苦労したとか、それを作るためにどれだけのコストを費やしたかとか。
正直な話どうでもいいわけで、最終的に認められるのは出来上がったものの質なわけだ。それも基本的に一般人から観てどうかというわけで、それが技術的にどういう風に優れていて、どんなに難しいプログラムや技術が使われていたとしても、見る人は大抵そんな苦労なんてどうでもいい人たちばかり。
2Dの授業の講師が、空間を使ってデザインを魅せる人なんだが、見た目は手抜き。でもセンスは最高。だけど、一般人からみれば適当。結局は見た目の問題。
だからこそ、今やるべきはコストダウンや効率化をかっ飛ばして、自分のやりたいことをやりたいだけやるってことなんだと思う。
ここを逃したらもう無い。次に出来るようになるには、それだけの力がついて、自分が自由に出来るものを持つレベルになってからになる。それまではコストダウンと効率化の中でクオリティをひねり出すことになる。
今現在の最高の力を、必要なだけの時間を費やして、作品を作り上げることに意味がある。そんなことが出来るのは今か、将来の将来だ。時間に追われることを体感するのは重要だと思う。締め切りは絶対だし、時間は有限だ。それは変わらない事実で、それを学ばないで社会にでてもどうしようもない。どうしようもないというか使えない。一番重要なのは期日通りにあがることで、集団はそうしないと回らない。
でも今はそれを免除されてる。
コンテストに応募するのも自由。自分で何をするかは本当に自由。時間もある。ソフトもある。これだけのなかで時間に縛られる意味は無い。クオリティをとどめる理由も無い。
だから俺はあと3ヶ月かけてでもみーまーMADを完成させることにする。
- 2008/06/18(水) 23:06:51|
- 散文
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