電撃文庫と堕落生活*でんだら*

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落ち込んだ。

microSDが消えた。
励ましてくれた人ありがとう。
でもMADは消えてなくなったんだよ。星のようにね。

そんなわけで本気で気が滅入ってるので適当になんか書いてれば直るんじゃないかという妄想を膨らましたわけですよ。

そうそう。
で、あれですよ。サイコロが7面になったらどうなるかってやつですよ。
わかるひとにはわかるけどロリコンさんにしかわかりませんねわかります。

まあそんなことはいいんですよ。サイコロが7面になる。まじ遊戯王プレイヤーにとっては一大事だな。
まずスナイプストーカーの当たる確立が5/7になる。まじ5/7と4/6の違いは大きい。71%と67%。3%の違いがどれだか知ってるか?
統計学上、3%以上の事項はよくあることに分類されるんだよ。つまり、今まで信頼できなかったほどの確立が、信頼にたる確率になってきたってことなんだ。
スナイプの時代来たねこれ。

他のカード考えてみたけど、他のカードは大体指定してたからどうでもいいや。

というか無理だろ。
なんで(ロリコンさんはこっから幼女の話に持ってけるんだよ。神だろ。
まさにロリコン界のカリスマだな。


どうでもいいや。
頭が沸いてきたので何も考えずに書きます。変換めんどいや。どうでもいい。
まあいい。
といっても何も考えていないっつーことは何も駆けないということと同義なわけで、それゆえ人間は考える生き物だという仮説が立っているわけでもあるわけだが、だからといって考えない生き物が人間でないという仮設と、考える生き物が人間であることは不可逆ではなりえず、必要十分条件を満たすほどの過程の検証にはなりはしない。
不可能の証明が難しいことのように結局のところ実在の証明ほど簡単なものはなく、しかしそれゆえその証明が難しいともいえる。複数論理の多重展開から難解で奇怪な文章を元にして反証を求めたところでその責務は皆無であり、以上のことから人間と思考との関係は論理的に考えて否定せざるを得ないことを論証とした反証としての確認に仮定される。
ここで人間は考えない生き物であると仮定した場合を背理法というがこの欠点はその文章の途中で再び背理法を求めなけらばならない状態に陥り背理の背理は正攻理論以外の何者でもなくだからこそその反証が求められないという矛盾螺旋に陥ることになる。これを防ぐために一般的な確証を論拠とする証明を用いることでその反証を確固たるものにすることが可能である。


あー。
やっぱ俺はこういうほうが向いてるのかもしれないな。
それにしてもニコニコは全てを忘れさせてくれる事に関してはエキスパートだな。



結構何とかなった気がする。
今日のカラオケで復活しよう。うん。
  1. 2008/06/07(土) 01:18:45|
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