの動きで――空中から頭を下にして落下するような状態で――木雨に斬撃を放つ。重力と壁を蹴った速度の合成高速度で襲い掛かる斬撃に、木雨の反応が若干遅れて頬に傷をつくる。見事なまでに着地した乙は次なる攻撃の準備動作を既に終えている。
 完全に不利を確認した木雨は戦術を変えた。木雨のからだが水の膜で包まれる。
 乙が気付いて壁を展開するが、かすかに遅かった。
 木雨は瞬間的に自分のまわりの水を気化。急激に体積を増加させた水蒸気は狂気的な破壊力をもって爆風となり、周辺の木々を破壊。さらに乙に襲い掛かる。木雨はさらに爆風を利用し、乙との距離を離す。
 急激な気圧の変化が収まりつつあるころに、爆心地からダメージを受けたはずの乙の姿が現れた。傷ついた気配はない。
 木雨の水蒸気爆発の瞬間、服そのものを壁でコーティングして爆発の衝撃を防いだのだ。そのために服はところどころ汚れているがそれだけで、からだに傷がついた様子は微塵もない。ただそのサングラスが取れて、彼の両目が明らかになる。
 その瞳は、木雨が直視してしまったその瞳は、太陽のように昏く、空のように深く、透き通るほどに濁っていた。
 さらにそれら全てを消し去ってしまうほどの明確な殺意。
 本能的な恐怖を感じた木雨は瞬時に思考を転換。戦闘目標を変更。『外敵排除』から、『外敵抹殺』へ。目標再設定ののち即座に行動開始。
 水蒸気と化していた水分を一ケ所に集める。集める場所は自分の両腕。グローブのように手に巻き付いた水は形を少しづつかえながら、手の甲の部分を流動する。
 再びの邂逅。
 木雨の遠距離攻撃。手の甲に集まっていた水が蛇のように形を変えて乙に向かってのびていく。その速度と言えば尋常なものではなく、はた目からは空中に乙と木雨をつなぐ棒が現れた、程度にしか認識が出来ないほど。しかしその認識は誤りであり、まず棒が現れたわけではなく、さらに言えば乙と木雨はつながっていなかった。つまりは乙の高速移動。
 今度は木雨の右側に現れた乙。
 今度はそれを予想していた木雨。
 互いに眼が会い、
 微かな笑みを浮かべた乙。洸平のそれとは似ても似つかないほど凶悪な笑み。
 それを冷ややかな瞳で見つめ返す木雨。
 一瞬の停滞は、言葉どおり一瞬で終わった。
 長剣と水剣の接触。木雨は右手に生み出した水の剣を振り、乙の攻撃を受け止める。さらに周辺の水滴を散弾銃のように発射。面としての攻撃力は全て乙の壁の能力により無効化。さらに乙の背後にまわした水の弾丸も発射するが同じく無効化される。
 再び乙の顔を見ると、笑って笑って笑って笑って、薄く引き延ばしたように笑っていて……。
 
 ―――フッ。と、

 微かな風切り音。そのとき木雨は何も出来なかった。
 一秒が過ぎた時に残されたのは、肩から盛大に血を吹き出して倒れる木雨と、制御を離れて地面に落ちて染み込んでいく水。長剣をたずさえて木雨に近付く乙。
 何が起きたか木雨が理解する前に、再度近付いた乙が笑い、剣を振り上げ、

 突如、閃光が疾った。

 壁では防ぎきれないと判断した乙が飛び退く。
 そこにやってきたのは、何ともこの場の雰囲気のそぐわない軽い調子の白衣の男。
「やあ、僕の部下がすまないねえ。本当なら子供三人だけを狙うように言っておいたんだけど、彼はあまり素直じゃないのでね。いや、素直すぎるのかもしれないね」
 お気楽な笑顔で現れたのは、木雨と同じ白衣を、肩口で切り落とした服という奇妙な外見の更沢芳章。研究所局長。
 更沢は乙にかまう事無く、木雨に肩を貸した。
「それではとりあえずここは退散させてもらうよ。君だといささかこちらのほうが不利だからね。全戦力をそろえてまた挑戦できたらするかもしれないな。ではまた」
 そして文字どおりの光速で消えた更沢と木雨。
 いきなり開始しいきなり終了した戦闘。
 しかし乙は二人を追わずに当初の目的地の高台にのぼる。そこからはこの森の半分ほどが一望でき、はるか眼下では龍花と明日香が―――。

         *     *     *

 ほんの少し前。
「…………なあカナ。どんな武器もってきた?」
「………ナイフとナイフとナイフとその他ナイフ多数」
「……使えねエ」
「…あんたもね」
 やばいやばいやばいじゃない! どうしろってゆーのよ!
 明日香たちの前に突然落ちてきた熊から二人で脱兎のごとく逃げ、彼我の距離は二十メートル。
 お互いににらみ合って動かない。
 腹のさぐり合いとか、思考を巡らすとか、そんなことはしない。そういうめんどくさいことは全部龍花に任せる。自分にできるのはせいぜい後方支援。それだけわかってれば十分。そう思っている明日香はそのとおりに龍花の質問に答えることしかしない。
 もとから深く考えるとかそんなことは苦手なのだ。考えなくともからだが直感で動いてくれる。そして能力のおかげで直感も信用できる。だから、ほとんど何も考えていない。ただ、その場で臨機応変に。
「カナ。死んだ時は死んだって言えよ。わからないからな」
「黙ってて。むこうの動きを聞いてるんだから」
「……あっそ」
 耳をすませば聞こえてくる。風の音、木の葉の舞う音、人間二人と動物の呼吸音、心音、筋肉の擦れる些細な音。
 集中。そして、
「左ッ!!」
 相手の筋肉の動きを読み取り、動き出しのタイミングを見つけ、突進の左右を見分け、後の先を取る。
 指示を聞いた龍花が跳ねる。
 明日香は熊の手が届かないぎりぎりのところを見極め横をすり抜けるように駆け抜ける。
 二人は互いに対象の攻撃を回避し、龍花はニ丁コイルガン、明日香はコンバットナイフを二本取り出す。
「いくわよっ!」
 さらにふところから取り出した3本の投げナイフを、手に二本もったまま器用に対象の頭部めがけて投擲。同時に疾駆し密着するほどに接近する。しかし対象は振り向きざまに全てをたたき落とした。そのままひづめによる連続攻撃に移る。ただ単に振り回しているだけの手だが、筋力増加によって恐ろしく早いスピードで動いている上、掠めただけの木の幹が、半分以上抉り取られるほどのパワーをもっている。
 内心ぞッとしながら全感覚を総動員して、至近距離での攻撃を回避し続ける。
「熊なんかにっ!」
 能力の全力発動。
「負けてたまるもんですか!!」
 視覚触覚聴覚感度を最大まで引き上げる。
 感覚拡大による情報量の大幅な増大に脳内処理速度が一瞬低下。味覚嗅覚完全遮断、不必要な部位の触覚遮断により脳内処理速度を確保。さらに聴覚を指向性に変換し、空いた容量を論理思考に使用する。そして対象の行動の予測が容易になる。
 両手のコンバットナイフが舞う。回避と同時に斬り付けまた攻撃を回避、再び斬り付け、回避。
 しかし筋肉の硬化にによって鋼と化した能力者でもある熊の皮膚には傷ひとつ付けることが出来ない。
「どけッ!!カナ!!」
 耳に響く言葉。聞こえた瞬間から動き出す。
 直後、熊の1トンはあろうかと言う巨体が弾かれたようにぶれた。さらに連続して対象が揺れる。側頭部に連続して実弾が命中しているのが見えた。
 しかし無駄。
 頭部の強化率は半端ではなく、ホーローポイント弾をもってしても貫通はおろか、頭蓋骨の表面で止まってしまい、脳にまでは届かない。その衝撃も、どういうからだの構造をしているのか脳表面の筋肉によって緩和されてしまっている。
 まさに狂獣。
 完全に生物としての能力限界を越えた狂獣は頭を振り、歩き出す。つまりは、たったそれだけの分しかダメージを与えられなかったということ。完全に予想以上。
「…………何なのよ、いったい」
 刃こぼれして使えなくなったナイフを捨てる。そして取り出したのは、洸平の黒杖、龍花のコイルガンと同じ素材の漆黒のナイフ。
 持ち手部分が短く、そのわりに刃の部分が三十センチもあるいびつなナイフ。それを両手に構える。
 そこに狂獣の攻撃から逃れてきた龍花が隣に着地。
「効果があるのは眼と耳と口だけだ。あとは完全に防御される。しかもその弱点でさえ強化してると来た。そのナイフならいくらかは斬れても決定打にはならねェからな」
「わかったわ。私はどうすればいい?」
「ひとつ目、死ね。二つ目、死ね。三つ目、隙を作れ。四つ目、死ね」
「三つ目だけ了解したわ」
「十二分。じゃあ行くぞ」

 その時、離れたところで天を貫く巨大な光線が放たれた。
 動くきっかけには十二分。
 二人と一頭はさらなる戦闘を、始めた。

 餌が二匹。ちょこまかと鬱陶しい。軟弱な人間ごときが抵抗するなど愚の骨頂。その愚かさを思い知るがいい。
 筋力増大。
 脚部肥大、胸部肥大、背部肥大、上腕部肥大。
 結果、全体としてふたまわりほどの質量増大。
「ガアアアアアアァァァァァァァアアアアアアア!!!!!」
 全力で地面を蹴る。増大した体重と急加速を地面が支えきれずに土が爆発。飛び散る砂塵。一歩の距離は攻撃圏内に相手を納めて余りある。
 右手を振るう。風を斬り裂き。空気が鳴る。
 男が跳び去り逃げたが女は今だに其処にに佇んでいる。まるでそんな攻撃など効かぬと言うがのごとく。当たるはずがないと言うがのごとく。
 その女に向かって避けられることを承知で蹄での斬。
 予想通りその手は空を切る。だがフェイント。慣性はそのままに男の跳び去った方向まで腕を振りきる。
 衝撃波。
 てのひらと腕で押し出した空気は見えない砲弾となって空中を疾る。
 反応が遅れた男は見えない衝撃波の軌道を読みきれずに激突。からだ全体に覆い被さるような衝撃は男を吹き飛ばすだけの威力を持ち、吹き飛ばされた男は数メートルの浮遊、飛翔の後、背後の樹木に激突。衝撃は木を揺らし、まだ青々しい葉を大量に落下させる。
 女が何か叫んだが、その隙こそが本当の狙い。踵付近で爆発が起きたような音をさせ瞬間的加速で急接近。
 全体重をかけ、避けようのない一撃必殺の即死技を放つ。
 切り裂きではなく打撃。
 超加速の一撃。
 そして確かな手ごたえ。
 しかし超高威力の衝撃が吹き飛ばしたのは女の背後にあった木の幹だけだった。大穴が開き、中間を丸ごと失った樹木は重力に従ってゆっくりと地面に向かって倒れ落ちて行くが、本命の女がどこにもいな……
 ―――ヒュン
 風切り音に気付けば、既に顎に長大なナイフが刺さっていて、
 からだの下に潜り込んだ明日香は既に踏み出しは終えていて、
 限界まで足のバネを使った掌底はナイフのグリップが標的で、
 突き上げるような衝撃は顎の皮膚を貫通し、それでも慣性はなくならず、舌を貫き、上顎まで達し、脳に達するぎりぎり直前で停止した。
 ――――――!!
 凶暴なまでの痛覚信号が脳を襲う。
 咆哮。しかしその口から出てくるのはまっかな鮮血とかすれた声だけ。一刻も早くそのナイフを抜こうと手をかければ、それを見越していたかのように振るわれるもう一本の女のナイフ。腕の半分まで食い込む傷をつくったが腕など関係ない。全力で顎のナイフを引き抜き捨て去る。
 爆音。加速。逃走。
 全力の一歩は女との距離を確実に引き離した。どう考えてもこの位置関係からでは威力のある攻撃は撃てまい。
 そう思ってしまったこと。
 注意が女にしか向かっていなかったこと。
 顎部の傷に意識が向かっていたこと。
 それらはひとつの存在を忘れ去るのに十分な要素だった。
 すなわち、
「ょう。空中水平飛行は楽しかったぜ」
 後頭部、いや、首に巻き付く柔らかい感触が、つまりは沖山龍花という存在が頭の上に首に足を巻き付けて居座っていると言う不愉快な事態になっていることに気付いたのはタイミングが少し遅く、
「まあ、ようはあれだ」
 龍花の両手に収められている二丁コイルガンは弾倉が替えられていて残弾数は最大で照準は熊の頭部への0距離射撃。
「死ね」
 無音の衝撃、衝撃、衝撃、衝撃衝撃衝撃衝撃……。連続した衝撃はまるで一つの長い長い、長い長い曲のように、響いて、鳴って、連鎖して、繋がって、そしてさらなる衝撃、衝撃、衝衝激衝撃衝衝撃激撃檄戟覡劇鬩鷁――――――――――――


「ハァ、…ハァ…………………ハァ」
 息がきれている。
 コイルガンの全弾連射のクイックロッドは、両腕のみならず全身に深い疲れと反動を残していた。
 さらにその前の衝撃波と木への激突はかなりのダメージを身体に残していた。
 痺れた手では新しい弾倉への交換すらままならないほど。
 とりあえずコイルガンをもとのホルスターに戻して地面にへたり込む。木に寄り掛かって胸ポケットからしばらく吸っていなかったタバコを取り出し、ライターが無いことに気付き、コンビニでもらったマッチで火を付け一服。煙を吸い込み、肺に巡らせ、吐き出す。
「ゴホッ、カハッ……」
 むせた。
 しばらくぶりのせいか、うまくいかない。いや、息がきれているからか? 肋骨でも折れたか?
 もうどうでもよくなって吐き捨てる。ついでに箱も投げ捨てる。
 足音。
 前を向けばカナがこっちに来ている。
「だ、大丈夫? トラ?」
 近付いてきたカナが声をかけてきた。
 ああ、大丈夫だ。それよりテメェは死んじゃいねえだろうな。
「ハァ………ハァ」
 思考した言葉が口から出ない。出るのは荒い呼吸のみ。そして血。
「ハア、だい…じょ………うぶだ。なん…と、もない」
 唇の脇から血を垂れ流して大丈夫も何も無いだろう。今の自分を見て大丈夫だと思える人間が何人いるだろうか。
 それでも大丈夫といってしまうのは何故なんだろうか。そこまで強がってみせたいのか、あるいは心配をかけさせたくないのか、あるいは弱い自分を見られたくないのか。
 まあ、そんなことはどうでもいいだろう。
 どうでもいいといって全てを思考停止に陥らせている自分はどこまで堕ちていくのだろう。……まあ、………………どうでもいい。
「っ、大丈夫なわけないでしょっ!!」
 いきなり聞こえてきた大声に一瞬怯む。
「そんなケガして、血まで吐いて、ホントに………大丈夫なわけないでしょう……」
 そんな眼に涙をためてうるうるした視線を浴びせられたら困る以外に俺ができることと言えば謝ることぐらいで、
「………ご、ごめんな」
 すると明日香は下を向いていた頭をあげて、さっきまでの様子が嘘のように晴れやかに、偉そうに、言った。
「いいわ。許してあげる」
「ははっ。それはどうも」
 よかった、カナは無事で。
 心のそこから安堵して、ふと正面の明日香の顔を見上げてみると、眼が微かに赤くなったままの明日香の笑顔と、その背後にそびえたつ大きな、巨大な黒い影が視界に入った。
「―――ッ!!??」
 飛び退け! 逃げろ! そこから離れろ!!
 どの言葉も、限界を越えた使い方をした肺からは、意味をなさないうめき声としてしか聞こえなかった。
 目の前のカナが俺の表情を見て取って後ろを振り返ったが、その時既に身体は揺れていて、衝撃で真横に吹き飛ばされていた。
 くそっ!!
 動けよ!! 
 動けよカラダ!! 
 立て!!
 立てよこの足がッ!!
 まだだ。まだ終わってなかった。
 熊は吹き飛ばした女のコトなどもう興味はないとでもいうようにそのうつろな視線を俺にだけ向けて、ゆっくりゆっくりと、一歩一歩近付いてくる。
 オレのせいか?
 そうだ。
 とどめを刺さなかったオレが悪い。
 だからといってこのままやられてやるわけにはいかない。
 オレが済めば次は確実に明日香の番だろう。そんなわかりきったオチにつきあってやるほどオレはヒマではない。
 だから動け。
 オレよ動け。
 このからだが壊れたとしても、動け。
 右手を握る。OK。
 左手を握る。OK。
 握力なんてゼロに等しい。それでも握る。
 足に力を。腰に力を。身体に力を。さあ、立て!!
 幸いなことに背後は木だ。一人で立つよりよっぽど楽だ。
 OK。
 身体が持ち上がる。ゆっくりと。
 
 それでも、
 
 間に合わないのはわかっていた。
 そんな力なんて残ってないのはわかっていた。
 もしコイルガンの弾倉を替えて一発でも打てていたら違ったかもしれない。
 それでも、立たないといけない気がした。
 身体が、心が、そう叫んだ。
 しかし
 叫びは届かない。
 熊はもうそばに来ている。
 もう振りかぶっている。
 その腕が振り降ろされ――――――。

 金属音がした。
 熊との間にもう一人の影が見えた。
 この暗い昏い漆黒の森の中で、星々の微かな光に照らされながら、そいつはいつもの笑顔で、明るく、嫌味なくらいに朗らかに、言いやがった。
「こんにちは龍花さん。どうもこの状態では僕がすこし出遅れてしまったみたいですね。いろいろと大変な目にあったみたいですけど遅れてしまってホントにすみません」
 そういいながら顔をこちらに向けている。しかしその間も、右手一本で持った黒杖で、熊との鍔迫り合いとでも言うべき拮抗を続けている。
「僕が来たからにはもう大丈夫。どんな敵もイチコロさ。とかなんとかいってかっこいいセリフで助けてあげられたら最高だったんですけどそれじゃああまりにも短絡的かつ直接的で、クサそうだったからやっぱりいつもどおりの挨拶でいくことにしたんですけどもどうでした? 僕の登場シーン」
 力が抜けた。さっきまで全力を使って、それこそ死んでも立ち上がろうとしていたのが嘘のように、もう立ち上がるのさえ億劫になってきた。全てこいつのせいであり、悔しいが、こいつのおかげでもある。
「じゃあ龍花さんはそこで寝ててもらって結構ですよ。あとは僕がやりますから。なに、頭に何十発も弾丸を受けた哺乳類なんて、たいしたものじゃないですよ。では」
 最後のほうはもう頭の中で文字として変換されていなかった。
 意識が闇の中に吸い込まれる直前に聞こえたのは、なにか重いものが土の上に落ちる音だった。

  1. 1990/01/04(木) 01:04:00|
  2. 創作小説
  3. | コメント:0
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