電撃文庫と堕落生活*でんだら*

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【くるこい】第14話 結末

  第14章

 目が覚めた。
 正面は、真っ白い天井だった。
「起きたか少年」
 横を向くと、りんごを向いている綾香先輩がいた。
「ここは、……どこですか?」
「病院だ」
 そりゃあ、見ればわかる。
「逢坂と……春名は……」
「引っ越した」
「え?」
 意外な言葉に、耳を疑う。
「二人揃って北海道と沖縄に引っ越した。逢坂は北。春名は南だ。連絡先を聞いてないから、多分もう会うことは無いだろう」
「タチの悪い冗談ですか? それ」
「ああ、本当に……タチの悪い冗談だ……。お前も、忘れたわけじゃないだろうに」
 先輩の言葉に、覚醒した頭を回転させる。
 最初に思い出すのは、遊園地。そうだ。遊園地にいったんだ。
 先輩がついてきて、途中で会華と会って、ベンチで居眠りして、春名と逢坂どっちをおぶるかで先輩と張り合って、
「次の日から春名がおかしくなって……」
「私の裸を見て、逢坂とキスをしていたな」
「そうでした。ああ、会華がいなくなって……それから」
 次の日は、春名と会って、普通に過ごして、校舎裏に呼び出されて……。
「…………………………」
 そして全てを思い出した。
「……タチの悪い冗談ですね」
「学校では、そういうことになっている」
「本当ですか?」
「ああ、本当だ」
 苦々しい顔をしながら、先輩は答えた。
「つっッ」
 どうしたのかと首を向ければ、親指を舐めていた。
「慣れないことはするもんじゃないな」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫か、じゃないだろ。お前はもっと心配すべきことがあるだろうに」
「はぁ」
 それだけ言って、絆創膏を親指に巻いて、りんごの皮むきを続ける先輩。
 話しかけてくる雰囲気を消してくれたので、思考に没頭する。
 あの時……。
 俺は何も出来なかった。
 二人を止めることも、やめろと声をかけることも、だんだんと顔が険しくなっていく逢坂を守ることも、本当に嫌そうに泣きながら包丁を振るう春名を止めることも……。
 体中の力が抜けて、喉も動かせず、眼球を動かして全てを見ることしか俺には出来なかった。
 だからこそなのかもしれない。
 全部。全てを鮮明に覚えていた。
 春名の泣き叫ぶ声。痛みに耐える逢坂のうめき声。包丁が肉と触れ合う音。苦しそうに眉をゆがめる逢坂の顔。そして、胸を刺された痛み。目を刺された痛み。喉が潰れるほどの叫び声。
 思い出すだけで、吐き気がし、そして同時に痛みを覚え、その辛さに悲しみを思い起こす。
 それを見ているだけしか出来なかった自分がとても情けなく、みじめに思えた。全てを回想し終え、最後に思ったことは、逢坂と春名にもう一度会いたいということだけだった。
「先輩」
「なんだ?」
「逢坂と春名の葬儀は、あったんですか?」
 引っ越したことになってる人間の葬儀をする必要なんて無い。そう思ったが、残された一縷の望みに縋ってでも、出来なかった別れは済ませたかった。
「無いよ。そんなもの。遺体なら私が保管しているが」
「そうですか……。…………今なんて言いました?」
 何か重要なことを聞いた気がした。
「遺体なら私が保管していると言ったんだ。私の家系は無駄に金持ちでね。こういうときにしか役に立たないから、役に立ってもらったんだ」
 先輩の言葉の節々には、自分の家を嫌っているニュアンスが漂っていた。
 だから、そのことには触れず、ただ結果だけを聞く。
「どこにあるんですか?」
 主語は言いたくなかった。遺体と言ったら、認めてしまう。まだ、まだ認めたくなかった。せめて確認してからにしたかった。
 自分の中では、ついさっきまで一緒にいた人間が、死んでしまったなんて……。
「私の家だ。すぐ……は無理だな。君の容態もあまり芳しくない。もう少しで失血死するところだった」
「先輩が……助けてくれたんですか?」
「たまたま通りかかってな。――というのは嘘だ。叫び声がしたから行って見たら、あの二人が斬り合っていた。止めようと思った瞬間にはもう決着がついていてね。私専属の医者を呼んで、全員助けようと思ったが、あの二人はもう無理だった」
 一息で言って、ふぅ、とため息をつく綾香先輩。
「正直君もぎりぎりだったよ。意識は既に無くて、かなりの量を出血してたからね。君のお父さんの献血が無ければアウトだった」
「父さんが?」
「今は病室の外で寝ている。丸三日ずっと君の事を呼んでいた。少し休ませてあげなさい」
「そう……ですか」
 静かな時間が過ぎる。りんごをむく音だけが響く。
 包丁を見て、少し心がざわついた。
 当分は肉料理作れないな、と緊張感の抜けた脳が考える。
 ぼーっと天井を見ていた。春名のこと、逢坂のことを考えながら。
 先輩が口を開いた。
「現場の血痕、その他の細かな厄介ごとは私がなんとかした。幸いだったのは、その時教師、警備員含めて、学校関係者は全員その時間のことを覚えていなかったことぐらいだ」
「なんですか? そのホラーは」
「ホラーでもなんでもない。ただの睡眠薬と、催眠術だ。証拠すら残らないから、犯人がわかっててもどうしようもない」
「犯人?」
「知らなかったのか。全ての元凶だよ。春名を壊し、逢坂をけしかけ、お前を殺そうとした」
 一呼吸置いて、先輩はさっきの自分の家を見下したときの数倍の嫌悪をこめてその名を呼んだ。
「来栖美樹。まさかとは思ったが、ウチの傘下にいる来栖グループの一人娘だ」
「委員長が? そんなまさか」
「春名が変わった前日に一緒にいたのは誰だ?」
「でも電話があったって言ってたのは…………」
「それも来栖が言い出したんだろうな。春名としては従わざるを得なかった」
 そして、そこから語られる先輩の言葉は、にわかには信じがたいことばかりだった。
 春名の両親は、自宅で死体で発見された。父の手首から先は途切れ、母の腹部には大きく切り開いた後があった。部屋中が血で染まっていて、二人の死亡推定時刻はちょうど遊園地から帰ったその日の夜だった。
「私も見てきた」
 先輩が言う。
「あれは、人間を人間として見ていない。最低の行為だ」
 嫌悪を隠そうともしない。
「だが、やつを殺そうにも、後ろが大きすぎる。クソっ、なんて無様なんだ私は! 親友の仇ひとつとれないというのかッ!!」
 取り乱している先輩を初めて見た。激情に駆られたその目は何を見ているだろうか。
 そして激怒する先輩の言葉は、俺に突き刺さる。
 ――なんて無様なんだ。誰一人として助けることも出来ない。
 そして再びの沈黙。
 痛いぐらいの沈黙が続く。
 思考は一時的にボイコットしたらしい。何も考えられない。
 言葉も無く。音も無く。
 しばらくして、先輩がぽつりとこぼした。
「……りんごでも、食べるか」
 今まで向いた分のりんごを皿に載せて渡してくれた。
「ありがとうございます」
 ひとつ食べる。かじり、噛み砕き、汁を飲む。
 三口目で、ひとつ分を全て口に入れ、噛み砕いていると、先輩が言った。
「あの子たちを裏切ることになってしまうな」
「?」
 口を開けないので首を傾げると、ベッドに飛び乗った先輩に唇を奪われた。
「!?」
 そのまま、舌で口腔を犯される。逃げられないように抱きつかれて、口の中で舌を蠢かされる。逢坂のような、熱烈な感じではなく、ねっとりと、まとわりつくように口を吸われる。歯茎の隅々まで舌を伸ばされ、唾液が流し込まれた。
 りんごの果汁と、まだ噛み切れていない破片を先輩は吸い出すように持って行き、代わりに自分の口から湧き出る唾液を渡してくる。
 ――心の中の、何かが壊れた気がした。
 自由になっている両手を、先輩の背中に回し抱き寄せ、自分から先輩の口の味をむさぼる。舌を絡ませ、喉の奥まで伸ばし、歯がぶつかり合っても関係なく、そのまま唇も舐めまわす。頭がおかしくなってくる。息が続かない。酸欠の頭で、逢坂のキスを思い出し、逢坂を思い出し、逢坂の死に顔を思い出し、先輩を突き飛ばした。
 ベッドから転がり落ちる先輩。
「くっ」
 脇腹に鈍い痛み。当然のことながらまだ完治はしてないらしい。
「すみませんっせんぱ――」
「いい」
 断言口調で、手のひらを見せ、俺の言葉を止めた。
「君が罪に感じることなど、君は何一つしていない。全ては私の身勝手だ」
「先輩……」
 床に座ったまま、両手を見て先輩は言う。
「たまに自分が嫌になる。逢坂君と春名君の死体を見ておきながら、言葉で二人は死んだ……と考えたとき、私の心には確かな喜びがあった。『やった、これで邪魔者はいなくなったぞ』ってね」
 俺は何も言えない。先輩の独白に入り込む権利も無い。
「無様だろ? 自分の力で勝ち取れないものなら、おこぼれでもかまわないと言う、この醜い根性は。まったく、自分で言ってて嫌になる」
 そこまで言って俺のほうを向く。
「鉱。卑怯な自分を見せて、さらに気を惹こうとしている私の心を知った上で聞いて欲しい」
 最後の恥を、一番見せたくなかった恥部を見せるように、先輩は言った。
「私は君のことが好きだ。卑怯な私でもかまわないと言うなら、恋人になって欲しい」
 言い切って、目を伏せてしまった。
 俺の返事は、どうなんだろうか。
 春名が消え、逢坂が消え、残された先輩が、俺を見てくれる。
「……………………考えておきます」
 先輩は、あきれるような顔をして、笑った。
「ははは、確かに。それが鉱らしいな」
 と、
 ドアのほうから声が聞こえてきた、ドアをぶち破るかのように開け、入ってきたのは父さんだった。
 泣きながら、俺に抱きついてきた。
「よかった。よかった。本当に……よかった、よかった……」
 綾香先輩と目を合わせ、二人して微笑んだあと、俺は泣いた。

   ■

 しばらく入院して、次の次の週。
 遊園地に行った日曜日から、3週間が経過した。
 季節は既に秋を完全に呼び込み、うっすらと黄色く染まっていただけのイチョウは、退院する頃にはすべて散っていた。
 退院してまずしたことといえば、墓を作った。
 逢坂と春名は、西園家で、先輩に頼んで火葬にしてもらった。
 最後、棺の中の二人は何事も無かったかのように笑っていた。
 涙を我慢していたら、先輩に抱きしめられた。赤子のように泣き叫んだ。
 葬儀は簡単に済まされ、墓は西園家の私有地に作られた。
「私が、彼女達を忘れるわけにはいかないからな」
 それが綾香先輩なりの決意だったのだろう。
 俺に必要な決意はなんなのだろうか。未だに決めかねていた。

 もう1週間だけ休んで、学校に行くことにした。

   ■

 逢坂の机は、既に無かった。
 春名の教室に行ったが、春名の席も既に無かった。
 クラスメイトは、久しぶりの来訪者を質問攻めにした。俺は、階段から落ちた拍子に、階下の金属板に腹を突き刺したことになっていた。
 逢坂はもちろん転校したことになっていた。
 自分がいるのかいないのか。わからなくなってきて、目の前を見たら元気そうな会華がいた。
 例の月曜日から二日間ほど記憶が無いらしい。水曜日まで寝てたというのが会華の結論らしい。なんにせよ、死んでなくてよかった……。
 初日だけは、先輩との部活を休み、先に帰ることにした。
 下駄箱に、便箋のみが入っていて、
『校舎裏で』
 と書いてあった。
 予感を感じつつ、校舎裏に向かった。

   ■

「やっぱりお前か」
「高坂元気だねー。入院してる間にずいぶん痩せたんじゃない?」
「委員長こそ元気そうでなによりだ」
「にゃはは、お褒めに預かり光栄です隊長」
「会華は?」
「会華ちゃん、あれだけ可愛いんだから女の子だったらよかったのにねー。輪姦学校でトラウマ植えつけてあげようかと思ったのに、立派に男の子なんだもん。三日間寝てたから元気になったんじゃない?」
「そうか、それはよかった」
「あれ? いろいろ聞きたいんじゃないの?」
「とりあえず会華には何もしてないことがわかって安心しただけだ」
「だっていっぺんに死んじゃったら、つまんないじゃない?」
「……そうだな」
「だからさー。ゆっくりゆっくり殺してあげるの。心から。周りの人から。あーでも、おかーさん死ぬの早かったよねー」
「おかーさ……ん?」
「そ、君のおかーさん。ちょっといじめたら、ころっと死んじゃったんだもん。あれは焦った焦った」
「母さんも……お前のせいで死んだのか」
「ほらそんなに怒らない怒らない。らりーっくす。でもでもあたしは殺してないよ? 自殺だからね」
「……父さんが仕事やめたのは関係あるのか?」
「半分ねー。ちょっと上司にお金上げただけだけど。あの頃はどうやっていじめようか悩んでたから加減がわからなくて……」
「そういえば、まだ聞いてなかったけど、何で俺を狙うんだ?」
「ちょっと違うかなー、60点。こーさかにしてはもうちょっとだったね」
「じゃあ……」
「残ってるのは一人なので残念不正解ー。君のお父さんが憎くて憎くてしょうがないわけですよはい」
「理由は?」
「ママを殺したから。ママは歩道橋から飛び降り自殺した。そのママを跳ねたのがあの男。それだけ」
「委員長もそろそろ死ねるぐらい恨み持ってるんじゃないか?」
「だいじょーぶだいじょーぶ、そしたらその人の家族を脅しに使うだけだから」
「腐ってるな」
「納豆だからね。ねばねばー」
「もう話は終わりでいいか?」
「もういいの?」
「お前がどうしようもないクソ野郎だってことがわかっただけでいいよ。殺してやりたいけど、どうせそしたら俺の親父が死ぬんだろ?」
「よくわかったね。満点満点」
「もう一生話しかけるなよ。じゃあな」
「あーっ待って待って、それじゃだめだなぁ。挨拶はそんな態度じゃだめなんだよ?」
「あ?」
「ほら手出して、はい握手握手。これからもずーっと仲良くしましょうね?」
「死んでしまえ」
「お父さんが? それとも綾香先輩が?」
「――――ッ!!」
「そ、ゆ、こ、と。では改めて、これからも日常ごっこ、よろしくね」
「…………ああ、『また明日』な」
「じゃーねー」

   ■

 一番辛いのは生きていくことだと言ったのは誰だろうか。
 そいつに、最高の賛辞を送りたい。

 ああ、
 まったくその通りだ。
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  1. 1990/01/04(木) 02:14:00|
  2. 創作小説
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【くるこい】第13話 終末

  第13章

 風が吹いている。
 残暑が残っているとはいえ、季節はだんだん秋に近づいてきていて、風の肌寒さもそれを象徴しているようだ。
 そこに立っているのは逢坂と春名。
「どうしたの。アイ。こんなところに呼び出したりして」
 早く教室に戻りたい。そんな気持ちがひしひし伝わってくるような、どうでもいい口調。
 その態度が気に食わないらしく、逢坂は近くに落ちていたコンクリートの破片を蹴り飛ばした。
 時刻はちょうど昼休みが始まってから十分が経過した頃。時間はまだまだある。
「どうしたの?」
「どうしたの、って何が?」
「ッ――!!」
 知ってるのにわざと聞いてくる春名の態度に、逢坂は大声で怒鳴ろうとし、その感情を抑えて、しかし声に怒気をはらませて言う。
「……もうこーくんのことは諦めたんだ」
「諦めて……ないよ」
 風が吹く。
「じゃあ諦めて。今。ここで」
「なんでそんなことアイに命令されなきゃいけないの?」
 無視して逢坂は進める。
「別に春名がどうなっても私はどうでもいい」
「……」
「昨日から元気が無いらしいけど、私にとってはそれはうれしいことだから別にどうでもいい」
「……何が言いたいの?」
 無視。
「それでも許せないのは、春名がこーくんの心の一部にまだ残ってること」
「自分勝手」
 無視。
「そんな中途半端な気持ちで、こーくんの心を占有するのは許せない」
「……」
「あなたが決めない限り、私に出番は回ってこない。私がいくらがんばっても、庇護欲で人を引き止める人には勝てない。だってこーくんはやさしいから」
「……」
「私はそんな卑怯な真似は使わない。だからあなたがいなくなって」
「……」
「その態度が、わざとだとは思わないけど、だからこそ――」
「………………」
 最後の一言を言うために逢坂は息を吸い、
「ここから消えて」
 冷たく言い放った。
 直後、踵を返し、屋上を出る。
 バタン。扉が閉まる。
 一人残された春名。
 一人静かに考える。
 考える。考える。考える。
 動こうとせず、立ちすくんだまま、そのままの体勢で、昼休み終了のチャイムを聞いた。
 それでも、まだ。
 動かない。

   ■

 最初は冗談かと思った。
 ドッキリだと次に思い、悪い冗談だともう一度思った。
 ツンとした異臭が鼻をつく。
「お父……さん? お母さん?」
 赤い。
 真っ赤な水溜りに、ひとのかたちをしたおとうさんとおかあさんが落ちている。
 照明をつけていないのは何でだろう?
 ――それはお父さんとお母さんが光を必要としていないから。
 夢。夢想。幻。幻覚。幻想。
 仮定を並べては見たものの、それは単なる祈りに過ぎなかった。
 叫び声はまだあげていなかった。
 だって、叫んで、そして誰かがきたら、これは幻じゃないと決めてしまうから。
 喉が枯れる。
 玄関を開け、廊下を渡り、リビングに入ろうとドアを開けた状態のまま、固まって動けない。
 何を見ているんだろう私は。
 何度も思考の渦に飲み込まれようとしたが、それすらも叶わない。自分と、自分の目に入る世界が全てだと、そう思い込みたかった。
 このままドアを閉めて、一回外に出れば全ては終わっている。
 そうだ。
 とにかくここから離れれば――
 『パチッ』
 唐突に、電気がついた。
 そしてそれを直視した。

   ■

 昼休み、逢坂が居ない。
 それ自体は珍しいことではない。昼休みに教室に逢坂が居ないことなどこの一週間のなかでは日常茶飯事だからだ。だが、教室にも居ず、俺の隣にも居ないとなると、どこに言ってるのか皆目見当もつかない。
 まぁ逢坂にも彼女なりの友好関係があるのかもしれない。俺が見てる中にはそんな友好関係を結べてる奴は来栖ぐらいしか見当たらなかったが。
「なーに考えコンデンサー?」
「委員長。思いつきで会話するのやめろよ」
 うわさをすればなんとやら。
「むっ、人間の80%は思いつきで出来ているってしらないのかい?」
「新学説だな。学会に提唱すればノーベル平和賞が取れるぞ」
「お、マジっすか。じゃああたしが理論の構築するから、論文は任せたっ! 賞金はあたしが8割でこーさかが1%ね」
「残りの19%は俺の親に寄贈しといてくれ」
「残念無念! ユニセフに募金することになりました」
「平和に貢献してるのはそこだけだな」
 まったく。本当にどうでもいい会話だ。
「そういえば、委員長が委員長らしい仕事をしているのを見たことが無いんだが、普段何してるんだよ」
「もちろん、生徒の絆を深めるという崇高な理念に基づいて、生徒間の会話を促す仕事の手伝いを……」
「つまりなにもしてないわけだな」
「まぁぶっちゃけ見た目はそうかもね。実際はいろいろ裏方仕事とかあるけど、そういうのは言わないほうがかっこいいじゃないっすか?」
「確かにそういうことを自慢する奴よりかはマシだな」
「つれないこと言うなよーこーさかー。そこは嘘でも『おお、かっこいいな委員長。君は委員長の鑑だよ! 大好き!結婚してくれ!らぶりーぷりちー超愛してる!』とか言ってくれないと」
「誰が言うか」
「言ってくれないの?」
 かわいい声で言っても駄目だってば。
「というか後半が意味がわからない。そんなに愛に飢えてるのかお前」
「ううん。言ってみただけ」
 だろうな。
「でもさー」
「ん」
「たまに、ね。ホントにたまーにだけどさ、愚痴とかこぼしてみたくなるわけですよ所長」
「そうかそうか。それはよかった」
「ぶー、こーさかが真面目に取り合ってくれないー」
 口を尖らせてぶーぶー言う来栖。
「そういうのは女同士でこぼせばいいんじゃねーか?」
「わかってないなー高坂は。好きな男の子に愚痴ってあげることで弱みを見せて、そこに付け入らせる隙を与えるんですよ」
「じゃあ、なおさら俺は対象外だな」
「ん? なんで?」
「なんでって、お前……」
 待て待て、そんな純粋なまなざしで見られても。
「大丈夫大丈夫。こーさかは愛とはるにゃんのものだから。二人が居る限り手は出さないよー」
「なんていうかお前、よくわからねぇな」
「にゃはは。じゃーねー」
 猫みたいに笑いつつ、来栖はくるくる回りながら、教室の喧騒にのみこまれていった。
「……ってか、あれで会話終わりなのかよ」
 誰も居ないところで一人ツッコミをして、むなしい気分になりながら、ご飯どうしようかなー、食堂でも行こうかなーと、ぼーっと考える。
 特に無ければ会華に相談するのに、あいつもいないから話も出来ない。昨日ほどアイツを探そうと切羽詰ってないのは、学校に来てないということは家に居るということで、帰りにでも寄ればいいと思ったからだ。
 でもだったら昨日寄ればよかったじゃんというのは、まぁ昨日の精神状態からして無理だったろ、と昨日の自分を慰める言い訳を考えてみる。
「まぁ、なんでもいいか」
 思考のことも、昼食のことも。
 とりあえずは席を立って学食に行くことにする。

   ■

 嘔吐した。
 胃からこみ上げて来る消化しきれていない食物は、強烈な酸味をもって喉を通過する。床を汚してはいけないと考えられたのは一瞬で、直後に振り向く暇もなく口から吐瀉物を撒き散らしていた。
「うぐぉおおおえええ、がはっ、うおぇっ、げほっ」
 光がその光景を照らした瞬間、目に入ってきたのはいつもの日常と、ぶちまけられた血液。壊れた人形のように落ちている父さんと母さん。血の水溜り。こぼれ落ちた内臓。むき出しの骨。ちぎれ飛んで、ドア付近に落ちている手。
 一瞬の情報量は多すぎて、そのどれもが、ひとつひとつが精神を汚濁する要素を含有した害悪で、でもそのもとは、全部自分の父親と母親で。
 そのことを気持ち悪いと嘔吐した自分に気持ち悪いと感じ、さらに口から胃から流れ出るものが二乗する。
 助けに行きたいのに、身体は動かず、四つん這いになって吐き続ける自分にこの上ない嫌悪を感じる。
 直視できない。
 目線をあげられない。
 今まで一緒に過ごしてきた人が、愛情を向けられ、愛情を向けていたものが、まったく違うものに変質しまう恐怖。その怖さから目をそらしたまま戻せなくなっていた。
 ふと、声が聞こえた。
 死体と思っていた。
 勝手にそう思っていた、その母親の形をした人形から、声が聞こえた。
「…………あ、…………に…ニ……げて………ハル……な」
 声を聞いて。
 それでも春名は動けず。座り込んだまま、獣のように咆哮した。

   ■

 放課後になり、いつもと同じように茶道部室に行った。
 今日は逢坂も一緒に部室に入ったおかげで、綾香先輩と逢坂が向かい合わせにちゃぶ台を挟んで座った。昨日の今日だ。当然ながら会話がまったくと言っていいほど無く、ただ菓子を食べ、茶をすするだけの時間が過ぎていった。
 途中眠くなったのか、逢坂がちゃぶ台に突っ伏して寝てしまい、そのままにしておいたらいつの間にか最終下校時刻を過ぎていた。
 その間も、先輩との会話は無かった。
 逢坂を起こし、綾香先輩に挨拶をして茶道部室を出る。
 春名を迎えにいこうと思ったが、朝の件もあって、なにを言えばいいかわからなかった。
 会いに行きたいのはやまやまだが、それが春名にとっての重荷になっていないかと考えてしまうようになった。いい進歩なのか、後ろ向きなのか……。
 どちらにせよ、部活の時間もあるし会えるとも限らない。今日はそっとしてあげることにした。
「こーくん。何考えてるの?」
「いや、ちょっとね」
 手を絡ませるだけじゃ足りないらしく、腕まで組んでいる逢坂。
 俺を見上げ、問いかける。
「また春名のこと?」
「…………ああ」
 目線をそらして、少し考え込む逢坂。
「そう、だよね。しょうがないね」
「ごめんな」
「謝らないで!」
 突然の大声にびっくりして、再び逢坂を見るが、俺のほうを向いてはいなかった。
「こーくんは、悪くないんだから。謝らないで、いいから」
「わかったよ」
 ほかにどう答えればいいというのだろうか。そのまま会話はなく、昇降口までの道を歩く。
 今朝、登校するときの沈黙とは正反対の、心に痛い無言。先に何があるでもなく、未来が見えているわけでもなく、その場しのぎの沈黙は0以下の感情しか残さない。
 相変わらず会話が無いまま、下駄箱にたどり着く。
 開け、上履きを入れ、靴を取り出す。その過程で一枚の封筒がはらりと落ちてきた。
「なんだこれ」
 ちょうど一週間前にも似たようなことがあったな。と冗談交じりで逢坂を見るが、逢坂のその眼はその封筒にしか向けられていない。
 表には『おにーちゃんへ』
 裏は無記入。
「愛、ちょっといいか?」
「うん」
 素直に従い、逢坂は一歩下がる。逢坂の方を向き、背中を下駄箱に預ける。
 封筒を開け、三つ折にされている便箋を取り出した。
『校舎裏の桜の木の下で待っています』
 かわいい字で、A5ほどの大きさの便箋の真ん中に、それだけ書いてあった。
 封筒に畳んで入れる。
「愛、今日は先に帰っててもらっていいか? なんなら俺の家でもいいぞ」
「ううん。こーくんがそういうなら帰るよ」
 努めて明るい声を出そうとしてるのだろうか。声が少し震えている。
「そうか」
「うん。じゃあまた明日」
 言って、くるりと方向転換し、先に行ってしまった。
 その背中を見送り、しばらく止まっていたが、春名のところにいくことにした。
 奇しくも、逢坂の告白場所と同じところなのは偶然か。それともそれを春名は知っていたのだろうか。
 どちらにせよ行ってみない限りはわからない。
 それにもしも、俺の部活が終わる頃から待っているとしたら、相当な時間待ってることになる。
 靴をひっかけ、早足で校舎裏に向かった。

   ■

「すごいよねー。あれでまだ死んでないんだよ?」
 大声で叫んでいたはずなのに、耳元で明瞭に聞こえた声に身体は過敏に反応し、喉をふさいでその場から飛び跳ねようとして、自分の吐いた吐瀉物に足を滑らせ盛大に転んだ。
 尻餅をつき、腰骨を強打しつつも、四肢をめいっぱい動かして声の主から逃げようとした。
「慌てなくても大丈夫大丈夫。はるにゃんもはるにゃんのお父さんもお母さんもまだ殺す気はないからだいじょーぶだよ」
 そのにいたのは来栖美樹先輩。バレー部の先輩で、後輩の面倒見のいい優しい先輩。
 でもその表情はいつもどおりだった。いつもどおりの、何が楽しいのかわからないけどとにかく笑顔が絶えない先輩。ころころ感情で表情が変わってしまう私にとっての憧れだった先輩。周囲にいい空気を流してくれる先輩。
 ただ、ここで笑顔になっている先輩を見ても、怖気が走るだけで笑顔は逆に恐怖を煽る。
「それにしても人間ってすごいねー。腕切られても内臓はみ出ても、丁寧にやってあげればなかなか死なないものなんだね。まぁ、あたしはそのまま殺しちゃいそーだけど」
「せ……んぱい?」
 喉がかすれる。声にならない声。頭に浮かんだ言葉を言葉にしただけ。何を問おうとしたわけでもなく、ただただ、恐怖から声をあげずにはいられなかった。
「ん? そのとおり先輩です。さっきから一緒にいたのに忘れちゃったの? ほらー美樹先輩ですよー」
 言って、手を振る来栖先輩。
「で、はるにゃんは何を聞きたいのかな?」
 我に返る。聞きたいことは山ほどある。
 なんでお父さんとお母さんは血だまりなの?
 なんで死んでないって知ってるの?
 なんであの惨状を見て平気でいられるの?

「全部、先輩が、やったんです、か?」

「ちがうよー」
 と軽く、冗談に対して答えるぐらいの軽い口調でさらっと言った。
「でも、頼んだのはあたしだから、あたしがやったことになるのかな?」
 一瞬でも安堵のため息をついた自分が情けなく思え、その直後に恐怖がぶり返してきた。同時に、生きていると言われた両親を助けなければという感情で心が埋まった。
「先輩! 来栖先輩は、お父さんとお母さんが生きてるって言ったよね? 助けて! 二人を助けてよ!」
 狂気に近づくほどの勇気はなく、その場で叫ぶしか方法は無かった。
「んんー、もともとそう言われるためにこんな事したんだけど、でもやっぱりこんなことした張本人にそんなこと言うなんて、はるにゃんも結構変なとこあるよね」
 どうでもいい。そんなことはどうでもいい。自分が変でもそんなのはもうどうでもいい。今、最優先にしなければいけないことは、お母さんとお父さんを助けること。
 そのためだったら、あんなふうにした本人に頼もうと、自分がどうなろうと関係なかった。ただ、助けたかった。
「まぁいっか。じゃあ、はるにゃんがそこまで言うなら助けてあげるけど、ひとつだけお願い聞いてもらっていい?」
 いやな予感しかしない。
 それでもどんな条件でも呑むって決めた。それこそ自殺しろと言われたら、自殺しかねない勢いで、次の言葉を待った。
 沈黙は一瞬。
 息を呑むその一瞬の間をおいて、来栖先輩は言った。
「じゃあ、こーさかを殺してくれたら、二人を助けてあげるよ?」
 疑問符がまずあり、そして絶望があった。

   ■

 時間指定が無かったので、ずっと待っているのだと思い、駆け足で校舎裏に向かった。
 桜の木の下に着いたときには辺りはもう暗くなりかけていたが、そこに春名の姿は無かった。
 呼び出しておいていないとはどういう了見だまったく! と怒るはずも無く、春名が話してくれるのならば、このまま何時間でも待つ構えだった。
 既に役目を終え、次の春に備えて冬を越す準備をしている桜によりかかり、待つことにする。
 目を瞑り、風の音を聞いて心を落ち着かせる。
 春名が来たら、まず話を聞こう。質問はしないで、最後まで聞いて、それでもわからないことがあっても、それは春名が話したくないことなんだと。決心して、それでもなお話せないことなんだと、そう自分に言い聞かせてそのまま帰ろう。それでおしまい。この不安は全部なくなって、今までのように過ごせたらそれで満足だ。誰を選ぶかなんてそこからでいい。
 心に決めた。
 求めすぎのようにも思えたが、ネガティブに考えてもしょうがない。
 そして風が吹いて、足音が聞こえた。

   ■

「え? なんでおにーちゃを……」
「別にホントは、はるにゃんじゃなくてもよかったんだよねー。でも、はるにゃんが一番こーさかと近かったからさ」
「近かった?」
 そのときばかりは、両親のことも忘れ、先輩の言葉に聞き入っていた。何か、聞き逃しちゃいけない、重大なことのような気がした。
「うん。会華ちゃんでもよかったんだけどさ、やっぱり愛情って大きいよねー。他人よりも友達。友達よりも仲間。仲間よりも親友。親友よりも家族じゃない?」
「…………」
 ただ聞くしかない。そこに質問の余地は無い。
「でも、こーさかの家族ってつまりはアイツの家族だから。それはまだ早すぎるかなーってね。だってほら、崖からいきなり突き落とすより、崖に手が引っかかって助かるかもしれない、って時にその手を踏みつけた落としたほうが、楽しいじゃん? と不肖この来栖美樹こと委員長は思うわけですよ。はるにゃんもそう思うでしょ?」
 理解は出来ない。でも同意も出来ない。否定も出来ない。
 疑問系の語尾で締めくくっていたとしても、先輩の言葉は私に回答を求めてはいない。
「だから一番家族に近いはるにゃんが適任だったんだよねー。ちょうどはるにゃんにも家族がいたし」
 そんなことのために、そんな理由で、お父さんとお母さんは、あんなことになってしまったのか。ただ私が、おにーちゃんと仲良くしてたから……。
「で、さ。そのおにーちゃんをころしほしーなーって、美樹先輩は思うわけですよ。そしたら助けてあげるよ? おとーさんもおかーさんもはるにゃんもみんなみんなー。生きているから友達なーんーだーってね」
 おにーちゃんの命ひとつで、三人の命が助かる……。
「まーね。別に殺さなくてもいーよーって。そのときはあたしは何もしないだけだから」
 何もしないということがどういうことか。
「はるにゃんのおとーさんにもおかーさんにも何もしない。ああ、でも救急車とか呼んだらちゃんととどめさないとねー。はるにゃんが何もしなければなんにもしないよー」
 言葉が言葉の意味を成して頭に入るごとに、自分の中の恐怖が増大する。
 その口調が、その吐息が、その言葉が、いつもの先輩とまったく変わらない。これっぽっちも変わらない。自分に対して優しい言葉をかけてくれたときと、何も変わらない。
 その事実に心が壊れそうになる。
 優しい声で、おにーちゃんを殺せと、さもなくば両親を殺すと、そう問いかけてくる声に、その選択肢に、心が壊れそうになる。
「まー、はるにゃんはそのままで、二人が死ぬだけだねー。後始末は自分ひとりでやってもらうけど」
 一瞬。そう、ほんの一瞬だ。自分の手で、お父さんとお母さんの死体を抱え、運ぶ姿を想像し、再び吐き気が舞い戻ってきた。
 もう出すものも無いというのに、際限なく湧き出てくる吐き気には、ほとんど透明な胃液を吐き出してもまだ足りない。
「大丈夫かい? はるにゃん?」
 背中をさすってくる。その手が、本当に自分を労わってくれているような撫で方で、違和感が気持ち悪さを伴って、脳髄に響く。
 反射的にその手から逃れようと、四つん這いになっていた右手で振り払い、支えを失った身体は床に倒れこんだ。
 髪に吸い付く胃液の匂いは、すでに感じなくなっていた。

   ■

「春名」
 口に出して春名を呼んだ。
 彼我の距離は目測で5メートルぐらいか。そこで春名は止まった。
「ここって、アイが告白した場所なんだってね」
「何で春名がそのこと知ってるんだ? 誰にも言ってないのに」
「会華が教えてくれた」
「アイツか。そろそろアイツにもなんとか言ってやらないとな」
「そうだね」
 春名は微笑んで、手を後ろに組んだまま、こっちに歩いてくる。
「それで、逢坂が告白した場所で、何の話をするつもりになったんだ?」
「うん。ちょうどいいよね。だっておにーちゃんの記念の場所だもん」
 会話がかみ合ってない気がする。
 距離は3メートル。
 春名はゆっくり歩いてくる。
「どうしたんだ春……」
 その瞬間、春名が地面を蹴った。
「大丈夫だから。おにーちゃん……」
 小さなか細い声と、
「こーくん!!」
 窓を開ける音に続いて聞こえてきた、耳をつんざくような叫び声。
 反射的に声のしたほうを向き、逢坂が1階の窓から飛び出ようとするのを確認。
 同時に、春名が後ろ手に隠していた包丁がわき腹に突き刺さった。

   ■

「じゃあ、やってくれるね、はるにゃん?」
「……………………………………………………はい」
 かすれる様な声で答えた。
 心はもう既に枯れて、残っているのは自分の命を繋ぐことだけ。そして、父と母の命を繋ぐことだけ。
 倒れて動かなくなった私に、先輩は近づいてきて、床に広がるクリーム色と紅色を気にもせず、目線を私と同じ高さに合わせて訊いてきた。
 それは質問ではなく、ただの確認。
 確認を終えた先輩は、満足げな表情をし、後ろにいた黒服の男たちに父さんと母さんを助けるように指示を出していた。その男たちがいつ入ったか、そんなことは気にも留めなかった。
 ただ倒れている自分の身体が、無力で、いいなりになるしかない自分の無力さが途方も無く悲しかった。
 父さんと母さんは、注射を打たれ、いかにも適当そうにソファに乗せられた後、飛び出たものを消毒され、中に入れられ、失った手首はそのまま縫われ、生きているのか死んでいるのかすら定かではない状態で放置された。
「じゃあ、全部終わったら、元に戻してあげるからねー。がんばるんだぞはるにゃん!」
 死んでしまえと思った。
 自分も、この女も。
 でも死ぬのは両親だと、理解し。
 泣いた。
 涙と鼻水と吐瀉物と血液の混ざった匂いは、麻痺した鼻腔にとどかなかった。
 ただ吐き気がした。
 自分に。全てに。

   ■

 春名が決心した。
 そのことは、逢坂愛の心に複雑な影を落とした。
 昼休みに春名に言ったことは本心だった。自分は正々堂々と戦って勝ちたかった。それなのに、相手があんな体たらくでは勝ったとしても得るものは無い。
 こーくんの心は私には無く、逃げるようにして去る春名のに心を縛り付けられる。
 だからこそ、早く春名には立ち直って欲しかった。
 最初は疎むだけの存在だった。ただの邪魔者だった。
 それでもしばらくするうちに、友達とはいえなくても、ただの知り合い以上の関係にはなっていた。少なくとも私はそう思っていた。
 だからこそ。だからこそ、あんな春名を見続けるのはいやだった。
 張り合える相手のいない中で、こーくんの心はここになく、それなのに自分がこーくんを占有している。勝ち取ったわけでもなく、ただ転がり込んだだけ。しかも完全ではない愛され方。
 だからこそ。
 春名のラブレターを見たときには、心の中で喜んだ。ああ、やっとこーくんに認められるために動ける。今までの春名が戻ってくる。
 そう感じて、こーくんには悪いけど、その様子を見ることにした。
 桜の木が見える一階の廊下の窓を少し開き、こーくんが待っているのを見つけた。
 風が吹き、何で先に春名は待っていないんだろうとやきもきし、それはイライラなんだと自分に言い聞かせ、しばらくしてやってきた春名に安堵と同時に、心だけで声援を送った。
「――――」
「――――」
 二人が会話する。遠すぎて聞こえない。
 そして二言三言言葉を交わした後、二人の距離が近づく。一方的に春名が歩いているだけだけど。
 そこで違和感に気づいた。
 春名が後ろ手につかんでいるものを、視認する。
 包丁。
 気づいた瞬間、窓を開けた。
 大きく息を吸い、叫んだ。
「こーくん!!」
 かばんに常備してある包丁を持ち、窓に足をかけ、飛び出す。
 地面に着地して、前を見た。
 こーくんの背中から薄っぺらい金属の板が飛び出ているのを見た。

 今まで考えていたこと全てが。
 吹き飛んだ。

「はるなぁぁぁぁぁあああああああああああ!!!!」
 残ったのは殺意。
 こーくんを傷つけた。こーくんを傷つけた。こーくんを傷つけた。
 それは例え誰であろうと関係なく向けられる殺意。
 例え、さっきまで応援していた春名だろうと、こーくんを傷つけた瞬間に、敵になった。ライバルではなく、敵。
 倒すべき、殺すべき、敵。
 包丁を握る手がうっすらと汗をかく。滑らないように更なる握力を持って押さえ込む。
 足が動く。跳ねるように動く。
 春名はまだ、こーくんに包丁を突き刺した体勢のまま動いていない。
 15メートルほどの距離を2秒で詰め、春名に向かって凶器を狂気に乗せて突き出した。

   ■

 駄目だった。
 朝、目が合った瞬間、全てを打ち明けてしまいそうになった。
 いつもの通りを目指して、反応してみる。
 ……無理だった。装えば装うほど心が壊れていく。これからおにーちゃんを殺さなくてはならない。そうしないとおかあさんが死ぬ。お父さんも死ぬ。そして、多分私も死ぬ。
 おにーちゃんを殺したからって安心できるはずも無い。だけど、やらなければ確実に二人は殺される。殺されるというのは的確じゃない。野垂れ死にさせられる。
 もういやだった。全てをぶちまけて、ここから逃げたかった。
「おっ、仲良さそーじゃん二人とも」
 先輩の声がした瞬間、身体がこわばった。恐怖がぶり返してきた。
 度し難いほどに膨れ上がった恐怖と、壊れそうになった心をどこにおけばいいのか。それはもう選択肢ではなく、確定事項。
 自分の中に閉じ込めて、消化しきるしかない。消化できなくて吐いた瞬間、親が死ぬ。吐露した言葉を聴いた人も死ぬ。
『もし、はるにゃんが別の人とかに言ったら、その人をころしちゃうから気をつけてねー。あ、もしかしたらお母さんとかも死んじゃうかも。まーそこらへんは気分だにゃー』
 もう残された道は、大好きな人が一人が死んで、愛している二人と自分が助かるか。大好きな人が無事に生き残って、自分と家族が死んでしまうか。
 命の天秤。
 その荷は、あまりにも重過ぎて、少女の心を砕くには十分すぎた。

   ■

「ごめんね。でもボク。死にたくない…………お母さんもお父さんも、みんな死んで欲しくない……」
「何が、春名……っつあああああああ!!」
 灼熱の痛みが身体を襲う。今まで感じたことの無い、痛覚の限界ぎりぎりとも思える痛み。喧嘩なんてほとんどしたこと無い俺にとって、未体験のこの痛みは、正常な思考を奪うのに十分すぎた。
 それでも、その原因が春名だということには理解が及ばず、ただただ、痛みに喘ぐだけだった。
「ごめんねごめんねごめんねごめんね」
 呪文のように贖罪を口にする春名。
 俺は未だに痛みの原因を理解できていなかった。痛みの元を見ようとすれば春名が視界を遮っている。俺の胸に飛び込むようにして、春名は俺に体重をかけている。
「はるなぁぁぁぁぁあああああああああああ!!!!」
 逢坂の叫び声が聞こえた。
 怒りと怒りと怒りに染められた声。
 しかし俺にはその声に反応することは出来ない。自分の痛みを叫ぶ声で精一杯だった。
「ごめんね……おにーちゃんはボクがずっと覚えてるから。ボクの中で生き続けるから。ごめんね。許して……」
 その目に涙を流し、謝り続ける春名。身体に走る痛みをなんとか跳ね除けて、その身体を抱きとめようと手を回して、
「ぅぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!」
 春名の身体が、真横に吹き飛んだ。

   ■

 消えた。
 殺された。
 そうとしか思えなかった。
 昼休み。ずっと気をかけてくれるおにーちゃんの優しさに、心が何度も動きそうになり、それでも我慢して、でもどうしようもなくて、言いそうになって、口を開いたその瞬間に、生徒会室の扉が開いて会華が入ってきた。
 言わなくて良かった。言ったら、それこそみんなが犠牲になる。誰も残らない。私さえも。
 おにーちゃんは、綾香先輩に呼ばれたらしく、行ってしまった。
 残されたのは私と、会華だけ。
「コウは真面目だから、帰ってくるのは遅くなると思うよ」
「え?」
 つい、すっとんきょうな声を出してしまった。
「いやさ、コウには言いにくいことがあるんだろうなーって思ってさ。あ、ごめんね。ちょっと生徒会室前で立ち聞きしちゃってて……。コウはいなくなったから、ほら、言っていいよ? 言いたくなければいいけどね。オレは石ころだと思って、適当に愚痴こぼしてればいいよ。幼馴染だろ?」
 駄目だった。
 もう限界だった。
「ひぐっ、うっ、ああああああああぁあぁぁぁん!」
 泣きついていた。
 昔から、おにーちゃんと、私と、会華で遊んでいた記憶がよみがえってきて、感情の置き所が無くて、ずっと上空に上りっぱなしで、やっとみつけたところにストン、と落ちた。
 何を言ってるのか自分でもわからなかった。泣きながら叫んでいた。お父さんが、お母さんが、おにーちゃんが、先輩が。
 意味のなす単語はほとんど無く、その代名詞だけが頭の中でぐるぐる回って、全部吐き出そうとしたけど、会華まで巻き込んだらどうしようもなくなると思って。
 繰り返す意味の無い文章に、会華はよしよし、といって頭を撫でてくれていた。
 それだけで、それが一番心が落ち着いた。

 そして、会華が消えた。
 もう、どこにも行けないことに気づいた。

   ■

 突き刺さった。
 手ごたえはあった。
 いや、それでも失敗したかもしれない。
 狙ったのは肩。こーくんの身体に包丁を差している右手。その大本の肩。
 そんなまどろっこしいことをせずに、脳天に直接突き刺しても良かったかもしれないと、春名を吹き飛ばした後に思った。
 包丁を離し、崩れ落ちるこーくんを抱きしめる。
「大丈夫!? こーくん!! こーくん!!」
 声をかけて、傷口を手で押さえる。抱き起こそうとするけど、出血がひどくなりそうなので、寝かせたまま抱きしめるだけにする。抑えてる手をすり抜けて血が流れていく。
「こーくん! しっかりして! こーくん!!」
「あ……逢坂か……俺なら大丈夫だ。それより……」
「大丈夫なわけ無い!! 無理しないでいいから!!」
 悲痛な声で叫ぶ。だって、血がどばどば出て、だんだん顔が青ざめていく。
「それより……春名は……」
 ハッと気づいて振り返ると、春名が包丁を大きく振りかざして立っていた。右肩に刺さった刃物は、持ち手しか見えないほど深く刺さっているはずなのに、そんなこと関係なしに、血にぬれた包丁を大上段に構えて立っていた。その包丁を、
「アイ……邪魔だよ」
 泣きそうな目で振り下ろした。
「あがああああああああっ!!」
 こーくんに覆いかぶさってる背中に、一筋の傷がつく。服が切り裂かれ、肉をえぐり、骨まで達するような深い切り傷。肉と神経が分断される痛みに、意識を刈り飛ばされそうになる。
「こーくんは殺させない!! 何があっても!!」
 絶対に!!
「どいてよ……」
 言葉と同時にもう一筋の傷が生まれる。切り傷では済まされない斬り傷。背中がやけどを負ったように熱い。熱いアツイアツイアツイ!!
「お願いだから……」
 声と同時に、もう一回。
 ぐっ、とうめいて、それ以上は何も反応しては駄目だ。叫んだら痛みを認識してしまう。
 そしたら気絶してしまう。
 そしたらこーくんが死んでしまう。
 そんなことが許されるわけ無い。
 こーくんが死ぬくらいなら、私が死ぬ。 
「どいてよ……邪魔だよ……それ以上いたらアイまで殺しちゃうからっ!! どいてよっ!!」
 一言ごとに、傷が増える。交差状につけられた傷は、肉を巻き込み、えぐり、背骨を連続して傷つける。
 一言ごとに、涙が流れる。泣いて、泣いて、泣いて、それでも手は止まらない。春名の手は私を傷つける。
 一言ごとに、血が流れる。私の背中。こーくんのわき腹。春名の右肩。血は地面を濡らし、身体から力を奪う。
「あい、さか……」
 声が聞こえる。背中が熱い。意識が飛びそうだ。でもこーくんがそばにいる。こーくんを守らなきゃ……。
 攻撃が止まった。
 振り返ると、春名が左手で包丁を握って振り上げている。右手はぶらぶらと死体のように肩にぶら下がり、今にも千切れそうだ。
 そしてその目から、絶えず涙が流れていた。
 春名が、つぶやいた。
「やめてよ……みんな死んじゃうんだよ? なんでアイまで死んじゃうの? やめてよ!! ボクはおにーちゃんを殺して終わりなのにっ!!」

   ■

 屋上でのアイの言葉が無かったら、今頃私は何も出来ないまま全てを失っていた。
 だから、彼女の言葉はそれこそ救いだった。私にとっての唯一の救い。
 だから、彼女を殺すなんてしたくなかった。
 だって、彼女は私の命の恩人だから。
 でも、おにーちゃんだけ、おにーちゃんだけ殺させてくれれば、それでいいのに。
 何で。何で!!
「何で邪魔するの!? やめてよ!! もう……ボクのせいで、誰も殺させないでよ!!」
 一人死んで、三人助かる。
 みんな、大事な人。それを天秤にかけられたら、多いほうを選ぶしかない。そうすれば、悲しみは最小で済む。
 もうおにーちゃんはほとんど起きてない。おにーちゃんよりもっとひどい傷のアイだけが、おにーちゃんを守ってる。
「ごめんね。アイ……」
 突き刺すしかないと、決めた。
 もう無理だ。
 おにーちゃんだけ殺すのは無理だ。
 だからせめて、死ぬのは二人。アイとおにーちゃん。
 だって、そうしないと、三人しんじゃうんだもん。
 身勝手な理屈は、それでもそれだけが、私の最後の頼みの綱。この綱が切れたら、もう私は生きていけない。それもいいか、と思った瞬間、先輩の言葉を思い出した。
『あと、はるにゃんが死んでも、二人とも死ぬから、自殺とかしちゃだめだよーん』
 もう、逃げ道は無い。
 最初から無かった。
 腰の位置で、左手の包丁を構え、
「ごめんね。おにーちゃん」
 突き出した。

   ■

 もうどうしようもなかった。
 背中が熱い。熱さで痛みなのかなんなのかわからなくなってくる。たぶん細切れになった背中の皮膚が、肉が、ぐちゃぐちゃになってるんだと思う。
 でも、関係ない。
 だって、こーくんは守れたから。
 だって、こーくんはまだ死んでないから。
 私の今の願いは、こーくんが無事でいること。そこに私の安否は関係ない。
 悔しいことだけど、私がいなくても、こーくんは毎日を過ごしていた。私がかかわらなくてもこーくんは生きていける。
 それはとても悔しいけれど、確実な真実。
 今のこーくんに私が必要とされてるかはわからないけど、私にとってこーくんがいない世界はもう考えられない。多分、自分だけ残っていたら自殺すると思う。
 だから私はもうどうでもいい。
 今、春名に殺されてもいい。
 だけど、今私が春名を止めないと、春名を殺さないと、こーくんは死んでしまう。それはやだ。私が死んだのに、こーくんも死んだら私が死ぬ必要は無かったことになる。私が自殺したのと同じことになる。
 違うかもしれないけれど、それが私にとっての真実。
 だから私は、迷わずに、

 自分の右胸を、春名の包丁に突き刺した。
  
 私は喉がつぶれるほどの絶叫を上げた。背中の傷が痛みを主張する。
 春名が一瞬戸惑うのが目の前でわかった。
 でももう遅い。私はそのまま左手で、春名の右肩に刺さった包丁を抜き、
「ああああああああああああああああああ!!!」
 春名の右目に突き刺した。
「――――――――」 
 金切り声。鼓膜が破れそうな叫び声と金切り声は、校舎裏全体に響き渡る。
 しかし、それでも二人は動く。
 狂ったように暴れる春名。
 左手一本で支えていた包丁は、既にその手からはなれ、新しくつかむのは右目に刺さった私の包丁。
 一息で抜き、私に向かって突き出す。
 よけられるほどの体力は無く、その切っ先が、首筋を捕らえた。右の頚動脈が斬れ、一拍置いて血が噴出す。
 関係ない。
 既に叫び声は出ない。かすれた息が喉からこぼれ出るだけだ。
 仰向けに倒れそうな身体を無理やり方向転換。春名に掴み掛かり、押し倒す。
 右目のつぶれたその顔は、血が流れている右半分を除けば、今まで憎らしくも可愛かった春名と何も変わらなかった。可哀想に泣いている姿は、ほんとうに、綺麗だった。
「なにもなければ……よかったのにね……」
 倒れていくからだが春名を仰向けに倒す。もう春名に残ってる力で私を押し返すのは、不可能だ。
「ひぐっ、ごめんね、アイ……」
 涙は散り、地面にぶつかった衝撃で、私の胸に刺さっていた包丁が、貫通した。
「私も、ごめんね……春名」
 春名の左目が閉じるのを確認して、私も目を閉じた。
  1. 1990/01/04(木) 02:13:00|
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【くるこい】第12話 決められない

  第12章

 結局のところ、何も決められなかった自分がとても情けなかった。
 それでも時間は回り、日付は変わる。
 日曜日の遊園地から二日経った火曜日。
 昨日のことを何一つ解決しないまま、今日も今日とて今日が始まる。  

   ■

「おはよ」
 通学路で待っていた逢坂に声をかける。
「おはよ、こーくん」
 返事はとても楽しそうに。二人が並んだ段階で、逢坂が手を伸ばしてくる。その手をみやり、そして逢坂の笑顔を見て、その手に指を絡ませた。
 辺りを見回しても春名はいない。今朝、家にも来なかった。
 まだ相変わらず元気がないのかなぁと頭で考え、口はそれを悟られないようにと言葉を紡ぐ。
「昨日は先に帰って何してたの?」
 昨日のことをどう思ってるのか、ジャブのつもりで言ってみた。
「こーくんとのキスをずっと思い出してた」
 よけられるどころか、ストレートをくらった。むしろアッパーに近い。
「ああ、そうだったんだ。というか何で帰ったの?」
「だって……、こーくんに恥ずかしい顔見せたくなかったんだもん」
 俺の理想としては、昨日のことはちょっとした間違いで、俺も逢坂も忘れようとしてるんだけど、それでもうっかり口が滑っちゃったりしてその拍子に顔が赤くなる。みたいな展開を希望していたんだが、さすがにそんなに都合のいい展開にはならないか。
 先送りにした結論を、頭の中で転がしながら、逢坂のとの距離感をつかもうと努力する。
「そんな顔だったら、見てやりたかったよ」
 もしも、逢坂を選ばないんだったら、この時点で、この先を予感させる発言はしてはいけない。たとえ誰を選ぶにしても、誰かを裏切る真似だけは絶対にしたくなかった。
「もう、こーくんったら」
 繋いでる、というより絡んでいるといったほうが的確か。絡んでいる手とは逆の手で、ぺちぺちと叩いて恥ずかしいそぶりを見せる逢坂。照れ隠しにも見えるか。
 そのあとは二人とも何も話さずに学校まで行った。
 なにも話さないと言うのは、辛い沈黙だけじゃなくて、先が楽しみな沈黙もあるんだなぁと感じた。会話が無かっただけで、逢坂は終始ご機嫌な様子で両手を振り、それにつられて俺の絡めているほうの手も大きく振られたり、鼻歌をずっと歌ってたりした。鼻歌の原曲は俺がまったく聞いたこと無いのを考えると、多分オリジナルとかそんなところだろう。
 そして。
 それと同時に俺は春名のいない登校風景と言うのを久しぶりに見た気がした。
 心の隅で、寂しさがうずいた。

   ■

 学校についても逢坂はその手を離さず、バカップルっぷりを周囲に振りまくことと相成った。
 その状態のまま教室まで行き、さすがに席までは一緒に手を繋いでいられないので、座るときに名残惜しそうに手を離した。
 前の席の会華がまだ登校してないのを見つつ、座る。
「まるでバカップルですな少佐」
「誰が少佐だ。誰が」
 俺と逢坂の二人が席に着いたのを見計らって、来栖美樹こと委員長が声をかけてきた。ん? 委員長こと来栖美樹か。いや、どっちでもいいか。
「高坂はホントに人気者だねぇ。うらやましいよ」
「まぁそうらしいね。あと俺と会話するときは気をつけたほうがいいよ」
 昨日の約束は果たして有効かどうかはわからないが、とりあえず忠告。ついでに横目で逢坂を見ると、あまり良い顔はしてなかったが、それでもまだ機嫌が悪くなってるわけではなかった。うむ。友人補正とかそういうやつかな。
「なにそれ? 俺に触れると怪我するぜ。とかそんな感じ?」
「そうそんな感じ。ただし怪我させるのはバカップルの片割れだけど」
「って言っても、愛の反応が今までと大して変わってるわけじゃ無いとあたしは思うけど?」
 周囲から見るとそう見えるのか。まぁ確かに昨日の約束は俺と逢坂と先輩以外知るはずもないし、だとしたら今までと同じように見えるのもわかる。まぁ逢坂は告白したその日から、ずっとあんな感じだった気もするし。確定でいえないのは、距離が近すぎて周りからの視点で見た事が無いからだと思う。
「まぁ傍目から見たらそうかもしれないな」
「おっこれは昨日何かあったのか? とうとう一線を越えてしまったか」
「まだだな」
「なんだつまんない」
「なんだそれ」
 他人のことを娯楽としか見てないのかお前は。とマジツッコミしてやろうかと思ったが、別にそんな気分じゃなかったのでスルー。
 さっきからちらちらと逢坂を見ているが、相変わらず額に皺を寄せるほどではないが若干微妙な顔をしていた。うん。この辺が潮時か。
「はいはい。質問会はこれで終了。もう朝のホームルーム始まるから自分の席に着きなさい」
「じゃあここに座ってるわ」
 といって会華の席に座る来栖。
「そういえば、会華今日もきてないな。何か知らないか委員長?」
「その委員長なら何でも知ってる、みたいな先入観やめようよ。あたしが会華の居るところなんて知ってるはず無いじゃん」
「それもそうだな。まぁ会華が来るかもしれないのでその席をあけて置くように」
「はーい」
 口を尖らせて言われても困る。
 来栖が会華の席を立ったタイミングで担任が部屋に入ってきた。
 さて。
 一晩かけて決まらなかった結論を、授業中にも考えてみますかね。

   ■

 といっても、ほとんど一晩かけて考えただけあって、睡眠時間もいつもより少なめになっていたので、ちょっと休憩をかねてうつぶせになったら本格的に寝てしまった。
 教師は自分の職務を全うすればいいという人たちばかりなので、おこされないまま授業終了まで寝てしまった。 
「ふああぁ」
 あいかわらず例の法則は生きているらしく、目が覚めたのは授業終了の数分前というナイスなタイミング。眠気を少しずつ取り払い、しっかり覚醒した頃にちょうどチャイムが鳴った。
 授業中に睡眠に落ちる前に考えていたことは春名の事。
 逢坂を選ぶにしても、そのまえに春名の顔を見ておきたいと思った。なんというか、春名が万全の状態じゃない時に、こういう大事なことを決めるのは良くないと思っただけだ。いかにも偽善者らしい考えだが、自分の気持ちがどこにあるかわからないよーと嘆く中二病の俺にはちょうどいい思考回路だ。
 授業の終わりのチャイムと同時に立ち上がり、春名の教室に行こうとする。
「こーくんどこ行くの?」
「休憩時間の生理現象」
「嘘」
 一発で看破されてしまった。
「こーくん昨日そう言って帰ってこなかったもん」
 そうでした……。それで部室まで探しに来てあんなことになってしまったんだったな。
「わかった。じゃあ一緒に行こう」
 ここで無理やり置いていくのも、また後々どうなるかわからないので、一緒に春名のところに連れて行くことにする。まぁ、春名とは今までずっと一緒にいた仲だ。ずっとといいつつ一週間ぐらいだけど。とりあえずそこまで危険なことにはならないと楽観視。むしろ、逢坂を見て春名が怒り出してくれたらそれはそれでいいのかもしれない。
 てくてくと歩いていく。
 まだ目的地は告げてないが、1年生の教室へ向かってることがわかると、逢坂も何かを察したらしい。少し苦い顔になった。
 その顔の理由は多分、逢坂を置いて春名に会おうとしていた俺に向けた怒りだろうから、それについては聞いたりしないでおく。
 すぐに春名の教室までたどり着き、ドアを開ける。
 一学年違うだけで空気が違うように感じるのは、やはり見知った顔が一人も居ないからだろうか。まぁ高校の一年違いなんてたいした年の差じゃないので、まったく知らない同学年のクラスに行った時も同じ感じなのかなーと、自分のクラスからなかなかでない引きこもり学生は考えながら、近くの少女に聞く。
「ごめんちょっといい? 桜見春名さんよんでもらっていい?」
 すぐ横に居る嫉妬で睨んでいる逢坂と、社交用の笑みを浮かべた俺の二人を見て、何もなかったかのようにその女の子は春名を呼ぶ。
「桜見さーん、2年生の先輩が呼んでるよー」
 声の向くほうを見ると、昨日と同じ席に座ってる春名を見つけた。当たり前か。
 でも俺には来栖みたくでっかい声で呼ぶだけの度胸は無いので、別に気にしない。
「愛。そんなに睨んでやるなよ」
 俺が話しかけた女子を、隣で睨んでいた逢坂に小声で話しかける。
「だって……」
「だってじゃないって、そこまで神経質になってると疲れるぞ」
 そこまで言って、逢坂が反論しようとした頃に春名が到着したので、その言葉は逢坂の口の中でとどまることになった。
「どーしたの? おにーちゃん」
 明るくしようと努めてるんだろうが、声に含まれる不安の成分はぬぐわれることは無い。
「いや、なんか心配になってな。今朝一緒に登校しなかったから春名の顔が見たかったんだよ」
 そこまで言い、逢坂の顔を見る。嫉妬してるか、怒ってるか。
 しかし予想に反して逢坂の顔はそのどちらでもなかった。顔に貼り付けられた表情は、嫉妬というよりも、無関心。いや、それよりも的確に表現するならば、侮蔑の視線。
 下を向いている春名はその視線に気づくことも無い。
「ありがと。でもボクは大丈夫だよ。だから心配しないでいいから……」
 再び逢坂を見るが、その表情は先ほどとなんら変化は無い。
「じゃあ、またね」
 うつむき加減のまま教室に戻ろうとする春名。引きとめようとしたが、それも憚られて。
「電話。話したくなったらいつでも来いよ」
 振り返って、驚いた顔をして、小さくうなずいてまた行ってしまった。
 春名が席に着くまで見続け、こっちを見てないことを見てからドアを閉めた。
「愛」
「…………」
 無言。その顔は落胆しているようにも怒っているようにも見えた。
 どちらにせよ、教室に戻るまで、二人の間に会話は生まれなかった。
  1. 1990/01/04(木) 02:12:00|
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【くるこい】第11話 本音と包丁

  第11章

 ガチャ。扉の開く音がする。
「うむにゅにゅぬ……」
 寝ぼけ眼どころか、まだレム睡眠寄りの睡眠だったので、その音が何を意味してるか理解できていなかった。
「――――――――」
 無言。
 といっても俺にとっては、無言=無音なので、その沈黙の中にどれだけの感情が含まれていようと、判断するすべは持ち合わせていなかった。困惑と嫉妬と怒りの含まれたその沈黙は、静かに確実にその場の空気を変質させていった。
 ただ、生命の危機を察知する能力は俺にも備わっていたらしい。その沈黙の間に、少しずつ目が覚めていった。
「――――――――ッ!」
 ダンダンと床を踏みしめる音。意識がだんだん浮上してくる。
 ダッと、床を蹴る音。あるいは飛び上がる音。その振動で俺は目を開いた。
 次の瞬間。
 目の前に、言葉としての目の前ではなく、本当に眼の前に包丁があった。
「うおっおおおっぉぉぉぉぉぉぉううううおうおうおおうお!!??」
 オランウータンのような声を出しながら、ごろごろ転がってその脅威から逃れる。一瞬前まで俺の頭があったところに、逢坂が握り締めた包丁が深々と、それはもう深々と、畳にその刃を10センチは埋めて、突き刺さっていた。
「ちょっとまて逢坂!! 待て待ってくれ何の冗談だそれは!?」
 10センチ近く刺さって、そうとうしっかり食い込んでるはずの包丁を、ぐいっと一発で抜き、逆手に持って俺に振り向く。
 その足元、つまり俺が寝ていたすぐ脇には、裸に毛布一枚かけただけの先輩がいた。
「こーくんは。こーくんは何をしてたの? 何してたの?」
 ゆらゆらと左右に揺れながら問いかけてくる逢坂。逆手に持った包丁が、窓から入る光を反射してきらめく。怖い。
「この前、綾香先輩とは何もないって、イッタヨネ?」
 言った。確かに言った。俺が言っても信じてくれなかったけど先輩が言ってなんとか納得してくれた覚えがある。
 でも、だ。聞いてほしい。俺は何もしていない。何もしていないんだ。やましい心は少しはあったかもしれないけど、でも手をだしたりはしなかった。自制心を働かせて耐えたんだ。耐えたんだよ! だからほら、言えよ俺! 何もしてないって言えばいいだろ!!
 ……すまん俺。無茶言った。
 どうみても無理です。
「ちょっと待ってくれ愛」
「春名だったら、もしかしたら春名だったら許せてたかもしれないのに……よりにもよって……」
 どうみても無理です。
 既に俺の言葉を聞く気がゼロです。それ以前に目が俺のほうを向いていません。これはもう何をしても何を言っても無駄だと確信しました。
 相変わらずゆらゆらと揺れる逢坂。すこしずつ、一歩ずつ一歩ずつ近づいてくる。既にホラーのレベルになりつつある。
「だからね、こーくん。私を見て。私だけを見て。そうしないと……殺しちゃうから」
「わかった。わかった。もう浮気はしない。愛だけを見てる」
「ホント!?」
 ぱあっと、最後の一言にそれこそ人が変わったように明るくなる逢坂。
「じゃあ春名も美樹も綾香先輩も会華もみんなみんな見ない? 私だけを見ててくれる?」
「ああ」
 嘘でも言っておかないと死ぬ。約束を守るとか破るとかそれ以前に今リアルタイムで死ぬ。
「ホントに?」
「愛は俺を信じてないのか?」
「えっそんなううん。信じてるよ」
 言ったタイミングを見計らって抱きつく。落ち着かせるのと、さっきの言葉の信用性を高めるのと、あと、純粋に包丁が怖いので、すぐには刺せないようにする。
 抱きついた後、二人とも無言になる。
 そのまましばらく、数時間にも思える時間が過ぎる。本当は長くても30秒だと思うけど、その沈黙の重さは、体感時間を何十倍にも延ばしてくれた。
 逢坂も何か変わった様な気がする。以前と比べて、何かが変わった。
 その違いは目に見える違いじゃなくて、身体で感じる、空気のようなものだ。まとっている雰囲気が、今の逢坂は、昨日の逢坂と違う気がする。
 どこが違うって言われたらうまくはいえないけど、それでもこの前同じようなことがあった時と比べると、行動が極端すぎる。何か、俺の周囲で何かが変わってきているんだろうか。
 そんな被害妄想に駆られてみたが、変わってるのは逢坂と春名のの二人だけだったことに気づき、今まで考えてた被害妄想をもう一回繰り返して、流石に恥ずかしく思えてきた。それでも、春名がおかしいのは変わらない事実なので、早く電話の相手を探さないと……。
「こーくん」
 ビクっとしてしまったのは、さっき来栖に注意されたことがあったから。考えてることを口に出してなかったか不安になって、反応してしまった。
 さっき言ったばかりなのに、春名のことを考えていたのがばれてしまったのかとビクビクしながら逢坂の次の言葉を待つ。
「こーくん今何考えてる?」
 春名の事。忠告してくれた来栖のこと。どこに行ったかもしれない会華のこと。足元でまだ寝ている綾香先輩のこと。
「愛のことだよ」 
「うれしい……」
 逢坂は、抱きついていた体をいったん離して、俺の肩を持って見詰め合う。
 一瞬、時間が止まったと思った。
「んっ――――」
 気がついたら、逢坂の唇と俺の唇の距離がゼロになっていた。
「んむっ!?」
 びっくりして離れようとした途端に、両手を頭の後ろにまわされる。
 そのまま引き寄せられて、口腔を舌でまさぐられる。
 舌を絡ませる、歯茎と唇の隙間を余すことなく舐め取られ、唾液を交換する。回した手を激しく引き寄せるので歯と歯がぶつかりあい、カチカチという音がして、それでもキスをやめようとはしない。俺の口の中を逢坂の舌が暴れまわり、それに抵抗するようにして舌を出してみると、二人の舌がぶつかり合って、また粘着質な音が生まれる。
 諦めて、されるがままになる。その行為を、その好意を受け入れ、脳内で咀嚼する。まとわりつく唾液を舐め取り舐め取られ、あふれ出した唾液は唇の端を伝ってあごを経由し、首筋を撫でるように這ってから服にしみ込む。
 何分の間、そうしていただろうか。口をいっこうに離そうとしないので、鼻で息をするのがだんだん辛くなってきて、酸欠でゆっくりと頭がぼーっとしてきたころ、徐々に緩やかになってきた逢坂の舌が、名残惜しそうな様子で俺の口腔を一周した後、徐々に少しずつゆっくりと離れていった。
 唇が離れるとき、唾液が糸を引いてつながり、逆アーチを描いた後、粘度が重力に耐え切れなくなって、床に落ちた。
「………………」
「………………」
 逢坂の頬は赤く火照っていた。多分俺の顔はそれの数倍真っ赤になっていることだろう。なにせファーストキスじゃないにしても、ここまでのディープキスは初めてだ。
 そして沈黙。
 さっきから、逢坂がこの部屋に入ってきてからずっと、実際の時間経過に比べて体感時間がとてもとても長く感じる。
「――――っ!」
 唐突に振り返って走り出す逢坂。え、ちょっと、何!?
「おい逢さ………………………………あぁ行っちゃったか」
 茶道部の扉を開け放して、逢坂はどこかへ走り去ってしまった。
 唇に指を触れ、ほんの一分前の感触を思い出す。とたんに恥ずかしさが勝り、手を引っ込める。
 こめかみを押さえ、つぶやく。
「………………なんだったんだ。一体」
「あそこまでイチャついて、なんだったこーだったも無いだろうに」
 かかっていた布団を身体にまとうようにして、裸身を一応隠してるようなそぶりを見せながら、起き上がって先輩が言う。
「……………………起きてたんですか、先輩」
「ああ」
 即答。
「いつから?」
「愛君が包丁を持って走ってきたときからだな。身の危険を感じて、いざとなったら逃げられるようにしていた」
「最初からですか……。というか逃げるってそのカッコでですか?」
「ん……そういえば何も着てなかったな。鉱、服をくれ。今鉱が着てるそれでいい」
「着てないのはわかってたでしょうに。服はあげません。脱いだ奴があるでしょ」
「鉱の温もりが欲しいんだよ」
「やめてください。逢坂に殺されます」
 言い訳程度にいった言葉に、先輩がひっかかった。
「じゃあ、逢坂君がいなかったら、どうする?」
 空気が変わった。
 その顔は一瞬前とはまったく違う表情で、いつに無く真剣で、「どっちにしろかわりませんよ」と軽く流すはずだった口が止まってしまった。
「私が、君の温もりを欲しいといったら……」
 言葉を区切り、一音一音をはっきりと発音して、確実に俺に聞き取れるように注意して先輩が言う。
「逢坂君も春名君も、もちろん他の誰も私と君の間には、関係ないとしたら……」
 見つめる瞳には、ほぼ恒常的に含まれているおふざけの要素は一ミリたりとも含まれていない。あるのは、真剣さと、必死さ。そして期待と不安。
「……どうする?」
 先輩から目が離せない。茶道部室のドアが開いてるのも頭の隅にはあるが、意識の中には入ってこない。ほかの雑音も遠くに聞こえる。視線が固定されて動かない。
 頭の中では回答がぐるぐる回る。
 俺は先輩が好きです――先輩はあくまで先輩であって――それでも俺は――恋愛の対象としては――嫌いじゃない――好きかもしれない――二人でいると安心できる――それはつまり好きってことか――俺は――俺は…………
 思考が渦を巻いて、混乱した脳は単純な言葉を発することも出来ずに、ただただじっとその体勢を続けてるだけで……
 沈黙が再び場を制する。
 一秒が過ぎ、十秒が過ぎ、二十秒が過ぎ、そして……
「――――。なんてな」
 すっ、と。
 本当に気楽に、さっきまでの苦しさをどこかに置き忘れたかのように、すっと視線をそらして、先輩は言った。
「ちょっと遊んでみただけだよ」
 下に落ちている下着と制服を拾って着始める。その様子に一瞬前までの真剣みはかけらも残っていない。
「鉱もこんなことでいちいちホンキにしてたら、一生女に振り回されることになるぞ?」
 ワイシャツに袖を通しながら、すらすらといつもどおりに話す。視線に含まれていた真剣な要素は既にどこを探しても見当たらなかった。
「じゃあ私は今日はこれで帰ることにするから。鉱も気をつけて帰れよ」
 着替えが完全に終わったらしく、置いてあったバックも持って、まっすぐ部室を出て行く。ちゃんと扉は閉めていった。
「…………」最後まで言葉を発することが出来なかった。
 バタンッ! とドアが閉まる音で、硬直から解けた。
 頭が次第に働き出し、さっきの先輩の行動を考え、理解は出来たが理解不能な出来事に、頭が混乱してくる。
「ったく、なんだってんだ」
 春名と逢坂だけでなく、先輩も今までと変わってしまった。先輩の場合は、本音が出た、と言ったところか。いや、変わったんと言うより動き出してきたのかもしれない。俺の周囲の関係が。
 きっかけは春名だろうか。春名にかかってきた電話と言うのもやはり気になる。
 そして、今まで先送りにしていた結論を求められているのかもしれない。春名を選ぶか。逢坂を選ぶか。 そして、今日新たに加わった選択肢の、先輩を選ぶ、か……。
 今日は、時間があるので、ゆっくり帰ることにした。
 とりあえずここで少し頭を整理したほうがいいと思い、お茶でも入れてゆっくりすることにする。
「はぁ、何がどうなってるんだ……」
 一人つぶやいた言葉は部室に響き、そこで反響して自分に返ってくる。
 悩むだけじゃ始まらない。
 決めなければ始まらない。
  1. 1990/01/04(木) 02:11:00|
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【くるこい】第10話 帰り道

  第10章
 5時間目は丸々先輩の話を聞くことに費やされた。
 会華に昔話を聞いたらしく、俺のトラウマ話から、初恋の話まで、その内容は多岐に渡っていたがどんな内容でも先輩にかかれば俺をからかうネタらしく、一時間を丸々費やしてもまだ言い足りないらしかった。
 しかしながら俺も流石にこれ以上は精神衛生上良くない。もうそろそろ心が折れてきそうだ。
「そこで鉱が会華に向かって『お嫁さんになりたい』だの言ったと聞いて私はぴんときたんだよ。もうこの時点で鉱の運命は決まってたんだとね。だから――」
 終業のチャイムが鳴った。
「ほら先輩!! チャイムなりました授業終わりましたから俺は帰りますね。じゃあさよな……」
「待ちたまえ。まだ休み時間は後10分ある。この休み時間を有効に活用しないては無いと思うのだよ私は」
 先輩の目がキラキラ輝いている。あの目は危なすぎる。最悪の場合、このまま延長戦に突入して6時間目もつぶされた挙句、茶道部に連れ込まれて今日一日を使い果たしてしまうかもしれない。そんなはずはないと、冷静な自分は言ってるけれど、それでも先輩ならやりかねないと思わせてしまうところが先輩の怖いところだ。
「もう無理です!! 時間はあっても俺の精神力が持ちません! 離してください!」
「いやいやこんな楽しいネタは久しぶりなので私も興奮してるのだよ。本当ならば卒業までじっくり時間をかけていたぶってあげようかとも思っていたのだが、やはりネタは鮮度が命と言うことに気づいてね」
「そんなどうでもいいことに気づかなくてもいいです!! 離してください!!」
 先輩の目がうるうるしてすがるように腕に抱きついてきた。
「君も……私から逃げると言うのか……?」
「そんな感動物語に仕立て上げても無駄です。なんで俺が好き好んで自分をいたぶる人のところでじっとしてなきゃいけないんですか?」
 俺がそう言うと、先輩はあきらめた顔をして、潤んでいた瞳を普通に戻して、
「それは鉱がマゾヒストだからだ」
「先輩はどうしようもないサディストですね」
 そんな言葉を交わして、数秒見つめあったあと、先輩があきらめて手を離してくれた。
「あーあ、今日はあの二人に取られないで鉱をひとりじめ出来ると思ったのに」
「だったらもうちょっとやさしくしてくださいよ」
「そしたら私じゃないみたいじゃないか」
 さもそれが当然のように先輩が言うもんだから、そう思ってしまうところが怖いところだ。
「まぁ確かにそうですけどね。とにかく行きますよ」
「おう、行ってこい行って来い。ちなみに今日も茶道部あるのでよろしく」
「はいはい」
 振り返らずに手だけ振って答えておく。
 とりあえず教室に戻ったら、会華を問い詰めなくては。

   ■

 5時間目と6時間目の休み時間などあってないようなもので、教室に戻ったらそのまま授業が始まるぐらいの時間だった。
 出席を取った教師は、俺がいることを確認するだけして終わり。そんな一人ぐらいがいなくなったところで授業の進行になんら支障はきたさないので、注意する時間をとるほどおろかな教師はいない。
 この授業中に会華にいろいろ聞いておこうと思っていた。授業がうるさくなったところで、自慢の念仏を唱える教師は特に気にせずに念仏を唱え続ける。古典の授業なんてそんなもんだろう。
 というわけで、俺は特に何も考えずに席に座って授業が始まったんだが……。
 肝心の会華がいないんじゃ話にならない。
 もうそしたらやることが無いなぁと、視線をさまよわせてみたら、すごく寝起きの逢坂と目が合った。笑顔で手を振る逢坂に、笑顔で手を振って返してやる。何が起きたか、今日の逢坂は寝不足らしく、ずっと寝ているらしい。俺がこの教室を出るにあたって、寝てるのは確認したし、あいつのことだから俺がいないとわかれば、校内中を走り回って俺を探すに決まってるので、そんな報告が無い以上昼休みから今までずっと寝ていたのだろう。まぁ丸一日寝てる奴もいるのでそこまで長い間寝てたわけじゃないんだろうけど。
 つか、なんでだったら俺が帰ってきたとたんに起きるんだ? なんていうか偶然って怖いと思う。
 一通り思考してから、視線を前に戻す。
 何故か開いている机。
 さっき教師が出席を取るときに、言ってた雰囲気だと、5時間目もサボってたらしい。
「これは、本格的に怪しいな」
 口の中でもごもご独り言。
 とりあえず会華がいないとなったら春名に直接聞くしかないな。
 そう決めて、気力回復もかねて残りの授業時間を寝るために机に突っ伏した。

   ■

 人間というのは不思議な生き物で、何故か授業が終わる雰囲気というのを察知できる能力を持っているらしい。今日も、目が覚めたら教師がチョークを置いて話しを終わらす数秒前だった。
 有用性があるようでまったく無い能力だよな。と寝起きの頭でどうでもいい事を考えつつ、授業終了のチャイムとともに頭を動かせるように、目を覚ましておく。
 黒板には、元日本語がずらりと書き並べてあるが、その意味を理解するのは学者や研究者だけで十分だと、ナスカの地上絵と同じイメージで頭の中に記録しておく。要するに、そのへんの石ころとおなじだということだが。
 無駄思考をしてるうちにだんだん頭がさえてきた。目の前の席は空席。逢坂の視線は相変わらずで、ほかの生徒は寝てたりしっかりノート書いてたり。
「じゃあ今日のところはテストで出るので覚えておくように」
 どうでもいいよ。
「じゃあ号令はいいからここまで。復習をしっかりしておけよ」
 言って、古典の教師は退場する。なびくバーコードハゲは生徒間ではスルー推奨のお達しが出てるので特に気にせず席を立つ。
「こーくんどこいくの?」
「トイレ」
「じゃあ私も行く」
 臆面も無く即答する逢坂。それはちょっと困るんだが。
「だーめだ。というかお前男子トイレにまで入ってくる気か?」
「こーくんが行くならどこへでも」
「ここでおとなしくしてろ」
 頭を撫でて、椅子に座らせる。
「ぶー」
「口膨らませても駄目。すぐ帰ってくるから」
 会話だけ聞くと、この教室が家みたいなように聞こえるな。
 益体も無いことを考えながら、春名の教室に向かって歩いていく。
 5時間目の休み時間なのでそんなに人がいるわけでもない。足取りは軽く、しかし春名の事を考えて多少重くなる。
 ……教室は家、か。
 確かに教室が家ってのはうなづけるところがあるかな。一日のうちで、一番長くいる場所だもんなぁ。
「そうだねぇ。でも寝てる時間のほうが長いからやっぱり家にいるほうが長いんじゃないかい?」
「…………委員長何してるの?」
 考え事をしていて気づかなかったがいつの間にか横に委員長が並んで歩いていた。
「でもやっぱり寝てる時間は意識が無いから、意識があるときに長くいるのは教室だねぇ。でもでもじゃあ授業中いつも寝ている会華ちゃんとかはどうなるんでしょうか隊長!?」
「お前はまず人の話を聞け。あと俺の思考を盗み聞きするな」
 あきれた声で言ってやる。大体なんで考えてたことがばれてるんだよ
「聞けって言ったり聞くなって言ったりまったく忙しい男だ。そんなんじゃ男の子にモテないぞ!」
「ゲイ!? 俺はゲイ設定なのか!?」
 駄目だ。来栖と話してると論点がずれるどころの話じゃなくて、会話が成立しない。まったくもって厄介な奴だ。
「でも、高坂はぶつぶつ喋りながら歩く癖を直したほうがいいよ」
「それは今だけだろ。癖じゃねぇよ」
 口に出ちゃってたのか。少し恥ずかしいわ。
「癖だから気づいてないだけかもよ? まあどうせあたしには関係ないけどねー」
「無責任なやつめ」
「じゃあ責任とってよ」
「意味がわからん」
「ふふふ」
 ホントによくわからない奴だ。
 それよりも聞くことがあったんじゃなかったっけ? ああ、そうだ。
「というか何でついてきたの?」
「トイレに行くんでしょ? あたしも連れてってよ」
「お前もかよ。話し聞いてたんならついて来るなよ」
「だって、春名のところ行くんでしょ?」
 鋭いな。
「……まぁそうなるな」
「逢坂さんに嘘つく必要なんてないのに」
「だってそう言ったらあいつ絶対ついてくるだろ」
「それでいいじゃん」
「それでいいって、お前……」
「まぁ女の子には女の子にしかわからないことがあるってことっさ。さぁさぁあちゃっちゃとはるにゃんを元気付けてあげてくださいな」
 来栖は、立ち止まってた俺の背中をぐいぐい押してくる。
「いや待てよ。お前昨日一緒にいたんだろ?」
 ぐいぐい。もうそろそろ1年の教室のところに来ている。
 ここまで来ると、違う学年ってだけでなんだか疎外感があって変な感じだ。春名も俺のとこにくるときはいつもこんな感じだったんだろうか。
「まぁ一緒に寝てたんだけどねー。いろいろお話しもしたよー。はるにゃんのはずかしー話とか聞きたい?」
「そんなことより、いつからあいつがあんなになってるかが気になるんだよ。生理かとも思ったんだけど……」
「うわっ、そんなことよりで流したよ。この純粋すぎる青年め」
 とうとう春名の教室に着いた。ドアをガラガラっと来栖が勢いよくあけた。
「というか、あれは生理って感じじゃないなー。それについては直接聞いたほうがいいかも、はるにゃーん!!」
 教室の入り口で春名に向かって大きく手を振る来栖。
 その声に驚いたのか、春名は一瞬身体を震わせ、呼んだのが俺と来栖だって事に気づいたのか、ゆっくり近づいてきた。
 近づいてくる春名を視界に入れつつ、来栖が話しかけてくる。
「はるにゃんにね、昨日の夜に誰かから電話がかかってきたんだよ。んで、そのまま1時間ぐらいずっと話し込んで、あ、はるにゃん昨日ぶりー」
「こんにちわ、先輩」
 やはり、春名の空気が暗いのは思いすごしじゃなかったか。委員長に話しかける声も心なしか震えている。
「でさー、はるにゃん。昨日のよるずっと電話してたじゃん」
「え?」
「ほらー、とぼけても無駄だぞっ、昨日あたしがはるにゃんの部屋でマンガ読んでるとき、ずーっと1時間ぐらい電話してたじゃん。その電話の後からだと思うんだよねー。はるにゃんだんだん元気なくなってきて、盛り上げようとしても全然駄目でさー。二人だけだったから気まずかったんだぞ」
 春名は委員長の声を聞いてるのか聞いてないのか、若干うつむき気味で、元気なくたっている。委員長と並ぶと、今日の春名の元気のなさがよりいっそう目だって見える。
「そんなわけでさーはるにゃん。高坂が――、ああ、はるにゃんの前ではおにいちゃんだったけ?」
「呼称については俺に振られても困るし。そもそもどっちでもいいよ」
「じゃぁ普通のほうが言いやすいし高坂でいっか。高坂がさ、はるにゃんのこと心配してたからつれて来てあげたってわけなんさ」
「どっちかって言うとお前がついてきたんだろ」
「細かいことは気にしない気にしない」
「ったく」
 委員長との話しは切り上げて、春名に直接聞いてみる。
「んー、で、その昨日電話してたってのは誰なんだ?」
「まったく、こーくんは女心がわかってないね」
「なんだよそれ。そしてこーくんって呼ぶな」
「きゃーこわいー」
「もういい加減黙ってろよ……」
「ひどいなぁ。それにはるにゃんだって言いたくないかもじゃないか。それを無理やり言わせるのは良くないと思うよ」
「じゃあどうしろってんだよ」
 若干語気が荒くなったのは、春名を心配してのことだからしょうがない。って自己弁護も見苦しいか。
「待つ!」
「……待つ?」
「うん。待つ。話してくれるまで待つ」
「でもそれじゃ、ほっとけないじゃんか」
「でも待ってあげるのが男の子でしょ。はるにゃん……誰からの電話だったか言いたくないの?」
 おずおずと、静かに口を閉じたまま、ゆっくり顔が上下に動いた。
「うん。じゃあ後は話してくれるまで待つしかないねっ」
「うーん、なんか納得できないんだが……」
「でも今問い詰めたらはるにゃん泣いちゃうかもよ?」
 確かに、今にも泣きそうな顔をしている春名を問い詰めるのは、最善策とは言えないか。
「しょうがないか。……じゃあ春名。言えるようになったら俺のところに来てくれ。いつでも話し聞いてやるぞ」
「ほらほら、はるにゃんおにーちゃんがかっこいいこと言ってるんだから、ここはちゃんと返事してあげなきゃ」
 その言葉に対して、顔をうつむけたままで、ボソッとこぼれた言葉は、確かに「ありがとう」と聞こえた。
 それだけ聞ければ十分か。
「よし。じゃぁ今日でも明日でも、いつでもいいから、辛くなったら言いに来いよ」
 うなづく春名。
「じゃあはるにゃん、今日は部活休んでもいいから、あたしがセンセーに言っておくよ。じゃーまたねー」
「それじゃ、また後ででも会おうな」
 最後までうつむいたままだったけど、俺が教室を出るときには手を振ってくれていた。
 まぁ、なんとかなるだろ。
 なんとかならなかったら、俺がなんとかすればいいし。
 春名の事を考えながら、来栖と一緒に教室に戻っていった。

   ■

「そういえば」
「どーしたの高坂」
 教室に戻る途中、忘れてたことを思い出した。
「委員長は会華がどこにいるか知ってる?」
「会華ちゃん? 今日普通に学校来てなかった?」
「いやそれが昼休みからあいつが見当たらないんだよ」
 んー、流石に委員長があいつの居場所知ってるっていうのは、無理があったか。
「まぁ知らないならいいや。ああ、そんなわけで、会華探してみるから先に教室戻っててくれないか? 俺が戻るの遅れたら、トイレ行ってますとでも言っておいてくれ」
「了解しました隊長。では女子トイレで隠れてなにか準備しているため遅れている模様です! とでも言っておくよ」
「やめてくれ……マジで」
「だいじょーぶだいじょーぶ。でも、会華ちゃんもういないかもよ?」
 んーそうだなー。もう帰ってるっていう可能性も無きにしもあらずなんだよな。
 でもアイツまじめに見せかけた馬鹿に見えて、実は真面目だったりするから、サボったりはしないと思うんだが。
「まぁそれならそれで別にいいさ。俺が授業サボることになるだけだ」
「今戻らないと愛が怒るよー」
 そういえば待たせてることを思い出した。まあいいか。
「リアルにトイレ行ってたってことにしといてくれ」
「りょーかい。女子トイレね」
「だーかーらー!」
「わかったわかったちゃんといっておくから」
「しっかり頼むぞ。じゃあまた後で」
「へーい」
 歩いて教室に戻る委員長に背をむけ、あいつがいそうな場所を探してみることにした。
 まずは保健室かな。

   ■

 いろいろ回ったが、結局会華は見つけることが出来なかった。
 正直、帰ったって言うのが一番考えやすいけど、それでも今すぐ話したかった。電話でもいいと思ったが、予想通り電話は電源を切ってるらしく返答なし。メールも同じ運命だろう。
 今すぐ話したいというのは、もちろん春名のことについて。
 いろいろあって忘れていたが、先輩が呼んでるって言ったことについても聞かなくてはいけない。春名にはあそこで納得したようにいったが、それでもまだ気になっていることに変わりはない。精神的なものだったらいつもとに戻るかわからないし、それにしたって、何もしないでいられるほど楽観的な人間ではない。
 どちらにしろ、会華を見つけないといけないのに、どこにもいない。
 まぁ探す範囲が狭すぎると言われたらそれだけだが。俺がサボるときにはもっぱら生徒会室か茶道部室(高確率で綾香先輩がいるのであまり行きたくはない)を使っていたので、ほかの生徒が行くようなところは保健室と屋上ぐらいしか思い浮かばなかった。
 それでも階段とトイレ(もちろん男子トイレ)は一通り見たので、これで見つからないとするとやはり帰ってる可能性が高い。
「うーん」
 どうしようもなくなって、ふと、時計を見てみた。
 すでに授業開始から20分が経過している。そろそろトイレの言い訳が通じなくなってきたころあいだ。もうこれはばっくれるしかないな。
 どうせ今日は茶道部に行くことになるので、生徒会室をあきらめ茶道部に行くことにした。
 先輩がいたらいたで、「部活が早く始まったんで早く終わらせていいですよね?」とか何とか言えばいいだろう。どうせ聞いてくれないだろうが、言い訳は多いほうがいい。うん。われながら良くわからない理論だ。
 ま、どうでもいいか。
 適当に考えて、茶道部室に向かって行った。

   ■

 ドアを開けると、先輩が裸で寝ていた。
「裸はねぇだろ……」
 ひとりごちた後、靴を脱いで座敷に上がる。とてつもなく目に毒なので、そこらへんに置いてあった布団をかけてやる。布団は俺が以前先輩に頼まれて家から持ってきたものだ。
 目に毒と言うか心に毒と言うか、むしろオアシス?
 ここで襲わないのが俺が紳士たるゆえんだな、と一人でかわいそうなことを考えてみる。案の定軽く鬱になった。まぁどうせ襲う勇気もない臆病者ですが。
 先輩の横に座る。
 まったくこの人は、なんで学校でこうも無防備になって寝れるんだか。誰が入ってくるかわからないのに。
 …………ああ、この部屋には鍵がかかってるから、入ってこれるのは実質俺だけなのか。俺が入ってきたとしても何かされることはないと思ってるんだろうか。実際そのとおりなので何か言えるわけでもないが、それにしても、なんで裸で寝てるんだよ。
 それとも、俺なら寝込みを襲われてもいいとか思ってるのだろうか。いや、こういうときの前向きな発想はいい結果を残したためしがないのでやめておこうか。
 しかし、残暑が残ってて、この部屋に冷房がないとしても、全部服を脱いで寝るっていう発想はなかなか思いつかないって。そこが先輩らしいって言ったら先輩らしいんだけど。少しは俺の精神衛生についても考えてくれるととてもうれしかったんだけどね。
 たたき起こす必要もなくて、授業が終わるまであと30分ほどもあって、ついでに裸の先輩にはちょっと寒いかもしれないが、俺が寝るには気温もちょうどいい。
 さっきの授業では取りきれなかった睡魔がだんだん襲ってきた。
「ふああぁぁぁぁああああ」
 大きなあくびをひとつして、もうこれは寝どきだなと確信し、布団をもう1枚持ってきて眠りについた。
 ふたつほど大事なことを忘れていたことに気づいたのは、授業が終わり放課後になってから、少しばかり時間がたった頃のことだった。
 一つ目は、逢坂を放置していたこと。
 二つ目は、部室の鍵を閉め忘れていたことだ。
  1. 1990/01/04(木) 02:10:00|
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【くるこい】第9話 逢引

  第9章
 思い出すのは母のぬくもり。
 物心ついた頃に死んだ、母の匂い。
 独りは寂しく、二人は暖かいけれど、三人に一人足りないと言うことがこんなに辛いとは想像もしていなかった。
 残されたものが出来るのは、ただ傷跡を舐めあい、新しい皮でその傷をふさごうと努力することだけ。深く深く刻まれた想いは、深く深くその心をえぐる。
 忘れられないと言うことは、幸福なのだろうか。

   ■

 目が覚めた。
 朝起きた瞬間に一人だったのは久しぶりだ。
 起き抜けに思ったことは、静かだなぁという感想と、一握りの寂寥感。
 考え直して、ああ、なんだかんだ言って、春名がおこしに来てくれる事を楽しみにしてたんだなぁと改めて想い、心の中だけで春名に感謝しつつ起床した。
 二階建ての我が家の階段を降り、階下へ。一人で新聞を読んでいる父さんを見つける。
「おはよ」
「ああ、おはよう」
 家で仕事をする以上、起きる時間も寝る時間もどうでもいいはずなのだが、父さんは「朝起きないとお前に会えないだろうが」といって毎日俺の登校時間に合わせて起きてくれている。
 そのやさしさに今日はいつもより二割り増しぐらいで感謝しつつ、席について並んでいる朝ごはんを見る。
 相変わらずトーストにベーコンエッグというメニューだが不満なぞあるはずも無く、いつもどおりに「いただきます」と言い、食べる。
「いただきます」
 一拍おいて父も食べ始める。
「鉱」
「ん?」
 なんとなく真剣な気配を感じ、食べるのを少し止めて聞く。
「まだヤってないのか?」
「うん」
 おざなりに返事をしてすぐに食事を再開する。黄身をつぶす箸の動きが若干激しくなったのは気のせいだ。うん。
「なんだやけに淡白な反応じゃないか」
「ちょっと見直してただけに落差が激しすぎただけだよ。気にしなくてもいい」
「つれないなぁ」
「黙れロリコン」
「失礼な。幼女が好きなのではなくて……」
「幼女『も』好きなんだろ? そんなこと……」
「世間一般じゃ常識――か?」
「ああ、そのとおり。わかってんなら言い訳するなよ」
「ほら、そこはテンプレどおりしなきゃいけないと本能が突き動かすんだよ」
「頭悪い発言をありがとう。世の中テンプレどおりじゃうまくいかないよ。とテンプレどおり返してみるが?」
「父さんは既に脱落者なので関係ありません」
「うわっ自分で言ったよこいつ」
「自己認識がしっかり出来てると言ってくれ」
「駄目人間なだけだろ?」
「よくわかったなわが息子よ」
「伊達に16年息子やってねぇよ」
 なんだかんだ言って。
 この生活が結構好きなんだなぁと、改めて思った。

   ■

「よ、春名おはよっ!」
 昨日分かれた十字路を、少し進んだところでぼーっと立っていた春名を見つけた。
「あ、え、あ、おにーちゃんおはよ!!」
「どうした、そんな慌てて」
 手を振り振りしつつ、とても焦ったそぶりを見せる春名。
「別に慌ててなんか無いよ? いつもの春名だにょ!」
 噛んだ。
 その上、噛んだことにも気づいてない辺り、相当慌ててるんだろうが、まあ隠そうとしてるんだからここは誤魔化されておくか。テンプレどおりに。
「えっと、おにーちゃんこそどうしたの? 一人で笑って、変なおにーちゃ」
 今朝の会話を思い出し、一人で微笑んでしまっていたらしい。思い出し笑いほど気持ち悪いものは無い。顔を真顔に戻しつつ、なんか春名の様子がいつもと違うので前言撤回して、いじってみることにした。
「ちょっと、春名のさっきの様子を思い出して笑っちゃっただけさ。『春名だにょ』って、ぷぷっにょって、にょって何だにょ、はっはっはっは!!」
「そこまで笑うこと無いじゃんっ! おにーちゃのいじわる!! もーっ!」
 ぽこぽこ胸の辺りを殴られる。はっはっはかわいいやつめ。いつもと様子が違うと思ったのはやっぱり気のせいだったか。
「仲良さそーじゃん二人とも」
 春名の家の方向から、来栖が歩いてきた。
 声が聞こえた瞬間、春名の身体が驚いたようにびくって動いて、俺にくっつき、来栖のほうをそーっと見た。
 そういえば、昨日は春名の家に来栖が泊まってたんだったな。さっきの感じといい今といい、アイツに何か吹き込まれたりしたのか? 具体的に何を言われたかは、今の様子からして聞かないほうがいいかもしれないな。
「はるにゃんもこーさかも朝から元気ですなー。あたしは朝は低気圧でどうにもならんのさー。台風が出来そうなくらい」
「低血圧な」
「おお、なんとも狙いすましたようなツッコミ。高坂、君は正真正銘のツッコミラーだよ」
「ツッコミラーってなんだよ。正真正銘の意味も不明だし」
「まさに今のツッコミが正真正銘の証さっ!」
「だから意味がわからんってーの」
 もう今日はまともに過ごせると思ったのに、結局誰かに俺の平穏は邪魔されるんだな。
「というか、春名。お前はいつまで俺の胸の中にいる気だ?」
 俺のほうを見上げ、ふと何かに気づいたように、慌てて俺から離れようとする。その拍子に春名は何かにつまずいたのか、後ろ向きに倒れそうになってしまった。
「ちょっ、お前!」
 最初の一歩が一瞬で出せたのは奇跡だったかもしれない。まあ何にせよ間一髪、倒れる寸前の春名を守ることに成功した。
 まぁ、そのポーズが例え、お姫様抱っこみたいになっていたところで、来栖にいじられて終わるだけだろうと、それだけだと思っていた。
 逢坂が遠くから全速力で走ってくるのが見えた。
 …………。
「高坂。がんばれっ☆」
 ガッツポーズしてぬけぬけと言う委員長。
「お前にだけは言われたくなかったわ」
 今日も騒がしい一日が始まる。

   ■

 それにしても、今日の春名はどうかしたのだろうか。
 終始落ち着きが無く、なにか悩みこんでいると思って声をかければ慌てて取り繕い、俺のほうを見て目をそらし、何かよくわからないことを小さな声で言いつつ俺に向かって抱きついてくる。行動の一貫性が無いと言うか、と言うよりなんていったらいいのか、行動すべてに違和感が付きまというというか。
 そんなことを考えながら過ごしているうちに既に昼休み。
「おーい春名」
 今も、春名は生徒会室の椅子に座ってぼーっと前を見ているだけだ。
「えっ? あっああ、お、おにーちゃんか。ビックリさせないでよ、もー」
 本当にビックリしたような口調で言う。
「俺はさっきからここにいたんだが……」
 実際、ここに入ったときに俺と春名は一緒だった。コーヒーと紅茶どっちがいい? とわかりきってることを聞き、わかりきった、『紅茶。砂糖たくさん入れて』と言う答えが返ってきてその要望のために給湯室で紅茶を入れていた。
 その紅茶とクッキーを持って、もとの部屋に戻ってきて、呼びかけてみたらこの反応。
「……まぁいいか。明日3人で買い物に行こうと思うんだが、何時からがいい?」
「えーっと、ボクはいいや。二人で行って来ていいよっ?」
 流石におかしい。昨日までだったら、いつでもいいよっ!! とか言っていこうとするか、それよりもむしろアイ置いてって二人で行こう!! とでも言い出しそうな雰囲気だったのに。
 春名の頭に手を置いて、撫でながら言う。
「……どうしたんだ春名? 本当に何があったんだよ?」
「……」
 沈黙。
 まるで、時間が経ってこの問いが無かったことになればいいとでもいう沈黙。
「……」
「……」
 それでも俺はその時間をただ待って過ごした。一分が一時間にも感じられ、一秒が一時間にも感じられるほどの沈黙が過ごした頃。
 ぼそっ、と春名が口を開いた。
「あのね――」
「うぃーっす。コウいる? お、ハルナも一緒だったか。お取り込み中ごめん」
 その言葉をかき消すかのようなタイミングで、会華が生徒会室に入ってきた。
「……お前タイミング悪すぎ。死んでなくなれ」
「最近コウはひどすぎるとおもうんだ。あとうらやましすぎるから死んだほうがいいと思うよ」
「余計なお世話だ」
 一通りどうでもいい会話をした後、仕切りなおして会華は言う。
「で、だ。関係ないけど、いや、お前には一番関係あると思うけど。コウ。多目的室来いって綾香さんが呼んでたよ」
「先輩が?」
 何でだろう? この昼休みに何かあるのだろうか。もしかすると茶道部関連だろうか。今更何か困ることでも起きたのか? でも何で多目的室なんだろう?
 まぁ結局は話してみないとしょうがないから行くしかないんだが……。
 ふと、春名を見る。
 言いそびれた言葉のことはもう無かったことにしようとしているのか、俺のほうを見ないで下を向いてうつむいている。こんな状態の春名をほっておくのは良くないと思ったので、一応聞いてみる。
「春名、俺と一緒に来るか?」
 春名は沈黙。
 数秒の間を空け、俺と会華を交互に見たあと、大きく息を吸って、今までとはうって変わって明るい声で言った。
「いってきていーよおにーちゃ! そのかわり今日はおにーちゃと一緒に帰るんだからねっ!!」
「おうわかったわかった。じゃあ先輩んとこ行ってくるわ。おい会華。春名と教室までついていってやれ」
「何で俺が……」
 嫌がってるようには全然見えない顔。どっちかって言うと、そう来ることを予想してた表情か。
 ホントにそう思ってたらそんな顔しねぇだろ。まったく。幼馴染ばんざい。
「じゃあ頼んだぞ」
「わかったわかった。行って来い行って来い」
「なんかウザいな、お前」
「コウほどじゃないさ」
「とりあえず死んどけ。まぁいいか。んじゃな」
 それだけ言って、生徒会室を後にした。

   ■

 階段を上って渡り廊下を渡って、ほぼ生徒会室の反対にある多目的室については見たものの、先輩がいなかった。
「何でだよ」
 つぶやいたところで答えてくれる人はいるはずも無い。
 多目的室といったところで、普通の教室だ。特に使い道が無いから多目的室と名前がついているだけで、ただ単に空き教室を利用しているだけなのだが。
 というかそれにしても、先輩がいないというのはどういうことだ。
 回答の選択肢としては、
1・帰った
2・隠れてる
3・というか元から来てない。
 まあ先輩のことだし、めんどくさくなったから帰ったとかリアルにありそうで困る。
 んー、でも向こうから呼び出しされたのは久しぶり……でもないか。久しぶりじゃなくて初めてだったな。とりあえず昼休みはまだしばらくあるし、とりあえずこのまま少し待っててみるか。
 と、思った矢先。
『あ、あ、あーあーまいくてすとマイクテスト。えー、2年……えーっ何組だっけ……。まあいいや。二年生の高坂鉱くん。至急茶道部部室まで来なさい。繰り替えすのはめんどくさいので終わり。来なかったら厳重処分なのでよろしくっ――――』
 ブツッと、音がして放送が切れた。
「………………え?」

   ■

「で、昼休みもあと5分と言うこの時間帯に呼び出していただいて恐縮なんですが、率直に言うと何のようですか?」
 声に剣幕が募っていたのはしょうがないことだろう。
 何せ、茶道部室に行ったら置手紙が置いてあって、
『生徒会室にいるので、そっちに行ってくれ』
 で、生徒会室に行ったら、
『次は音楽室に来てね☆』
 とかなんとか。あと3箇所か4箇所か忘れたけど、たらいまわしにされた挙句、最後に到着したのが屋上っていうのがなんとも言えず疲労感を増してくれる。
「まぁまぁ、怒るなよ鉱。私だって意味も無くこんなことをしたわけじゃない」
「じゃあどんな意味があるんですか」
 もうなんか怒りを抑えるのがばかばかしくなってきたので、感情のままに喋ることにする。
「教えてほしいか?」
「そりゃ知りたいですよ。流石に校内中走りまわされた側としてはそれなりの誠意を見せてもらわないとこの怒りの矛先が無くて困るんですけど」
 先輩はあきらめたように大きく息を吐き、持ち前の長い髪の毛を風になびかせ、遠くのほうを見つめていた。
 そのしぐさに、つい目をとられてしまった。それほどもまでに、その時の先輩は何かひきつける雰囲気と、真剣みの帯びた空気を、まとっていた。
 そして、そのままさらに遠くを見つめるようにしていった。
「面白そうだったからだ」
 自制心って、自制できるから自制心って言うんだよねー。というなんか意味のわからないことを考えつつ、両手を振り上げて先輩に襲い掛かった。
 振り上げた両手は先輩の手によって止められて、万歳の姿勢で向き合った状態になった。その均衡はいつ壊れるとも知らないが。
「せ、ん、ぱ、い? 流石に今度ばっかりは俺もキレますよ?」
「何言ってるんだ、鉱はいつも怒ってるじゃないか」
「じゃあ今日は当社比5倍ぐらいで怒ってます」
 ただ、振り上げた手が下ろせないのは俺の意思ではなく先輩が止めてるからで、この華奢な身体にどれだけの筋肉がついてたらこんな握力が出るんだよ!? ってほどの力で手首を握り締められてるのでそこまで強いことはいえないわけだが……。
「別にいつもならよかったんですけどね? 先輩も会華も揃いも揃ってタイミングが悪いですねっ!!」
「ん? なんのことだ?」
 不思議そうに先輩が首をかしげる。
「とぼけないでください! さっき放送で呼び出す前に、多目的室に呼び出したじゃないですか!」
「私がか? そんなことはしてないが」
「え? 会華に頼んだじゃないですか」
「そんなことはしてないぞ? 会華君に会ったのは昨日の遊園地で分かれたのが最後だったはずだ」
「えーっと……」
 考え事をしてるうちに手の力が抜けてバンザイの姿勢から普通の状態に戻る。先輩も俺の手を離してくれた。
「ってことは、会華が言ってたのは?」
「さあ? そのへんの事情は良くわからないが、少なくとも私は会華君にそんなことは頼まないな。やるとしたら自分でやるに決まっているだろうが。そんな楽しいことを人に頼んだりするものか。現にこうして放送で呼びつけたじゃないか」
「確かにそうですが……」
 だったらなんで会華はあそこで嘘なんかついたのだろうか。
「………………」
 考え込む。
 会華が俺に対して嘘をつく必要性? 何がある? あそこで俺が多目的室に行くことによって会華が出来ること。いや待て、ただのおふざけかもしれない。しかし、アイツのことだから、そんな意味の無いことはしないはずだ。ああ見えてちゃんとした奴だ。俺たちの会話が聞こえてたらあんな空気の読めないことはしないはず……。
「じゃあ……春名と二人きりになるため?」
「なぁ鉱。無視されてるばかりだと私も悲しいんだが」
 恨みがましく言ってくる先輩をジト目でにらんで、
「自業自得なんで先輩はちょっと黙っててもらっていいですか?」
「うー、鉱がいじめる……」
「泣きまねなんて先輩が似合うはず無いじゃないですか……まったく」
 と言いつつ先輩は別に傷ついた様子は見えないので別に気にする必要も無いだろう。
「で、さっきから鉱は何を考えてるんだ? ぶつぶつつぶやいて気持ちわるいぞ?」
「春名のことですよ」
「そうか。やっと童貞卒業か。いっこうに出来ないようなら私が筆おろしぐらいはしてやってもいいと考えていたんだが」
 にやりと笑って先輩が言う。
「冗談にしてもキツいです。それにそんなことじゃなくて」
「そんなことじゃないって言うならどんなことなんだ?」
「今朝から春名の様子がおかしいんですよ」
「あの子が君に向ける視線は、はたから見るといつもおかしいが?」
「そんなことは知ってますよ。そうじゃなくて、今朝から何かおかしいんですよ。ちょっとテンションが下がってるって言うか、俺を見つけても飛び込んでこないし、買い物に行こうって誘っても行かないって言うし、逢坂が俺に話しかけててもなにもしてこないし……」
「さりげなく惚気てるのは、私に自慢したいのか。そうか……鉱も言うようになったな」
「自慢なんてしてませんよ。事実なのは知ってるでしょ先輩。そういう問題じゃなくて、実際問題あいつの様子がおかしいのはあるんですよ」
「そりゃあ、あれだろ」
 さも当然のように先輩は腕組みをしながら言う。
「あれ?」
「そんなことが一ヶ月くらい前も無かったか?」
 えーっと、一ヶ月?
「一ヶ月って、そんな前のこと覚えてないしそれ以前に、その時期は俺にベタベタくっついてなかったし…………って、あー、ああ」
 そういえば女子にはそんなイベントがありましたね。
「とりあえず君が理解できたのは喜ばしい限りだ。生理は男にはないからな」
「ああ、まあ、せっかくぼかして言ったのにその後に普通に言ったら意味無いんじゃないか、っていう突っ込みは置いておくとして。そうか、そう考えたら一ヶ月前もそんなことがあったような……なかったような……」
 そういわれてみると落ち込んでた時期はあったかもしれないけど、それがいつだったかは覚えてないって言うのが正直な感想なんだよなぁ。
「そのときはそこまで親しくなかったから、鉱もわからなかったんだろうな」
「そうだったのか……それだったらちょっといやなことしたかな」
 あそこまで問い詰める必要は無かったかもしれない。いや、確実にそんな必要は無かったな。じゃあ会華のあれも、そういう意味だったのか? 俺には言いたくないだろうから、会華になら…………ってあんまり変わらない気もするが。というか、それならそれで春名と二人で話がしたいって俺に言えばいいようなものだけど。よくわからないからそれについては直接聞けばいいか。
 期せずして答えが見つかったことに、先輩に感謝を示してもいいけど、俺を引きずりまわしたことでイーブンと言うことにしておこう。
「あれ? そういえば何で俺を呼び出したんですか?」
 考えてみればその理由を聞いていなかった気がする。
「ああ、そんなことか。それは」
 そこまで先輩が言ったところで、本鈴のチャイムが鳴った。
「鉱と一緒に一時間ほど語り合おうかと思ってね」
「……」
 前言撤回。イーブンじゃなくてぶっちぎりでマイナスです。
  1. 1990/01/04(木) 02:09:00|
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【くるこい】第8話 おんぶ

  第8章

「父さん?」
 母の葬式で、父は泣かなかった。
「どうした鉱」
「お母さん、何で死んだの?」
「母さんはな、働きすぎたんだよ。俺たちの分まで働いて、働きすぎて、疲れちまったんだ」
「…………」
「お前、母さんの分までちゃんと生きるんだぞ」
「……うん」
 父が泣いてないのに、自分が泣くのは許されないと思った。

   ■

 ……ーぃ。……ぉーい。……おーい!!
「んぁ?」
 夢から覚醒し始めたうつろな頭のまま、目を開けた。
「よっ」
「うわあああああっ!?」
 目を開けたら、すぐ目の前に人の顔があったらそりゃ誰でもビビると思う。
「………………えっと……なんですか? 先輩」
「その前に、その子たちをなんとかしたほうがいいと思うけど?」
「ん?」
 両脇を見ると、無残にもよだれを垂らしたままぐっすり眠っている春名と、何故だか分からないけど、俺の腰の下にまでもぐりこんで眠ってる逢坂がいた。
「ああ、そうだな。おーい二人ともおきろー、朝だぞー」
 ベンチから立ち、二人を揺さぶってみる。
「うにゅぅ……あと5分……」
 いつも俺を起こしに来るやつとは思えない寝言を言い始める春名。
「ダメ……こーくんそんなことしちゃ…………あぁっ……やん」
 逢坂よ。お前はどんな夢を見てるんだ? とても危うい気がして、起こすに起こせないんだが……どうしようか。
「じゃあ鉱。二人とも起きないから私とこれからホテルにでも行って夜を明かすとするか」
「いやいやいやいや、その結論はおかしいし、その前にだから会華はどうなったんですかって、さっきも聞いたじゃないですか!?」
 慌てて答えてる辺りが、まだまだレベルが足りない証拠だろうと自分でも思うけど、だってそりゃしょうがないだろ。
「会華君なら、あの話をして、すぐに別れたぞ?」
「え、それはまた何で?」
 そこで綾香先輩はニヤリと笑って、
「一通り君の昔話は聞いたからな。これから卒業までずっとからかえるぐらいのネタは仕入れてきた。光栄に思うがいい」
「えっ!? ちょっと、あーうー、あー。……まぁ。うん。はい。……よろしくお願いします」
「うん。それではこれからもよろしくな」
 満面の笑みを浮かべる先輩と、声も心も見た目も沈んだ俺。こんなことになるんだったら、会華を先輩に預けるんじゃなかった……。俺の幼馴染かどうか聞いてたのはそのためだったのか、と気付いても後の祭だが。
 しょうがない。先輩には最初っから最後まで叶わないって分かりきってたことだし。うん。そうだったんだよと諦めておくのが懸命だと自分で思いこむのが大事だ。
「そういえば先輩」
「なんだ? 後輩」
「なんで今日ついてきたんですか?」
「え? だって楽しそうじゃないか。鉱がいて、彼女が二人もいて、そこに私もいる。これでおもしろいことが起きないわけが無いと踏んだからさ」
 予想してた通り過ぎて逆に何か言う気も失せたというか……。
「わかりました……もういいですよ」
 うなだれた表情を見せながら、もうどうにでもなれと言った感じで今度こそちゃんと二人を起こしにかかる。
「おーい、春名、愛。起きろー風邪引くぞー」
「むにゅう……」
「こーくん……」
 参った。一人ぐらいだったら背負って帰るって言う選択肢もあったかもしれないけど、さすがに人間二人をどうにかできるほどの能力は持ち合わせていない。うーん。どうしたもんか。
 いや、ここでしっかり起こせばいいんだろうけど、それもそれでぐっすり寝てるからなかなか起こしにくかったりするんだよなぁ。二人とも気持ちよさそうに寝てるし。
 ただ、このままにしておくとリアルに風邪引きそうなのが危ないところだ。なんとかしなければ……。
「よいしょっと」
 なんだかんだ言ってるうちに先輩が逢坂を持ち上げておぶってしまった。
「って、先輩。何してるんですか」
「ん? 鉱がなんだか所在なさげな顔をしてたから、ついつい助け舟を出してしまっただけだ。気にするな」
「ん、じゃあ困ってたところなんだありがたく好意をいただいておきます。ああ、でも逢坂は俺が持ちますよ。春名の方が軽いでしょ」
 綾香先輩はいじわるな笑顔を見せて、
「女の子の体重を話題にするときは気をつけたほうがいいぞ。どこで誰が聞いてるかわからないからな」
「どこも何も、そこで寝てる二人しかいませんよ……」
「それにさっきの発言では、さも私が貧弱だと言っているようなものじゃないか」
「それもそうですけど、男のプライドってものも考えてください。それこそ、女の子が力持ちって言われてうれしいわけないじゃないですか」
「私はとてもうれしいが?」
「前言撤回します。先輩を除いた大多数の女子ってしといてください」
「では、いくとするか」
「ちょっと待ってください先輩! 人の話を聞いてくださいよ!!」
 俺の言葉を無視して立ち上がる先輩に、なんとか懇願し、意地とプライドで食い下がった。いや、でもこれ逢坂が聞いてたら怒るだろうなぁと思いつつ、それでも春名を先輩に任せ、一向に起きる気配の無い二人を背負って家に帰ることにした。

   ■

「………………」
「………………」
 なんか話しづらくなって終始無言で歩いていた。
 件の遊園地は自宅からそう遠くないところにあり、駅ひとつ分程度の距離ならば歩いていけると考えたのだ。
 いや、本当は先輩の心配をして電車で帰ろうと言ったのに、綾香先輩が何度も「私がそんなに貧弱に見えるのか?」と本当に恨みがましそうに言うので(といっても多分演技だろうが)しぶしぶ歩いて帰ることにしたのである。
 正直、意地を張ったはいいが、少しばかりの後悔があった。流石に女の子だとしても高校生であって、このままだと家まで持たないんじゃないかと思うぐらいだんだんつらくなってきた。持ち上げてる限界の重さと、持ち上げた状態で歩き続ける限界の重さの違いに愕然としつつ、それでも となりの先輩が涼しい顔をして春名を背負ってるのを見て、やはり自分には体力がないのかと思い、相変わらずの意地張りっぷりで気合で絶えていたのだった。
「………………」
「………………」
 しかしそれにしてもこの無言はどうにかならないのだろか。
 基本的には沈黙もそんなに嫌いではないのだが、いつもおしゃべりな綾香先輩がここまでしゃべらないとなると、いつもとの違いに戸惑ってしまう。
 すっと、横をのぞき見るようにして先輩の横顔を見てみた。
 何を考えてるかわからない表情をしているのは相変わらずなんだけど、いつもより真剣な眼をしてるように見えたのは俺の勘違いだろうか。
 先輩は道のずっと先に視点をあわせて、俺のことなんか気にしてない様子で歩いている。
 んー。
 何か怒らすようなことでもしたんだろうか。
 思い当たらずに、さりとてこのまま家に帰る道すがら何も話さないって言うのも、あと20分ぐらいある残り時間を考えると寂しすぎるので、どうしようかと悩んでいると、先輩の背中からうめくような小さい声が聞こえてきた。
「う……うぅん」
「お、起きたか春名」
 まだ本当に起きたばっかりなので、状況把握はまったく出来てないだろうが、とりあえず起きたことには変わりない。
「ほぁ……ここどこぉ?」
 ろれつの回らない声で尋ねる春名。目はまだ半開きで、相変わらず口元にはよだれがついている。春名のその質問に先輩が答える。
「春名君。今は帰宅途中で、君は私に負ぶさってるところだ。ちなみに鉱がおぶってるのは愛君だが、それは鉱が決めたことであってその責任は全部鉱にあるということをわかってもらえれば私は十分だと思うのだが、どうかな鉱?」
 唐突に、今まで黙っていた先輩が畳み掛けるようにしゃべったことで、俺がひるんでしまったのが敗因だったのかもしれない。というかどうすれば勝ちとか負けとかそういう問題じゃないと思うのだが、それでも負けだった。なんていうか物理的に。
 綾香先輩の言葉を、その背中に乗ったまま聞いていた春名の表情を見落としていたのが痛かった。春名は、先輩の「鉱がおぶっているのは……」の辺りで俺のほうを向き、その小さな目に何かを焼き付けるように大きく見開き「その責任は……」の辺りで完全に意識が覚醒したらしく、その目には先ほどの観察するような表情ではなく、燃えるような闘志が宿っていた。そしてそれは先輩にも伝わっていた、というより先輩がそうなるように誘導したんだろうけど、その誘導にまんまとひっかかった春名は、先輩の背中で一瞬小さくまるまり、先輩が組んだままお尻の下に回していた手を踏み台に、
「ボクも乗るー!!!!」
 こっちに飛び掛ってきた。

   ■

 結論から言うと、どうしようもなかった。
 何も無い状況ならいざしらず、背中に逢坂を乗せたままでその上からさらに春名の体重+重力加速度を足した重量なんて耐えられるはずも無く、無様にも撃沈した。
「何するのよ!! 死ぬところだったじゃないの!」
「アイが抜け駆けするから悪いんじゃないの!!」
 二人の口論は、夕暮れ時の街中では目立つことこの上なかったが、それ以上にその二人にのしかかられたまま地べたに這いつくばっている俺のほうが目立つことに、そろそろ二人が気づいてくれると俺はとても助かるのだが、それを二人が自覚するのはだいぶ先のことになりそうな雰囲気がぷんぷんしていた。
「寝てたんだから関係ない。こーくんが私を選んでくれたってことなんだからあきらめなさいよ」
「そんなことないっ! アイが何か言ったんでしょ!」
「だから私は寝てたって何度言ったらわかるの」
 そんなことじゃないんだよ。春名の方が軽そうだったから先輩に預けたんだよ。
 言ってやりたかったが、言った途端にこの不自由な身体に二人からの暴行を加えられると危機感を感じてる状況では、そんな地雷に両足揃えて突っ込むような真似は出来ない。
 まぁそれでもいかんせんどうしようもない状況になってるのは事実だが……。
 どうしようかなぁ、と悩んでいる俺と、その上で口論している二人、傍観を決め込んで笑っている先輩。
 4人に話しかける声があった。
「アンタたち何してるの?」
 そこに立っていたのは、今にも吹き出しそうな顔をした委員長こと、来栖美樹だった。
 一瞬だけ空気が止まった。
 来栖は今まで制服姿しか見た事が無かったのだが、休日の今日は当然ながら私服で、長めのプリーツスカートをはいて、桃色のTシャツの上にカーディガンを羽織っていた。なんとも、今までのイメージを覆されるような服装だなぁ。むしろもっと先輩みたいな男っぽい服を着てると思ったのに。
 そんなことを考えてるうちに、彼女はこっちに近寄ってきて、俺の目の前にしゃがみこんだ。
 ちょっ、そのままだとパンツ見えるから! ちょっと!
「ざんねーん。スパッツでしたー」
 スカートが長いので、チラッとしか見えなかったが、確かにスパッツをはいてるみたいだった。……というかこいつは日常的にはいてるんか?
 どうでもいいことを考えていると、左右のほっぺをつままれた。
「ふぁにふるんふぁよ」
「んー、なんかおもしろそうだから」
 それこそ楽しそうにびろーんびろーんとつかんだ頬を伸ばされまくる。いや痛くは無い。ホントに遊んでるレベルだから問題は無いのだが、そんなことより背中の上に載っている二人が黙ってるのがとても怖い。なんだろうこの殺気に似た気配は。
「びよーんびよーん♪」
 実に楽しそうに俺で遊ぶ委員長。もうなんか完全に怪しい集団になってる……。
 相変わらず無言の圧力が上からかかる。体重と圧力で押しつぶされそうです。
「ふぉひゅうかおふぁえふぁふぁふぃひにひはんはよ」
「んー? 散歩。買い物しようと思ってきたけど面白いものを見つけたんで突撃生取材を観光してみたのさワトソン君!」
 というかお前何しに来たんだよ。と言ったのが伝わったのが奇跡だと思ったが、その後に続く言葉でああ、こいつは馬鹿なんだよなぁと改めて思ってしまった。馬鹿と言うか、なんか行動の根本が綾香先輩と同じで、迷惑な気配しかしないのが残念すぎる。
「ふぉろふぉろはなふぇって、うぉ」
「はーい。高坂の彼女たちがとても怖い顔をしてるので、謹んで離させていただきました隊長」
 その言葉に反応が無いのがまたちょっと怖いんだが……。
「誰が隊長だ誰が。あと俺の懇願で離したんじゃないのかよ」
「うん」
「くそっ。というかそれよりお前ら二人もそろそろどけよ流石に重くなってきた……」
「こーくんは私が重いって言うんだ……」
「おにーちゃんは春名が耐え切れないほど重いって言うんだ……」
「待てっ! 待てそれは誤解だから! とりあえず全体重かけるのやめて二人でとかうぐぅっ!」
 背中にかかる荷重が当社比2倍くらいになって目から涙がにじみ出て来た。ちょっと先輩も委員長も助けて! 頼むから!
 と、綾香先輩が、何かを思いついたような表情を浮かべた。待て。その笑顔は何だ!? 怖すぎるいやな予感しかしないんですが……。
「そうだ、逢坂君。さきほど鉱が、逢坂君の方が重いだろうから俺が持ってやるよとかなんとか言ってた気がするが」
 …………。
 人の上で飛び跳ねないでください……。そう思ったのを最後に、意識が途切れた。

   ■

「父さん仕事やめたの?」
 それがどれだけ残酷な言葉だったか。当時はわからなかった。ただ事実を事実として疑問をぶつけただけだった。
「ああ、まぁ、退職金は出たからしばらくは過ごせるから安心しろ」
「でもお金ないんだったら、僕が働くよ?」
「鉱はそんなことは気にしなくていいさ。なんとか別の仕事を探してくるよ。今度は出来るだけ家にいられる仕事がいいな」
 そのさりげない親心がうれしかった。

   ■

 意識が覚醒したとき、俺の身体は上下に揺れていた。
 目の前に在るのは黒の長髪。ふわりとかおるシャンプーの香りが何故だか俺を安心させてくれた。
 眠気が覚めていくにしたがって、だんだん明瞭になる世界の中で、綾香先輩におぶられているということを理解した。
「お、起きたか鉱」
「こーくん! ごめんなさい私が悪かったの」
「ごめんねおにーちゃ! 大丈夫!?」
「お、もう起きたのか。存外早かったな高坂」
「お、……おはよう」
 4者4様で話しかけられても、まだ頭は完全に起ききってないんですが……。
 とりあえず差しあたってしなければならないことは、先輩の背中から降りることだろうか。行動しようとしたら、予想以上に強い力で止められた。
 不思議に思って綾香先輩を見ると、俺にしか聞こえないくらいの小さな声で、ぼそっとつぶやいた。
「もうちょっと私に頼ってもいいんだぞ?」
「ん……じゃあお言葉に甘えて……」
 先輩に習って小声でつぶやく。
 別に疲れてたわけではないが、とりあえずもうちょっと背負われてることにした。少し具合の悪いそぶりを見せ、ほかの3人に体裁をつけておく。
「それにしても――」
 いつの間にかすぐ横にいた委員長が話し始める。
「さっきのはるにゃんはかわいかったなー。なんせ『おにーちゃんはボクが運ぶの!!』って言って無理やり高坂を持ってこうとするもんだから、地面を引きずったりそこら辺にぶつけたり大変だったんだから」
 からかうように言う委員長に、春名が慌てふためいた感じで弁明する。
「あ、あれは!! さっきはお兄ちゃんに持ってもらえなかったからっ、今度はボクが持ってあげようと思ってがんばったんだよぉ……」
「春名君の体格じゃ絶対無理だって言ったのになかなか聞かなくてねぇ……」
 困ったように言う先輩。心のそこではまったく困ってないんだろうことはわかりきってるけどね。
「だから私が持つって言ったのに」
「アイにだけはまかせたくないのっ!」
「あーちょっと音量を下げてもらうと、頭に響かなくてうれしいんだが……」
 適当に理由をつけてやめさせる。もう止めなくてもいいと思うけど、あんまりうるさいと普通に周りに迷惑だし、もう住宅街に来てるし。
「あっごめん」
「ほら怒られた」
「なにおー!!」
「ほらほら、鉱も言ってることだし、ちょっと我慢しな、二人とも」
 先輩ありがとうございます。そのあとに貸しイチな、って言う言葉が無ければ最高でした。
「はーぃ」
「はーい」
 とりあえずひと段落。
 落ち着いて前を見ると、もう夕日が沈むぐらいの時間帯になっていた。
 夕焼けが綺麗だなぁ。
 今日一日を軽く振り返って、ああ、楽しかったなぁと思えた。
 いろいろハプニングもあったけど、というかまず大前提のダブルデートとかわけのわからないことになったりしたけど、それでも一日中騒がしい生活に慣れてきた俺にとって、その喧騒は不快なものではなく、もう日常になってきていて、だからこそと言っては何だが楽しめたんだと思う。
 ほかの3人もそう思ってるといいなぁ……と思っていると、十字路に差し掛かった。
「あ、先輩。ここまででいいですよ」
「お、そうか。もう大丈夫なのか?」
 白々しく聞いてくる辺りが先輩っぽい。
「もうだいぶ楽になりました。どうもありがとうございました」
「いやいや、そんな礼を言われるほどのことでもないさ。今度なにかおごってもらうくらいでいいよ」
「めずらしく、感謝の言葉を述べたのに、一瞬にして尊敬の念が消えました」
「ははっ、冗談だ冗談」
「まったく」
 言って、自分の足で立つ。
 この十字路で、俺と春名と逢坂の帰路が分かれている。まっすぐ行くと俺の家、左に曲がれば春名の家で、右折すれば逢坂の家だ。
「じゃあまた明日な。今日は俺も疲れてるから一人にさせてくれ」
「こーくんがそういうなら……」
「しょうがないねー」
 どうやら二人ともわかってくれた様で何よりだ。春名の目が若干うとうとしてるのも要因のひとつだろうか。なんにせよ、今日はここでお別れだ。
「じゃあまた明日な。先輩と委員長はどうする? ……いや、普通に家に帰るか」
「あたしははるにゃんの家いってみたいなー」
 来栖がなんかとてもウキウキした感じの声で言い出した。
「ん、別にそれを俺に言われてもどうしようもないのだが、どうだ? 春名」
「ボクのおとーさんもおかーさんも、そういうのあんまり気にしないから大丈夫だよー」
「だ、そうだ。まあ、楽しくやってくればいいさ。先輩は?」
 振り向いた時、綾香先輩は来栖の方をじっと見ていた。
「ん、ああうん。私はこのまま帰るとするよ。じゃーな鉱」
「じゃあまた明日。先輩」
「じゃーねー」
 それぞれが手を振って送った後、
「じゃあ俺たちも帰るかな」
「うんっ」
 笑顔で別れた。

  1. 1990/01/04(木) 02:08:00|
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【くるこい】第7話 遊園地2

第7話

「やあ鉱。おはよう」
「おはようございます先輩」
 日曜日。
 もう何がなんだか分からないまま日曜日になってしまった。
 それもこれも綾香先輩が悪いんだ。俺は悪くない。というより最近俺の意志が全く持って無視されてる気がするのはどうなんだろうか。そんなのが日常茶飯事になってきてるあたり、駄目駄目な気がする。
「こーくん! 綾香さん見てデレデレしないで!」
「おにーちゃんこっち向いてほらこっちだよ!!」
 両手を二人に掴まれて、なんともラブラブなカップルですね。自分を傍観する立場から見ると、自分自身に殺意を芽生えるほどの状況だ。だからといってそれが当事者にとって幸福かどうかは当事者にしか分からないとはよく言ったものだ。
 最近この方法で何回現実逃避したか覚えていない。
「鉱。いいじゃないかモテモテだな」
 先輩は言葉どおり、男装してきた。と言っても服装がそれっぽいだけで、スカートをはいてないのはいつものことだし、アクセサリーが男っぽくて、サングラスをかけて帽子をかぶってるだけ。
 ボーイッシュって言えばそれだけのような服装をしてた。いやそれでも、相変わらず自己主張の激しい胸はそのままだし、むしろ軽装っぽいだけいつもよりさらに強調されて色っぽさが出てる。
 どうみても男として振舞う気ゼロの服だよなぁ。
 それでも言動が言動なので、女としてのしおらしさとかそういうのはなかなか感じられない。まぁこれもいつものことだが。
「先輩。うらやましいですか?」
「ああ、とてもうらやましいぞ? 特にその脇の二人が」
 話に呼ばれた二人は、それでも先輩のことは見向きもせずに、俺の手にすがり付いてくる。
 綾香先輩とは対照的に、春名の服は、それこそ子供のようなフリフリのワンピース。水色をベースにしたそれは、幼さを残す体型にぴったり当てはまっていて……。というか見た目完全に中学生を通り越して小学校高学年に見えてくるからやばい。これはもう既にロリコンと呼ばれてもおかしくないレベルだと思う。もうちょっと成長してもいいのに、身長も胸もまだ中学生になりきれていない。お前は高校生だろ……。
 逆の手に絡んでいる逢坂は、こっちは一転して大人びた服。いやそれでも全身黒ばっかっていうのは流石にセンスがどうのこうのよりもなんか違う気がする。ゴスロリ? いやいや。なんかホントによくわからない。スカートは真っ黒のロングスカート。黒のシャツに、黒のカーディガンって……葬式にでもいくつもりか? と問いたくなるほど。ただ、逢坂の雰囲気と合ってるので気にならないのが救いか。
 しかして。
 男一人女三人(一人は男のつもり)のダブルデートが始まった。

   ■

 それにしてもダブルデートってのは、カップル二組が、同時にデートするっていうのが通常の状態のはずだと思ったんだが、この状況はなんだろうか。
 もし、綾香先輩が男役をやってくれるなら、それはそれでいいと思うけど、先輩とくっつくのはどっちだろうかとか考えて、どっちもありえないんだから意味無いじゃん。
 っていうのはもう分かりきってたはずなのに、先輩が着いてきた理由ってのは何だろう? 単純に一緒に遊びたかっただけなのかなぁ。いやいや、綾香先輩のことだから、『二人に挟まれておろおろしながら必死に頑張ってる鉱が面白そうだったから、見てやろうようと思ったんだよ』とか、しれっと言いそうだ。いやそうに違いないだろ。
 だとしたら、それはそれでいいかな。まぁ見てるだけならいいけど、流石にそこからまたトラブルを起こされちゃたまらないんだが、多分なんとかなるだろう。ポジティブシンキングだ。こういうときこそ前を見ないと、後ろ向きになるべきじゃないな。
 そうそう。これはなんだかんだ言って、結局は俺と春名と逢坂のデートなんだ。そう思ったら気が抜けないな、と改めて気を引き締めて、顔を上げて前を見た。
 空が見えた。白い雲、青い空。そして輝くような太陽。まぶしすぎる日差しが目にしみる。
 直後、視線が急降下し、目の前には地面と、そしてうねるように絡まったレール。
「あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
 絶叫系は無理です……。ホントかんべんしてください……。

   ■

「いやーホントに楽しかったなぁ。他の遊園地と比べても、やはり私が設計に携わっているだけあって迫力が違うな」
 楽しそうに喋る綾香先輩。
「え? この遊園地って綾香さんが作ったの?」
 楽しそうに答える逢坂。何でこんなに元気そうなんだろうか。俺は既に死にそうなのに。
「うん、うちの親がここの経営者でね。ただあいつらと来たら、安全性だけを求めて、退屈なものしか作らないから、いっそのことってことで、私がほとんど設計しなおしたんだよ」
 安全性を捨てたら、人として、経営者として駄目だと思う。
「先輩すごーい!!」
 純粋な尊敬のまなざしを浴びせる春名。
「…………はぁ」
 ひとりベンチに腰掛け、ため息をつく。あいつらは、俺のことを気にしてるんだろうか? なんというか、自分のペースを崩さないやつらばっかりなので、俺がなんと言おうと関係ないのかもしれない。
 さっきはさっきで、俺にくっつきまくってたくせに、今はなぜか先輩にひっついて話を聞いている。さっきから聞いてると、なんか綾香先輩はとても大金持ちの人の子供らしい。なんか言い方が安っぽいな。いやまあそのとおりなんだろうけど、端的に言うならお嬢様ってことか。
 いやでも綾香先輩っていままでそんな雰囲気は微塵も感じなかったし、そんなそぶりも見せなかったから、少しびっくりした。
 でもなんか納得できる部分っていうのはあるな、と思い直す。今までのふざけたような態度っていうのは、それをわざと隠してたとも考えられる。まあそこまで言ったら考えすぎか。金持ちを鼻にかけるような真似をしないっていうのもいいところなのかもな。
 と思いつつ、その3人とは一歩はなれて会話を聞いている。
 自分のことを構ってくれないって言うのがなんかちょっと寂しい気分になってきて、先輩の話ばっか聞いてるのがちょっと悔しくなってきた。というかだんだん妬ましく……。
 ってちょっと待てちょっと待て嫉妬? 俺が先輩に嫉妬してるのか? いや違う違う。この感情は嫉妬じゃない。大丈夫だ俺。落ち着け。
「なぁ鉱、大丈夫か?」
 はっと気付いてうつむいていた視線を上げると目の前には綾香先輩の顔があった。
「だっ、大丈夫です!」
「そうか。つまらんな」
「つまらないって何がつまらないんですか!?」
「いやな、今にも吐きそうな顔してたから、吐くのかと思って」
「何でそこまで俺を吐かそうとするんですか!?」
「楽しそうだから」
「っ、あーもう。もういいですよ」
 駄目だこの人と会話してると、自分が遊ばれてるだけに思えてくる。そしてそれが実際にそうだから始末に終えないんだが。
「こーっくん!!」
「うごぁ!?」
 先輩が目の前からいなくなったと思った瞬間逢坂がベンチに座っている俺に向かって突進してきた。
「あーずるーい!! ボクもーッ!!」
「うぐふぅッ!!」
 だからこの展開はもう飽きた! 飽きたからほんとにやめてくださいお願いします!!
「鉱は幸せ者だなぁ」
 ……それはいささか違う気がするのだが。
「じゃあオレもーっ!!」
「がはっ!!」
 ちょっと待て誰だ!? お前は誰だ!? 声は聞き覚えあるのだが頭が回らない。待ってだから3人分の体重は流石にキツイから!!
「誰!? キミは誰!?」
「ちょっと貴方どきなさいよ!」
 ドゴッ、という鈍い音が響いて、俺に掛かる体重が一気に減ったのと同時に、数メートル先まで飛んでいく人間の姿が目に入った。
 復帰した脳で、記憶を探ってみて、誰だか思い出した。
「おぉ君は確か……」
「なんだ、お前か」
「なんだぁ、会華だったんだ」
「なんだ。貴方だったの」
「アレっ? みんなして反応薄くない!?」
 そこにいたのは俺の前の席のやつであり、逢坂の同級生にして、春名と俺の幼馴染の腐れ縁の、四島会華だった。
「あーえーかー、大丈夫かー?」
「大丈夫大丈夫こんなことではへこたれねぇよ?」
 腕まくりして大丈夫大丈夫と唱える会華。
 すぐに名前を思い出せなかったのは、髪型がいつもと全然違ったからだと気付く。
 いつもは肩まであるセミロングの髪をそのままストレートにしてるのだが、今日に限ってはなぜかポニーテールにしている。何か意味があるのだろうか。
「そのポニーは似合ってないからやめたほうがいいと思うぞ」
「マジか? いやぁ、結構気に入ってたんだけどこの髪形」
「似合わない」
「えー」
 まぁそんなことはどうでもいいけどな。
「貴方はもう用済みだから帰ればいいわ」
「会華また今度遊ぼうね。だから今日は帰っていいよ?」
 会話の途中で、脇にいる二人からキツイ言葉を浴びせられ、さらに落ち込み始める会華。まあ自業自得といえば自業自得だからフォローする気にはならない。
 と。
「なぁ四島会華君」
「はぇ?」
 傍観してた綾香先輩が、会華を呼んだ。
「君は確か、鉱の幼馴染だと聞いてるが」
「まぁ幼馴染といわれれば幼馴染だけど?」
「よし。では私と一緒に行こう」
「へ?」
 呆然とする会華。同じようによくわからない展開に呆然とするその他3人。
「じゃあ私と会華くんは積もる話もあるので、ここらでいったん退場させてもらう。ではさらばだ!」
 会華の手をもって引き摺りながら去っていく先輩。
 余りの唐突さに数秒間固まっていた俺と春名と逢坂だったが、結局、最初の予定に戻ったことに気付き、何も無かったことにしようと、無言のうちに意見がまとまった。

   ■

「結局あれはなんだったんだろうなー」
 例の騒動の後、なんとなくアトラクションに乗る気になれず、売店でアイスを買って食べることにした。夏休みが終わって2学期になったばかりなので、太陽の熱気はまだ少し残ってて、アイスクリームも普通においしい季節だ。春名はバニラ。逢坂はチョコレート。俺はといえばミックスを頼んだ。ミックスがあって本当に良かったと思った。
「ほら、おにーちゃん。女の子と話してるのに別の女の子と考えてちゃ駄目でしょ」
「あー、まあそうだな。悪かったよ。」
「こーくんは私だけを見てればいいの」
「おにーちゃんは今ボクと話をしてるの!!」
「そんなの関係ない。私がいるんだからこーくんは私と話すべき」
「なにおー!」
「二人とも、けんかしてるとアイスこぼれるぞ」
「うわっ、ホントだ! 溶けてるっ」
「無駄なことしてるからよ……」
 春名のアイスが溶けて、手に垂れる。それを舐め取ろうとして舌をのばしてぺちゃぺちゃやってる様子がなんともほほえましい。あと食べ切れなくて唇の脇からはみ出てきた白いアイスがたらーっとたれて、それはまた絶妙なエロスを……、
「こーくん何見てるの?」
「はっ!?」
 いけないいけない。余りにも春名のアイスクリームを食べる姿が素晴らしかったために、見とれてしまっていたらしい。まったく、はたから見たら完全に変態だったな。危ない危ない。
「そんなことより、一緒にめりーごーらんど乗ろうよこーくん」
「ん、まぁメリーゴーランドならいいか。そんな激しい乗り物じゃないし」
「春名ものるのるー!」
「私が先に言ったの!」
「あーもー!! いいから二人で乗ればいいだろ! な?」
 またややこしくなる前に、二人をさえぎって解決案を提示する。争ってる二人を見てると、なんだか自分が必要とされてるって感じられるから結構気分はいいんだけど、時間もそこまであるわけじゃないし、そろそろ俺も遊びたいナーって思ってきたから、頑張ってみた。
 少しむくれた顔をする春名と、無言のままメリーゴーランドのほうに向かう逢坂。
 うん。
 まあとりあえずは良かったと思う。

   ■

 当然ながら、メリーゴーランドは馬と馬車があって、やはり乗るとなるならば馬に乗りたいわけで、そしてさらに当然ながら、馬は2人乗りだった。
「ちょっと逢坂、押すな!! 前から押すな!!もうちょっとしっかり捕まってくれ!!」
「私は押してない。体が勝手に後ろに行っちゃうだけ。あとちゃんと愛って呼んでよ」
「アイ!! これ以上押すとボクが落ちちゃうからもうちょっと前に行ってよ」
「……落ちちゃえ」
「こら、愛! そこでぼそっと危ないことを呟かない!!」
「ごめんなさい……」
「わかったんならいいからもうちょっと前に行ってくれ! 落ちる! むしろ俺も落ちる!!」
「え、あっごめんなさい! 今引っ張り上げるから待っててこーくん!」
「へ、ひゃはははっは、ちょ、わきの下持たないでちょっと! 待って待ってもう少し普通に持ち上げて頼むからっひゃははは!」
「ああああああああ、落ちる!! ボクの体が宙に浮いてるっ! 助けて! おにーちゃん助けて!!」
「愛、いいから春名を助けてやってくれっ!」
「やだ」
「愛っ!!」
「うわーおちるー!!」
「あっ春名やめてっ服掴まないでよっ!! ああっ」
 ぐわんぐわん揺れるメリーゴーランドの上は、もう不安定どころじゃなくて、2人のところを無理矢理3人で乗っただけあって危険というかなんというか。危険なのはメリーゴーランドじゃなくて、俺たちなんだろうけど、どっちが危険とかもうそんなのどうでもよくなるほどに、よくわからないぐらいに大変だった。

   ■

 5分ほどの死闘と言っても遜色ない激しい戦いの後、ベンチに座った俺たち3人を先輩が見たら、それはもうずっと吹き出して転げまわるほどにひどい状況だった。
「ハァ……、はぁ。愛。少しは反省したか?」
「うん……。ごめんなさい」
「そして大丈夫か春名……」
「……ぎりぎり」
「そうか……」
 しばらく無言。
 誰も喋らずに時間だけがゆっくりとすぎていく。
 なんか、さっきジェットコースターに乗ったときより疲れた気がするのは気のせいだろう。気のせいだったらイイナ。
 疲れて、ベンチに体を倒すと空が見えた。
 赤く色づき始めた木の隙間から見える空は太陽の光を受けて、すばらしく青く光って見えた。
「あー、なんか眠いな」
 ふっと呟いて、二人を見ると、二人分の寝息が聞こえてきた。
「なんだ、寝ちまったのか」
 右に春名。左に逢坂がよりかかって、体重をかけて寝てる。頭を撫でても規則正しく胸が上下してるところを見ると、よほど疲れていたのだろう。ぐっすり寝ていた。
 まだ寒さを感じる季節じゃなくてよかったと思いつつ、自分も目を閉じて、寝てしまった。
  1. 1990/01/04(木) 02:07:00|
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【くるこい】第6話 遊園地

第6話


 空気が、凍った。
 1秒2秒3秒4秒5秒。
 たっぷり5秒数えた挙句、もう一回1から5まで数えるだけの沈黙を破ったのは、先輩の一言だった。
「よう、鉱。興奮したか?」
 脇に春名と逢坂がいて、二人が俺をめぐって何かしてるってのを知ってて、そして二人がかなり過激なのも多分知ってて、それでいてそのタイミングでそのセリフですか……。
 ずずずいっと、左側から春名。右側から逢坂。こんなときだけ妙にシンクロした動きで詰め寄ってくる。
「こーくんこーくんあの綺麗な女の人は誰かな? 事と次第によっては制裁もやむをえないと思うんだけど」
「おにーちゃおにーちゃ! おにーちゃは年上が好みなの? 春名じゃだめなの? そんなことより二股!? なんとか言ってよおにーちゃん!!」
 さーって。どうしたもんか。
 助けを求めようにも半裸の綾香先輩は笑ってるから当然助けてくれるわけもないし、だからといってほかに頼れそうな人も近くにいないし。……というか近くに人がいたらそれはそれでだいぶ危ないことになってると思うのな。
 とにかく、まずはこの場の収集つけねばならないと、直感が危険信号をビンビンに発揮していた。危機回避アビリティはまだそこまで高くないので是が非でも逃げたいところです。
 というよりそろそろ先輩服着てください。言いたいけどこの状況ではうかつにしゃべることもままならないので言えないのが悲しすぎる。せめて二人のうち一人でいいから先輩のほうに行ってくれないものかね。……無理だろうけど。
「モテモテだな、鉱。正直うらやましいくらいだぞ」
「そんなこといってる暇があったら誤解とくの手伝ってください!!」
 そんな俺のセリフなんておかまいなしで鼻歌を歌いながら何事もなかったかのように服を着ていく綾香先輩。よかった……。このまま下着まで脱ぎ始めてたらどんなことになっていたやら。先輩の性格からして、そんなことは無いと言い切れないのが怖い。
「ところでこーくん。あの現地妻みたいな女の人は誰?」
 現地妻て……。
「彼女は西園綾香先輩。茶道部の部長。俺の先輩。はい説明終了」
「肉体関係はどこまでいってたの?」
 春名よ。言いたいことはわかるが、直球過ぎるぞ。
「キスまでなら半殺しで許してあげる」
 うん。愛情の裏返しと考えよう。ポジティブに前向きに考えるべきだな。うん。女の嫉妬心ほど怖いものは無いってどこかで聞いたことがあるけど、うん。もうなんでもいいや。誤解を解けば問題は無いでしょう。そのはずだ。
「鉱とは、昨日もここで寝たほどの仲だぞ」
「先輩っ!! 言葉的には合ってるけどその言い方は誤解招きすぎ!! だからややこしくしないでくださいまじめに! 本気で!!」
 ちょっとまってちょっとまって、後ろから殺気が凄まじいんですが。背筋が凍るってこういう事を言うんだろうか。脚を動かそうにもなぜか固まって動けない。
 ゆっくり。それはもうゆっくりゆっくり振り返る。オーラとか死の気配とかそんな言葉をリアルに信じそうになるくらいの威圧感を感じながら、それでも義務感というかもうここで振り向かないで逃げられたらそうしたいけど、そんなことをさせてくれる段階は既にとっくの昔に過ぎている。恐怖に負けないように、少しずつ、振り返るとそこには。
 鬼が二人いた。
「こーくん。私というものがありながら……」
「おにーちゃんは一度、ボクとちゃんと話し合わないとダメみたいだね……」
 小さいはずの春名にさえ恐怖を感じてしまうほどの威圧感。
「えーっと、これは誤解であって……」
『問答無用っ!』
 弁明は一切認められず、10分にわたり、殴る蹴るなどの暴行を受けた俺は、茶道部部室に横たわることとなった。
 なんとか頭部だけは守ろうと、手で覆っていたのだが、その隙間から見える先輩は大爆笑してた。
 ちくしょう……。目から汗が出てきたけど、多分気のせいだ。……そうだったらいいな。

   ■

「綾香先輩って綺麗ですね」
「ほんとにー。お肌すべすべー」
「そんなことないさ。3年の中でももっと綺麗なモデルみたいな奴だっているしな」
「でも先輩が綺麗なことには変わりないですよー」
 なんであの3人は普通に仲良くなってるんだ……?
 茶道部部室の部屋の隅に追いやられた俺は、一人さびしく自分で入れたお茶を飲んでいた。とてもおいしいとは言えない出来だが、あれだけいじめられた後なんだからおいしく飲めるはずが無い。軽く涙目だ。
「ほら、鉱もそんなうじうじしてないでこっち来いよ」
「いいんです。俺はここにいますから先輩はそこで愛と春名と遊んでてください」
「そんないじけるなよ、今回は私が悪かったから。、っち来て一緒に和菓子食べよう」
「うー」
 先輩の目に反省の色は見えないけど、いつまでもこうしててもしょうがないので誘いにのることにする。別に和菓子に釣られたわけじゃない。
 全力で暴行を受けている最中に、綾香先輩が助けてくれなかったらオレはどうなってたことか分からなかったが、その原因を作ったのも先輩なわけで、それもあわせて考えるとなんだかありがたく感じられるはずもなく……。
 というかそれよりも、なんであの二人はあそこまで先輩と仲良さ下にしてるのかが分からないのだが、そこのところは女子どうしで何かあるのだろうか。俺には理解できないのが残念だ。理解したいとも思わないが。
「こーくん? 今回は西園先輩に免じて許してあげるけど、次は無いからね?」
「そーだぞおにーちゃ。ボクだっておにーちゃが浮気してるのを許す気なんてないんだから」
 幾分か和らいだが、二人に責められてる状況は変わらず、別に俺はマゾヒストじゃないので、そんなことに快感を覚えるはずも無いので、そろそろ安心して過ごせる場所が欲しいです。
 そういえば、最後の砦だったここももう陥落したか……。次はあれか? 屋上とかそういうところに行くしかないのか? でもいなくなったらいなくなったで逢坂なんか俺を探して校内中を探し回るだろうかやっぱりできないよなー。
 と一通り現実逃避して、無理だと悟ってまた涙目。俺の平和な日常は何処にいったんだろうか。
「そういえば、遊園地の件はどうなったんだ?」
「え? おにーちゃん何それ?」
 そして相変わらず地雷を爆発させるのが上手い綾香先輩。的確すぎて泣けてくる。
「あれ? そういえば、何で先輩はそのことを知ってるんですか?」
 無理矢理話をずらしてみる。無意味だろうけど。来栖と逢坂しかその事実は知らないはずなのに。バラすといっても、逢坂はありえないから、結局来栖から聞いたんだろう。
「美樹から教えてもらったんだよ」
「先輩と委員長って知り合いだったんですか?」
「そーれーよーりーもー!! 遊園地ってなーにー!?」
 春名が脇で手をぶんぶん振り回して聞いてきている。その横で逢坂は勝者の微笑み。
「ああ、お前も言ってる通り、アイツは学級委員長だから、生徒会関係でちょっとな」
「そうだったんですか」
「だーかーらー! ゆーえんちー!!」
 先輩の顔が少し曇ったように見えたのは何故だろうか。俺の精神が衰弱していたからだろう。
 それよりも春名を放置していることの方が重大な問題な気がする。ほっといても危ないし、説明しても危ないっていう状況はどうなんだろ。まあそれでも俺にやましいところは無いので先に春名に説明してやることにした。
「春名。遊園地ってのはあれだ。今日委員長に遊園地の招待券というか入場券的なものを3枚ほどもらったので、俺と春名と逢坂で行こうと言うことだったんだがぐふっ!!??」
 春名の拳が鳩尾に突き刺さった。
「ずるい!! なんでそれボクには教えてくれなかったの!! なんでアイだけそのことを知ってるの!? 答えておにーちゃん!!」
 まってください春名さん。ボディブローって地味にきついんですよ。喋れないから。もうちょっと待って揺らさないでお願い吐く吐く!!
「おに~ちゃ~あああん!!」
 ぐらぐらぐらぐら前後に揺らされてちょっときつい。というかちょっとどころじゃなくきついんだがどうにかしてくれ……。
「だからっ! それをさっき言おうとしてたんだよ」
「さっきっていつ!? 何時何分何十秒!? ボクが何回まわったとき!?」
「なんでお前が回るんだよ!!」
「知らないよ!!」
 むしろ俺が何回まわれば気が済むのですか? 既に前後運動ではなく垂直方向に対しての回転運動になってきてる。
「とりあえず落ち着け落ち着くべき落ち着きなさい!! 答えるから手をストップ!!」
「ぐぅ~」
 春名もしぶしぶ、といった感じで両手を降ろした。ホントにありがとう。まだ気持ち悪さは完全には抜けないが。
 先輩も逢坂も見てるだけで何も助けてくれなかったのが恨めしいが、そんなことを気にしてたんじゃこの世の中生き残っていけない。とりあえず春名に説明することにする。
「まあそんな難しいことじゃないって。今日の昼休みに、委員長、来栖美樹から遊園地の招待券をもらったんだ。3枚ほど」
「私とこーくんと私のおかーさんの分ね」
 唐突に喋り出す逢坂。頼むからややこしくしないでくれ。
「という冗談はおいておいて、来栖も俺とお前と逢坂の三人で行って欲しいって言ってたんだよ。なんでアイツがそんなことするか理由は不明だけど」
「美樹は私の親友だから。私を応援してくれてるのよ」
「だから3人でってさっきから何度もいってるじゃん……。で、日曜日に行こうって話しだったんだけど、それがなかなか切り出せなくて、というか全然話すタイミングにならなくて、こうなっちゃったわけだ。わかったか?」
「とゆーことは? 日曜日はボクのおにーちゃんでデート?」
 目をキラキラさせながら言う春名。
「待て、だから3人で行くと何度言えば」
「違うよ春名。私とこーくんがデートするんだよ」
「ボクだもん!!」
「私」
 視線をぶつけ合い火花を散らす二人。おーい、こっちにもどってこーい。
「大変そうだな鉱。見てる分にはおもしろさと嫉妬しか感じないが」
「綾香先輩は何に嫉妬してるんですか」
「もちろん、鉱の心を独り占めしようとしてるあの二人にさ」
 ニヤリ、と口の端を吊り上げた笑顔は、なんだか本当に笑ってるように見えた。
「そんなこと言っても何も出ませんよ。あと、日曜日に遊びに行くとか、噂広めないで下さいよ。めっちゃ困るんですから」
「大丈夫大丈夫。安心してくれ」
「先輩の安心してくれで安心できたためしが無いんですけどね」
 まぁ、綾香先輩のことだから、そこまで行き過ぎたことはしないだろ。アレでも常識はわきまえてる人だ。
「ん? 鉱なんか言ったか? 何か私を侮辱するような言葉が聞こえた気がしたんだが」
「いや。何も言ってないですよ」
 地獄耳にもほどがある。心の声が聞こえるのか? この人は。
 なんにせよ、ここでにらみ合ってる二人をほっておいたら、第三次世界大戦にでも発展しかねないので、引き離しておかなければ。
 そう思って二人を止めようとした瞬間、綾香先輩が言った。
「じゃあれだな。ダブルデートってことにすればいいじゃないのか?」
 先輩の放った一言で、二人の視線がこっちに向いた。
「ダブル……」
「デート……?」
 呟いている二人。
「いやいや先輩ダブルデートってそれ意味全然違う気がするんですが?」
「じゃあ正しい意味とするために、そこにもう一人男が入ればいいんだろう?」
「え?」
 先輩の一言に呆然とする俺と春名と逢坂。
 いやそれはどっちにしろおかしいだろう、とツッコミを入れようと構えたところで、

「私が男装して一緒に行けば何も問題はあるまい」

「…………………………え?」
  1. 1990/01/04(木) 02:06:00|
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【くるこい】第5話 日曜の予定

第5話

「うごふぅっ!!」
 腹に何か重い物体が加速度を持ってぶつかってきたような衝撃の正体は、見なくてもわかる。
「はーるぅーなー」
 のどがつぶれてるのか、まともな声が出ないが、目の前にいた春名にはしっかり意図は伝わったらしい。しかし、それで春名が俺の上から退くかどうかは別問題だが。
「おにーちゃ! もう朝だよー!!」
「春名。こーくんを起こすのは私がやるって言った」
「はやいものがちー!! ひゃっほー!」
 なんというテンションの高さ。俺の上でじたばたするな、腹筋が確実に死んでしまう。
「いーのいーのーボクは妹だからいーのー」
「妹でも兄を殺すのは犯罪になるだろ……とにかく動くな暴れるな!」
 ピタっと、春名は動きを止めた。いや、どけよ。
「春名、どいて! 私が起こすの!!」
 すまん逢坂。もう十分に起きてる。そして揺らすな! せっかくとまったのに!! また春名を動かすと腹がぐりぐりってうごふぅッ!!
「だーめーなーのー! ここは私の特等席!!」
「じゃあ私もこーくんの上にのる」
「ちょっ、愛! やめろそれはちょっといい加減に許容量があああああああああああ」
 男の意地で、吐くのだけはこらえた。
 ……そろそろ意地が張れなくなって来た気がする

   ■

「遊園地に行きたくないかいっ?」
 時間はキングクリムゾンに飛ばされたおかげで既に昼休み。
 ちゃんと二人は節度を守ってくれたおかげで、登校時以外はそれなりにまともにすごすことが出来た。
 で、問題は、目の前に差し出される3枚のチケット。
「委員長。ひとつ聞きたいんだが、なんでこれをくれるんだ? そしてなんで3枚なんだ?」
「質問が二つになってるよ高坂。それじゃあひとつしか教えられないな」
 さてちょっとだけ状況を整理してみよう。
 とりあえず俺は昼休みになったので、とにもかくにも生徒会室に来た。そりゃあもちろん、逢坂のあのテンションをむけられて、教室にいられるほうが不思議でならない。
 逢坂とともに到着すると、既に鍵は開いていて、中で待っていたのが委員長こと来栖美樹だった。で、彼女を完全無視して弁当を食べ始めようとする逢坂を完全無視して、来栖は俺に遊園地のチケットを渡してきたのだった。
 ちなみに春名がいないのは、今朝のうちに昼飯にこっちにきたら一緒に帰ってやらないと、釘を刺しておいたからだ。予防線は張っておくべきだにかぎる。
「なんで3枚かと言うと、君と、逢坂さんと、はるにゃんの3人だからに決まってるじゃないですか社長」
「社長って誰だ社長って」
「高坂に決まってんじゃん。よっ、モテる男はツラいねー」
「むしろなんでこれをくれるかってのを教えてくれると、納得できるのだが」
「残念無念! ひとつしか答えられません!」
「そこに執着しなくてもいいだろ……」
 まぁもらっておいて、いらないってつき返すのもなんだし、もらうにはもらうけど。
「こーくん。一枚捨てちゃおうよ」
 逢坂よ。そこまでストレートに言わなくてもいいんじゃないか? しかもくれた人の目の前で。
「あーいちゃんっ。そんなにはるにゃんのこと嫌うことないじゃない。みんなでいったほうが楽しいよ?」
「でも私はこーくんと二人っきりがいい」
 来栖はちょっと考え込むしぐさをして、逢坂に耳打ちをする。
「だーかーらー……ごにょごにょ……ごにょごにょ」
「でも……それだと……ごにょごにょ」
「ごにょ……それでいいじゃん……」
「……うー美樹がそう言うんだったら……」
 こっちを勢いよく振り返り、
「けってーい!! じゃあ今週の日曜日は3人で遊園地にデートに行くことに決定しましたー! ぱちぱちぱち」
 なんという強引さ。それよりも、今どんな会話が交わされていたかがとても気になる。
「……っつかちょっと待て! 日曜日って明後日じゃないか!?」
「善は急げだよ、ワトソン君」
「誰がワトソンだ誰が」
「じゃあお二人さん! ごゆっくりー!!」
 言うだけ言って、渡すものだけ渡して、来栖はさっさと生徒会室を出て行ってしまった。なんというか台風みたいな奴だな。まぁそう思ったのは今回が初めてじゃないけれど。
「……というわけらしいので逢坂」
「なにこーくん?」
「3人で遊園地に行くことになったから、日曜日予定開けとけよ」
「もしかして春名もいっしょ?」
「春名をいれずに3人というメンバーを俺はなかなか思いつかないのだが……。なんにせよ、委員長にも言われたろ。俺は何言ってるか聞こえなかったけど、そんときちゃんと返事したんだからうそつくなよー」
「うー」
「うなってもダメっ」
 くそぉ! その口をすぼめた顔がまたかわいいなぁ!! もちろん口には出さないけれど。
 人は外見じゃなくて中身だというけれど、やっぱり外見は大事だよなぁ。
「ふぅ」
 知らずため息が出る。なんかまた厄介なことになりそうでとても心配なのだが。
 まぁ何とかなるだろ。
 ポジティブ思考は、どっちかって言うと現実逃避といったほうがいいのかもしれないが、どっちにしろ同じだから大丈夫。結局現実逃避なんだけどな。
 ぼーっとしてると、唇に何かが押し付けられる感触。
「――っ!!」
「こーくんたまご焼き嫌い?」
 一瞬驚いたが、ただ単に逢坂がお弁当のおかずを押し付けてきただけだった。なんというか、切り替えが早いな逢坂。
「いや、ちょっとぼーっとしてただけだ」
「そう。じゃあたっぷり食べてね」
 逢坂が自信満々に差し出した弁当箱には、たまご焼きがぎっしり詰まっていた。半熟の一番おいしいタイミングでちゃんと作ってあるのは、なれた人じゃないと出来ないレベルのしっかりした料理。……違和感があるのは何でだろうか。
「おいしいよ?」
 その言葉はどこまでも信用ゼロだったのだが、流石にそれをそのまま言うわけにも行かず、結局なし崩し的に食べることになってしまった。
 流されやすい自分が恨めしい。
「はい。あーん」
「えーっと、あ、ーん」
 誰もいないから恥ずかしくないはずなのだが、やっぱりやってる行為自体が恥ずかしいので誰もいなくてもどうしようもないって。
 つかそれよりも、この玉子焼きの安全性を調べないと俺の命に関わ……。
「はいっ」
 ぐっ、と押し込まれた玉子焼きが喉にぶつかり、生命の危険から、その食物を噛み砕いてしまった。
 ……。
 ……。
「あれ…………おいし……い?」
「もー、こーくんは素直じゃないんだからー。私の料理がおいしいんだったらそういえばいいのにー」
「うん。これは、うまいわ」
 普通においしかった。なんだこれは。何かの間違いなのか? むしろ昨日の逢坂が間違いだったのか? 昨日の料理はなんだったんだ? と思わせるほど、その玉子焼きはおいしかった。
 意外な一面とでも言うべきか。それとも玉子焼きだけに特化した調理技術なのか。それとも昨日作った夜ご飯のあれだけが特別だったのか? そういえば朝飯は普通だった。父さんが作ったらしいから、当然だろうけど、そのときにまともにこの玉子焼きが出来たということは、逢坂が台所を悲惨な状況に陥れてないということで、つまりまともに作ってた?
 ここまで疑うのは失礼だと思うけど、昨日の料理と、昨日の弁当を考えるとこれだけ警戒してしすぎることはなかったと思うが、それにしても普通にうまいな。
「よかった。こーくんがおいしいって言ってくれて。お母さんに頼んでおいて正解だった」
「ちょっと待て」
 今なんて言った?
「え、あっ、いやっこーくんほら! まだまだいっぱいあるから食べて食べて!!」
「だから今お母さんに頼んだって言っただろ!? さっき自分で作ったって言わなかったか!?」
「お母さんがつくったなんて言ってないよ? ……っじゃなくて、おいしいでしょこーくん私の手料理どう?」
「いまさらごまかしても遅いって!!」
「だって……お義父さんが台所使わせてくれなかったんだもん」
「かわいく言っても変わらないって」
 まぁおいしいから別にいいんだけど。あの料理をまた食べさせられるのは流石に精神的肉体的に限界を超えそうな気配がする。父さんグッジョブ。
「そしてもういちどちょっと待て。さりげなくお義父さん言うな」
「でもこーくんと私は結婚するんでしょ?」
「いやまだそれは決まってないから……」
「すーるーのー!!」
「春名みたいにだだこねてもダメ!!」
 それについては昨日の夜に言ったはずなのだが……。まぁ逢坂のことだから意図的に忘却してる可能性もあるが。
 なんにせよ、まだ決まったわけじゃないんだからその言い方はちょっとなんとかならないもんか。
「でも、こーくんのお父さんは私のお父さんなんだからお義父さんって呼んでもいいんじゃない?」
「確かに発音は同じっぽいけど、それは結婚確定だからちょっと待てって! まだ早いからゆっくり。ゆっくりな?」
「おーとーうーさーんー」
「ゆっくり言えってことじゃねぇ!! お前は小学生か!?」
 なんかいつの間にかコントのようになってる。しかしなんか逢坂のほうはどっちかって言うとまじめにやってるっぽくてなんだかなー。それはそれでいいんだけど、天然パワーのすごさを思い知ったわ。
「はぁ。もういいや義父さんで……。とりあえず昼休みが終わる前に食べ終わろうぜ」
「はい、あーん」
「せめて自分で食わせてくれ……」
 ため息しか出てこない。
 結局。
 弁当の半分を「はいあーん」で食べさせられて、心がバキバキに折れそうになりながらも完食したちょうどその辺で昼休み終了の予鈴が鳴って、回復する暇もなく午後の授業と相成りました。
 誰か俺に休息をください。

   ■

 放課後。
「おにいいいぃぃぃぃぃちゃあああああああああああん!!」
「春名。せめて学校の中では静かにしてくれないか?」
 全速力で走ってきた春名をひらりとかわして、部室に向かう。
「おにいちゃおにいちゃ一緒に帰ろう!! もう今日春名は部活お休みなんだよ!? さぁボクと一緒に帰ろう? 登下校の時はボクと一緒に帰るっておにいちゃん約束してくれたよね!?」
 早口でまくし立てられたけど、今日は部活に行くと決めていたので無理。
「すまんな春名。今日は部活に行かなきゃならない日なんだ。待っててもいいけど先に帰っててもいいぞ?」
 むしろ、さらにすまん春名。ちょっとでいいから休ませてくれ。今の俺の生活の中に、茶道部以外で心休まる場所がないんだ。割と本気で。
「えーっ! 今日は部活休んで春名と一緒にかえろーよー」
「2時間ぐらいかかるから図書館ででも待っててるといいとおもうぞ」
「はーるーなーとーかーえーるーのー」
「子供じゃないんだから駄々をこねるなって」
 春名をなだめながら部室に向かって歩いていく。
「春名。こーくんだって困ってるんだから自分勝手しないで」
 逢坂。助け舟ありがとう。しかしお前が言うとさらに春名がヒートアップしそうなので、ちょと自重してくれるともっと助かるんだが。
「アイは黙ってて! 学校にいる間はアイと一緒にいるんだからずるいっ! はやくいっしょにかえろーよー」
「私も一緒にいたいけど、部活のときはこーくんと一緒じゃないから同じ。むしろその時間を春名に取られるのは許せない。だから先に帰ってよ」
「なにおー!!」
 二人とも。本人不在で話しても意味ないことに気づいてますか? 絶対気づいてないだろうなぁ……。まあ百も承知だけど。
 それでも流石にこの部分は譲れないってのはある。俺もそろそろ休まないと、わりと本気で死ねると思う。 二人と一緒に歩いてるうちにもう茶道部部室の前に来ていた。
「そんなわけで俺は部活してくるので、春名は図書館でも昇降口でもいいから待っててくれ。時間かかるから。ついでに愛はここでさよならか。あんまり春名につっかかるなよ」
 といって、一人部室に入ろうと、ドアを開けた。
 さて。
 ここでひとつ言葉の定義でも考えてみようか。
 『後悔』という言葉がある。そう『後』で『悔』やむと書いて後悔だ。
 後悔先に立たずなんて言葉があるが、後に悔やむから後悔で、先に悔やんだら後悔じゃない。
 さて。
 昨日のことを軽く思い出して、もしかしたら昨日と同じ状況になってるかもしれない。その可能性を思いついたのはすべてドアを開けた『後』だった。
 後悔先に立たず。
 ドアの向こうにいたのは下着姿の綾香先輩だった。
  1. 1990/01/04(木) 02:05:00|
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【くるこい】第4話 添い寝

第4話

 チャイムが鳴ったので、宅配便だろうと見当をつけ、ハンコを持って玄関に行った。しかしドアを開けてみたら、目の前にいるのは女子高生だった。
「どちら様で?」
「こーくんに、こーくんの家に行っててくれって言われたんですが」
「ああ、鉱の友達か。どうぞあがって。名前は?」
「逢坂愛といいます。よろしくお願いします」
 意外と礼儀正しい子だな。
「じゃあ、鉱の部屋は二階だからそこ行って待ってるといいよ」
「あの、こーくんには、お父さんに料理を教えてもらうように言われたんですけど」
「え?」
「ですから、お父さんに料理を習いに来たんです」
「は、はぁ」
 よくわからないが。まぁいいか。
「じゃあとりあえず、あがって待ってて」
 そう言って、俺は台所へ向かう。リビングでちょっと待っててもらおう。
 しばらくして。
「で、どういうことか詳しく教えてくれるとうれしいんだけど」
「ですから。こーくんが、私に夕飯を作っておいてくれと頼んだんです」
「そのときに俺から料理を習えと?」
「こーくんはそう言ってました」
「んー。わかった。じゃあそうするとするか」
 特に問題もないし、まだ作り始めてもいなかったし、他人に料理を教えるのなんて久しぶりだなぁ、と感慨深く思ったりもする。男の料理なので、そこまで繊細な味付けは期待できないぞ、と伝え、初対面の女子高生と料理を作り始めた。
「ん、なにしてるんだ?」
「いえ、マイ包丁を使おうと思って」
「えーっと、わざわざ包丁家から持ってきたの?」
「もしもの時に困るのでいつも持ち歩いてます」
 えーっと、それは銃刀法違反なんじゃないかなぁ……。
「危ないからめったなことが無い限り出しちゃだめだよ。って高校生なんだよな」
「大丈夫ですおじさん。本当に危ないときにしか使いませんから」
 何か会話がずれてる気がする。まぁ俺の知ったことではないな。と責任転嫁に似た思考で適当に流す。
「あと、おじさんって、まぁ確かにおじさんだが……」
 それはそれで少し傷つくが。
「じゃあお父さんのほうがいいですか?」
「んー。おじさんでいいや」
「ではおじさんと呼ばせていただきます」
 どうでもいい会話は、調理開始前の数分だけ。

 さて。そこから先は地獄絵図だったわけだが。

   ■

「ただいまー」
「おじゃまするよー」
 二人して帰ってきた。あれからしばらくたってるので春名の目にうっすら残っていた涙も消えうせ、何も無い普通の状態に。
「あー! こーくんだ! おかえりー!!!」
「あ、こら逢坂さん! 目離さないっ!!」
 親父の声が後ろから聞こえてくるが、そんなのを無視して逢坂は俺の方へと飛びこんできた。
「待てっ!! 春名の体型ならまだ大丈夫だがお前は流石にうぶぉはぁっ!!」
「あー!! アイちゃんだけずるいー! ボクもボクもー!」
「誰か……助けて……」
 唯一助けてくれるかもしれない父親は現在台所で格闘中。どうするんだこれ……。
「あ。そうだ。まだあれ言ってなかった……」
 そう呟くとおもむろに逢坂は立ち上がり、倒れてる俺を見つめてこう言った。
「ごはんにする? お風呂にする? それとも……ア」
「ごはんごはん! ごはんにする! お腹減った俺とてもお腹減ったからごはんな! はいはいそうと決まれば早速リビングにレッツゴー!!」
 上にかぶさってくる春名を無理矢理どけて、リビングまで二人を押して行く。
「あ、こーくんちょっと待っててね!」
 リビングに入る直前、逢坂が俺を止めて、先に中に入っていった。なんだろう。サプライズパーティでもするのか?
 しばらくして、入っていいよーの声。
 さて。どんな料理が待っているんだろうか。
 ドアを開け、一歩足を踏み出した。
 ある意味。サプライズだった。

   ■

 大体において、無理があったことは否めない。
 無理なものは無理だったんだと諦めた。食べるしかないだろ。
「鉱。ちょっとこっちに来い」
 父さんが呼んでいる。顔が引きつってますよ? 父さん。
「あ、春名、愛、もうちょっと待っててくれ」
 二人を残して台所まで行く。
 声を極限まで小さくし、作戦会議。
「なぁ、あの女の子は何なんだ? 逢坂さんだっけか? 彼女は何か特異な能力を持った能力者か?」
「残念なことに彼女はただの人間だ。ちょっとばかり過激だが普通の人間のはずだ。で、何があった? この惨状は何がおきたんだ?」
 周囲を見回すと、焼け焦げた壁。炭の飛び散った跡。黒くなった調理器具。
 普通の状態じゃないことは断言できた。
「なんで彼女は何も無いところから煙を出せるんだ、と俺は問いたい」
 クソ真面目な顔をしてギャグのようなことを言う父さん。しかし現状と、あと昼間の弁当から考えるとありえない話ではないのが怖すぎる。
「そんなこと俺に聞かれても分からん。しかもなんだその特殊能力」
「なんだと言われても困るんだが。とりあえず、なにか調理器具を触らせると片っ端から爆発したり故障したり、果ては溶け出すんだが……あの状態は、料理を教えるとかそういう次元じゃなかった」
「そうか。愛にもそんな力があったのか」
「ただの料理下手なだけなんだろうけどな」
「ねーおにーちゃんー二人で何話してんのー?」
「こーくん、早く来て食べましょうよ」
 二人が呼んでる。
「何はともあれ、目標は完食だからな。がんばれ父さん」
「まて、お前は食べないのか?」
 リビングに行く足を止め、振り返って言う。
「だから、俺が倒れた後は頼むって言ってるんだよ」
 後ろ姿を頼もしく見せてみたが、まぁそんなふうには見えないだろうけど。

   ■

 死体は二つ。
 逢坂と春名と死なずに済んだ。一口食べた俺が、もうこれは無理だと判断して別の料理を適当に作ってやったのだ。ほんとにちょっとしたおかず程度だが、逢坂が関与する余地の無かった白米とそのおかずさえあれば飯はなんとかなったので、犠牲は高坂家の男たちだけで済んだ。
「父さん」
「なんだ、鉱」 
「ごめんなさい」
「……いいさ。それよりもがんばれよ」
「うん……」
 二人して人生を悟ったような発言を繰り返していた。
 その間、逢坂と春名には風呂に入ってもらっている。二人一緒なのは何かと不安だが、二人とも、
「私がいない間にこーくんに何かしないよね?」
「アイこそ、ボクがいない間におにーちゃんをたぶらかそうとするんでしょ?」
 という維持の張り合いが始まり、結局二人で一緒に入ることで納得したらしい。それが納得というかどうかは分からないけどな。
 まぁ、女子が二人で入ってる中に入ってくほど命知らずじゃないので、口を出したりはしなかったが。というかそれ以前の問題として死人に口なしだったのだが。
 さらにそれ以前にまず泊まりにきたわけでもないのになんで風呂入れてんだよって言う言葉が飛んできそうだが、そうでもしないと納得しなかったというか、この後も居座るつもりだったらしいので、とりあえずこの食事という名の地獄の残骸を片付ける時間が欲しかったというのが本音。
 机の上に黒い粉が散乱してるのは、俺と父さんの精神衛生上良くないと判断した。
 一通り片付け終わって、リビングで二人が死んでいる。
 ぼそっと、俺は呟くというよりも、吐き出す感じで呟いた。
「父さん。俺、愛の彼氏になったんだ。ついでに春名の兄になったらしい」
 他人事のように話すが、事実だからしょうがない。
「……そうか。…………ほんとにがんばれよ。あと春名ちゃんに手出したら俺が殺しにかかるからな」
「出さねーよ。だいたいリアル幼馴染には萌えないっていう法則があるんだよ。だから大丈夫だって。とりあえず愛とも付き合ってるわけだし」
「うん。とりあえず高校生なんだから避妊はしとけよ」
「みんな言うこと同じなのな……」
 親一人子一人だと、親子の親密さが違う気がする。まぁ両親がいる家庭で育ったことは無いので分からないが、母さんがいないのは最早自然になってしまっているので、気にならない。
 母さんが死んだのは、俺が3歳ぐらいのときだったらしい。
 死因は交通事故だった。それを知るのは父さんだけだったが、俺が物心ついた頃に母さんについて聞いたときに教えてくれた。夜中、一人で歩いているところを車にひき逃げされ、交通量のそんなに多くないところだったのでそのまま放置されて死亡。
 その頃、父さんは歩道橋から飛び降りた女の人を轢いてしまっていて、その裁判に行っている時だったらしい。悪い偶然もあったもんだ。急いで駆けつけたときには、すでに母さんは死んでいた。
 顔の分からない人間の死など、どうでもいいと最初は思っていたけど、それを語るときの父さんの顔が悲しくて、もらい泣きしてしまった。感情は伝染するんだなぁと、思った。
 それ以前も以降も、母さんの話は父さんは殆どしなかったけど、たまに父さんと話をするときに母さんの話題が出ると、微かに目が潤んでいるのはわかる。
 まぁそんなことがあって、俺は母さんがいない。親一人子一人で、しかも二人で家事をしてるときたら、自然と気があっていくもんだ。
 俺が小学校の頃から、会社勤めだった父さんが会社をやめ、家で仕事をするようになった。リストラされたんだろうが、そんなことはおくびにも出さず、前よりも必死で働いてる姿を見たら、追求する気持ちも失せた。給料がいくら入ってるのか聞いてはいないけど、前より悪くなってるのは確実だ。だけどそれでも頑張ってる姿はかっこいいなぁと思って、密かにあこがれてたりもする。
「なぁ鉱」
「ん?」
「彼女は大切にしろよ」
「まぁ、善処する」
「はっは、それでこそお前だよ」
 言って背中をばんばん叩いてくる。
「いってーなぁ」
 笑いながら答える。こういう時間もいいな、って思ってたりする。
 なんだかんだやってるうちに、二人が風呂から出てきたらしい。

   ■

 お前ら。ここは他人の家なんだから……。
 なんでこいつらは自分の家のごとく、過ごしているのだろうか。理解に苦しむ。
 二人ともショーツはいてブラつけて、それ以外は何もつけずに、ってもうすでに半裸状態なのですが……。
「おにーちゃーん!」
 春名がこっちを見るなり走りこんでくる。
「こーくんに飛びつかないで」
 その首根っこを掴んで持ち上げる逢坂。
「ぶー、アイちゃんのいぢわる」
「こーくんは私の夫だから。軽率な行動はやめてよ」
「ぶー」
「いいからお前ら、何でもいいから服着ろ」
 その状態は目に毒なんですが。
「でもこーくん。私の服は全部洗濯機の中に入れちゃったけど」
「え、ちょっと、着替えとか持ってきてないの!?」
「もちろん」
「こいつっ! 確信犯か!!」
「あー、ボクもボクもー!」
 とりあえずどうにもならないので、そこらへんにおいてあったTシャツを渡す。サイズはLLだが、無いよりはましだろ。
「春名はー、えーっと、ないからこれでいっか」
 あたりを探しても残ってる服がYシャツしかなかったので、春名にはYシャツを渡す。すこし大きいが我慢してもらおう。
「あー、こーくんのにおいこーくんのにおい……」
 洗剤で洗ってあるから匂いも落ちてるはずだがな。それでも逢坂なら嗅ぎ取れそうで怖い。
「おにーちゃーん。これおーきーよー」
「わかったわかった。っつってもそれしかないから我慢し――」
 振り返って春名のほうを見たとき、こう、抑えなくてはならない衝動が湧き上がってきたというか、こう、これはもう男として生まれたらどうしようもないことだというか……。
 駄目だ。裸Yシャツとか凶悪すぎる。
 あの中身が見えそうで見えない下着がこう、魅せてくれるのに、その上に極上のチラリズムのYシャツときましたか。俺がこの状況を作り出したんだけど、正直ここまでの破壊力を持ってるとは思わなかった。
 春名よ。その天然属性は卑怯すぎる……。
 でもここで少しでも春名を気にする発言をすると、横にいる逢坂に何を言われるかわからないので自重。
「で、二人ともいつ帰るんだ?」
 ちょっと思っていたことを何気なく口に出す。
「今日はこーくんと寝る」
「久しぶりにおにちゃんと寝る~」
 どうやら地雷だったようだ。やぶへびとも言うか。
「鉱。わが息子ながらうらやましいぞ」
「父さん。いいからちょっと黙ってて」
「駄目、こくーくんは私と寝るの!」
「ずーるーいー!! ボクだって妹なんだから一緒に寝るー!!」
 ちょっと待て、この展開はやばい。なにか数十分前と同じような既視感を感じるんですが……。
「そうかそうか。じゃあみんな一緒に寝ればいいじゃないか」
「空気読めこんのロリコンクソ親父がああぁぁぁぁぁぁああああああ!!」
 俺の右手が父さんの顔に突き刺さった。

   ■

 上から見て右側が春名で、左側が逢坂だ。二人ともパジャマを持ってきてたりはしなかった(どうみても確信犯だが)ので、しかたなく先ほどのままの服装で眠りについてもらうことになる。ということは、二人はぶかぶかのTシャツとぶかぶかのYシャツを着ているわけで、下着の上に直接着ているそれは肌を隠す機能をしっかりと果たすことがない。必然的に肌の触れ合う面積が広がると言うことでもある。
 まぁ、まがりなりのも高校生だし、ましてや春名なんて毎日、毎朝のように触れ合ってきたんだから問題はない。問題はないはずなんだけど、火照った体から立ち上る肌の温度とか、シャンプーしたばっかりの香ってくる匂いだとか、そんなに真剣にさわったことにないすべすべの肌だとか、もうなんというかいろいろ異次元の未体験ゾーンに突入しているのですが。
 これが仮に逢坂と二人っきりで、父さんもどこかへ出張していて、このムードだったならば向かうルートはひとつだったのだが……。
 実際の現実はそんなに甘いわけもなく、父さんは隣の部屋で一人さびしく寝ていて、俺の隣には逢坂と春名が、バチバチという音が聞こえてきそうなほどに、俺を挟んで視線を交錯させている。今にも両腕をつかまれて引っ張り合いとかが始まりそうな空気に内心はヒヤヒヤ冷や汗かきまくってる。
「……」
「……」
「……」
 沈黙がつらい。なんというか。どうしようもないことって言うのは実際本当にどうしようもないんだよなーと、意味不明な思考に逃げてすごそうとしている自分がいる。なんてヘタレなんだ俺。
 時刻は12時。いつもなら全然これからが活動時間なので、あまり眠くないのが本音なのだが、そんなのは無視して寝てしまいたい気分でいっぱいだった。でも寝入っちゃったらそのあとの体の安心が遠のいてしまうのは必然で。ずっとおきているという案もあるけど、それだとまだ明日の朝まで7時間という永遠とも感じられる時間が待っている。
 さて。どうしたものか。
 あとついでにどう我慢しても下半身にあつまってしまう血液を何とかしてほしいんだが……。
 よく考えたら、というかよく考えなくても、左右にいるのは限りなく半裸に近い女子が二人で、なんつーかハーレムじゃね? ……自分で言っててむなしくなってくる。
「ねぇこーくん」
 逢坂が話しかけてきた。ヒソヒソ話じゃないということは、春名にも聞かせることを前提で話しているのだろうか。
「こーくんは本当は誰が好きなの?」
「――――」
 直球ど真ん中ストレート。この上ないくらいに率直に聞かれてしまったら、ごまかす余地がまったくないではないか。残酷すぎるって逢坂。
 言ったそばから、逢坂が腕を絡めてくる。肌のぬくもりが腕に伝わる。あたたかさで頭が混乱してきそうだ。
 春名は春名で逆の腕をつかむ。不安なのだろうか、ぎゅっとつかんだ手を話す気配はまったくない。視線は上目遣いで、俺を見ている。今にも泣きそうな、それでいて期待を含ませているような。なんともいえない気持ちを、その顔はよくあらわしていたと思う。
 確かにここでいつものとおり、ウソでごまかして、結論を先延ばしにすることはできるだろう。ただ、それでも俺はこれだけのお膳立てが整った状態で何も結論を出さないと言うことを、選択することはできないと感じていた。
「――――」
 数十秒の沈黙の後、俺はおもむろに口を開いた。
「……わからないなぁ」
「こーくん!」
「おにーちゃん!!」
 即座に二人の叫ぶような声と、すがるような腕への荷重がかかる。
「二人とも落ち着いて。まだ全部言ってないから」
 なだめると、二人はとりあえずは落ちついた。ただ、それも表面上だというのはわかってる。
 説明をしないと。
「正直言ってまだわからない。さっきは愛のことを愛してるって言ったけど、それも確実なものじゃない。だって、まだ俺は愛のことをほとんど知らないだろ?」
「でも……」
 釈然としない声で反論しようとする逢坂。
「そんな可哀想な声出すなよ。何も嫌いって言ってるわけじゃないんだ。もっとよく考えてみろ? まだ知らないことがあるってことは、まだ好きになる余地があるってことじゃないか」
「おにーちゃん……」
「それに春名のことだって好きだよ。今までずっと一緒にいた。お隣さんだったから長い付き合いだったけど、それでもまだ知らないことはたくさんあると思う」
 半分は正直な気持ち。でも半分は、やっぱり結論を先送りにしたいという甘えから来てる言葉だった。でも、それでも今の俺の気持ちは多分これであってるんだろう。
「二人とも嫌いになんかならないし、これからも好きになってく。でも、そんなに急ぐ必要はないだろ。愛に逢ったのはそれこそ、ほんの二日前だし、春名だっていきなり今までの関係を壊そうとしなくてもいいんじゃないかな」
「……」
「……」
 二人は思案顔でうなずく。
「急ぐことはないんだ。今日は何も考えずに、とりあえず寝ようぜ」
「うん……」
「わかった」
 どうやらわかってくれたようだ。納得してるかは別として、だが。
「そうだ、明日、先に起きたら起こしてくれよ。遅刻ぎりぎりはもう勘弁だからな」
「じゃあ私が起こしてあげるからね」
「ダメ、ボクが起こすのっ!!」
「はいはい。じゃあ先に起きたほうにお願いするね。早く寝ないと起きれないよー」
 言った途端に眠りに入ろうとする二人。うーん。なんというか単純だよなー。この二人が特別単純なのか、それともみんなこんな感じなのか……。前者だろうな。
 せっかく寝ようとしてるところに話しかけるのも野暮なので、俺も寝るとする。
 うん。
 結果オーライ。
 眠気はなかなか来なかったけど、安心した心はすぐに俺を寝かせてくれた。

   ■

 夜中にふと目が覚めた。
 特に大きな音が聞こえたとか、うなされるほどの悪夢を見ただとか、春名か逢坂が襲ってきただとか、そんな要素はまったくなく、ただ単に目が覚めた。
 日の昇っていない時間帯なので当然あたりは暗く、電気も完全に消してあるので窓から入る月明かりだけが視界を確保してくれる唯一の光源だ。
 時計を見ると針は4時半を刺していた。二人が起きる時間まで、まだあと2時間はあるはずなので、それを考えるとすぐに寝てしまうのが最善の策だろうと考えた。
「ん……」
 つぶやきは左右から同時に。微妙に息が合ってるのがなんだか妙におかしくて、思わずくすりと微笑んでしまった。わずかな光に照らされて、輝くように光る春名の肌。体はまだ高校生に見えないくらいに成長が止まってしまったみたいだけど、中身はそれなりに成長しているのだろうか。日ごろの言動は身体と分相応だけど、女子の考えることはホントにわからないから、それが真実かどうかは確実じゃない。まぁ、俺が見てる春名が俺に取っての春名なんだよ。そう考えて、心を納得させておく。
 二人の頭をなでながら、頭をまわす。
「妹……か」
 ふと、ひとりごちる。
 妹って言ったら妹みたいなものであったと思う。いつも一緒に遊んで、いつも無茶するのは春名のほうで、俺が注意してもどんどん先に行ってしまう。暴走機関車みたいな奴だった、昔から。
 それがいつのことだろうか、意図的に遠ざけていたのは。
 中学校に入った頃からだったか。
 向こうの態度は変わらないのにこっちだけ避けてるっていうのは、春名にも感じられていたと思う。でも俺はその態度を変えることができずに、それがおふざけだと考えて、自分の心を春名から離そうとしていた。
 その反動なんだろうか? 今の状況は。
 春名は今の状況を満足してるんだろうか。
 一人の女として接してくる逢坂のようではなく、家族の一員として見てもらおうとしている今の境遇をどう思ってるんだろうか。正直、春名のことを妹としてみるのはとても自然なことで、そこに違和感はほとんどない。春名がそれならそれでいいんだけど、本当にそれでいいのか? 俺が悩んでもわからないことだろうけど、考えてしまうのは春名のことを思ってのことなんだろうか。
 それとも逢坂と一緒にいることでこの態度なんだろうか?
 逢坂についても思いはめぐる。
 同じように月明かりに照らされて、きらめく黒い長髪。整った顔立ち。あらためて見ても、綺麗なのは変わりない。
 逢坂の心は本当にここにあるのだろうか?
 出会ったばかり、というわけではないけれども、それでもまともに話して二日の相手をどうしてここまで信用してるんだろうか? ひとめぼれにしても、逢坂の行動は少々大げさすぎる気がする。
 そういう性格と切ってしまうのもいいけど、何か昔にあったのだろうかとも勘繰ってしまう俺は、少々卑劣だろうか。
 考えるほどに思考はうずを巻いて行く。
 態度を決めかねている俺こそが一番ダメダメだろな、とは思うけど、どうにかできるとは思えない。
 それでも。
 逢坂の行動についていこうとすることならば出来るし、春名の気持ちに答えることも同時にできないこともない。
「結局は、俺次第か……」
 しばらく頭をめぐらせていたおかげで、眠気も戻ってきた。
 明日の朝どっちに起こされるかを楽しみにしてもいいだろう。
 眠気に身を任せ、堕ちるように眠りについた。
  1. 1990/01/04(木) 02:04:00|
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【くるこい】第3話 先輩

第3話

「よう、鉱。おはよう」
「先輩。もう既におはようの時間は過ぎてます」
 何はともあれ中に入って部室のドアを閉める。外にいる人間に見られたら何を言われるか分からない。
「また授業サボって寝てたんですか? とりあえず俺がいるので服着てください」
「欲情した?」
 綾香先輩はこっちを向いて胸を強調する。腕をそろえてひざにあて、上半身を倒す。どこかで見たポーズだが気にしない。気にしたら負けだ。
「してないですから。とにかく服着てください」
 上履きを脱いで奥に入る。
 部室と行っても、教室ほどの大きさがあるわけでもなく、教室の半分の半分程度の大きさがあるだけだ。入ってすぐのところに上履きを脱ぐところがあり、そこから一段高くなって、畳が敷いてある。
 入り口に掛かっているプレートには『茶道部』の文字。
 部員二人のこの茶道部は、二人というからにはもちろん俺と綾香先輩しかいない。
「なんだーつまらないなー。チェリーボーイには効果テキメンだと思ったのに……」
「その台詞、今まで何回言われたと思ってるんですか」
 目をそらすために、奥にある戸棚から茶葉を出して急須に入れ、ポットからお湯を注ぐ。どぼどぼどぼ。
「んー、私の下着姿を見て鉱の頬が赤くならなくなるまで、かな?」
「赤くなんてなってませんよ」
「ほら、赤いじゃない」
 そういいながら俺の後ろに回りこんで、横から顔を出し、頬をつついてくる
「あーもう! じゃあ赤くなってるってことでいいですよ! だから恥ずかしいんで服着てください!」
 もうちょっと自重してください。背中にやわらかいものが当たってるんです。
「最初っからそう言えばいいのに。素直じゃないんだから」
「言ってます! あと当たってます!」
「ふふふ、当ててんのよ」
 やっと服を着てくれた。
 いい加減この人にも慣れないと……。いじられキャラのままずっと過ごし続けるのかと思うとちょっと落ち込む。
 ポットから湯飲みにお湯を注ぎ、適当に暖めておく。部専用の冷蔵庫から、抹茶アイスを取り出して、戸棚から出したさらに盛り、その上にクラッカーをのせる。
 アイスにクラッカーがのってるだけの茶菓子と、お茶を持って、部屋の真ん中においてあるちゃぶ台を挟んで先輩と二人で座る。
「ところで先輩」
「なんだい後輩」
 楽しそうだな綾香先輩。
「先輩はもう受験生じゃないんですか?」
「そうだねぇ」
 何も考えていないような雰囲気で綾香先輩は答える。ただ、それが本当に何も考えていない時など一度だってあるはずがないのだが。
 俺はというと、そろそろ時間がたったので湯飲みにお茶を注ぎ始める。
「こんなところで寝てていいんですか?」
「鉱はそう言うけど、実際、授業出ても寝るから変わりないんだよねー」
「まぁどうせこの時期の3年生なんて授業聞いてないんでしょうけど」
 綾香先輩の前に湯飲みと、適度に溶けかかった抹茶アイスを置く。
「そうでもないぞ? 聞いてる奴は聞いているし、聞かない奴は聞かない」
「先輩は聞く人?」
「聞かない人」
「ですよねー」
「ですよねー、とは何だ。それじゃ私が怠け者みたいじゃないか」
「話し聞いてるぶんと、今の状況を考えたらそう思われて仕方ないと思いますが?」
 と言っても、実際は綾香先輩は3年でもトップの成績の持ち主だ。この前張り出されてた1学期期末テストの順位で、2位と30点差をつけて一位だった。こういう人を天才というのだろうか。いや、努力家なんだろうな。才能で片付けたら失礼だと思う。
「怠けてるのはここでだけ。他は真面目にやってるぞ?」
 おどけて言う綾香先輩。それが嘘のように聞こえるようにわざと言ってるんだろう。もちろんそれを俺が実は知ってるのを承知の上で言ってるあたり、やっぱり先輩には勝てないなーと思う。
「でも俺が見てるのもここでだけなので、怠けてるようにしか見えません。残念でした」
「言うようになったなこいつ。おお、これ意外とうまいな」
「そりゃ高かったですから。あと先輩はもうちょっと気をつけて食べてください。アイスが落ちそうで怖いです。むしろ机の上にはもう落ちてます」
 それを聞いた綾香先輩は、机に落ちたアイスを人差し指ですくって、その人差し指を嘗め回すように抹茶アイスを拭き取った。
「欲情した?」
「抹茶色って時点でアウトです。しかも机拭いてないから汚いですよ」
「もしそれで風邪ひいたらここで鉱に看病してもらうからいいんだよー」
「しませんよ」
「してくれないのー?」
「しません」
「恋人なのにー?」
「俺がいつ告白されたんですか」
「私は鉱に告白されたほうがいいなー」
「俺は希望聞いてるわけじゃありません」
「えー」
 二人とも適当に会話しながら抹茶アイスを食べる。あとお茶を飲む。今日のお茶は今ひとつだったけど抹茶アイスだったからそこまで気にならないし。別にいいか。
 アイスも食べ終わり、お茶も二杯目になった。
「ときに鉱くん」
「なんですか?」
 お茶を啜りながら答える。
「ちゃんとゴムはしたか?」
「ぶぅふぉうぁ!?」
 口から飛び出た緑茶が当たりに飛び散る。綾香先輩は予想済みだったのか、横にずれて回避していた。かからなくて良かったけど釈然としない。
「大丈夫か鉱」
「大丈夫じゃありませんよ! いろいろと複合的な意味で! いきなり何言うんですか!?」
「いやーなんか噂が立ってるみたいでさー」
 先輩の話によると、朝っぱらから女生徒二人を引き連れて、往来をラブラブムードで歩いていた二年の男子がいるという噂が広がっているそうだ。
 恋人関係の噂が同学年で流行るのはわかるが、学年違うのに話題になるとかどういうことなんだ!?
 と綾香先輩に聞いたら、
「そりゃあ、その言葉にピンと来た私が噂を広めてあげたからだよ」
「アンタのせいかっ!?」
「この部室って校門見えるじゃん? 朝早く来てタバコ吸ってたら鉱が二人も女の子引き連れて歩いてると来たもんだ。これは鉱を応援しないといけないと感じて、3年で広めてあげたんだよ」
「……それって、どこがどう俺のためなんですか?」
「んーよく考えてみたら特に考えてなかった。まあいいじゃないか有名人」
「よくないです!!」
 なんでこの人まで俺の平穏を崩そうとするんだろうか。これは神様が与えた試練かはたまた今までの行いの償いか。考えたところで、どっちにしろどうしようもないので思考停止。
 俺の周りにまともなやつはいないのか? いや会華あたりはまだまともだが。
 それともこれが女子のデフォなのか? くそ見誤っていた。クラスのほかの女子とかも距離が近づけば、覚醒するんだろうか。
 思考回路がおかしい。もうどうでもいいや。
「はぁ……もうなんでもいいですよ」
 ちゃぶ台に突っ伏していたら、綾香先輩が背中にのしかかってきた。
「落ち込むなよ少年。私がついててあげるから」
「それが心配なんですよ。あと背中に何かやわらかいものが当たってます」
「当ててるんだよ。感謝しろ少年」
「あー、じゃあとりあえず……。ありがとうございます」
「んふっ、どういたしまして」
 だんだん重くなってきたのでそのまま力を抜いていく。ああ疲れた……。
「眠いです」
「寝ていいよ。ここは寝るところだからね」
「違いますよ。部活するとこです」
「じゃあ寝ちゃダメ」
「やっぱり前言撤回します」
「よろしい」
 まぶたが重くなってきた。背中には柔らかい胸の感触。綾香先輩の吐息が髪にかかる。
 ああ、今日の疲れがどっと出たのか。本格的に眠くなってきた。
「ゆっくり眠っちゃいなさい」
「すみません……」
「いいのよ」
 眠りに落ちる前に最後に聞こえた音は、唇と何かが触れ合う音だった。

   ■

 夕日が差し込んできた。
 赤い光で目が覚めた。
 どのくらい寝ていたのだろうか。部室に入ったのが4時くらいだったはずなので、日が落ちているということは……。わからん。
 そんな原始的な方法を使わなくても時計を見ればわかるはずで。顔を上げて壁に掛かってる時計を見ると、5時半。お茶菓子食べたりしてる時間も考えるとだいたい1時間ぐらいか。
「ふわあああ」
 知らずあくびが出る。寝る前まで感じていた深い疲れもそこそこに取れ、それなりに気分もいい。
 立ち上がって伸びをする。拍子に肩からずり落ちる毛布。どうやら綾香先輩がかけてくれていたようだ。なんだかんだ言って優しい人なんだよなぁ。
 その優しい先輩は、今は俺の横で寝てる。横というか足元というか。
 俺と同じようにちゃぶ台に突っ伏して寝てるのかと思いきや、普通にたたみに寝そべって寝てるし。その上俺にはかけてくれるのに、自分にかけた布団は、いつの間にか取れてしまったのか、なぜか1メートルぐらい先のほうに落ちてるし。
「先輩も、もうちょっと振る舞いをおとなしくしてれば可愛いのに」
 つい口を出てしまった言葉は、夕日に照らされる先輩の顔を見てしまったからだろうなと考えてごまかす。しかし、畳に無造作に広がる髪の毛と相まって、やっぱり美人だよなぁ……。
「今のままじゃ、嫌いか?」
「先輩起きてたんですか?」
「鉱が起きた音で起きたんだよ。それで、何だって? 私がどうすればどうだって言ったのかおしえてくれないか?」
「先輩は化粧をすれば綺麗だね。と言いかけたところですね」
「ごまかしちゃってー、照れ屋さんなんだから~」
 痛いところつかないで下さい。お願いだから。
「まぁいいかー。じゃあ今日の茶道部はここで終了。お疲れ様ー」
 相変わらず、どんな活動してるかと聞かれて困る部活してるよなぁ、と自覚。茶道を勉強するとかじゃなくて、正式名称「お茶でものみながら道徳心の向上を目指す部」通称茶道部だから始末が悪い。結局二人でだべってるだけという部活なのだが。
「はいお疲れ様でした」
 といいつつも、二人とも目をこすりながらあくびをしている。
 大体それ以前に先輩はまだ床にねっころがったまんまでしょうが。というか、
「先輩パンツ見えてますよ?」
「見せてんのよ?」
「はいはいわかりました」
 だからそういうところを直せば可愛いのに。って言うのに。
 ふと思い出したのだが、そういえばこの後俺は予定があったんだった。春名と一緒に下校するという予定が。
 でもまぁ。
 バレー部の練習なんてそんなに速く終わるものでもないし、俺としてはこのままこのまどろみのなかでぼーっとしてるほうが……って、春名!?
 窓から外をのぞいてみると、校門のところで春名がすでに待っている。あの表情は待ちくたびれたということかそれとも、まだ待ち始めてそわそわしてる状態なのか? どちらにしても早く行くに越したことはないので、素早くいくために素早く片付け。
「鉱? どうしたのそんなに慌てて」
 下手に言うと追求されまくって時間足りなくなるっ!!
「いや、このあとどうしても見たい番組があって、うちのテレビじゃないと映らないんです。早くしないと間に合わなくなるのを今思い出して……」
 言いながらも湯飲みや急須などを洗っていく。
「ああ、いいよいいよ鉱。私が洗っておく。早く彼女さんのところに行ってやりな」
「え、ちょ、だから俺は……」
「いいからいいから。女の子を待たしたら男の子失格だぞ?」
 そういってウィンク。いや。まぁ。そういわれちゃうと、従うしかないか……。俺が洗っている皿を取ろうとした綾香先輩。ということは超近距離なワケで、先輩の吐息とか、髪の毛の匂いとか、そういうものがいっきに流れ込んできて、頭が飽和状態に……。
「ほーら、さっさと行く行く」
「あ、はい」
 自分の準備といえば、かばんを背負って帰るだけなのでそのまま帰ることは可能だけど。
「何してんのっ? 早く行きなさい!!」
「は、はい! じゃあ先輩!また明日っ!」
「おうよっ! コンドームは前もって買っとけよ?」
「一言余計です!」
 扉が閉まる。俺は言われたとおり全力で校門に向かった。
 綾香先輩への礼儀だけは守ろうと思った。

   ■

「おにぃぃぃぃぃちゃああああああああぁぁぁぁぁぁああああああああああん!!」
「でかい!! 声がでかすぎるもうちょっとボリュームを下げろ!!」
「なあああああああぁぁぁにいいいいいぃぃぃぃぃ? 聞こえなぁぁぁぁいよぉぉぉぉお?」
 何なんだこのギャグ漫画は。いいから1回黙りましょう。お願いします。黙れ。
 大音量で叫ばれる「おにいちゃん」に、周囲の視線は釘付け。と言っても下校時間の中途半端な時間帯なので一人か二人がぽつんといる程度だが。
 ああっ、むしろそのほうが恥ずかしいという罠。
「ハァッ、はあっ、ふうううううぅぅぅぅぅ」
 全力で走ってきたので当然息は切れ、肩が揺れている。もうダメだ。二日分くらいの走力を使いきった感じだ。
「はぁっ、はぁっ、だから、ボリュームを、下げて、くれって、言ったん、ハァ、って言ったんだよ」
 なんで俺は息が切れてるんだよ。やっぱり今のダッシュはいらなかったんじゃないかと思い始めた。
「じゃあおにーちゃん。早速一緒に帰ろう?」
「待って、少し休ませてくれ……」
 春名はアゴに手をあて、考えるようなポーズを取る。考える人のようなポーズ。
「えー。うーん。しょうがないなあおにーちゃんは。ちょっとだけだよ?」
 はにかんだ笑顔はわりとかわいかった。
「ありがとう。わが妹ながらその優しさに感動する」
「えへへ、ありがとう!」
 そこまで褒めてるわけじゃないが。まぁいいか。
 校門のコンクリートの柱に背中をあずけ地面に座り込む。
「おにーちゃん。地面に座ると制服が汚れちゃうよ?」
「自分で洗うから大丈夫。それよりも俺の体力がやばいんです」
「貧弱だなーおにーちゃんは」
「しょうがない……うん。まぁそこまでスポーツできないのは認める。ただお前にだけは言われたくない」
「そんなー、ボクだって徒競走で1位とったことあるんだぞ!!」
「あれはカウント無しだろ。春名以外がみんな転ぶとか、なにかの間違いかと思ったぞ」
 小学校5年生。となると俺は6年生で、全員参加の徒競走で、ダントツびりになるかと思っていた春名が見事1位をとった。その時の奇蹟具合がまさに奇蹟だったので良く覚えているが、6人でやる競争で、まずスタート地点で一人転ぶ。その倒れた子が前の人の足を引っ張って前の人も転ぶ。途中で靴が脱げて一人脱落。取りに行こうとしたそのこが前を横切ったおかげでもう一人脱落者が。最終的に残った春名ともう一人だったがもう一人の子がテープを切る直前で勢いよく顔面ダイブ。晴れて春名は一位になったとさ。
 というお話。どこまでも蛇足だが。
 今バレー部でどこまで活躍できてるのかはわからないけど、昔の春名は運動オンチで有名だったとい過去話でした。
 まあそんなたわいもないことを話していれば時間はたち、俺の息も整ってきた頃になると、すでに日は沈みあたりは暗闇で満たされてきた。
「暗いな」
「暗いねー」
 俺と春名の横を何人もの生徒が通り過ぎる。今日一日のことを思い出しながらだと、他人から注目されてないのって本当に楽だなぁと実感した。……もうそろそろなにか踏み出してはいけない道に踏み出した気がする。
 俺は一体この道から帰ってこれるのだろうか……。
「……そろそろ帰るか、春名」
「そうだね……おにーちゃん」
 ふと、思った。
 ずっと立ってた春名はどこを見ていたんだろうか。夕日を眺めていた俺と、同じところを見ていたんだろうか。
 聞いてみるなんて恥ずかしい真似はしないから、必然、そんな小さなことは闇の中に消えていった。
「行くか」

   ■

「愛の料理、おいしいといいんだけどなぁ」
「ふんっ、アイが作った料理なんてまずいに決まってるよ。おにーちゃんが作ったほうが絶対おいしいもん」
 会話の中心はもっぱら、今夜の夕飯について。逢坂が作って待っているということなので、二人ともそれについて話している。
 ここで、お前のも同じくらいまずいけどな。って言ったらもうアウトだよな。今度コイツも父さんから料理を習ってもらおう。負担は分かち合うべきだよな。我が父。
「じゃあおいしかったらどうする?」
「うっ、そ、それは……」
「春名が散々まずいって失礼なこと言っておいて、おいしかったらどうする?」
 春名は凄く、それはものすごく悩んだ顔をして、それはもうかなり真剣な表情を重ねて、
「お、おいしかったら……」
「おいしかったら?」
 言いづらいらしい。確かにここで不用意なことを口走ったら、俺に何か言われたときに対応できないしね。
「…………ぃって……う」
「ん?」
「おいしい……って、言う」
「ぷ、――フッハハハハハッ!! そうだな、確かにそうだ!」
 まったく、笑わせてくれるわ。笑いすぎて目から涙が出てくる。
「ハハッ、確かにおいしかったらおいしいって言うよな。正しいよ。それでいい」
「むー、おにーちゃんはなんで笑うのさー!」
「ごめんごめん。ふふっ、いや、まぁ思ってた答えとは全然違うことが出てきてびっくりしただけだって」
「だからって笑うことないじゃないかー!」
 俺の胸に顔をうずめて、両手を拳にしてばんばん叩いてくる。痛くするつもりはないらしいから、態度だけだろう。いやーそれにしても。かわいいなぁ。
 いやダメだダメだ。なんか綾香先輩にいじられたおかげで、俺は変なスイッチ入ってるらしい。妹に変な感情抱くとかやばいだろ。いや厳密には妹じゃないし、血も繋がってないけど、そういう意味じゃないよなー。ダメだ。いろいろとダメ人間だな俺。
 後悔しか出てこないというのは最悪の状況なのではないかと自問自答。
「うぅ……」
 なんてしてる時間もなかったらしい。胸の中で泣き始めた春名に少し戸惑ったが、流れにまかせてそのまま抱き寄せた。
「おにーちゃんは……春名のミカタだよね?」
「お兄ちゃんは春名のお兄ちゃんだよ? ミカタじゃないはずないだろう?」
 クサすぎるセリフ。その言葉もこの場面では浮いてない。
「……ありがと」
「どういたしまして」
 かわいいやつめ。
「さて。こんな往来で抱きついてるのも恥ずかしいと思うからそろそろ離れたほうがいいと思うぞ」
「いいのっ。おにーちゃんあったかいからこのままでいる」
「この天気ならむしろ暑いくらいだろ」
「いーのっ」
 なにやらご機嫌な春名。うーん。まぁちょっとぐらいいいか。
 1分ほどそうしてただろうか。幸いにもこの道を通りかかった人はいなかったので、そこまで恥ずかしい羞恥プレイを披露することはなかった。
 春名が離れる。
「かえろっか。おにーちゃん」
 なにやら凄く機嫌のいい声で話しかけてくる春名。
「そうだな。……じゃあとりあえず春名は、おいしいって言う練習な」
「な、なにおー! アイがおいしいの作るとは限らないじゃんかー!」
「そこは食べてからのお楽しみだ」
 帰り道は日も沈み、もう完全に暗くなっていた。
  1. 1990/01/04(木) 02:03:00|
  2. 創作小説
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【くるこい】第2話 嫉妬

第2話

「そうかそうか。オレの親友は、どうやら本格的にオレに殺されたいらしいな」
「いいよむしろいっそ殺せ。そして逢坂と春名に殺されてしまえ」
 教室に着いたとき、俺の体はすでにボロボロになっていた。俺の精神もボロボロになっていた。
 だってしょうがない。両手に二人を絡ませた状態で登校したんだ。しかも生徒が一番多く混みあっている遅刻ギリギリの時間帯。
 周囲からの視線は痛いわ、両手の茨が二人して睨み合ってて一触即発状態だわ、そのイライラのとばっちりをなぜか俺がウケて相変わらず両手が痛いわ。そうだこれはハーレムなんだ。みんなが俺を好きになってくれている幸せ絶頂!! ……そうでも思わないとやってられない。
 昨日までは春名も一緒に登校していたが、こうもあからさまにくっついてきたのは今日が初めてで、今までは幼馴染ということで通していたのにこの今の状況を見られて、その弁解が通用するかといったら、全力でYESと叫んだ瞬間にタコ殴りに遭うほど説得力皆無。
 いい加減助けてください。
 というような内容と昨日の話を、コイツにまとめて話したら、さっきの台詞がかえってきた。
「でもいいよなーコウは。……なんでそんなにモテるよ?」
「人格がいいからじゃないか? 少なくともお前よりは」
「コイツ……ああいえばこう言う。ちなみに今の『こう言う』は鉱の名前のコウとかけたんだけど、分かった?」
「どうみても、そういう発言がモテない原因だと俺は思うがな」
 親友と言って差し支えない相手なので、楽に話せるのが唯一の救いか。こんな話を笑い話にもっていけるのはコイツぐらいだ。中学からの腐れ縁とも言う。
 四島会華。しじまあえか。中学時代は、よく妹と一緒に三人で遊んだものだ。だから妹との関係は知ってるはずだろうに。
「しっかし、コウも貧乏くじ引いたな。アイツ中学の頃付き合った彼氏がいたらしいけど、その彼氏、今は登校拒否だって。何があったのかはわからないけど、気をつけたほうがいいぞ」
「逢坂か? まぁ普通じゃないっぽいのは確かだが。むしろお前のその情報網に俺は気をつけたほうがいいと思うが」
「噂ってのは聞き耳立ててりゃ聞こえてくるもんさ」
 そう言って、会華は肩まである長い髪をなでる。
「そんなもんかなぁ……」
 そんなもんなんだろうなぁとか思いながら、すでに自分の席に着いた逢坂を見てみる。なんかこっちを横目で見ていた。凄い眼圧。眼圧の意味は違うけどそう表現していいと思う雰囲気。見られてるだけで苦しいってなんだろう。
 今までのことを思い出してみて、ついでに今の状況を考えて……あー。確かに登校拒否になってもおかしくないかなーと再確認。自分の状況を考えると、これは本気で死亡フラグな気がしてきた。大丈夫か俺?
「まぁ頑張れコウ。オレは応援しか出来ないが、死なないように頑張ってくれ。どっちかって言うと死んでもいいが。いや、むしろ死ぬ方向で」
「適度に頑張るよ。死なないぐらいに」
 席が前後なので会華は前に振り返り、俺はそのまま前を向いたまま。ちょうどその時チャイムがなった。先生が入ってきて一限目が始まる。
 さて。
 問題はこの学校生活の中で逢坂がどう動いてくるか。嵐の前の静けさのような。そんな邪悪な予感がぷんぷんするのは多分気のせいではないだろう。
 これ以上振り回されるのは御免だからな。

   ■

 侮っていた。
 直接的なアプローチは昼休みになるまでしてこなかった。昼休みになって弁当を持ってきて、
「こーくん一緒に食べようね」
 っていう展開はまあ許す。仮にも恋人だから(あくまで俺の中では「仮」だ)ありえる話であるし、普通の展開と言って差し支えない。春名も弁当を持ってきて、さらに事態がややこしくなったのは、ここではおいておくとしよう。
 問題はそこまでの授業と休み時間。午前中の精神疲労についてだろう。
 俺の席は真ん中の一番後ろで、会華の席がその前にあって、逢坂の席は左の窓際の後ろから二番目。俺が横を向けば逢坂は視界に入るし、逢坂も横目で俺を確認できる。
 で、だ。
 その視線が延々と俺に注がれてるって言うのは感覚で分かった。うん。もうなんかそっちを見たらダメだと思った。目が合った瞬間になにか大変なことが起こる気がした。実際は授業中だし特に目立つ行動はしないと思ってたけど、それでも怖かった。
 だからって前を向いていても逢坂の視線が消えるわけでもなく、延々と注がれるまなざしに精神が先に病んでしまいそうだった。
 さらにひどかったのが休み時間になってから。女子が近くに来るたびに燃え上がる殺気。いやいや。そこまでいちいち反応しなくていいから。
 そうして疲労がたまりにたまった昼休み。
「おにーちゃ! お弁当持ってきたから食べてね!」
「こーくんは私のお弁当を食べるでしょ?」
「いろいろと言いたいことはあろうが、何も考えずに二人ともついて来い」
 このクラスにいるのは無理。さすがにこのラブラブムードは、今のクラスのテンションから浮きすぎている。それよりも他の男子の視線に射抜かれて、心のHPが0になりそうだったし。
 行き先は屋上。といいたいところだったが、この学校の屋上はそんなたいそうなものではなく、鍵を持ってないと外に出れないというアナログセキュリティ付き。俺は天文部だったりはしないので鍵を持ってるわけもなく、行く所は部室と生徒会室ぐらいしかなかった。
 部室には多分綾香先輩がいるだろうからあまり行きたくなかった。あの人のことだから、この3人で行った場合、俺がおもちゃにされて終わる。綾香先輩はいい人なのだが、おちゃめがすぎるので、あまり弱みを見せたくないのが本音である。
 というわけで3人で向かう先は生徒会室に決定。あそこなら昼休みは誰もいないだろう。鍵も持ってるし。
「こーくん、なんで生徒会室の鍵持ってるの?」
「おにーちゃん生徒会入ってないでしょ?」
「いやまぁうちの高校だと、生徒はみんな生徒会入ってるっていう扱いだから俺も愛も春名も生徒会員だけどな。と、そんな屁理屈はどうでもいいとして……。役員じゃないのは確かだな」
 生徒会室にある資料は結構な量で、なくなったら困るものも結構あるので一般生徒は入れないようになってる。というのがタテマエ。
「鍵は委員長からもらったんだよ。さっきクラスにいたろ? まぁ春名は見てなかっただろうけど」
「ボクおにーちゃんしか見てなかったから見てないよ」
 当たり前のように言うな。
「委員長って、来栖さん?」
「そうその来栖さん。1学期にいろいろあって、そのあともいろいろあって、結局俺も持ってた方がいいという結論で、鍵をもらった」
 役得というのだろうか。こういうのは。
「ねぇこーくん。来栖さんとも仲いいの?」
「ただの友達だから大丈夫デスヨ?」
「そうよね」
 ん? 反応が薄いのはなんでだろう? 俺の中の予想ではここから怒涛の詰問が始まりそうな予感だったのだが。やぶ蛇だから聞いたりしないでおくけど。
 と言っている間に生徒会室に到着。鍵を取りだして開けてなかにはいる。中はいろいろごちゃごちゃモノがおいてあって、お世辞にも綺麗とは言えない。
「そこの机の上のもの適当に横に置いておいて。向こうでお茶入れてくるからそこで座って待ってくれ」
 机と言っても会議室でよく見るような長机が二つあるだけだったのだが。
「やだおにーちゃんと一緒に行くー」
「何歳だよお前は。愛と仲直りでもしてろ」
「うー」
 そう言って春名を追い出し、一緒に長机を片付けに行かせておいて、給湯室のようなところに行く。重要なものがあるから鍵をかけてると言いつつも、実はここに常備してあるお菓子類とかお茶類とか、生徒会費から出てるものを見つけられたら困るから。というのが本音だろう。いやまったく。生徒会ってすばらしいですな。
 さて。あいつらに、来栖によって無駄に鍛えられたお茶汲みの技術を見せ付けてやりますかな。
「――――」
 と思って給湯室に入ると、目の前に人がいた。
 噂をすればなんとやら。って言葉をホントに使う日が来るとは思わなかったわ。
「――――ん? ああ、高坂じゃないの? 何でここにいるの?」
 イヤホンを耳から取り出し、訊いてくる来栖美樹。体を揺らしてノリノリで曲を聴いてたので、今までの俺の会話は耳に入らなかったのか。どんだけの音量だよ。
「委員長こそどうした? いつもここで飯食ってるのか?」
 来栖の手元にはカップ焼きそばが置いてある。お湯捨てるのを待ってたのか。道理で出てこないわけだ。
「ん? いつもってワケじゃないけど。最近はこのビッグペヤングがおいしすぎてたまらないのでここで食べているのです」
「前から思ってるけど委員長は食生活少し直したほうがいいと思うぞ」
「な、なんですとー!? 高坂はマヨネーズ入りのぺヤングの旨さを知らないからそんなことがいえるんだ!」
「焼きそばに変なもん入れるなんて考え思いつきませんから」
 言いながら、やかんに水を入れて火にかける。誰が改造したのか知らないが、ここのガスコンロは中華料理店に匹敵する火力を持っているので、お湯が沸くまで1分もかからない。来栖が言うには俺たちが入学したときにはすでにこの状態だったそうだ。ほんとに誰がやったんだよと思うが、しかしGJと言ってやりたい。
「ところで、最初のあたしの質問に答えてないよね?」
「そこについては、言う必要もないと思うので察してください」
「ああ、逢坂さんね」
 そりゃあ、同じ教室でしたからね。
「それプラス、もう一人後輩がいるからややこしくなってるんだよ」
「高坂……。避妊だけはしとくんだぞ」
「それは考えすぎだから!!」
 来栖の俺に対する印象はどうなってるんだろうか。想像したくない。

   ■

 忘れてた。
 そりゃ扉開けっ放しだから声も聞こえてるんだよな。
「こーくん。美樹と何話してたの?」
 給湯室から出てくるなり逢坂が問い詰めてくる。
「美樹? ああ来栖美樹か。いつも名前で呼ばないから忘れてたよ。まぁ話してたって言っても、どうでもいい話。だからただの友達だってば」
「美樹。ただの友達ってホント?」
 逢坂が俺の後ろにいる来栖に話を振る。あれ? 名前で呼んでるし、この二人そんなに仲いいのか?
「ホントホント。大丈夫だって。そんな裏切るようなことするわけないじゃん」
「そうだよね。…………あの、えっと、ありが……とぅ」
「いいって、気にしないでいいよ。そのほうがあたしも楽だしね。高坂もいるんだし元気出して!」
「?」
 なんかあの二人でよくわからない空気をかもし出し始めたが、惨劇が回避されただけ良かった。雰囲気が百合っぽいように思えてくるのは俺の頭がやばい証拠だん。女同士の友情ということで脳内会議を和解しておく。百合ってなんだよ百合って……。
「あ、来栖先輩!」
「あー! ハルにゃん、元気ー?」
「あれ? 春名と委員長も知り合いなの?」
 こっちの関係は意外。知り合いだったんだ。いやぁ、学校って狭いな。
「ボクと来栖先輩はバレー部で、来栖先輩はバレー部の先輩だから来栖先輩なんだよー」
「ああ~もうかわいいなぁハルにゃん。ちゃんと言えてないところがまたかわいいよね~。ほれほれ~」
 春名を抱きしめて、頭をぐりぐりする来栖。
「来栖先輩やめてよ~、です」
「敬語言えてないハルにゃんも、またかわいい!」
 何か色々と男子にはわからない人間関係があるようで。この状況で俺はどう立ち回ればいいのか全く不明。
 ただ、逢坂が殺気を放ってないだけ、さっきよりは空気が良くなった。ありがとう来栖。

   ■

 結局来栖も一緒に食べることになって、4人で弁当を食べ始めたのだが、この配置はいささかおかしいんじゃないかと思う。
 春名、俺、逢坂。で、向こう側に来栖。3人と1人。
 しかし、唯一救いだったのは、来栖と逢坂が仲が良かったということか。まぁ同じクラスだからそんなにありえない話じゃないか。
 来栖は生徒会の書記であり、学級委員長であり、そしてクラスのリーダー兼ムードメーカー的存在。ムードメーカーといえば、うちのクラスにはもう一人会華という猛者がいるけど、会華はリーダーって感じじゃないから、やっぱり来栖が委員長として適任だと思う。
 来栖は特に分け隔てなく誰とも話しかけるし、いつの間にか友達になってたりする。凄いなーと素直に思える反面、八方美人はきついんじゃないかなーとたまに思ったりもするが、そこらへんは邪推か。
 なんにせよ。だ。
 来栖がいるから場の空気がよくなる。と思っていた俺の目論見は、脆くも崩れ去った。
 二人とも来栖が知り合いだと言うわけで、特に注意も払うことなく、俺に全ての注目をしてきた。結果、登校時と同じ状況に陥るわけで、
「こーくんは私のお弁当だけたべるんだよ?」
「ずるいー、おにーちゃん! ボクのお弁当全部たべてよね!」
 その後も数分間口論が続いたり、実力行使に出たり、いろいろとあったが、最終的には二人の弁当を半分ずつもらうことにした。正確に半分取らなくてはならないのが大変だったが、フォークで刺されたり、箸で目潰しをくらいそうになったりしながらなんとか危機を乗り切った。
 蛇足だが。一つ付け加えるならば、なんで料理の初心者は隠し味というものにそこまで気を使うのだろうか。隠れていない隠し味は、隠し味ではなくただ味のバランスを崩すだけなのは自明なのに……。
 男の意地で、吐くのだけは耐え切った。半分にしてなければ耐え切れなかったと思う。あと、残った半分の弁当を、二人とも自分で食べなかったのは釈然としないというか、……まさか確信犯なのか?
 前の席の来栖がずっと笑いをこらえてたのは、まぁ至極当然だろう。一口、口に入れるたびに変わる俺の表情を真正面から見てたんだから。
 これが会華だったら一発殴ってやれたのに。

   ■

 食後。と言っても俺にとっては拷問に等しい時間だったが、なにはともあれ、食事の時間が過ぎた後。
「で、愛。一つ言いたいことがある」
「なにこーくん?」
「春名、机の下で足踏むのは無しな。で、愛。ついでに春名にも言っておく」
「なにこーくん?」
「どしたのおにーちゃん?」
「なになに高坂?」
 あー。なんか色々とめんどくさい。あと来栖。調子に乗るな。
「いろいろと言いたいことはあると思うが、なんにせよだ。俺は愛以外の奴になびいたりしないし愛が一番好きだから。ちょっとぐらい他の女子と会話したぐらいで反応するな」
 すまん逢坂、嘘だ。むしろ、そろそろ逢坂以外の奴に乗り換えたい気分。もう正直春名でもいいくらい。
「でもこーくん……」
 瞳を潤ませて、こっちを見る逢坂。
「お前は、俺のことが信じられないのか?」
 なんだこの台詞。むしろ俺が誰だ。
 これ以外の解決方法は無かったのかとあらためて考えてみるが、これ以外のルートは確実に死が待ってる。いや、このルートも最終的には死亡フラグ直結だろうけど……。
 というか、そのこと以上に春名の顔つきが怖いんですが。
「というわけだ春名。俺の彼女は愛。そしてお前は妹、これでいいな」
「うー、でもー」
 口を尖らせて渋る春名。しょうがないか。
「じゃあ、学校の行き帰りは一緒に行ってやるから」
「え、ホント!?」
「ほんとほんと。その代わり学校は愛と一緒にいるからな。押しかけてくるなよ」
「わかったわかった!」
「素直でよろしい」
 表情には出さないように極力気をつけているが、どうなっているかはわからない。前代未聞の罰ゲームに近い台詞を言わされた側にとっては、今すぐここから消えうせたい気分だ。
「ねー、高坂? あたしは?」
「委員長は友達。クラスメイトだから。そして俺たちの委員長。今ここにいたのがイレギュラーだっての」
「ひどいなー高坂はー」
 わかってる。軽く酷いこと言ってるのはわかってる。
 でも来栖だって顔が軽く笑ってるし、それ以前に、こうでも言わないとさっき逢坂に言った言葉の信頼性が無くなるからしょうがないんだよ。察してくれ。
「しょうがないか。あたしはしがない学級委員ですよー」
 来栖は言いながら、手を振って生徒会室を出て行く。
「3人で仲良くねー。高坂ー、さっきのは聞かなかったことにしてやるから、今度なんかおごってー」
「はいはい、わかったわかった。じゃあ先にクラス戻っててくれ」
「じゃーまたねー」
 扉が閉まり、生徒会室に残ったのは、俺と春名と逢坂のみ。
 最初に入ってたときと違うのは、空気が少し明るくなったかなぁってぐらいです。そんなに大きな変化はないけど、逢坂が落ち着いてくれたのはうれしかった。春名も結構ご機嫌だし。
「じゃぁ、そろそろ時間だし戻るか」
「うん。おにーちゃん」
「はい。こーくん」
「そうそう、学校の中では腕を組まないこと。っていう条件もつけるからな」
「ぶー」
「えー」
「はいはい。とにかく離して。教室戻るぞ」
 何はともあれ。
 よかった。
 ……………………のか?

   ■

 結果的には良かったのかもしれない。
 午後の授業は比較的スムーズに進んだ。あいもかわらずこっちをじっと見てたけれども、午前中に比べればいくらか眼圧も減ってきて楽に過ごせた。
「じゃあまたな。俺部活あるから」
 恨みがましい視線を浴びせたところで、部活がなくなるわけでもないんだからそんな目で見るなよ逢坂。
「こーくん、今日は一緒に帰らない?」
「いや愛は帰宅部だけど、俺はとりあえずとは言え部活入ってるから、そっち顔出さなきゃならないんだよ」
「じゃあ私も部活はいればいいの?」
「そういうわけじゃないよ」
 待ってくれ。この状態で、逢坂がうちの部活に入られた日には俺の世界が終わる。平和な時間を少しでいいから残させてくれ。
「恋人としてお互いのことを知っておいたほうがいいこともあるけど、知らないほうがいいこともあるだろうし、そうだ。じゃあ愛は先に帰って俺の家に行っててくれ。そこで父さんと一緒に夕飯を作ってくれないか?」
「え、こーくんの家、行っていいの!?」
「あぁ、いいよ。その代わり、俺が帰ってくるまで部屋には入るなよ。それまでのお楽しみだから」
「こーくんのおうち。こーくんのおうち。こーくんのにおい。こーくんのこーくんの……」
 すでに目がイってる。やっぱり付き合うって言ったのは間違いだったなぁ。
 なんにせよ。とりあえずごまかしきれたのでよしとする。
「じゃあ俺は部活行ってから帰るから。先に帰っててくれ」
「こーくんのこーくんのこーくんの……」
「聞いてるのか……? まあいいや。じゃまた後でな」
「こーくんのこーくんの……、あ、じゃーねーこーくーん」
 じゃあね。このまま永遠にさよならでもいいけど、そんなことは許されていない。残念。今日の弁当の様子からすると、春名とどっこいどっこいの料理レベルだと思うが、父さんが何とかしくれると信じよう。あの親父も、さすがに自分が食べる料理だ。ちゃんと教えるだろう。台所がどうなるかは俺にはわからないが。
 思いながら部室に向かうために角を曲がった瞬間、目の前にぽつんと立っていた春名にぶつかってしまった。
「す、すまん春名。大丈夫か?」
「おにーちゃん。アイがおにーちゃんの家に行くって本当?」
 何かいつもとは違う雰囲気を漂わせている春名にすこし怖気づいていまう弱気な俺。
「き、聞いてたのか……」
「それで、さっきの話、本当?」
 な、何なんでしょうかこの逢坂にも似た空気は。
「本当?」
「あー、いやーそれはーまぁ、嘘ではないと言えば嘘ではないけど……」
「嘘じゃないんだよね?」
「………………はい。すみません本当です……」
「――――」
「――――」
 こ、怖すぎる! 何なんだこの沈黙は。上目遣いで見てくる春名の目が、目がぁっ!
「ず……、」
「ず?」
 一瞬後、廊下に響き渡るほど大きな声が響いた。
「ずるいぃぃぃぃぃーーーーーーー!! アイだけずーるーいー!!」
「こら! ちょっと待て春名そんな大きな声出すな!!」
「ずるいよぉー! なんでおにーちゃんはアイだけそんなに特別扱いするの!? ボクだっておにーちゃんの家で夜ご飯作ったことなんか一度もないのにー!!」
「わかった! わかったから声量を下げてくれ! ボリュームを下げろ! ボリュームダウン!!」
「だってだってだって! ボクはおにーちゃんの妹なんでしょ? おにーちゃんは家族のキズナよりも女を優先するの!?」
 周りに人が集まってきた。待って待って、なんでこんな修羅場っぽい状況に陥ってるんですか!? しかも春名の目から涙あふれてきてるし。これ状況証拠的に俺が泣かせたってことになるの!? え、ちょ、それは待って頼むから泣き止んでくれ!!
「そういうことじゃないから! 違うんだよ春名」
 嘘でもいいから場を取り繕わないと、学校での俺の立場が本気で危うくなってしまう。
「違うんだよ春名落ち着いて聞け。よく聞いてくれ。とりあえず慌てず泣かないで兄さんの言葉に耳を傾けてくれ」
 一人称兄さんって何だよ。人間は焦ると混乱する傾向にあるらしい。
「家族ってのはあれだ。いつも一緒にいるもんだろ? だからそんな特別なことをしなくても一緒にいるんだよ。わかるか?」
「えーっと。なんとなく……」
 こいつは高校一年なんだよなぁ。これから先、騙されないで生きていけるか不安になってくる。まぁ今までそう思わなかったことはないのだが……。
「つまりだ。春名。お前がいつ俺の家に来ても、それは気にするようなことじゃないし、あえて言う必要もないわけだから、言わなかっただけなんだよ」
「じゃあ、いつでもおにーちゃんのところに行っていいの?」
「全然大丈夫。ただし、そのときに愛がいても喧嘩しないこと。これだけを守ればいつ来てもいいんだよ」
 なんか今死亡フラグが立った気がするのだが。
「本当!?」
「ほんとほんと」
 もうどうにでもなれ。というしかない。この場を乗り切るために言ったことだが、あまり賢い選択だったとは思えない。
 いや、もう昨日今日で失敗しすぎてるんだ。いまさら一つ二つミスったところで大勢に変化はないだろう。そう楽観視でもしないとやってられない。
「やたー!! じゃあ今からおにーちゃんちに帰ってボクもおにーちゃんのよるごはんつくるー」
「いやいや、春名には部活があるだろ。ちゃんと出席しないとだめだろ」
「でも春名はおにーちゃんのよるごはんをつくらなくちゃだめなのです」
「俺は部活にいくから、お前も部活行け。一緒に帰ってやるから」
「んー。んー。んー」
 どうやら春名は俺と一緒に帰るというのと、一人で帰って夕飯をつくって俺を迎えるという二つの選択肢の前で揺れているようだ。頼むから逢坂がいる状態で家に行かないでくれ。多分父さんが精神疲労で死ぬ。
「じゃあ一緒に帰る!」
「よしよし、じゃあ部活行って来い。帰りは校門のところで待ってるからな」
「うん!」
 だからお前は何年生だよ。ツッコミは心の中だけで。
「また後でなー」
「絶対待っててねー」
 手を大きく振りながら去っていく春名。かわいいんだけどなぁ。ちょっと騒がしすぎるのがたまにキズなんだよなー。と思いながら俺も手を振る。
 春名が廊下の角を曲がって向こうに消えて行く。あいつはバレー部なので、そのまま体育館に往くのだろう。
 はぁ。と、一安心した途端に疲労がどっと出てきた。逢坂といい、春名といい、来栖といい、なにかと扱いづらい面子ばかりで体が持たない。まだ今日が始まってから一日も過ぎてないのに、一週間過ぎたかのような疲れ具合。これは本格的に鬱にかかってもおかしくないですね。
 心の中でぐちぐち言いながらも部室に向かって歩く。
 先ほど春名と話してた場所から離れるとき、周囲の視線とひそひそ声が痛すぎたが、そんな程度ではもはや何も感じないほどに神経が麻痺してきた。ハハハ。終われ俺。
 部室につき、ガラガラっとドアを開ける。
 目の前に、下着姿の綾香先輩がいた。
  1. 1990/01/04(木) 02:02:00|
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【くるこい】第1話 両手に花

第1話

「お兄ちゃぁーん!!」
 意識はまだまどろみのなかにある。眠気は十全。しかしながら数秒後に来る衝撃に対して備えなければならないという思考と、それでも寝ていたいという本能からのよっきゅうがむにゃむにゃ・・・。
 ドタドタと階段を上って俺の部屋に刻一刻と近づく足音が聞こえてくるが、本格的に目が覚めるまでにはあと数分ほどかかるという試算が瞬時にはじきださ・・・。
「ぉぉぉおおおおにぃぃぃちゃんっ!」
「ぐふぅおっ!!」
 待て待て分かった分かった分かったからちょっとそこをどこう。どいてくれ。腹筋が死ぬ。むしろ俺が死ぬ。夜食で食ったカップラーメンの麺が今にも口から飛び出そうな衝撃はなんというかいくら慣れても慣れない。毎度のことながら、地味に死ねるぞこれ。
 どんどんどんどん。胸をがすがす殴られながら頭を揺さぶられつつ大声で起こされる。
「お兄ちゃ!お兄ちゃ!早く起きないと遅刻するよ!遅刻とサボりは非行への第一歩だってさるでも分かるニートの矯正方法って本に書いてあったよ!どう?エラい?ボク最近本読んでるんだよ?文学者だね!知識人だね!つまりお兄ちゃんは今すぐ起きなければなりません。おーきーるーんーだーよー!えーこれだけやっても起きないのー?そんなにいこじになってるとボクエロイことしちゃうぞ?おーこの胸板はなんと素晴らしい(レポーター風に)これはまさに十年に一度のいつざいですなー」
「わかった!わかったから服を脱がすな服をぅおわっ!だからってズボンはちょ、やめっ、むしろそっちのほうがやばいから!!」
「ボクはおにいちゃんの妹だから何をしてもいいのです!!おー、この下半身の富士山の標高はまさに十年に一度の・・・」
 そういいながら体をぐるっとまわして下半身を観察し始める。
「やめー!! お隣さん!俺とお前はお隣さん!!血は繋がってないから観察禁止!!というか兄妹だったらもっとダメだから!!」
「きんしんそーかん?」
「いいからとりあえず出てけー!!」
 平日朝から貞操の危機とかやめて欲しい。

   ■

「しょーゆとってー」「ん」「ありがとおにーちゃ」
 食卓を囲むのは3人。俺、高坂鉱(こうさかこう)と、お隣さん兼幼馴染の桜見春名(さくらみはるな)と、俺の父親である高坂隆志(こうさかたかし)。
 今日のコックは父さんなので、安心して食べることが出来る。つい最近、春名に食事当番を任せた機会があったのだが、女性が料理を出来るというのは必然ではなくて、やったことあるかないかだけなんだなぁと実感しながら、死に掛けた。二度とあってはならない。玉子焼きとトーストとベーコンが同じ色というのは生物学的に見て問題がある。あと真っ黒という色はどうみても食べ物の色じゃない。
「おにーちゃん」
「ん」
「あ~ん」
「はいはい一人で食べれますよー。介護が要るほどモーロクしてないので、隣にいるロリコン成人に食べさせてあげてください」
「ハハ、ひどいな鉱は。父さんは小さい子が好きなんじゃなくて、小さい子も好きなだけだよ」
「くそ~残念。ボクの食べかけだったのに」
「どんまい残念でしたまた来週」
 軽くあしらうだけのスキルが無いと、この状況は生きていくのが辛すぎる気がする。なんていったって毎朝毎朝、自称妹のお隣さんがやってきて、前置き無しで自分の上に馬乗りになった上に、ぐわんぐわん揺れてるとかそんなことされておいた日には、そりゃあ思春期の若者ですもの。いろいろとあるんですよ。
 幼馴染というだけで仲がいいのは悪いことではないのだけど、思春期を迎えた健全な若者がこんなプライベートなところまで踏み込む関係なのは、もはや隣人幼馴染レベルではなくもはや恋人フラグだと思うのが普通? でも恋愛感情は無いので残念無念フラグブレイカー。
 春名がどう思っているかはわからないけど、嫌いなわけじゃないし大丈夫だよな。
「おい鉱。そろそろ時間じゃないのか?」
 時計を見るといつも家を出る時間をちょっと過ぎてる。
「ん、じゃあ行ってくるわ」
 残ったご飯と味噌汁をかきこみ、さっさと支度をして家を出る。
「あ~っ!まってお兄ちゃ、ボクまだ食べ終わってないってば」
「後から走ってくればいいだろ。先行ってるぞ」
 言って玄関を開ける。
「んもぅ。はくじょーなんだからお兄ちゃんは。まったく!」
 ふっ、と振り返ったときの、頬を膨らませた春名の顔が反則気味にかわいかったなんてことは、胸のうちにしまっておこう。ついでにその頬にごはんつぶがついてるのも、胸のうちにしまって置いてあげよう。俺のささやかな優しさだ。
 学校までは自転車で行ったほうが早いのだが、春名と一緒に登校するようになってからは徒歩通学に切り替えた。おかげで遅刻が増えたが別に気にしないので問題なし。
 門を開け、歩き出す。
 春名はどのくらいで来るのだろうか。

   ■

 告白されたのなんて生まれて始めてだったから、とりあえずOKしておいたけど今から考えればどう考えても浅慮な行いだったと後悔している。後悔というレベルではなく、そのときの俺を殺しそうな勢いで説得してやめさせるべきだと思うくらい。俺は何かいろいろと間違えすぎた。
 逢坂愛(あいさかあい)という名前のその子は、それまでの印象は一言で言うと地味な女子。という感想だった。喋ることもあんまりなく、特に深いかかわりを持ったわけでもないのでこちらが知ってる事は、彼女は本が好きなんだなぁということだけだった。
 思い出してみれば、授業以外で彼女を見たとき、本を読んでるか弁当を食べてるかの二択だった。まぁいつも見てたわけじゃないし、周辺視野でちらっと見てたレベルだからそう思うのかも知れないが。たまに目が合ったりするとすぐ伏せちゃって、よく顔も見たことなかったし。
 他には、本を読んでる人は目が悪くなるというのは、ただの偏見なんだなぁ。と思ったりしたこともあったかもしれない。それくらいだ。俺にはメガネ属性は付属されてないので関係ないが。
 なんにせよただの同じクラスの女子というだけだったわけで。
 それでも。下駄箱に手紙が入っているという古典的な方法で、呼び出しを食らった俺は、無視できるほど非人道的ではないのでとりあえず行ってみることにした。
 目的地に設定されていたところは校舎裏の大きな桜の木があるところ。今の季節は、夏の熱気冷めやらぬ秋なので、当然のごとく、桜が散ってたりするロマンティックな場面になりはしない。
 そのかわりに、その周囲を飾るイチョウの黄色が幻想的な雰囲気をかもし出していた。
 もう春のうちに仕事を終わらせ、来年のためにと休んでいる桜の木の下で、逢坂愛は一人ぽつんと立っていた。
「―――」
「―――」
 なんというか歯がゆいというか、どちらともなく言い出しづらい状況に陥ってしまって、沈黙が数秒間、空間を支配する。
「えっと~」
「あ、あの!」
 沈黙を破ろうとした声が被る。こういうときにタイミングが合うのは何でだろう…と、バツの悪さを適当な思考でごまかす。
「こっ高坂君からさきにどーぞ!」
「いや、むしろ話があるのは逢坂さんの方じゃないのかなーとか思ったんだけど…」
「あ、す、すいません!!」
 恥ずかしがって頬を赤らめているのがわかる。あらためてじっくり見てみると、意外と綺麗だなぁと思った。長く伸ばした髪は染めたりせずに真っ黒を保ったまま。結ばずに降ろしたままでサラサラと風になびいている。赤く染まった顔がなんとも綺麗で、憂えげな瞳がまたいい感じに見えてくる。
 なんとまぁ、美人と形容しても全く問題ない容姿をしているわけで。
 今までホントにクラスで一緒だったというだけで、よく見てなかったんだなぁ、というのを思い知った。
「あの…それでですね……えーっと」
 もじもじしてて、なかなか本題に入らないけど、時間がないわけじゃないし勇気を振り絞ってる顔もなかなか綺麗だなぁ・・・。とか思って、もっと見ていたいなぁと思う自分もいるわけで。いやもうむしろ俺の頬も赤くなってる気がしてならないのは気のせいだろう。そうに違いない。
 ちょっと焦れてきたが、逢坂のほうだってだいぶ緊張してるはずだし特に緊張する必要のない俺まで緊張しているくらいなんだから向こうだって……という自己完結無限ループ思考。ここで、実は私百合萌えだったんです! なんてカミングアウトのオチがあったりしたらどうなるかなーと、だから余計なこと考えるなよ俺!!
「えーっとですね……あのぉ、……」
「OKだよ」
「えっ!?」
 もういい加減焦れすぎて、空気よめなすぎだけど言っちゃった。言ってから気付いたが、これ告白じゃなかったらただのイタい人じゃん。
「別に、そのー、嫌いってワケじゃないし、まぁ可愛いほうだと思うし……」
 まてまてだからちょっと俺の口自重したほうがいい。これ以上は地雷だってば!
「俺、女子と付き合ったこととかないから、よくわからないけど、付き合うとかだったら大丈夫だから……えーっとその……」
 とことん心のそこから不安になってきて、どうしようもなくなって、これ以上の沈黙は心臓に悪いと想い、目線をチラッと上げた。
 ……なんと表現したらいいか、あの目はそうだ。キラキラした瞳っていうのはああいう眼のことを言うんだろうなーって感じの、素晴らしく輝いた目をしていた。それはもう自分の気持ちが伝わったという喜びに満ち溢れているような見事な笑顔で。
「ほ、本当ですかっ!?」
「あっ、ああ、いいよOKおーけー……」
 ちょっとばかり気迫が異常だった。考えてみればここで焦れて答えたのが間違いだった。そう。だってそのときの彼女の目は、明らかに輝きすぎていたのだから。
「え、え、え……いいんですか!? いいんですね!! 本当? 本当ですよね? これは現実? 痛っ。痛いってことはや、やった。やったわ。やってやったわ。なにこの気持ちなんて表現したら良いの? ああ神様なんという素晴らしき愛。ありがたや本当にありがとうございます。日頃の行いですかそうなんですね!? だっていつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも彼のことを考えていたから想っていたから愛していたから。今まで行動に起こさなかったのが勿体無かったわ。でももしかしたらその分溜めた祈りが届いたのかも……。ああ神様ありがとう! 美樹もありがとう! 全てにありがとう! そして最高今の私最高!!」
「あの、ちょっと……どうしたの逢坂さん」
 いきなり暴走し始めた。ちょっと待て。なんだこれは、どうなってる?
「ああ、なんて素晴らしき日。この日は一生の宝物。宝物庫にしまって子々孫々まで伝えるべき素晴らしき日々。むしろ国民全員で祝うべき! あ、こーくん私のことはアイ、って呼んでね。いいえ、それ以外は許さないわ。なんたって私と貴方は夫婦。もう引き裂くことは出来ないし愛し合ったものどうしが苗字で呼び合うなんて……。だってそうしたら同じ呼び方になってしまうでしょう? ああ、でもあっちゃんって言うのも魅力的ね。どうしようかしら」
「ちょっと待て! え? なんで俺とお前が夫婦になってるの? え、待て待て何故に? 説明を要求させろ! むしろ説明しろ!」
 何が起きた? 一体何が起きた? そしてその体のくねりは何だ? 何を想像している!?
「だ・め・よ? アイって呼ばないと。お前だなんてこーくんもいぢわるだなぁ。それに私と結婚してくださいっていう私の言葉をキャッチしてOKしてくれるなんて。私と貴方は繋がっているという証拠が出来たのよね。ああ、なんて素晴らしい日。この日は一生の宝物。宝物庫に(以下略」
 整理しよう。そうこういうときは落ち着くのが肝心だ。焦ったらだめだ。そう。焦るなKOOLになれ俺。どうやらさっきの俺は冷静さを失っていたようだ。ダメだ。冷静さを失った人間には敗北しか訪れない。心を無にしろ。自分を作り出せ。よし冷静だ。力を貸してくれ中学二年の俺。
 落ち着いたか俺。よし改めて整理しよう。勘違いだ。どうみても俺の早とちりに違いない。逢坂の伝えたかったことを俺はどう考えていた? もちろん、「付き合ってください」「いいよ」「やったー」の流れだ。これはいいとしよう。これならば何も問題はない。
 仮に、付き合ってくださいじゃなかったとしても、告白手伝ってくださいとか、そういう展開も考えられたがそれでもまだ良かった。問題はない。
 で。だ。
 実際逢坂はどう言いたかった? 発言から考えるに「結婚してください」あたりが妥当……というか逢坂自身がそう言ってた。で、俺はなんという返信を返した? OK。よしOK。理解した。
「すまん。待ってくれさっきの俺のOKというのは、付き合ってくれって言うと思っていて」
「え? でもこーくんはOKって言ったよね?」
「いやだからそれは、彼氏としてならというわけで」
「でもこーくんはOKって言ったよね?」
「そうだけどでも結婚はまだ考えなくてもというか」
「でも。こーくんは。OKって。言ったよね?」
「………………はぃ」
 目が……目が怖い。これは真面目に殺意で死ねる……。
「よろしいっ。では明日からは私とこーくんは夫婦。やったね!」
 諦めるしかない……。女って怖いな。いろいろと。
 ひらひらと舞い落ちるイチョウの葉。もう綺麗に見えるはずもない。

   ■

 というやりとりをしたのが昨日。
 そして今日のこの状況。一体俺が何をした。原因は分かりきっているが言わないでくれ。
「なんなんですか貴方は?」
「ボクはお兄ちゃんの妹だよ見て分かるでしょ。あなたこそ誰なの?」
「私はこーくんの妻です。見て分かるでしょう?」
「な、なんですと!? おにーちゃん! おにーちゃ!! 誰!? この電波な人は誰!?分かるように説明してくれないと、えーっと、ぶつ!!」
「こーくん。この先輩に対する礼儀知らずな小学生は誰? 妹? もし仮に妹だとしても私とこーくんの間に女が入るとはどういうことなのっ? 説明して」
 ……俺は門を出て歩いていた。
 そう普通に歩いていたんだ。後ろからドタドタと走ってくる音が聞こえてきたのは、置いてきた春名が走ってきたんだなぁと、そんな風に考えてたんだ。
 実際後ろから春名が走ってきたのは合っていたのだが、何故かその瞬間右手に重さを感じ、横を見てみると、何故か逢坂が右腕に両腕を絡ませてくっついていた。
 待て。何でお前がここにいる? そう問う暇もなく、右手がロックされた状態で、背後から全力ダッシュしてきたであろう春名の抱きつきタックルが背中を直撃。背骨が死ぬ。俺が死ねる。
 ドスッという鈍い音と共に俺の体は前に倒れ、うつぶせに地面にぶっ倒れる。その上から春名が抱きついてるという傍目にはなんとも怪しい構図。しかも俺の右手はまた別の女子が掴んでいるというハーレム状態。
 傍目から見たら、な。
 本人としては、いきなりの出来事に反応できる時間もなく地面に顔から転倒し、起き上がろうにも背中には春名が乗ってるので身動きすら取れない。
 その上肺が圧迫されてるのに質問攻めに合ってるって、どこまで俺を痛めつければ気が済む。ああ神様。……死んでしまえ。
「で、このひと誰なの!?」
「で、誰なのこの小学生?」
「とりあえず1回お前らどけっ!!」
 春名がどいて、逢坂も離れたが、二人とも俺の右手と左手を握って離さないのは仕様か? 仕様なんだな?
 一命はとりとめたが、今後の対応次第ではまた死にかける気がしてくる。このまま走って逃げたい。しかし何故だか両手に掛かる握力が二つともどうみても女子クラスじゃないのは何故ですかねむしろ痛いイタイ爪イタイ爪!
「爪立てるな爪! わかった説明するから!! 落ち着け。俺も落ち着くからお前らも落ち着け」
「お前らでまとめないでよこーくん」
「妹とこんなわけの分からない女を一緒に扱う気? ボク怒るよ?」
 だからもう怒ってるだろうに。
 こいつら、いつか殺し合いでも始める気か? 全くもって危険すぎる。
 なんにせよ、今の段階では何を言っても無駄なので兎にも角にも説明するしかない。
「逢坂…………いや、愛。こちら、俺のお隣さんの桜見春名。俺らの一つ下だから高校1年だ。断じて妹ではない。だから春名、そこで恨みがましい視線をするな。どうみても血は繋がってないだろ」
 逢坂と言った瞬間に逢坂の目が引き締まった上に右手に食い込む爪がさらに5ミリ近く食い込んだ気がして慌てて訂正。俺の皮膚を突き破る気かこいつ。
 説明の途中で春名が睨む。左手も負けず劣らず皮膚が破れそうです。
「血は繋がってなくても心は繋がってるもん」
「はいはいそうですね。あいさか……いや愛、今のは言葉のアヤだ、いちいち反応するな。で、こちらが逢坂愛。俺と同じクラスで、昨日から付き合ってることになってる」
 そろそろ指先に血液が足りなくなってくる時間じゃないですか? 離してもらえませんかね。
「こーくん。事実はちゃんと事実として正しいものを伝えないとダメだよ。結婚したって」
 春名ももうやめてくれ。握る指の力が緩まないのに、さらに力を加えるとかもう限界に近い。
「まだ結婚はしてないだろ。とりあえずはまだ結婚したって事実はないんだから正しい事実を言わないとダメ……っちょだからいい加減二人とも手を離せ!!」
「でも心はもう夫婦だからね?」
 わかった。わかったから。
「わかりました! じゃあ春名とは兄妹で! 愛とは夫婦! これでいいっ!?」
「ぜんぜんおっけー。やっと認めたね。おにーちゃん」
「ふふっ。これで既成事実もできた……」
 嬉々としてはしゃぐ春名と、ぶつぶつ独り言を唱える逢坂。一件落着したようでしてない気がしてまた気分が滅入ってきた。
「と、とにかく学校へ行こう。遅刻する」
「うんっ。いこーか、おにーちゃ」
「いきましょ、こーくん」
 両手に花とはこれいかに。
 でも二つの花は両方ともバラで、腕に巻きついてるのは茨の部分。
 幸せか? 俺は幸せだよな?
  1. 1990/01/04(木) 02:01:00|
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【くるこい】プロローグ

  プロローグ

 その交通事故は、到底交通事故ではなかった。
 空から降ってきた女をよけられる自動車がどこにあるだろうか。
 地面につく前に、その車は女を撥ね飛ばした。


 女は名の知れた富豪だった。
 美人で言葉遣いも作法も行き届き、非の打ち所の無い人間だった。
 問題があるとすれば夫と二人きりになると、虐待を受けることぐらいだろうか。
 夫は狡猾で、ドレスを着ても露出しない部分にのみ、虐待を加えた。
 胸。脇腹。ふくらはぎの後ろ側。そして性器。
 ことあるごとに彼女を苛め抜いた。
 しかし彼女は誰にもそのことを漏らさず、外見はお嬢様を振舞った。
 唯一、娘を除いて。


 娘は、母親を亡くした。
 自殺だったが、それは父による殺人に等しい行為だと認識していた。
 だから、父を壊した。
 周囲の人間は父が壊れていくさまを見て、ただ気が狂ったとしか思わなかった。
 狂わされていたのにもかかわらず。


 娘は、父を殺した。
 殺すつもりは無かったが死んでしまった。
 もっと苛め抜いてから殺すつもりだった。遺産は自分のものになった。
 では、自分の中の憎しみはどこに行った?
 どこにも行かず残っていた。
 次は誰? ママを殺したのは誰?
 交通事故として処理されたその自殺は、交通事故であるが故、加害者が存在した。

  1. 1990/01/04(木) 02:00:00|
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【ConceCt】第6話 襲撃

   第6話 襲撃

「出発だ」
「は?」
 唐突に、というか唐突としか言いようの無い状況でキノさんが言った。
 唐突過ぎるタイミングだったのでオレは反論。
「キノさんの言っている言葉の意味はわかるけど、キノさんが言ってる意味がわからないので拒否を希望します」
「依頼だ。1時間後に出発する。用意しておけ」
 無視。そう言ってキノさんは自分の部屋に入っていった。
「・・・・・・出発って言っつったって・・・」
 前回の対象A、もとい熊との戦闘からまだ1日と経ってない。というか、今は午後6時。その仕事は深夜0時過ぎにあったわけで、正確に言えば今日の出来事で、依頼がこんなに立て続けに入ったのは今までに一度も無かったから、不安感が軽くしてくるんだが。まったくどうしてくれようか。
 まあ、言った所で誰もどうもしてくれないのは眼に見えてるからどうしようもないんだが。
「まあいいんじゃない? どうせ暇でしょ?」
 呑気なことを言ってくれた明日香は、なんか元気にいつもの通りにポテチを喰いながら、競馬新聞を読みながら、MDを聴きながら、手帳に何か書き込むという行動を同時並行的に行っている。それプラスあとオレとの会話。まったくどんな脳してるんだよ。聖徳太子か。
「つか、暇とかそんなことより怪我とかもう大丈夫なのか?」
 前回の戦闘で派手にやられたオレとしてはもう少し休んでいたかったのだが、どうやら明日香は元気に動き回りたいようだ。
 ちなみに今日は平日。俺と明日香の二人は怪我を理由に学校を休んでいる。仮病じゃないよ。ホントだよ。
 だってオレはなんか空中浮遊した上に硬い木に思いっきり背中をぶつけて、ついでに腕はクイックロッドの衝撃でふらふらだったし。そして明日香にいたっては、直接あの蹄で殴られて吹っ飛ばされているので、学校を休むには十分すぎるほどの怪我だ。
 まあ別にサボってもいいんだけど、それはそれで田中に負けた気がする(←意味不明)から嫌だったんでとりあえず怪我で休むことにしておいた。
 そしてこの場にいない洸平は、当然のように学校に行っている。アイツは怪我とかなんとかそんなものは全く関係ないし、というか最後に出てきて倒しただけだからダメージとか受けてもいないんじゃねえか? ああ、なんか考えたら腹が立ってきた。死んで欲しいな。真面目に。身体が黄色の斑で埋め尽くされる奇病で。
 なんて考えてると、忘れていた明日香からの返答。
「まだちょっと体は痛むけど特に問題は無いわよ。あんたほどじゃないし」
「そうか? ならいいんだけ・・・いや良くない良くない。オレがダメだダメだってマジで体痛いんだってば」
「そう? あんまり痛そうに見えないけど?」
 いや明日香てめぇこっち見てないだろ。それ視線どう考えても手元の新聞にいってるよな? な?
「あー、まあもうどうでもいいや。どうせオレが何言ったって何も変わらないんだし」
「そうそう。変わらないんだから無駄な抵抗はやめることねーー」
 手をひらひらさせて言ってきてもこっちの殺意が増すだけなのをアイツはわかっているのだろうか。ああ、わからせてやりたい。
 と、そんなことを話していたら玄関が開いて誰かさんの声が聞こえてきた。
「ただいまー、って言っても明日香さんの聴覚なら多分事務所前の100mぐらいから気付いてたのはわかりきったことですけど、まあここにはそんなに聴覚が優れてるわけでもないけど一般人よりは若干優れているかもしれない龍花さんがいるので下のレベルに合わせて入室すると同時に挨拶してみましたがどうでした?」
「挨拶以外は全ていらないからいっぺん死んでもう一度死ね」
 洸平が帰ってきたということは全員集合で、問答無用でオレの意見なんか無視されるのはわかってたけど。
 あー。疲れてるんだけどなー・・・。

          *     *     *

「所長。東南東方向三キロ地点に人間と思わしき熱源を合計4確認しました。どうやらこの研究所に向かっているようです。どうなされますか?」
 量子コンピューターの液晶画面を眺めながら小夜歌は更沢に問う。
「小夜歌君はどう対処するのがもっとも適切だと思うかな?」
 更沢の切り返しに戸惑いながら小夜歌は答える。
「すみやかに消去するのが適切かと思います。この方向に向かってきているということは、既にこの研究所のことを知っている可能性が高いです。先ほどは申し上げませんでしたが、さらに一キロ後方に駐車してある軽自動車を確認しております。このことから遭難という線は消えると考え、単純にこの研究所を目指しているはずです。相手の目標が分からない以上殺してしまうのが一番確実かと」
 レーダーで確実に接近しつつある熱源を小夜歌と共に確認しながら更沢は言葉を紡ぐ。
「まったく小夜歌君は激しいね。いつもそうだからベッドの上でうぼぁッ!」
「何か言いましたか局長?」
「・・・だから小夜歌君、湯飲みも凶器になることをちゃんと知っておいてくれないかな・・・。まあそういう天然ドジキャラで攻めてきても僕はいつでも大丈夫だよ☆」
「言ってる意味が私には全く分からないので先に進めてください」
 小夜歌は手に持った、底が少し欠けた湯飲みを置いて再び画面を見る。ちなみ欠けたのは今だ。
「しょうがないな小夜歌君は。・・・まあとりあえず説明するけど」
 そういうと、まるで教師のように語りだした。
「このタイミングで彼ら、いや彼女らかもしれないが、彼らの殺害を決めるのは早計だね」
「何故でしょうか?」
 更沢は自分の分のカップを取り、コーヒーをすする。
「だって、かわいそうじゃないか? ホントはただこの研究所の見学に来た良心的な学生さんかもしれないよ? そんな子を簡単に殺してしまっては駄目じゃないか」
「しかしですね・・・」
「それに」
 小夜歌の抗議をさえぎるように言葉を重ねる更沢。
「僕たちと違って一般人には家族がいる。彼らの家族が自分の子供や自分の親の不在に気付く可能性だってあるかもしれない。そのときに此処が怪しまれることだってある。いくら認識結界を張っていたところで、多数の人間が集まったらその効果が分散して上手く働かないことは君も良く知っているだろう? 小夜歌君」
「・・・はい」
 言葉だけで小夜歌は答える。
「殺害はどうしてもやむを得ない場合に留めておこう。まずは記憶操作でどうにかしてみようか。幸いそのための道具は本部から支給されているからね」
「理解しました」
「よしじゃあ答えを教えてあげたお礼に・・・」
「何も出ません。では」
 小夜歌は立ち上がり、倉庫に向かって記憶改竄装置を取りに行った。
 自動ドアが閉じる音がして、観測室の中には更沢一人になる。
「さ、て」
 更沢はさらにコンピューターを操作し、今までついていなかった監視カメラの情報を画面に映し出す。
「やはり、・・・昨日の彼か」
 十分に冷め切ったコーヒーを再び口に含み、画面を眺めながら独り言を呟く。その画面に映っているのは乙、龍花、明日香、洸平の四人。何かしゃべっているが、この監視カメラにマイクはついていないのでその言葉を拾うことは不可能だ。
「まったく。何が目的かは知らないが、意図せず小夜歌君の策をとらなくてはならないことになりそうだな」
 誰もいない部屋で一人、そう言って、更沢は思考の深みへ落ちていった。

          *     *     *

 運転したのは洸平だったので、まだ生きていることが出来た。
「ということで洸平に続いて明日香も死んでおけ。ついでに洸平も一緒に地獄に連れて行ってくれ。オレは二人との来世での出会いに期待」
「意味不明なこと言ってる暇あったらしゃきしゃき歩きなさい」
 歩くのが暇になってきたからどうでもいいことを言い出したのだが、言った所で明日香にこの心意気が伝わる可能性は皆無なので、無駄なことはしないでおく。
 とりあえずキノさんについてきたのはいいけど、そういえばこの森って昨日来たのとほとんど場所変わらないんじゃないか? ほとんどといっても、山なのでかなり感覚は適当なんだが。
 カナに聞いたら詳しいことも分かるだろうが、別にどうでもいいことなので適当に流しておくのが賢明だろう。
 今日持ってきたのはいつもどおりの武装。コイルガンと予備弾装。ついでにナイフを数本隠し持ってきている。あとは防弾防刃服に、それと同じ素材の手袋をつけている。顔を隠したりしたほうがいいとか聞いた気もするが、まあどうでもいいだろう。周囲が見にくくなるリスクは冒したくないし、帽子はあんまり好きじゃない。髪が蒸れる。
 洸平も明日香もいつもどおり。洸平は黒杖一本だけだろうし、明日香は大量のナイフを仕込んでいることだろう。キノさんは・・・、まあどうでもいいか。というか見えないし。
 作戦も何も無いのに装備確認というまったくもって無駄なことをするほどこの森に飽きてきたので、カナでもおちょくって遊ぼうかな。
「つかキノさん。なんでこんなにゆっくり歩いてるんすか? 全力で行けば5キロとか別に数分で着くのに」
「トラ! 少しは私のこと考えなさいよ! それ何!? 嫌味のつもり!?」
「あーいやそうじゃなくてだな。先に行って待ってるっていうなんか余裕たっぷりないじめをカナに対して行おうかと画策してたんだが」
「そんなことしてごらんなさい? 刺してでも止めるわよ」
「刺そうと思っても刺せない。ほらATふぃーるどだよっていって遊んでいい?」
「ダメ。刺すわよ」
 なんかもうどうでもよくなってきたな。
 そういえば洸平がさっきから無言だがどうしたのか? 見ると洸平は黒杖の先にのっかったてんとう虫と会話していた。見てると脳がおかしくなってきそうなので九分九厘無視しておく。
 さて。
 まだ思考していないことがいくつかあったようなので、暇つぶしのために頭の中で考える。
 殲滅活動といっても何をすればいいかまったく分からなかったので先ほどキノさんに聞いてみた。キノさんによると、「全員の拘束又は抹殺。施設の完全破壊。この二つを完全に成して初めて殲滅といえる」ということらしい。よく考えてみて欲しいのだが、4人でどうやって全員の拘束、又は抹殺を行うんだろうか? 研究所というからには数十人、いや数百人はいるだろうに。こっちの戦力といえば4人。うち能力者は全員だけど、戦闘行為に使えるような能力を持ってるのは2人。キノさんはなんかよくわからんが絶対的に強いし、洸平に至っては「死なない」という神レベルな能力なのでどうにかなるかもしれないが、それでも人数が少なすぎると思う。
 まあでもそれだけ報酬は高いんだろうし、まあ結局洸平が何とかしてくれるだろうという希望的観測でいいと思う。
「そういえば龍花さんって彼女いるんでしたっけ?」
「あぁ?」
 今まで昆虫と対話していた人間にいきなり意味不明な言葉を話しかけられたら、発砲したところで誰もオレを責めないよなぁ?
「まったく、龍花さんったら危ないじゃないですか。普通の人だったら死んでますよ。まあそれでも僕はいたって普通なんで、当たると死んじゃいそうだったから死なないようにちゃんと避けましたけどね」
 避けられた弾丸は森の中の木にぶつかってはじける。サイレンサーもつけずに一般拳銃をぶちかましたので銃声が響く。
「避けてる時点で普通じゃないから安心しておけ。それにオレが撃つのはお前だけだ」
「あれ? それって結構、愛の告白っぽくてかっこいいですよ龍花さん。「お前の心はオレが撃つ!」みたいなセリフ、龍花さんなら言いそう・・・ああもういきなり撃ってこないで下さいよー。と、まあそんなところでさっき聞いた話の答えをもらってないんですが龍花さんって彼女いるんでしたっけ?」
「テメェに言う必要は無い」
「あ、もしかして明日香さんとかですか?」
 ヒュッ。トスッ。
 何の音がしたかと思えば、ナイフが風を切る音と、そのナイフが洸への頭蓋骨に突き立つ音だった。
「こーへー? どうやらあたしにも殺されたいみたいね?」
 激怒寸前の明日香が洸平に近づいて、刺さったナイフを抜き取る。そして、声を荒げて怒鳴った。
「っ、どうしてそういうことになるわけっ!? 大体そんな話する必要ないでしょ! トラの彼女なんているわけないんだからしたって無駄! だからしなくていいの! 分かった!?」
 あまりの剣幕に起こられてるはずじゃないオレすらも恐怖を感じてたというのに、洸平はそれを間近に聞いたはずなのに何故か余裕な顔をしている。
「じゃあとりあえず分かったことにしておきます」
 にこっ、って笑った所でその笑顔は確実に場の空気を悪くしているということにこいつは気付かないのか? いや、気付いていてその上でやってるに違いない。最悪だ。

 まあそんなどうでもいいことを話しながら、乙達は研究所に一歩一歩近づいていく。

          *     *     *

「目標、あと10分ほどで到着します」
 小夜歌の声が室内に響いた。
 緊張した空気になるかと思ったが、意外に普通な空気に軽く拍子抜けする小夜歌。ちょっと考えれば、このメンバーでそんな空気になることが珍しいということに気付いただろうに。と寸前までの考えを自己否定する。
 部屋の中にいるのは4人。高山、小夜歌、小鳥、そして局長。木雨は円形の水槽が多数設置されている研究室にこもっている。たしか水槽内で体組織の回復をしていたはずだ。そろそろ終わるころだと思うのだが・・・。
「じゃーあたしがいくー」
 そんななか、一人場違いな声で小鳥が言ったのだが、それに猛烈に反対の声があがる。
「小鳥ちゃんに行かせるぐらいだったら僕が行ってあげるよ。だからここで待ってなさい。そんな危ないことしちゃだめでしょ」
 更沢が大きな声で小鳥に言い聞かせるように言う。
「えーいいじゃんいいじゃんー。私がいきたいー!」
 だだをこねるように言う小鳥を前に、更沢は再び説得する。
「危ないことは僕に任せて小鳥ちゃんは休んでなさい。それが一番いいよ」
 更沢が熱弁を振るっている最中、小夜歌が一言。
「・・・別に行っても良いんじゃないでしょうか?」
「え、いいのか小夜歌」
 最初に反応したのは高山。しかし激しく反応したのは更沢。
「な、なんだと小夜歌君! いくら小夜歌くんでもそれは横暴だぞ!」
「ロリコンは黙っていてください。論理的な思考をしますと、とりあえず、小鳥だけで十分ではないでしょうか」
「根拠は!? 根拠がないなら僕の小鳥は連れて行かせないぞ!」
「だから黙っていてください局長! 本当のところを言うと、彼女の願いというか要求を聞いてあげたいというのが一点。それに普通の人間なら小鳥の容姿を見ただけで油断します。相手を納得させやすいですし、局長が言うように一般人ならばそのまま記憶改竄装置を使用してしまってよろしいんじゃないでしょうか。そのことが一点。あとは、彼女の純粋な戦闘能力です。まさか彼女の力を忘れたわけではありませんよね?」
「いやさー。でもねー。小夜歌君。あの中に小鳥じゃ絶対にどうにも出来ない人が二人ぐらいいるんだがそれでも君は小鳥ちゃんを行かせると言うのかい?」
「きょ、局長! どういうことですかそれは! 一般人って行ったのは局長でしょう!!」
「ああ、あれ嘘」
 なんの悪気もないような声で、しれっととぼける更沢。
「なっ・・・!」
「いやさー、ほら小夜歌くんいきなり殺すとか言うからさ。あんまり僕はそういう言葉を君から聞きたくなかったんだよね」
「・・・って局長? まさか・・・それだけのために隠してたんですか?」
「うん。まあそういうことになるね」
「あああああもうあなたって人は局長!」
「まあそういうことで僕が行ってあげようということなのだが不安かな? 小夜歌君」
「もう・・・。そういうことでしたら仕方ありません。局長に全て頼むことにします。小鳥ちゃん、じゃあここで待ってなさ・・・、局長・・・。小鳥ちゃんはどこですか?」
「ああ、今さっき二人が喋り捲ってた横を通って、外に出てったよ。第二玄関から外に出ようとしてるんじゃない?」
「ああああ!! 高山あああぁぁぁぁ!! なんてことをしてくれたんだ! 止めろよ! 止めてくれよ!! それがお前に今出来ることの全てだろう!?」
「いやもう局長が言ってることが意味わからないんだが。あ、もう進入されてるぞ」
「ああもう!! 高山までボケないでください! 緊急事態ですよ! 木雨を起こしなさい!!」
「はいはい。やっときますよ」
「たァァ! かぁぁ! やぁぁぁ! まぁぁぁあああぁぁぁ!!」
「局長わかったから。あんたもさっさと防刃ジャケットでも何でも羽織れよ。戦闘準備だ戦闘準備」
「あー。小鳥よー、無事でいてくれよー。頼むからなー。頼むからな-!」
「いい加減うるさいですロリコン局長」
 再びバインダーの攻撃で局長を黙らせ、小夜歌は部屋を出る。そして中に残されたのは高山と更沢。
「・・・局長。・・・大丈夫なのか?」
「ダメかもしれないな?」
「ダメなら逃げないのか? 生きることが最優先って言ってただろ」
「逃げたら何か変わると思うかのかな? 君は」
「・・・・・・いや、何も変わらないな」
「まぁ、そういうことだ」
「・・・そういうことか」

 二人して、ひとつのライターで煙草の火をつけ、そのまま二人はしばらく煙草をふかしていた。


          *     *     *

 到着した。
 入り口はひとつ。流石にカモフラージュされてるだろうと思いきや全然普通の建物だった。まあこんな山奥になければの話だが。
 ここまで道という道はなく、そこらへんの獣道の様なところを歩いてきているので、正直この研究所についたのも奇跡みたいなものだ。ただキノさんについてっただけなんだが。
 ドアは鍵がかかってると思いきや、なんか明日香が思いっきり蹴ってぶち開けてた。怖い。純粋にあの蹴りは受けたくないと思った。そのくらい半端じゃないパワーで、ドアがへこんで鍵がねじれて向こう側にぶち倒れた。顔色一つ変えずにその動作を行っているって言うのがまた凄い。
 そしてそんなことはまったく気にせず中に入っていこうとする残り二人。洸平とキノさん。
 だが俺はここで、しなきゃならないことを思い出して中に入る前に中断する。
「あ、俺ちょっと用事あるんで。先行っててくれるか?」
 いきなり龍花が言い始めたので、明日香が猛反論。
「トラ、怖くなったからって逃げてんじゃないわよ。さっさとこっち来なさい!」
「いやちょっとトイレに行きたくなったんだが、中の人がトイレなんか入れてくれるかなーなんて思ったからそこら辺で立ちショ・・・はいはいすみませんでしたこれ以上はいいませんはいっ!」
「トラがそういうことに無頓着なことはよくわかったからさっさと行ってきなさい。あんたが来たころには全部終わらせといてあげるわよ!」
 ふんっ。と言い残して明日香は先に建物の中に入っていく。
「じゃあ先に行ってますので。龍花さんはあとからしっかりついてきてくださいね」
 そして洸平と乙は明日香の後を追い、中に入っていく。
 残された俺。
 一人でこの暗い森の中にいるのは結構怖いものがあるが、まあたいして注意することなどないだろうから気にしない。
「さ、て。ちゃっちゃとやってしまいますか」
 無論明日香にいった言い訳は嘘。普通に電話したかっただけだし、その内容を聞かれたくなかったからだ。
 衛星電話を使ってある人物に電話をかける。
 ―――――――。
 コールは1度で出た。
『何?』
 聞こえてきた声の持ち主は鈴木春香。昨日、三鷹の調査を俺が依頼していた彼女だ。もっと詳しく言えば、5000円のラーメンと餃子とケーキバイキングををおごらなくてはいけない相手でもある。
 彼女に頼んでいた三鷹の身辺調査の途中状況を知ろうと、電話をかけたわけだ。
「たしか明後日に聞けって言ってたけどもう12時だし、大丈夫だよな?」
『せっかちだなあ龍花くんは。まあ教えてあげるけどね。何でそんなに急いでるの?』
「いや、ただあいつがいつ出てくるか・・・じゃなかった。いや違うんだよ。えーっと」
 流石にストーカー行為を行われてるとは言えないよなあ。言ったらなんか結局ネタにされるし。
「とっ、とにかく。早く知りたかったんだよ!」
『まあ別に良いけどね。むしろ学校で聞いてきたんじゃなくてよかったと思うよ』
「えっそれはどういう・・・」

 ガサッ。

「―――ッ!」
 後ろで何か動物が、いや誰かが草を踏むような音が聞こえた。
 クソっ、所員に気付かれたか? まさか、警備員か? つか今気づいたが、警備員が独りもいないってのはどういうことだ? 誰だ? 一体・・・。

『どういうことかって言うとね』

 ガサッ。

 さっきより少し大きな音がする。
 一歩一歩確実に進んでるようだ。音の大きさから言って、あと十五メートルぐらいか。わからない。月のない夜の周囲は暗く、研究所からもたいした光量が出ていないので、付近は暗い。
 その中で敵と思しき人物が近づいてくる音だけがする。

『その三鷹って人の調査をしてて』

 ガサッ。

 音のなる方に目を凝らす。森の中にある人影は、人影としてしか判別できず、輪郭しかわからない。
 影だけの人間を見分けるなど不可能だが、少なくとも女性ではない。

『辿り着いた人がね』

 ザッ。

 森から建物周辺の少しだけ開けた場所に出てきたその人物は、わずかな、本当にわずかな月明かりに照らされて、その顔を、姿をあらわにした。
 その姿はどこからどう見ても。

『田中君だったんだよ。君の後ろの席の』


「やあ、元気にしていたかね、龍花君。君にこの姿で会うのは実に一日と8時間ぶりだね。君にこんなところで出会えて光栄だよ。まさに奇跡といってもいい。どうかね? 君は楽しいかな龍花君。人間楽しいときが一番輝いて美しく見えるのだよ。だから笑っていたまえ龍花君。驚いているようだが、混乱しているときこそ慎重にならなくてはいけないな。この姿はなかなか私も気に入っているのだが、君はどうかね? ―――ハナちゃん?」

 声を最後の部分だけ変え、本当の田中の声になる。田中の姿をしながら三鷹の声でしゃべる人間に戸惑いを隠せなかった龍花だったが、長話を聞いているうちになんとか気持ちを落ち着かせることが出来た。
 そして、しばらく黙ってしまってた衛星電話にむかってしゃべる。もちろん、視線は三鷹から話さずに。
「ありがとうな。また何かあったら頼むわ」
『そのときはまた何か報酬を頼むわよ』
「OKだ。じゃあな」
『じゃあねー』
 ピッ。
 さて、どうしたものか。携帯をしまいながら考える。未だ敵なのかミカタなのかどっちでもないのかすらもわからない状態のこいつに、どういう対応をして良いのか悩む。
 悩んだので、とりあえずナイフを投げてみた。
「うわっ、危ないなあ龍花君」
 その姿のまま三鷹の声で対応されると困る。とりあえず、さっきナイフを投げる前にすることがあったことを思い出し、とりあえず聞いてみる。
「お前は・・・、どっちが本物なんだ?」
「うーん、本物か偽者かで区別するのは美しくないと私は言いたいのだがね」
 そう言うと三鷹は一回転する。その動作をした瞬間、一瞬にして『三鷹』に「なった」。一回転し終わった後にちゃんとポーズを決めるのも忘れない。
「この姿が本物と言えるのではないかな。やはり一番多く見せている姿が本物と言っても過言ではないのではないかと私は考えるんでね」
 その言葉を聞いているとまるで自分の姿を忘れてしまった吸血鬼のような口ぶりだが。
「まあいいだろ。その能力は何か聞いておきたいが、自分の能力をばらす様な馬鹿は―――」
 いないだろうな、と言いかけたところでいきなりばらすのは馬鹿だと思うんだが俺に賛成する人はこの馬鹿を馬鹿と読んで良いぞお前ら。
「私の能力は第三種の幻覚能力だ。相手に思うがままの幻覚を見せることが出来る。君がさっきまで見ていたあのすがたも幻覚なのだ」
「・・・勝手にしゃべってくれるのはありがたいが・・・。まあとにかく、じゃあ今の姿が本物っていうことか?」
「そういうことでもないのだがね。これも見せているのは幻覚と言うことになる。何しろ発動条件が目と目があったらと言うことなので、どこまでもいくらでも幻覚を見せられると言うことなのだよ。美しいとは思わないか? 目と目で見詰め合った瞬間その相手が変わってしまう。まるで魔女の呪いのようにそれこそ・・・」
 いい加減話が長引くのはうざったく思ってきた。
「はいはいもういいからいいから。結局、」

「てめぇは殺していいのか?」

 場の空気を凍らせようと発した言葉は、三鷹にはまったく効かなかった
「ダメだよ龍花くん殺すなんて単語を軽々しく使っちゃ。それ以前にまだ美しさの極地に達していない君が僕に勝てると思うのかね?」
「いいから答えとけよ。・・・別にホントに殺そうってわけじゃない。敵か味方か判断したかっただけだ」
「敵か味方か、その曖昧な両者に線を引くのは難しいのが承知の上だが―――」
「能書きは良いから早く」
「せっかちだな。美しくない。だ、が、まあいいだろう。私は今のところは味方だ」
「何を根拠にそんなこと・・・」
 そして三鷹は後ろを指差し、
「少なくとも。・・・彼女がいなくなるまでは、の話なのだがね」
「彼女?」
 三鷹の指差す方向。
 三鷹の後ろ、つまり三鷹をはさんで向こう側を見てみると、そこには。
 ―――中学生ぐらいの女の子が、研究者が使うような白衣を着て立っていた。
「・・・・・・え、えっと」
 ・・・・・・。
「・・・・・・え? 彼女?」
 戸惑っている間に
「やっと追いついたかね。少女。君がのんびりしているのでこちらは仲間を呼んできてしまったよ。では行こうか龍花君。彼女は手強いぞ! そして美しいぞ!!」
 その少女の目は光を反射しているようには見えず、口を閉ざし、静かにこちらを見ていたが、
 一瞬。
 突然何かが光ったかと思うと、高速で小さな物体が飛んできた。
 慌てて持っていた携帯をかざしてガードすると、そこには、小さいガラスの破片が刺さっていた。

 そして少女は走り出す。

  1. 1990/01/04(木) 01:06:00|
  2. 創作小説
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【ConneCt】第5話 再来襲

   第5話 再来襲

意識を取り返したら何故か車に乗っていた。
「あ、龍花さんおはようございます。朝じゃなくてもいつでも起きたときにはおはようございますってつかえるのがなんかイイですよね。何がイイかは分かりませんけどまあとりあえずはおはようございます」
運転しているのはそんなことをほざいてる洸平だ。
「…ってかテメェ免許持ってんのか?」
「はい? そんなもの持ってないに決まってるじゃないですか。僕が教習所なんてめんどくさいところに行くと思いますか?」
「…いや、もういい。ちゃんと動かせてカナより上手ければ」
まあ本当にそんなことはどうでもいい。どうせキノさんだってもってないだろう。明日香は論外なので、あいつに免許を渡したやつを呪ってやって閑話休題。
「ここはどこだ?」
寝てて気付かなかったが起き上がってみると外がまだ暗いのがみてとれる。
「龍花さんがなかなか起きないんで適当にいろいろと手当てしてこの車にのせて現場から帰宅途中ってとこですね。帰宅って言うのが事務所をさすとするならばそれであってますよ。あとだいたい三十分ぐらいで着くんでもっと寝ててもらって結構ですよ。三十分じゃ足りないんであと八十年くらい眠り続けててもいいですっていうか寝ててください」
「お前が寝てろ。永久に」
 身体をみるとあちこちにガーゼが貼ってあったり、包帯やらが巻いてある。なんだかんだいって意外にちゃんと手当てしていることに気付き、心の中だけで感謝しておく。心の中だけで。
「あ? カナはどこだ? キノさんも見当たらねぇ…」
 今気付いてみたらこんな小さな車(ただの軽自動車)に男二人なんてとてつもなくつまらない上にムサいのだが、それを上回る洸平の爽やかさ(ウザさ)がそんな感覚を感じさせない。いいんだか、悪いんだか微妙。
「二人は別のトラックっぽい自動車で帰ってます。明日香さんはそのまま病院に連れてって所長はあの熊をトラックで事務所に運んでいきました。あ、今の説明はなかなか無駄な話の入れようがなかったので僕としては珍しく簡潔にまとまってしまいましたよ」
「知るか。とりあえずはカナは無事なんだな?」
「龍花さんよりは元気だったですから大丈夫だと思いますよ。ケガもそんなに深くなかったですし」
「カナより重傷のオレはこの扱いか?」
「ああ、それなら僕が『龍花さんの身体は丈夫なンで全然これっぽちも心配いりませんよ!!』って所長に進言しときましたから」
「いやお前あと八十回ぐらい死ね」
 明日香の無事がわかったところで状況整理。
 まず依頼は達成。対象の熊の捕縛(捕殺?)は出来た、らしい。洸平が現れてからのことは気絶していたからわからないが、こいつのことだ。多分楽勝だったんだろう。それならもっと早く来てくれとも言いたいが、もう過ぎたことだし第一言ったところでこいつが自分の行いを振り返ったりしないことは一秒後にオレが生きていることぐらい確実なので、つまりは言ったところで無駄。
 そして戦闘によって明日香は病院送り。キノさんは熊のおもり。オレと洸平は男二人で真夜中のドライブ。
 まあそんなとこか。あまり整理できてない所に気付いたが無視。
 と、いきなり。
「ああ。龍花さん、いいタイミングで起きましたね」
「はぁ?」
 意味を分かりかね、聞き返そうとした時、
 
 キキイイイイィィィィィィィィィィ!!!
 
 かん高いブレーキ音とともに乗っている車が水平左回りに四分の一回転。俗に言うドリフト走行をおこなって進行方向と垂直に停止。幸い、ほとんど誰もいなかったので被害者はゼロ。
 他の車もないので洸平がドアから外出る。ドリフトによって運転席はそのまま進行方向にドアを向けているためにそのまま進んでいける。
 そんな中オレはといえば、頭を窓ガラスに打ちつけたおかげでまだ車内にいた。
 窓から外を見るとそこには歩いて不審な人影に歩み寄る洸平。
 道のど真ん中で立っている人間。急ブレーキをかけたのはコイツがいたからだろう。そいつはこの暗い夜に一人明るく目立つような真っ白なワイシャツを着て下は普通のベージュのズボン。メガネ。そして全てを馬鹿にするような高笑い。特に最後の高笑い。
 ようするに、
 
 今日さんざ会った、三鷹だった。

「はっはっはっはっは!! やあ、この美しい新月の下、こんな形での再会はとても美しく私は大いに上機嫌だ! 龍花君! ……おや? 龍花君、その髪はどうしたのかね? まさか、赤く染めていたあの美しい長髪を切った上に脱色してしまうとはなんとも嘆かわしい! それは美しくない、全く持って遺憾であるぞ!」
 なんなんだあいつは? まさかここで待ち伏せでもしていたのか?
 ………一瞬最悪な考えが頭に浮かんだ。
 もし待ち伏せをしていたならそれはそれでかなりの重大事項だ。こんな誰が通るか分からないような道で待っていると言うことはこちらの行動が全部筒抜けであることをも意味してる。
 しかしながらそこまで情報を持っておきながらやることがいちいち紛らわしい上に無意味だ。本気で何がやりたいんだか分からない。
「ああ、すみません。たいへん不肖ながらこの僕は龍花さんではありませんよ? 森知洸平といいます。こんにちは。あー、またこんにちはって使ってしまいましたね。もうこんな時間なんですけれどもそれでもこんにちはって言ってしまうのは癖なんでしょうかねえ? まあそういうわけで以降お見知りおきいただけてくれれば光栄かなあとかなんとか思ったりしています」
 そういって右手を差し出す。
 握手をするつもりだろうがちょっと待て。そんな見るからに怪しそうな奴となんで初対面でいきなりそんな親睦を深めようとしてるんだよ!! とも思ったが、怪しさはお互い様(洸平も)なので、まあおあいこだろう。…なにがおあいこかはよくわからんが。
 思考の袋小路を彷徨っていると三鷹の声も聞こえてきた。
「おお、それはすまないことをした。しかしながら人間と言うのは間違える生き物でもあるのだよ!! そしてそこが人間の美しい所とも言える。その美しさに惚れた私は人間をさらに好きになっていくのだ! つまりは私はうつくしい!!」
 結論がおかしい。
「あ、それには僕も賛成ですね。やっぱり人間は間違ってこその人間ですよね? そうやって成長していくのがまたいいんですよ」
「そうだ! その通りだよ!! 分かっているではないか洸平君!! 君は今とても美しい! 君がどう思っているかなどは関係ない。誰がなんと言おうと君は美しい、洸平君!」
「それはそれはお誉めに預かり恐悦至極でどうもありがとうございます」
 ああ、もうだめだ。
 この二人の会話を聞いていると人間としておかしくなっていく気分になる。
 まあそんなことはさておいてここでひとつの大きな疑問。
 三鷹はどこまで敵なのか?
 今日の朝の時点では完全に敵であると認識していたはずだがいつの間にか次の遭遇ではなにもされず(軽くあしらっただけなのだが)今度は洸平と意気投合と言うなんとも奇妙な関係と言うか関係とまで言えるかどうかさえ分からないと言う状況。
 まあ敵味方で測れることの出来ない関係もあるわけで、ここでそんなことを考えるのも意味もなく、結局のところ問題なのは仲間か敵かではなくて、オレに被害が来るかどうかと言う人間としたらごく自然な思考回路なのだが……。
「ところで、あの長髪がとても美しい龍花君はどこかね?」
 びくッ、と体が動いたのは自分でもよく分かった。
 いや別に驚く必要はないんだけどね。だいたい待ち伏せだったらどこにオレがいるかなんて聞かなくても分かるの……、
「ああ、龍花さんでしたらそこの車の中ですよ」
 馬鹿洸平がぁぁぁ!!いちいちバラすなッ!!
「ッテッッメェエエエ死にくされえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 車のドアを蹴り開け、さらにドアを捻り千切り、そのままドアを洸平まで全力で投げる。
 と言うことを三秒以内にやったオレを誰か誉めてはくれないか?
 そんなこんなで宙を飛ぶ車のドアは、最終的には洸平に掴まれた。それも片手ですんごく自然に。
 火事場の馬鹿力で投げたオレを一瞬でも凄いと思ってしまって自己嫌悪。しかし洸平は別格だと自己弁護。そして再び自己嫌悪。
「龍花さん危ないじゃないですか」
 笑っていわれても怒りが再燃焼するだけだ。
「テメェのその状況からいってどこが危ないっつうんだア? 少なくとも隠れてンだからちったア気ィ使え死ね!」
 コイルガンを二つとも引き抜き、右手のを三鷹に、左手のを洸平にポイントして、その場で静止。
「それは危ないものは危ないっていう社会通念上の常識にのっとって考えてればすぐに分かると思いますけどね。まあ、つまりは危険っていう概念は完全なる主観的なものではなくて大いに社会的というか客観の視点からの考え方のほうが優先されるっていうことなんですよ。って僕は解釈してるっていうアドバイスを忠告しておきますよ」
 洸平に五発ほどコイルガンを発射してみたが、体を銃弾が貫いてるにも関わらず全く同じ調子で話す洸平は痛みなんて感じてないらしいので躊躇無くオレは撃つ。
「龍花君! 全てを武力で解決しようというのは人類の悪しき汚点であり駄すべき行為である!! 龍花君は即刻その行為を停止し、私に倒されるがいい!!」
 その横で究極的な矛盾を吐いている三鷹には何故か十発も発射してるのに一発も当たらないという摩訶不思議状態。……照準合ってるのに。
 ってかまず二人で同時に喋られても理解できねえよ。
「ったくテメェらなんなんだよ!? そろいも揃って変人奇人大集合か?」
「大集合ってことは少なくとも龍花さんも入ってるってことにしてもいいですよね」
「テメェらだけだ死ねッ!!」
 クソったれが。
 この状況をなんとかしようと考えては見たものの、オレは車が運転できないので洸平が運転しないとならないんだが、あいつがあの状況なので無理。
 走って逃走。無理。
 三鷹を倒して逃走。無理………………………か?
 まてまて冷静に考えろオレ。あの馬鹿(三鷹)は待ち伏せをしていたわけだ。ッてことはつまり万全の状態で迎え撃たれてる状況なわけだ。
 その準備が分からない以上迂闊に闘いは仕掛けられない。今日の記憶を思い出し、論理を組み立て確率を考え結論。条件付きでクリア。
 ―――条件
 ―――洸平の戦闘参加。
 なんか最初の時点から間違ってる気がするのはオレの勘違いかとも思いたい。
 しかしながらこのままずっとこの状態が続くのはオレの精神衛生上よくないと思うので、やるしかないか。
「おい洸平。そこの馬鹿を殺せ」
「嫌ですよ。握手した仲じゃないですか。龍花さんはいったんつないだ手を無理矢理引き裂こうとしてるんですか? それともその馬鹿っていうのは実は龍花さんのことを言っていてそれはつまり自殺志願者かマゾヒストってこと……」
 バスッ。
 洸平の顔面の寸前を銃弾が通り過ぎる。
「もぉ、冗談ですって。本気にしないでくださいよぅ」
 いやそんな変な口調でいわれてもよけいに腹が立つだけなんだが。
 もういい加減ウザくなってきたので自ら行動するしかないと思い立ち
、三鷹に戦線布告を行なう。
「おいそこのアホメガネナルシスト。今からテメェをぶち殺そうと思うんだが何か言い残すことはあるか?」
 するとやつは言い切った。
「ない!! なぜなら私は龍花君と戦闘を行なう気は全く無いからだ!! ではさらば!!」
「は?」
 唖然としているうちに三鷹はいなくなっていた。
 本当に唐突に、何の脈絡もなく、逃げた。……のか?
 まあ見た目逃げったぽいが、そうなると自分から仕掛けといて逃げるという本気で意味の分からない行動を取ったことになる。
 ―――いや、本当に戦闘を行なう気がなかったのか?
 考えても分からないことは分からないのでもうそういうのは無視するに限る。
 まあどうでもいい。とりあえずは洸平にどうにか移動手段を調達させて事務所に帰るとするか。さしあたってすることもないので帰ったらとっとと睡眠を取りたい。
 構えていたコイルガンをもとに戻して洸平と歩き出す。

 ってか、三鷹は結局何がしたかったんだ?

 答えのでない問いを考えて暇を潰すのも洸平と喋ってるよりはいいかもしれない。
 まあ。
 どうでもいいが。

          *     *     *

閑静な住宅街の一角に他の家よりひとまわり大きく、豪華な家があった。表札は田中。
その邸宅の中に、三鷹は入っていった。
「ただいま」
 時刻は3時を回ったあたり。起きているやつはいないだろう。それでもとりあえず挨拶はしておく。
 靴を脱ぎそろえて階段をのぼる。今日一日は疲れ過ぎた。人格を造り出すのも楽じゃない。
 ドアを開けて自室に入る。キィィと、ドア軋んだ。この家も古いのだろう。あちらこちらに改築の跡が見て取れる。その中でこの部屋はかなり昔から使われてたらしい。壁のシミや日焼け、床の音がそれを示している。
 その古めかしい家にそぐわない状況にこの部屋はあった。
 まず入って目につくのは3台あるパソコンのディスプレイとそれぞれつながれた本体。8畳はある部屋の半分を閉めている本棚。そして床に散乱した書籍。ジャンルは多岐に渡り、明治の純文学から話題のベストセラー、ライトノベルやハードカバー、哲学書もあればどうでもいいような雑誌類も大量においてある。
 その大量の本達を全く無視するように三鷹は部屋の隅にあるベッドに向かう。紙が折れる音と床の軋む音をならしながら三鷹はベッドにたどり着き、勢いよく突っ伏した。
「はああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
 盛大な溜め息をつく。洸平達と喋っている時とは別人のようだ。その顔にさっきまでの覇気と威厳と自信はなく、残りかすのような表情でベッドに顔を埋めている。
 ―――おいおいをいをい何なんだありゃ?
 現在の三鷹の思考の中心は先ほどあったばかりの洸平だ。
 三鷹の能力は炎系ではない。本当の能力は相手の精神に干渉して感覚を狂わせる第参種能力者である。
 一度でも視線を交わせば、その対象の感覚神経に働きかけて、こちらが意図した映像、匂い、音やその他感覚で感じ取るもの全てをごまかすができる。
 炎のイメージを見せれば相手はそれを炎以外には見えなくなる。それはこちらが幻覚を見せているのではなく、こちらが送った「炎」というイメージを相手が自らの感覚で造り出すことになるために、その情報に違和感を感じることはまず無い。……まず、無い。
 そのはずなのに、あの洸平はいともたやすく幻覚を破った。しかし注目すべきはその後。
 龍花は距離が離れていたから分からなかったんだろうが、握手をしている時の洸平から出る殺気は、それだけで人が殺せるほどの強力なものだった。
 恐怖。
 久しぶりに本当の恐怖を感じた。
 あの仮面をかぶった道化は、笑った顔をしながら内面の殺気を全く押し殺すこと無く吐き出していた。
 あのままあそこに残って戦っていたらどうなっていたのだろう。想像もしたくない。
 だいたい第参種なんて戦闘には全くもって不向きだ。だからこそ龍花は拳銃を使用してその分を補っているのに、こっちときたら戦闘力など皆無に等しい。
 そんなやつが能力の効かない猛獣のような相手に勝てるはずがない。だからさっさと逃げたかった。龍花がきっかけをつくってくれて本当に助かった。おかげでまだ生きていられる。
 龍花に感謝しつつ、眠りたい欲望を踏み越えて起きあがる。
 まだやらなければならないことがある。
 3つあるパソコンのうちひとつを立ち上げる。
 ウィィィィンと冷却ファンが回る音、ついでカリカリというハードディスクの音が聞こえてくる。
 パソコンに向かい、パスワードを入力。
 ネットに接続。ウィンドウを五つ同時に開く。
 それぞれ違う掲示板に接続。高速スクロールで全ての情報を読み取っていく。それが終わったらまた次のページ。そして次。
 調べているのは今日の一連の騒動についての世間の反応。及び情報の流出の確認。別勢力の反応。
 それらについて、積極的に表に出そうとしているグループ、または能力者どうしでしか話さない掲示板をいくつかリストアップし、それらを現在チェックしている。
 ―――クソッ
 やはり空高く上がった光の柱についての情報が多い。
 いくらこちらが煽った闘いだからといって、あそこまで目立つ行動をしてくるとは思わなかった。
 基本的に能力者の情報は明るみに出てはいけないという暗黙の了解が能力者どうしでなされている。しかも今日の騒動はほとんど三鷹独断でやったに等しく、その事後処理も全て三鷹に任せられているために今回はかなりの情報操作を必要とするようだ。
 昼間龍花に見せた余裕の表情などは消え去って、その顔には焦りの感情が濃く浮かび上がっていた。
 

          *     *     *

「やあただいま小夜歌このボクの帰りを待っていたのかいそうかそうか嬉しい限りだよ本当に僕はし幸せものだなあこんなに綺麗な人が僕の帰りをぐはっ!」
 帰るなり更沢が妄言を吐いたので小夜歌がもっていたバインダーの角の一撃で黙らせた。
 無駄だと思ったが、とりあえず高山はツッコミを入れておいた。
「いい加減学習しろよ更沢」
「ふふふ全く痛いじゃないか小夜歌。そのクリップボードの角は鋭利なんだからそんなに激しく攻めないでくれ。疼いちゃうじゃないか」
「紛らわしいことを言わないでください所長。刺しますよ?」
「刺すだなんてそんなアブノーマルなプレイはボクは期待して痛い痛い痛いイタイいっっっっ・・・まあそんな小夜歌も僕は好きだよ☆」
「無視か? 無視なんだな? それなりのツッコミ待ちか。馬鹿どもが。試作段階の拷問機器でも出してやろうか?」
「やだなあ高山君。冗談に決まっているではないか。ああ、小夜歌に体する私の態度はいつも本気だよ。心配しないでくれ」
 一通り漫才が終わったと見て、高山は切り出した。
「で、どうだったんだ? 回収作業は。見たところ上手くいってるようには見えないが・・・。木雨は大丈夫なのか?」
 更沢が背負っている木雨はぐったりしている。更沢の白衣にも血が付着していて、傍目から見たら重症に見えてもしょうがない状況だ。
「だいじょうぶ? 木雨ちゃん・・・」
 小鳥も心配して、木雨に声をかけたが、返ってくる言葉は無かった。
 まあ普段からほとんど口を開かない木雨なので、無事かどうかの判断基準にはならないから幸いと言えば幸いなのかも知れないが。
「木雨君ならだいじょうぶさ。僕が全力で助けてあげたからね」
 自信満々に更沢は言う。
「局長のだいじょうぶはアテになったためしがないのでとりあえず木雨を医療室に送れ。後の処置は俺がやる。」
 高山はこの研究所での唯一の医療関係に携わっている人間だ。まずは木雨の状態の把握。必要とあらば治療も行うつもりでいる。
「・・・わかった高山君。木雨君は君に任せよう。まあ、彼は無意識のうちに自分の能力で水の膜をはって、出血を和らげていたようだからそこまで重症じゃないさ。とりあえず傷の手当ては頼んだぞ高山君」
「わかった局長。じゃあ小鳥と小夜歌は局長の報告をまとめいといてくれ。局長に自分で書かせると何が言いたいんだかわからん」
「わかりました」 
「わかったよー!」
 二人は返事をし、高山はその部屋を去った。
「あ、そうだ小鳥ちゃん。ちょっと倉庫に行ってここ一週間の研究資料持ってきてくれないかな?」
「りょーかいです小夜歌おねえちゃん!」
 びしっと敬礼して、小鳥は部屋から出て行った。
 そして残ったのは小夜歌と更沢のみ。
 小夜歌が切り出す。
「・・・本当に大丈夫なんですか? 木雨さんがやられるとなると相当の力を持ってると思いますが・・・」
 椅子に頬杖をついて座っている更沢の顔に、今日はじめて苦い表情が浮かぶ。
「確かに。この状況は厳しいな。現状、局内で一番力があるのは相性を考えなければ木雨だ。その木雨がなす術も無くやられたとすると、こちらに太刀打ちできる隙は無いだろう・・・」
「局長はその戦力の中に入っていないのですか?」
 立ち上がり、更沢は小夜歌と反対方向にあるコンピューターを見つめる。
 そして背後に向かって自嘲の言葉を放つ。
「はは。僕なんかは戦力には成りはしないよ。木雨君の方がよっぽど強い」
 呟くように言う。
「能力的にも・・・。精神的にも・・・」
「まあ局長が自分でそうおっしゃるなら、そういうことにしておきましょう」
 そのことばを境に更沢から重い空気が抜けさり、軽い空気が再びまとわれる。
「ありがとう小夜歌。お礼にハグしてくれないか? ハグ。いやならキスという手もあるけど?」
「もういい加減やめてください。調子が狂います」
「まったく小夜歌はつれないなぁ」
「いつものことです」
 そうしていつもの調子に戻ると、二人は今日の報告書を作り出した
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  1. 1990/01/04(木) 01:05:00|
  2. 創作小説
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【ConneCt】第4話 熊と依頼と

   第4話 熊と依頼と

 第壱種能力。
 第弐種能力。
 第参種能力。
 第四種能力。
 そして第伍種能力。
 能力の分類方法だ。
 壱種から順に、肉体強化、念動力(PK)、精神干渉、物質発現、時空干渉。となる。
 
 そして今回の対象、まあここではとりあえず対象Aとするか。対象Aは第壱種、つまり肉体強化を自分の意志で行えるツキノワグマ。そして第壱種の中では代表的でシンプルでそれゆえ怖い筋力増加。
 勝ち目の無い戦闘ではないが、比較的危険度の高い仕事ではある。まあだからこそ報酬も大きいのだろうが。
 そんなどうでもいいことをなんと話に考えながら、というかそんなどうでもいい事を考えていないと精神崩壊してしまいそうな車に乗りながら、龍花、洸平、明日香、そして乙は対象Aの確認場所の山奥へひた走る。
 運転手は明日香。オラオラ!!とかどけどけ邪魔だぁ!!とか轢き殺したろか!?とか聞こえるのは全部無視だ。たとえだれがそのセリフをきいていたとしても明日香を止める事は不可能に等しく、それはつまりこの車が安全運転が不可能な事を意味する。
 殺人的なまでのスピードと、殺戮的なまでのハンドルさばきで武器を積んだバンは走る。キノさんに認識結界で車が警察に見つからないように頼んだのは、ここまでくると逆に失敗だったとも思ってくる。ああ、やべえ…………。なんでキノさんは微動だにしないんだ? 何で洸平は楽しそうなんだ? ああ、やばいマジでやバ―――――

          *     *     *

 ―――ふと気がつくと、既に目的地に到着していた。
 どうやら意識を失っていたようだ。隣で明日香が怒鳴り散らしているが無視だ。それでもしつこいので、死ね、とだけ言っておく。
 とりあえずねぐせがついた髪の毛を手ぐしでとかす。といってもかかとまであるもんだからめんどい。まあ、いいか。もうどうでもよくなってきたので両側に普通に下ろして終了。
 そしてバンから出る。
 ―――――暗ぇ。
 第一印象はそれ。
 真夜中の森林は月明かりしか頼りにならず、さらにその月さえ今日は新月でおいて、少しも太陽の光を反射しようとしない。ああ、違った。新月は日没前に沈むんだった。どうやら意識を失った後遺症で簡単な思考さえ不可能になってきている。
 これはさすがにやばいので、一応、能力で自分に思考の簡略化を禁じ、とりあえずの応急処置。いくらか思考がクリーンになる。
 この暗闇の中で野生の熊(ああ、野生じゃ無いのか)を見つけるのは至難の業だが、明日香がいるためにその問題はあっさりと解決する。感覚能力は数キロ先までの視界と聴力をもたらす。
 その明日香の指示により進む。キノさんが一人離れて行ったが、たぶん認識結界とか物理結界による音の遮断をするんだろう。先回りでもするのかとも思ったが、よく考えればこのくらいの仕事はキノさん無しでもできるようになれと言う暗黙の伝言なのか? ああ、今度は深読みし過ぎだ。禁止の能力は融通が聞きにくいのも難点だから困る。
 再びそんな思考遊びをおこない、明日香のあとについて行く。なぜか洸平がいないが、別にあいつなぞどこでどうしようが死ぬ事はまず無いし、どうせどこからかひょっこり現れるのがオチだ。そんなわかり切ったオチの為にオレが立ち回る必要性は全く感じないのでそんな無駄な事は頭の隅からも全除外。
 そんなわけで明日香と二人っきりになってしまった。まあ、どうでもいいが。
 同じクラスの女子とか(まずありえないが)と二人っきりなら少しは何か思うところがあったかもしれないが、相手が仕事仲間でさらに女であろうとも高梨明日香という女である限りは何も思う事はない、と思う。
 なんか手持ち無沙汰になってウエストポーチからヘアゴムを取り出す。他にも拳銃が入ってるがそっちは今は使わないので無視。拳銃のほうは大量生産のやつだから名称は知らない。どうせ使い捨てだし。本命は身体に装備しているコイルガンだ。
 関係ない事に軽く意識を逸らし、両手で髪の毛を持ち上げまとめる。赤みがかった髪の全てを頭頂部より少し後ろで止める。頭の上に小さな髪の毛の玉が乗り、そこから下に落ちて行く感じ。毛先はかなりばらけてるが、背中なので全く気にしない。首をふって流れた髪の毛を整え、そのまま明日香について行く。
 その間、明日香の視線を感じた気がしたが、どうせ気のせいだろうと思い直す。だいたい明日香の能力ならばデフォルトの状態でさえ後ろの様子がわかるはずである。わざわざ振り向いてまで見る事もないだろう。
 ヒマでヒマでしょうがないが、どうせやる事もないので明日香に敵(と呼べるかどうかわからないが凶暴そうなので敵としておく)までどのくらいか訊いたところ、あと10分ぐらいで遭遇する、という意味的のことを延々10分間話しやがった。よくそんなに話す事があるな、と思いながら、ってかもう十分たってんじゃねえか。
 なんてことを考えていたら数十メートル先で何か大きなものが動く様子が見えた。オレもある程度は視力があるが、変人的な五感をもった明日香にかなうはずがないので明日香に確認をとる。
 当然気付いていたものと思った明日香だったが、その生物を確認したのはオレと同じタイミングだと言う。どうした? 今日は調子悪いんじゃないか? おいおい、疲れてるんじゃないですか……、
 ―――なんて考えているヒマは、なかった。
               爆音とともに熊が目の前に―――

         *     *     *
 
「通せ」
「無理だ」
「なら無理を通す」
 乙探偵事務所所長、乙一と、第五遺伝生物学研究所所員、東条木雨が対峙する。
 乙が戦況を見渡せる高台に行くと、二十歳を過ぎたかというくらいの白衣の青年を見つけた。その青年は、対象A及び龍花と明日香のいる方向へ行こうとしていたので、乙はその前に立ちはだかった。
 そして先の会話。

 直後、戦闘が始まった。
 木雨は白衣から水風船を取り出し、割る。飛び散った水滴はしかし、あたりへ散らばらずに木雨の前方で球状になって空中で静止。さらに周辺の水蒸気を取り込んでバスケットボール大になる。
 乙がそれをぼんやりと眺めているはずはない。背後にまわりこみ抜いた長剣を高速で斬り付ける。
 刃と木雨の皮膚が接触する直前、その隙間に先ほどの水が硬質化して潜り込んだ。
 第弐種能力の念動力。特定の物質を流動体内で自由に操る。東条木雨の場合は操れるものは水であり、空間で固定すれば硬度は鋼鉄並みに高まる。
 硬質化した水は長剣の運動エネルギーを受け止めると即座に軟質化。木雨の背後でスライムゲル状になった水は、操作者の視線がなくとも意志どおりに動いて長剣にまとわりつく。
 しかし乙はその水の速度を完全に超越し、木雨の前方に一瞬で高速移動。音速の突きを放つ。
 木雨は前面に残っていた水を盾にして切っ先を受け止めながらバックステップ。
 乙はさらにその上をいき、残像を残して上方に飛翔。空中に壁をつくり、本来ならありえないはずの動きで――空中から頭を下にして落下するような状態で――木雨に斬撃を放つ。重力と壁を蹴った速度の合成高速度で襲い掛かる斬撃に、木雨の反応が若干遅れて頬に傷をつくる。見事なまでに着地した乙は次なる攻撃の準備動作を既に終えている。
 完全に不利を確認した木雨は戦術を変えた。木雨のからだが水の膜で包まれる。
 乙が気付いて壁を展開するが、かすかに遅かった。
 木雨は瞬間的に自分のまわりの水を気化。急激に体積を増加させた水蒸気は狂気的な破壊力をもって爆風となり、周辺の木々を破壊。さらに乙に襲い掛かる。木雨はさらに爆風を利用し、乙との距離を離す。
 急激な気圧の変化が収まりつつあるころに、爆心地からダメージを受けたはずの乙の姿が現れた。傷ついた気配はない。
 木雨の水蒸気爆発の瞬間、服そのものを壁でコーティングして爆発の衝撃を防いだのだ。そのために服はところどころ汚れているがそれだけで、からだに傷がついた様子は微塵もない。ただそのサングラスが取れて、彼の両目が明らかになる。
 その瞳は、木雨が直視してしまったその瞳は、太陽のように昏く、空のように深く、透き通るほどに濁っていた。
 さらにそれら全てを消し去ってしまうほどの明確な殺意。
 本能的な恐怖を感じた木雨は瞬時に思考を転換。戦闘目標を変更。『外敵排除』から、『外敵抹殺』へ。目標再設定ののち即座に行動開始。
 水蒸気と化していた水分を一ケ所に集める。集める場所は自分の両腕。グローブのように手に巻き付いた水は形を少しづつかえながら、手の甲の部分を流動する。
 再びの邂逅。
 木雨の遠距離攻撃。手の甲に集まっていた水が蛇のように形を変えて乙に向かってのびていく。その速度と言えば尋常なものではなく、はた目からは空中に乙と木雨をつなぐ棒が現れた、程度にしか認識が出来ないほど。しかしその認識は誤りであり、まず棒が現れたわけではなく、さらに言えば乙と木雨はつながっていなかった。つまりは乙の高速移動。
 今度は木雨の右側に現れた乙。
 今度はそれを予想していた木雨。
 互いに眼が会い、
 微かな笑みを浮かべた乙。洸平のそれとは似ても似つかないほど凶悪な笑み。
 それを冷ややかな瞳で見つめ返す木雨。
 一瞬の停滞は、言葉どおり一瞬で終わった。
 長剣と水剣の接触。木雨は右手に生み出した水の剣を振り、乙の攻撃を受け止める。さらに周辺の水滴を散弾銃のように発射。面としての攻撃力は全て乙の壁の能力により無効化。さらに乙の背後にまわした水の弾丸も発射するが同じく無効化される。
 再び乙の顔を見ると、笑って笑って笑って笑って、薄く引き延ばしたように笑っていて……。
 
 ―――フッ。と、

 微かな風切り音。そのとき木雨は何も出来なかった。
 一秒が過ぎた時に残されたのは、肩から盛大に血を吹き出して倒れる木雨と、制御を離れて地面に落ちて染み込んでいく水。長剣をたずさえて木雨に近付く乙。
 何が起きたか木雨が理解する前に、再度近付いた乙が笑い、剣を振り上げ、

 突如、閃光が疾った。

 壁では防ぎきれないと判断した乙が飛び退く。
 そこにやってきたのは、何ともこの場の雰囲気のそぐわない軽い調子の白衣の男。
「やあ、僕の部下がすまないねえ。本当なら子供三人だけを狙うように言っておいたんだけど、彼はあまり素直じゃないのでね。いや、素直すぎるのかもしれないね」
 お気楽な笑顔で現れたのは、木雨と同じ白衣を、肩口で切り落とした服という奇妙な外見の更沢芳章。研究所局長。
 更沢は乙にかまう事無く、木雨に肩を貸した。
「それではとりあえずここは退散させてもらうよ。君だといささかこちらのほうが不利だからね。全戦力をそろえてまた挑戦できたらするかもしれないな。ではまた」
 そして文字どおりの光速で消えた更沢と木雨。
 いきなり開始しいきなり終了した戦闘。
 しかし乙は二人を追わずに当初の目的地の高台にのぼる。そこからはこの森の半分ほどが一望でき、はるか眼下では龍花と明日香が―――。

         *     *     *

 ほんの少し前。
「…………なあカナ。どんな武器もってきた?」
「………ナイフとナイフとナイフとその他ナイフ多数」
「……使えねエ」
「…あんたもね」
 やばいやばいやばいじゃない! どうしろってゆーのよ!
 明日香たちの前に突然落ちてきた熊から二人で脱兎のごとく逃げ、彼我の距離は二十メートル。
 お互いににらみ合って動かない。
 腹のさぐり合いとか、思考を巡らすとか、そんなことはしない。そういうめんどくさいことは全部龍花に任せる。自分にできるのはせいぜい後方支援。それだけわかってれば十分。そう思っている明日香はそのとおりに龍花の質問に答えることしかしない。
 もとから深く考えるとかそんなことは苦手なのだ。考えなくともからだが直感で動いてくれる。そして能力のおかげで直感も信用できる。だから、ほとんど何も考えていない。ただ、その場で臨機応変に。
「カナ。死んだ時は死んだって言えよ。わからないからな」
「黙ってて。むこうの動きを聞いてるんだから」
「……あっそ」
 耳をすませば聞こえてくる。風の音、木の葉の舞う音、人間二人と動物の呼吸音、心音、筋肉の擦れる些細な音。
 集中。そして、
「左ッ!!」
 相手の筋肉の動きを読み取り、動き出しのタイミングを見つけ、突進の左右を見分け、後の先を取る。
 指示を聞いた龍花が跳ねる。
 明日香は熊の手が届かないぎりぎりのところを見極め横をすり抜けるように駆け抜ける。
 二人は互いに対象の攻撃を回避し、龍花はニ丁コイルガン、明日香はコンバットナイフを二本取り出す。
「いくわよっ!」
 さらにふところから取り出した3本の投げナイフを、手に二本もったまま器用に対象の頭部めがけて投擲。同時に疾駆し密着するほどに接近する。しかし対象は振り向きざまに全てをたたき落とした。そのままひづめによる連続攻撃に移る。ただ単に振り回しているだけの手だが、筋力増加によって恐ろしく早いスピードで動いている上、掠めただけの木の幹が、半分以上抉り取られるほどのパワーをもっている。
 内心ぞッとしながら全感覚を総動員して、至近距離での攻撃を回避し続ける。
「熊なんかにっ!」
 能力の全力発動。
「負けてたまるもんですか!!」
 視覚触覚聴覚感度を最大まで引き上げる。
 感覚拡大による情報量の大幅な増大に脳内処理速度が一瞬低下。味覚嗅覚完全遮断、不必要な部位の触覚遮断により脳内処理速度を確保。さらに聴覚を指向性に変換し、空いた容量を論理思考に使用する。そして対象の行動の予測が容易になる。
 両手のコンバットナイフが舞う。回避と同時に斬り付けまた攻撃を回避、再び斬り付け、回避。
 しかし筋肉の硬化にによって鋼と化した能力者でもある熊の皮膚には傷ひとつ付けることが出来ない。
「どけッ!!カナ!!」
 耳に響く言葉。聞こえた瞬間から動き出す。
 直後、熊の1トンはあろうかと言う巨体が弾かれたようにぶれた。さらに連続して対象が揺れる。側頭部に連続して実弾が命中しているのが見えた。
 しかし無駄。
 頭部の強化率は半端ではなく、ホーローポイント弾をもってしても貫通はおろか、頭蓋骨の表面で止まってしまい、脳にまでは届かない。その衝撃も、どういうからだの構造をしているのか脳表面の筋肉によって緩和されてしまっている。
 まさに狂獣。
 完全に生物としての能力限界を越えた狂獣は頭を振り、歩き出す。つまりは、たったそれだけの分しかダメージを与えられなかったということ。完全に予想以上。
「…………何なのよ、いったい」
 刃こぼれして使えなくなったナイフを捨てる。そして取り出したのは、洸平の黒杖、龍花のコイルガンと同じ素材の漆黒のナイフ。
 持ち手部分が短く、そのわりに刃の部分が三十センチもあるいびつなナイフ。それを両手に構える。
 そこに狂獣の攻撃から逃れてきた龍花が隣に着地。
「効果があるのは眼と耳と口だけだ。あとは完全に防御される。しかもその弱点でさえ強化してると来た。そのナイフならいくらかは斬れても決定打にはならねェからな」
「わかったわ。私はどうすればいい?」
「ひとつ目、死ね。二つ目、死ね。三つ目、隙を作れ。四つ目、死ね」
「三つ目だけ了解したわ」
「十二分。じゃあ行くぞ」

 その時、離れたところで天を貫く巨大な光線が放たれた。
 動くきっかけには十二分。
 二人と一頭はさらなる戦闘を、始めた。

 餌が二匹。ちょこまかと鬱陶しい。軟弱な人間ごときが抵抗するなど愚の骨頂。その愚かさを思い知るがいい。
 筋力増大。
 脚部肥大、胸部肥大、背部肥大、上腕部肥大。
 結果、全体としてふたまわりほどの質量増大。
「ガアアアアアアァァァァァァァアアアアアアア!!!!!」
 全力で地面を蹴る。増大した体重と急加速を地面が支えきれずに土が爆発。飛び散る砂塵。一歩の距離は攻撃圏内に相手を納めて余りある。
 右手を振るう。風を斬り裂き。空気が鳴る。
 男が跳び去り逃げたが女は今だに其処にに佇んでいる。まるでそんな攻撃など効かぬと言うがのごとく。当たるはずがないと言うがのごとく。
 その女に向かって避けられることを承知で蹄での斬。
 予想通りその手は空を切る。だがフェイント。慣性はそのままに男の跳び去った方向まで腕を振りきる。
 衝撃波。
 てのひらと腕で押し出した空気は見えない砲弾となって空中を疾る。
 反応が遅れた男は見えない衝撃波の軌道を読みきれずに激突。からだ全体に覆い被さるような衝撃は男を吹き飛ばすだけの威力を持ち、吹き飛ばされた男は数メートルの浮遊、飛翔の後、背後の樹木に激突。衝撃は木を揺らし、まだ青々しい葉を大量に落下させる。
 女が何か叫んだが、その隙こそが本当の狙い。踵付近で爆発が起きたような音をさせ瞬間的加速で急接近。
 全体重をかけ、避けようのない一撃必殺の即死技を放つ。
 切り裂きではなく打撃。
 超加速の一撃。
 そして確かな手ごたえ。
 しかし超高威力の衝撃が吹き飛ばしたのは女の背後にあった木の幹だけだった。大穴が開き、中間を丸ごと失った樹木は重力に従ってゆっくりと地面に向かって倒れ落ちて行くが、本命の女がどこにもいな……
 ―――ヒュン
 風切り音に気付けば、既に顎に長大なナイフが刺さっていて、
 からだの下に潜り込んだ明日香は既に踏み出しは終えていて、
 限界まで足のバネを使った掌底はナイフのグリップが標的で、
 突き上げるような衝撃は顎の皮膚を貫通し、それでも慣性はなくならず、舌を貫き、上顎まで達し、脳に達するぎりぎり直前で停止した。
 ――――――!!
 凶暴なまでの痛覚信号が脳を襲う。
 咆哮。しかしその口から出てくるのはまっかな鮮血とかすれた声だけ。一刻も早くそのナイフを抜こうと手をかければ、それを見越していたかのように振るわれるもう一本の女のナイフ。腕の半分まで食い込む傷をつくったが腕など関係ない。全力で顎のナイフを引き抜き捨て去る。
 爆音。加速。逃走。
 全力の一歩は女との距離を確実に引き離した。どう考えてもこの位置関係からでは威力のある攻撃は撃てまい。
 そう思ってしまったこと。
 注意が女にしか向かっていなかったこと。
 顎部の傷に意識が向かっていたこと。
 それらはひとつの存在を忘れ去るのに十分な要素だった。
 すなわち、
「ょう。空中水平飛行は楽しかったぜ」
 後頭部、いや、首に巻き付く柔らかい感触が、つまりは沖山龍花という存在が頭の上に首に足を巻き付けて居座っていると言う不愉快な事態になっていることに気付いたのはタイミングが少し遅く、
「まあ、ようはあれだ」
 龍花の両手に収められている二丁コイルガンは弾倉が替えられていて残弾数は最大で照準は熊の頭部への0距離射撃。
「死ね」
 無音の衝撃、衝撃、衝撃、衝撃衝撃衝撃衝撃……。連続した衝撃はまるで一つの長い長い、長い長い曲のように、響いて、鳴って、連鎖して、繋がって、そしてさらなる衝撃、衝撃、衝衝激衝撃衝衝撃激撃檄戟覡劇鬩鷁――――――――――――


「ハァ、…ハァ…………………ハァ」
 息がきれている。
 コイルガンの全弾連射のクイックロッドは、両腕のみならず全身に深い疲れと反動を残していた。
 さらにその前の衝撃波と木への激突はかなりのダメージを身体に残していた。
 痺れた手では新しい弾倉への交換すらままならないほど。
 とりあえずコイルガンをもとのホルスターに戻して地面にへたり込む。木に寄り掛かって胸ポケットからしばらく吸っていなかったタバコを取り出し、ライターが無いことに気付き、コンビニでもらったマッチで火を付け一服。煙を吸い込み、肺に巡らせ、吐き出す。
「ゴホッ、カハッ……」
 むせた。
 しばらくぶりのせいか、うまくいかない。いや、息がきれているからか? 肋骨でも折れたか?
 もうどうでもよくなって吐き捨てる。ついでに箱も投げ捨てる。
 足音。
 前を向けばカナがこっちに来ている。
「だ、大丈夫? トラ?」
 近付いてきたカナが声をかけてきた。
 ああ、大丈夫だ。それよりテメェは死んじゃいねえだろうな。
「ハァ………ハァ」
 思考した言葉が口から出ない。出るのは荒い呼吸のみ。そして血。
「ハア、だい…じょ………うぶだ。なん…と、もない」
 唇の脇から血を垂れ流して大丈夫も何も無いだろう。今の自分を見て大丈夫だと思える人間が何人いるだろうか。
 それでも大丈夫といってしまうのは何故なんだろうか。そこまで強がってみせたいのか、あるいは心配をかけさせたくないのか、あるいは弱い自分を見られたくないのか。
 まあ、そんなことはどうでもいいだろう。
 どうでもいいといって全てを思考停止に陥らせている自分はどこまで堕ちていくのだろう。……まあ、………………どうでもいい。
「っ、大丈夫なわけないでしょっ!!」
 いきなり聞こえてきた大声に一瞬怯む。
「そんなケガして、血まで吐いて、ホントに………大丈夫なわけないでしょう……」
 そんな眼に涙をためてうるうるした視線を浴びせられたら困る以外に俺ができることと言えば謝ることぐらいで、
「………ご、ごめんな」
 すると明日香は下を向いていた頭をあげて、さっきまでの様子が嘘のように晴れやかに、偉そうに、言った。
「いいわ。許してあげる」
「ははっ。それはどうも」
 よかった、カナは無事で。
 心のそこから安堵して、ふと正面の明日香の顔を見上げてみると、眼が微かに赤くなったままの明日香の笑顔と、その背後にそびえたつ大きな、巨大な黒い影が視界に入った。
「―――ッ!!??」
 飛び退け! 逃げろ! そこから離れろ!!
 どの言葉も、限界を越えた使い方をした肺からは、意味をなさないうめき声としてしか聞こえなかった。
 目の前のカナが俺の表情を見て取って後ろを振り返ったが、その時既に身体は揺れていて、衝撃で真横に吹き飛ばされていた。
 くそっ!!
 動けよ!! 
 動けよカラダ!! 
 立て!!
 立てよこの足がッ!!
 まだだ。まだ終わってなかった。
 熊は吹き飛ばした女のコトなどもう興味はないとでもいうようにそのうつろな視線を俺にだけ向けて、ゆっくりゆっくりと、一歩一歩近付いてくる。
 オレのせいか?
 そうだ。
 とどめを刺さなかったオレが悪い。
 だからといってこのままやられてやるわけにはいかない。
 オレが済めば次は確実に明日香の番だろう。そんなわかりきったオチにつきあってやるほどオレはヒマではない。
 だから動け。
 オレよ動け。
 このからだが壊れたとしても、動け。
 右手を握る。OK。
 左手を握る。OK。
 握力なんてゼロに等しい。それでも握る。
 足に力を。腰に力を。身体に力を。さあ、立て!!
 幸いなことに背後は木だ。一人で立つよりよっぽど楽だ。
 OK。
 身体が持ち上がる。ゆっくりと。
 
 それでも、
 
 間に合わないのはわかっていた。
 そんな力なんて残ってないのはわかっていた。
 もしコイルガンの弾倉を替えて一発でも打てていたら違ったかもしれない。
 それでも、立たないといけない気がした。
 身体が、心が、そう叫んだ。
 しかし
 叫びは届かない。
 熊はもうそばに来ている。
 もう振りかぶっている。
 その腕が振り降ろされ――――――。

 金属音がした。
 熊との間にもう一人の影が見えた。
 この暗い昏い漆黒の森の中で、星々の微かな光に照らされながら、そいつはいつもの笑顔で、明るく、嫌味なくらいに朗らかに、言いやがった。
「こんにちは龍花さん。どうもこの状態では僕がすこし出遅れてしまったみたいですね。いろいろと大変な目にあったみたいですけど遅れてしまってホントにすみません」
 そういいながら顔をこちらに向けている。しかしその間も、右手一本で持った黒杖で、熊との鍔迫り合いとでも言うべき拮抗を続けている。
「僕が来たからにはもう大丈夫。どんな敵もイチコロさ。とかなんとかいってかっこいいセリフで助けてあげられたら最高だったんですけどそれじゃああまりにも短絡的かつ直接的で、クサそうだったからやっぱりいつもどおりの挨拶でいくことにしたんですけどもどうでした? 僕の登場シーン」
 力が抜けた。さっきまで全力を使って、それこそ死んでも立ち上がろうとしていたのが嘘のように、もう立ち上がるのさえ億劫になってきた。全てこいつのせいであり、悔しいが、こいつのおかげでもある。
「じゃあ龍花さんはそこで寝ててもらって結構ですよ。あとは僕がやりますから。なに、頭に何十発も弾丸を受けた哺乳類なんて、たいしたものじゃないですよ。では」
 最後のほうはもう頭の中で文字として変換されていなかった。
 意識が闇の中に吸い込まれる直前に聞こえたのは、なにか重いものが土の上に落ちる音だった。

  1. 1990/01/04(木) 01:04:00|
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【ConceCt】第3話 研究所

   第3話 研究所

 研究所。
「ここにあったDNAサンプルと被検体139号の眼球とカスタードプリン誰か知らない?」
「サンプルは第三培養室。眼球は保管庫。プリンは私の体内です」
「ああ、ぼくはとても寂しいよ小夜歌。ただでさえ少ない材料の中からつくったほんの少しの成功品を君に食べられてしまうなんて」
「プリンを茶わんにつくらないでください。まぎらわしいです、そして名前で呼ばないでください」
「それでも君に食べられるのならまだ許してあげられるよ。できればお詫びの印としてハグしてくれないか? ハグ」
「そもそもそんなものをつくっている暇があったら研究を進めてください。ただでさえ進行速度が鈍っているのです。これ以上遅らせないでください」
「なんだ? してくれないのか? 人間の成長にはスキンシップが欠かせないというのに。君は僕が退化して行ってもいいと言うのかい?」
「…………………お前らは会話する気があるのか?」
 ここは誰も立ち入らないような山奥深くのさらに地下にある研究所である。入り口のプレートに『第二研究室』とかいてあるこの部屋にいるのは4人。
 ここの室長であり、眼鏡をかけていて、この中で一番態度が軽い男。更沢芳章。
 副室長であり、室長に敬語を使いながらも冷たく接する女性。西沢小夜歌。
 この狂った人間ばかりの中で一番普通という言葉が相応しい男。高山康祐。
 さっきから一言も話していない、口数が少なく、常に冷めた態度の男。東条木雨。
 彼等四人の他にあと二人の男女、来栖遊矢、紅小鳥を含めた6人がこの建物の中にいる人間全てである。
 この地下にある施設の大きさはかなりある。通常ならばたった六人で使い切れるほどの広さではないのだが、膨大な資料、大量の研究素材、巨大な量子コンピューター、そして無数の円筒状の水槽によって部屋は全て埋め尽くされている。そのたくさんの部屋の中、で数少ないしっかりと整頓されている部屋がこの第二研究室である。
 ここの研究員たちは完全にこの研究所に泊まり込みなので、この部屋が実質上、合宿部屋であり、特になにもしない時にいる部屋であり、生活の拠点なのである。
 ドアが開いて明るく高い声がする。
「あ~つかれた。わたし被検体の観察なんてつまんなーいんだけどぉ。ねえねぇ、だれかトランプしない?」
 まだ幼さの残っている声であり、小鳥は背も小さいので、見た目は中学生にしか見えないが、れっきとした25歳だ。そのわりには言動も幼い。
「あ、いいよー小鳥ちゃん。こっちおいで。僕がおとなげなくスピードで完膚なきまでに叩き潰してあげるよ。それとも相手がなにをもっているかバレバレの二人ダウトでもやろうか」
「なにしてるんですかロリコン所長」
 更沢は西沢の言ったことなど忘れて(と言うか無視して)、小鳥と二人でババ抜きを始めた。
「あんたら仕事しろよ……」
 高山が一人ぼやく。
 そのとき入り口の自動ドアがぷしゅっと間抜けな音を立てて開き、来栖遊矢が入ってきた。
「うい~っす……って、あれ? なんで小鳥ちゃんがいるの?」
「え? なあに?」
 呼ばれた小鳥はかわいい声で返事をする。
「第3実験室って小鳥ちゃんが見てたんじゃないの? ドアが開いてたから気になったんだけど」
 小鳥はぶんぶん首をふって否定する。
「そんなとこいってないよぉ~。高山さんなんじゃないですか?」
「あ? オレはこいつらの馬鹿漫才をずっと聞いてたからもうそろそろ聞き飽きてきたころなんだが、……おい! そこの究極ミジンコ馬鹿二人! 第3実験室にさっき行ったか?」
「なんだね高山君。私はプリンをつくっていてそれどころではなかったのだよ。ああ、それを食べてしまった罪深き小夜子、その事は許してあげるから私を抱き締めておくれ」
「先ほどからいやですと言っているはずです局長。……高山。私だってこんな事を好きでやっているわけではありませんが、局長が絡んでくるのは仕方のない事でしょう。そして私はこのようなどうでもいい事を続けてしまっているので実験などしているヒマはありません」
「ってーと……木雨……はないし……………ということは?」
 
 突如鳴り出したサイレンの音は、当然のことながらその場にいた全員が聞いた。

 一番迅速に動き出したのは高山だった。一瞬にして椅子から立ち上がると叫んだ。
「来栖! 第三実験室の被検体は!?」
「高山君、第三は危険指定レベル5の熊がいるところだよ」
 答えたのは来栖ではなく更沢局長。反対に他の所員は動揺をかくせない。
「ちょっと待ってください局長! あれの入っている檻は私の能力の最高硬度ですよ! それが破られるなどと……」
「ああ、小夜歌、そんな事を言われたところで僕には答えることなんかできないじゃないか。君の能力を信じてはいるが万が一のこともある。ここはみんなで確かめにいくというのでどうかな?」
「ああ、それが一番確実だな」
 高山が答えて、全員で実験室に向かう

 実験室の檻は壊され熊が逃げ出したあとはあったが、肝心の被検体は、研究所、及び周辺1キロには既にいなかった。
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 乙探偵事務所は、通常業務では普通の探偵事務所と同じような仕事、つまりは浮気の実態調査とかいなくなった猫の捜索とかそんなような仕事をやっているのだが(決してどこかのマンガのように殺人事件は頻繁に起こらない)、通常業務とは外れた形でおこなう仕事がある。
 能力者関係の依頼だ。
 表の組織、警察や普通の暴力団などでは対処しきれない依頼を受ける形で高い報酬をもらい仕事を行うのだが、その種類は2つある。
 能力者と言うのは人間にはもともとないような特殊な能力をもっている人のことをいうので、それが表に広まるといろいろと困る事が出てくる。
 それを未然に防ぐのが一つ目の仕事。
 そしてその能力が強力なものになって来ると、銃や人間が扱う武器ではどうにもできない状況にもなる。
 それを解決するが二つ目の仕事。
 たった四人ではカバーできないともおもうが、なにしろ能力者の絶対数が少ない。さらに、個人の能力者は結局は一人でその能力を発揮するのは危険だと気付き組織に頼る事になるので、自然と大きなまとまりが出来てくる。まとまり同士が均衡を保っているために争いは少ない。よって仕事も少ない。しかしそれに反比例して報酬は多いので、事務所にとってそっちの仕事は大歓迎なのである。
 そして………、

「キノさん。依頼って何スか?」
 地下で軽く運動(?)をしてきた龍花が、部屋に入っての第一声がこれ。報酬が入れば所員に還元。つまりは臨時ボーナス。よって龍花はやる気満々。
「というか2回も続けて依頼があるなんて珍しいけどオレは金が入るのでオッケー。ということで依頼内容は?」
 なんて現金な、とおもったそこの馬鹿はこの世は金がないと生きるのが辛くなる事を少し考えていろ。
「生物の捕獲だ」
 簡潔に言った乙。しかし一瞬の硬直ののち、龍花は反論。
「え? また迷い猫の捜索? それは普通の依頼じゃねえか? ボーナス無しじゃねえか」
「安心しろ。お前が思っているような生易しいものではない」
「じゃあ何だって……」
 龍花の言葉を遮るように、
「能力を所持した動物だ」
「……!!」
 黙る龍花に説明をする乙。
「何があったかは判らないし訊く必要もない。ただその能力と個体の種族は判っている」
「……」
 黙り続ける龍花にさらに続ける乙。
「個体は熊。正確にはツキノワグマ、能力は第壱種能力で筋力増加。出発は10時。夜明けまでに捕獲する」
「ちょ、それ無理じゃね? 今の時刻は9時だっつに」
 乙は意に介さず、
「だから急げといっている。1時間で用意しろ。武器もだ」
 しばらくふてくされていた龍花だったが、
「はいはい、判りました。了解リョーカイ」
「あ、龍花さん。今日は山の奥のほうらしいので車で行く事になりましたんで運転は明日香さんに頼もうと思うんですけどちゃんと覚悟しといたほうがいいですよ」
「わかったわか…………………っ!? ちょっと待てそれはオイヲイ……」
「何よ、トラ。じろじろ見て」
「……………いや、何でもない」


 そして事態は動き出す。
  1. 1990/01/04(木) 01:03:00|
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【ConceCt】第2話 トレーニング

  第2話 トレーニング

 その後の授業及び休み時間などは全く問題なく進んだ。
 ただいま昼休み。弁当を食って、一通り場を盛り上げて、眠くなったので自分の机で突っ伏しながら思考遊び。
 今までずっとひっかっかってきたのは、あれだけの音や衝撃があったはずなのに、誰も聞いていないということだった。
 別に聞こえてないこと自体は不思議でもなんでもなくて、誰かが物理的、もしくは精神的に障壁、または結界を張っていたと考えれば納得がいく。しかしその場合、三鷹には仲間がいるということになる。
 基本的に能力者の能力は、種数は超えても一系統のものに限られる。
 つまり、第四種能力である水の発現と第参種能力である水の遠隔操作を同時に行うことが出来ても、それと同時に催眠や肉体活性などのことは出来ない。
 とすれば、三鷹は火炎系統。結界や催眠の能力はないはず。ここから考えれば仲間は最低でも一人、もしかすればもっといるかもしれないのである。
「…………………………めんどくせぇ」
 ついつい声にでてしまう。学校だと武器が持ち込みにくいので再び戦闘になった場合、今度も逃げ切れる自信はない。
「当分学校休むかなぁ」
 そうすれば武器も使えるし、学校の人々を心配せずにすむ。武器の問題よりも、むしろ後者のほうが龍花としては気が楽になる。
 と、窓から入ってくる光が遮られる。横に誰かが来たのだろうか。
「なに? なになに? ハナちゃん休むの? もしかしてサボり? それよりこんなとこでバラしていいの? っていうかなに? 公式発表? 沖山龍花、学校サボり宣言?」
 田中だった。ハスキーなかん高い声で詰問してくる。独り言を聞いてたのか。暇なやつだ。
 すると今度は反対側から女子の声が聞こえてきた。
「え? 沖山君学校サボるの?」
「もしかして彼女?」
「では朝のもラブレターですか?」
「学校サボってデート? すっごーい!」
 いつのまにかいた女子四馬鹿トリオも逆サイドから口を出してくる。
 女子四馬鹿トリオとは、鈴木春香、高橋夏樹、佐藤秋江、渡辺冬美という絶対に何かの陰謀が働いたとしか思えない名前の四人組だ。ちなみにオレは誰が誰だかわからない。覚える気はない。最初は三人だったらしいが、二年生になりひとり増えて四人になったらしい。なぜかトリオという名前はいまだに残っている。っていうか絶対に4人でトリオはおかしいだろ。
 全員テンションが高い。噂話が好物。情報収集能力に優れ、金さえ払えば個人情報垂れ流し。おそらく情報面では校内一の危険人物。これ以上かってに喋らすと、究極的に危険なことがおきそうだ。本気で学校に来たくなくなるかもしれない。
 とりあえず顔をあげる。
「そこの四馬鹿はちょっとそこで待ってろ。それ以上展開を進めるな。そして田中はこっちだ!」
 田中の頭頂部を掴んで教室の角にいく。
「痛いいたいイタイ! なに? なに? ハナちゃん、なに? ぼくそんな趣味ないよ! きゃー、たすけてー(棒読み)」
 教室の隅に到着。田中に攻撃。がしがし蹴りながら問いつめる。
「おいふざけんなてめぇ。なんなんだ? なぜいつのまにやら手紙の話がだだもれなのですか? なんか納得いく説明してもらわないとオレの右手が貴様の顔と熱い再開を果たしちゃうぞ。血と涙の再開だ」
「わかった! 頼む。頼むから、拳と顔面仲良くしちゃダメ! ダメダメ。むしろ絶交! 磁石のSとSだから。な! な! 教えるから!」
「素直でよろしい」
 蹴るのもちょっとやめてやる。
「まったく、ノリが悪いんだから………すみません! イタイいたい! はい! ごめんなさい! 売りました! 親友と書いて『とも』とよぶような関係のハナちゃん売りました。ごめんなさい!」
「で? いくらだ?」
「……………………………」
 田中は指を一本立てた。
「なんだ?」
「…………………今日の昼飯……一食……ぶん……」
 がしがし、どかっ、、がしがしどこ、がしがしがしがし…………。
「ちがっ! それだけじゃなくて!」
 いったん手を止める。
「何が違う?」
「だからそのかわりに、次回御利用の際は半額っていうことぎゃめぎぱりゃ……」
 がしがしがしがしがし  がし、がしがし    がし………。
「けど! けどぉ!」
 もう一回手を止める。
「ん?」
「……ハナちゃんもそこまでムキになるってことは、…………ホントにラブぎゃああああ…」
 がしどがっ ぼくぼく げしげしがし………がしどかどかがし…。
 一通り終わって机に戻る。田中は部屋の片隅で死んでいる。
「で、四姉妹」
「だから姉妹じゃないって前からいってるでしょ」
「いーじゃんそんな、どうせ姉妹みたいなもんなんだから。そんなことよりさっきの話なんだけど」
「噂を流すのを止めてほしいんですね、そしたら、そうですね……嬉助食堂のラーメンでどうですか?」
 嬉助食堂はうまいと評判の中華食堂で、ラーメンはたしか五百円だったか。まあそれくらいなら、と思ってうなずくと、
「よっしゃー交渉成立ぅ! じゃあ今度おごってもらうから、ちゃんと二千円プラス税、もってくること!」
「え? なに? 四人分?」
「もちろんでしょ。あ、そうだ。あと餃子も四つね!」
「ヲイヲイ、マジかよ………」
 餃子はたしか二百五十円。となると、五千円。これは痛い。とてつもなく痛いが、我慢せねばなるまい。こいつらを野放しにしておくと絶対に噂話のレベルではすまなくなる。いまさら誤解を解こうと思ったところで、それを立証するには先ほどの戦闘についても言わなきゃならなくなる。あの人間がオレと同じ種族だとは思えない。多分どこかの異星人だろう。
 まあ、いっか。今度キノさんに給料前借りしよう。
「わかった。じゃあまた今度な。いつになるかは未定だ。それと噂はしっかり止めとけよ」
「わかってるてば。じゃーねー」
 手を振りながら自分の席に戻っていく四人。
「あ、ちょいまち」
「なに?」
 四人の中で一番髪の短い女子が振り向いた。
「三鷹智則っていう男を調べてほしいんだけど」
「誰それ?」
 言うとその四人の内の一人の女子は、メモ帳を取り出して書き込んでいく。
「オレもよくわからん。二十歳……は超えてる……か? わからん。とりあえず若かった。背は高くて、ああ、百九十はあったかな。あと眼鏡をかけてて、顔は美形っぽい……かな?」
 さらさらと滑らかに女子のペンが走る。
「特徴ってそれだけ?」
「それと一番大事なのが、口癖が『美しい』で、一人称が『私』。なんか美しいことを追求しているとか言ってた。見た目と性格のギャップが激しすぎる変なやつだ。……っと、こんなもんだ。また思い出したら教えるわ」
「じゃあこれで調べてみるね。報酬にケーキバイキング追加ということで。駅前のやつ。もちろん四人分」
「……あああああ、また多大な支出が。ところであなた様のお名前をお教えいただけませぬか?」
「あれ? 知らなかった? 私は鈴木春香。ハルでいいよ。じゃあね」
 かるーくいうと、また戻っていった。
「あいつが春香……」
 覚えておこう。次忘れるのはさすがに失礼だ。まあ他のやつは覚えてないので変わらないが。
 ………………それより、
「…………………………前借りぐらいで足りるかな?」
 オレのつぶやきに答えるようにちょうどチャイムが鳴った。
 教室の片隅で田中はまだ死んでいる。ざまぁ。
 よし、ラーメンと餃子はあいつ持ちにしてやろう。
 決めた。

          *     *     *

 下校時刻。
 ついさっきまでオレンジ色だった空を藍色が支配している。星はまだほとんど見えないが、月だけはしっかりとその姿を表わしている。
「おい、まだ落ち込んでるのか?」
 オレは田中と一緒に下校中。隣の田中は猫背になってとぼとぼ歩いている。
「だってハナちゃんがいじめたんだもん。ぼくかなしいニャン」
「なんの脈略もなく無気味なキャラ付けすんな。気色悪い」
 目を擦りながら歩く(泣きまねのつもりか?)田中を軽く流して少し歩くペースを速める。
 ふっ、と田中は唐突に普通になった。
「結局ホントはなんだったんだ? あの手紙。呼び出されたんだろ」
「いやオレに聞かれても困る。むしろオレが聞きたい」
 本当にわけがわからなかった。結局なんだったんだ?
 と思っていると、噂をすればなんとやら、その三鷹が横断歩道の反対側にいた。待ち伏せていたらしく、こちらをじっと見ている。信号は赤。しかし横の歩行者信号はすでに点滅している。
 笑顔だ。やばい。
 本能的に危険を感じた龍花は、即座に行動を起こした。
「あ、そうだそうだ、買い物があったんだ。じゃあな田中! なんか話の途中ですまんがここでお別れだ。それではまた明日会おうぅぅ!」
「なに? ハナちゃんどしたの? ちょっと待ってよ! え、なに?」
 わけがわからなくなっている田中をおいて走った。ちらっと逆の歩道を見ると三鷹も走っている。そのまま数分走り、少し細い住宅地的なところに入っていく。
 追い付いた三鷹が話しかけてきた。
「やあ龍花君。今日君に会うのは二度目だね」
「今日と限らなくても二度目だ」
 なんとなく言い返す。
「まあそんな細かいことは気にするな。細かいところばかりに気がいっていると美しくはなれないぞ」
「なる気ないし」
「はっはっはっは! では早速始めようか!」
 おいおい、いきなりかよ。まあ別に今回は戦う気ないからいいんだけど。
「いいけど、背中になんかついてるよ。なんかめちゃくちゃ汚い感じのやつ。放っといてイイの?」
 もちろん嘘だが三鷹は本気にした。コイツは本物の馬鹿ではないか?
「なにっ!? なんだそれは? どこだ! どこにある! そんなのがついていたら醜いではないか! 美しくないではないか! おい、龍花君。どこにあるのかね? とってはくれまいか? おや? 龍花君? おい龍花君? いないのかね? 龍花君! ………はっ! もしや……………、私のために洗剤を持ってきてくれようとしてくれているのか? 優しい、なんて優しいのだ龍花君! いや、もはやこれは美しいといても過言ではない! なんて美しいんだ龍花君。これぞまさにライバル愛! それでは私は君の行為に甘んじるとしよう! ここで君を待っていよう! いつまででも待っていようではないか!」
 三鷹智則は道路脇で腰を下ろし、龍花との再開時の、熱い抱擁のイメージトレーニングを始めた。ボディランゲージ付きで。
 十五分後、付近の住人に通報されやってきた警官に両脇を捕まれ、補導されていった。

          *     *     *

 もちろん龍花は三鷹が考えていた行動などするはずもなく、当たり前のように逃げていた。あのあと田中に謝ろうと思ったのだが、結局会えないまま、そんなこんなで事務所(兼自宅)に帰ってきていた。
 オフィスデスクが四つある事務室に入る。部屋を掃除するという行動を起こす奇特な人間はこの中に龍花一人しかいないので、必然的に朝と全く変わらない状態か、それより悪化した状態の部屋になる。わかってはいるが再確認して少し鬱になる。
 乙はいつものように窓際の自分の席で本をよんでいる。外国語で書かれているらしく、この前見せてもらったが全く読めなかった。
 明日香は乙から見て左前の席で左手でポテチをチョビチョビ食いながら、ラジオを聞きながら、競馬新聞をよみながら、何か手帳のようなものにメモをしている。なにかデータでもとってるんだろう。これまたいつものことだ。
 洸平は明日香の真正面の席だ。何をしているかというと、無駄なことをしているとしか言い様がない。刃渡り十センチほどのナイフを三本使ってジャグリングをしている。うめぇ。無駄に上手い。机の上には同じナイフがあと三本ほどある。というかそれより、
「なにしてんだよ。危ねえだろうが」
「あ、龍花さんお帰りなさい。なんかいつもと変わらず楽しそうですね。なにかいいことでもあったんですか?」
「いつもと変わらないなら何もなくても変わらないだろう、というツッコミはおいておくとして、その危険な遊戯を今すぐ即刻早急にやめろ」
 洸平はそんな言葉は聞いていないかのように、そのままじゃグリングを続ける。視線はこっちに向いているのにいっこうに落とす気配もない。なんかもうプロ級。
「どうしたんですか? なんかいつもと比べて楽しく無さそうですよ。なんかやなことあったんですか?」
「さっきと言ってることが正反対だが、いやなことがあったのは確かだとだけ伝えておこう。その中の8割は『お前の存在』という項目で埋まっていると言うことも一応伝えておく」
 そういってオレは机の上のナイフをとり、洸平の手の中で回っているナイフも取ろうとしたが、危険だったのでやめて、言う。
「それを渡せ。もしくは死ね。できれば両方。無理なら後者」
「とりあえずこれだけ渡しときます」
「結構」
 オレの手の中には洸平から取ったナイフが6本。ふと違和感。
「なあ、なんでこれだけちょっと黒ずんでるんだ?」
 手の中で一本だけ他のと比べてグリップの色が濃いものがあった。
「ああ、それですか。今日少し使ったんですけど、血がなかなか落ちなかったのでそのままだったんですよ。あ、今思い付いたんですけど、それだけ違う色なのもなんか変ですから、他の五本も血で染めません? 龍花さんので」
「その『少数にその他全てを合わせる』っていう、それこそ少数派意見は改めた方がいいと思うが?」
「やっぱり、同じ人の血液のほうが同じ色がでますかねぇ」
「聞いてねエし。……それよりそんなことしてるぐらい暇だったら手伝ってほしいことがあるんだが」
「すみません。いまちょっと呼吸に忙しくて手が放せないんですけど」
「頭頂部に覗き穴ができるのと、頭部と胴体の永遠の別れとどっちがいい?」
「安易なオルタナティブはよくないですよ龍花さん。はは、構えないでくださいよ。やだなあ、冗談ですってば。で、何処に行くんですか?」
「武器の手入れ。先に行ってるからそのナイフを洗ってからこい」
 洸平が「わっかりました」といって水道のところにいこうとすると、キノさんが喋った。
「仕事が入った。十時に出発する」
 その言葉に最初に反応したのは明日香だった。
「うえぇぇぇぇ~、また夜中ぁ?」
 何でそんなにいろんなこと(左手でポテチをチョビチョビ食いながら、ラジオを聞きながら、競馬新聞をよみながら、何か手帳のようなものにメモをする)してるのに、話が聞こえてるんだよ。と、言いたかったが、明日香に言っても全く無意味なのでそのセリフは口の中で消える。
「わっかりましたぁ」と、また洸平が言って、話は終わった。
 早く下に行って、明日持っていくものを考えよう。あとちょっと練習だな。考えて地下にある武器庫に向って階段を降りていった。
 少し遅れて洸平が階段を降りた。

          *     *     *

 乙探偵事務所の地下には、体育館ほどの広さの戦闘訓練室と、体育倉庫ぐらいの広さの武器庫がある。
 広い部屋の中で、洸平と龍花が向かい合って立っていた。
 洸平は両手で、身長より少し短い黒杖を構えており、龍花は両手に一丁ずつ、黒い自動拳銃を持っている。コイルガンではないその銃の弾は実弾であり、人間を殺傷する能力を十分に持っている。
 二人の距離は三十メートル。洸平の黒杖では届くはずもなく、龍花の腕では射程圏内に入っている。
 すうっ、と。
 洸平の足が滑るように動いたのがはじまりの合図となった。
 その足の動きと同時に、重なりあった六発の銃声が鳴る。
 龍花による両手三発ずつの高速連続射撃(クイックロッド)。
 しかし百分の一秒の間も開けずに重なりあった六回の金属音が鳴る。洸平の黒杖が吸い寄せられるように全ての射線に滑り込み、弾丸を弾き飛ばした。
 その人間業とは思えない行為にも全く怯まずに龍花も駆け出す。銃によるリーチ差の有利など関係ないとでもいいたげに、全速力で龍花は疾る。
 最短距離をなめるように滑る洸平の姿は一見普通のように見えるが、龍花との距離は見る見る内に縮まっていく。それに対し龍花の直線的な動きは鋭く、洸平のスピードと相まって二人の距離は二秒と経たないうちにゼロになる。
 二人が交差するまでに放たれた銃弾は最初の六発を含め全部で三十二発。同じく聞こえてくる金属音も同数。
 全てを叩き落とした洸平も神業なら、洸平のつかみ所のない動きに合わせ、全ての弾ををたたき落とさざるを得ない位置にピンポイントで合わせる龍花も神業と言える。
 密着したゼロ距離で繰り出される洸平の攻撃。至近距離では使い物にならないようにも見える長い黒杖を器用に操り龍花に攻撃を繰り出す。
 龍花はその初撃を右手の銃の銃口で受け止め、間を開けずにトリガーを引く。飛び出た弾丸はしかし黒杖を掠めるに留まった。
 洸平がその直前に黒杖をずらし衝撃を回避している。そのまま流れるような二度目のなぎ払いが龍花に襲い掛かる。
 しかしその先には左手の中にある龍花の銃の銃口が待ち構えていた。
 耳を突き破るような銃声が鳴り響き、音速を超えた弾丸が黒杖を押し戻す。それと同時に、龍花は右手の銃を再び発射。
 これをあらかじめ予想していた洸平は、発射の瞬間に体をいれ替え弾丸を回避。その後飛び退こうとしたが、龍花の左手で再び鳴り響く銃声。それと同時に洸平は腹部に強い衝撃。
 その発射によって全弾撃ち尽くした龍花も後方へ飛翔。一分の隙も見せずにカートリッジを交換。
 十メートルの距離を開けて二人は再び対峙した。
 数秒後の洸平の腹部に残っているものは、服に開いた穴だけ。数センチの銃創などの再生は、洸平の再生能力にかかれば一秒とかからずに完全回復してしまう。
「ああ、これじゃあまた服を買わないといけませんね。けっこう気に入っていたんですけど」
「そんな服を着て闘うな。少しは考えろ。むしろ考えなくていいから死ね」
「いや、龍花さん相手だったら服に傷なんかつくぐらいの闘い方しなくてもいいかなあと思っていたんですけどね」
「そのじわじわくる皮肉を聞いてるとお前の性格を再確認できて、とても最悪な気分になる。よってお前のその認識を改めさせるためにあと二百コほど穴を開けてやるとしよう。その後死ね」
 そう言って、龍花は走り出した。
 
 ニ度目の接触。
 さきほどとはうって変わって聞こえてくるうちの大部分は金属音。銃声はときおりその間を縫うように聞こえる程度。
 ゼロ距離ではなく、手がギリギリ届くくらいの間合い。洸平にとっても龍花にとっても一番やりやすい距離だ。
 よって必然的に闘いは激しくなる。
 攻撃に移るために洸平が黒杖を限界まで引く。
 引いただけの加速をもって杖の先が龍花に迫るが、龍花は銃身によって流す。すかさず黒杖を引き、二度目、三度目の突き。
 全てをしのいだ龍花は反撃に出る。
 四度目の突きのために再び引かれた黒杖に合わせ一歩踏み込み、右手に持った銃のグリップによる殴打を洸平の右側頭部に打ち込む。
 頭を引いて避けようとする洸平。
 しかし銃は本来は鈍器としてではなく銃器として使用するものであるということを龍花は忘れていない。
 龍花の手の流れは、そのまま洸平の顔面に銃口を向ける結果となった。正しくは、そのように龍花が仕向けた。
 銃声。
 咄嗟に避けた洸平の耳を抉りとって銃弾は進み、背後の壁にめり込む。コンクリートと銃弾の衝撃音が聞こえる前に龍花は再び顔面にむかって発砲。さらに死角に入っている左手でも腹部にむかって三連続のクイックロッド。
 前者は洸平の耳をさらに抉り、後者は一発を黒杖でしのがれたが、残りの二発はしっかりと命中。洸平の内蔵を巻き込んで後方に吹き飛ばす。
 攻撃の手を一瞬休めた洸平にむかって、さらに連射、連射、連射。
 至近距離での発砲に洸平が防げたのは右手の銃の分だけ。左手の銃の弾丸は全て体を貫通していた。洸平の後ろの床にはちぎれた肉と血液が散乱している。
 両手の拳銃にそれぞれ残り三発ずつ残したまま、龍花は衝撃でよろめく洸平に再び側頭部への打撃を見舞う。
 しっかりと右手に伝わる重い感触。
 頭蓋骨の軋む音と皮膚がえぐれる感触を感じる。
 決まった! と龍花が思った瞬間の油断を洸平は見逃さず、背後の死角から黒杖の一撃を放ち、龍花の背中を強く打ち付ける。
「っ!」
 龍花は衝撃でうめいたが、脳震盪を起こしてもおかしくないはずの衝撃をうけた洸平は、相変わらず微笑を浮かべたままである。その目は「まだまだ終わりじゃありませんよ」と語っていた。
 その言葉(?)どおりに、黒杖の一撃に連続して、杖を持っていない方の拳が腹に飛んできた。咄嗟に銃身で防ぐが十分ではなく、拳銃の堅い感触を腹部に味わう。さらに襲い来る黒杖を、逆の銃で受け止め、流す。
 後方飛翔して体勢を立て直そうとするが、話した距離と同じ分だけ洸平が歩み寄ってくるために距離をとることが出来ない。
 すでに全ての傷が回復した洸平の猛攻が始まった。
 ガガガガガガガガガガガガガガ………………、
 延々と続いていくかとも思える金属の協奏曲。それにあわせるかのように、踊るように攻撃を繰り出す洸平。
 振り下ろし、突き、逆袈裟、三段突き、振り上げ、下段斬り、上段突き、振り下ろし、足払い、突きのフェイント、黒杖を回転させて逆側による突き、なぎ払い、高速の三連続斬り…………。
 右から、左から、上から、下から、正面から、背後から。
 まとわりつく触手のようにうねる黒く長い杖。その合間に見える笑顔。それらを視界に収めながら、龍花は両手に収まっている金属の固まりを使ってなんとか攻撃を受け止め、流す。発砲する余裕は全くない。
 龍花は気がつけば壁を背にしていた。洸平の連撃を退きながら返していたため、だんだんと壁が近付いてきていたのだ。
 と、唐突に洸平の攻撃が止んだ。、
 予想していた衝撃をすっぽかされ、体勢を少しだけ崩してしまった龍花の顔の真正面から、黒杖が槍のように飛んでくる。
 投げるのかよっ!!
 全ての集中力をそこに使って間一髪で顔を横にずらした。
 その行為自体は成功し、なんとか黒杖は耳すれすれを通って背後のコンクリートに突き刺さった。
 しかし、
 視線を黒杖から前方に戻した刹那、眼前数ミリには洸平の左手の中指の爪が見えた。
 ぺちっ。
 でこぴんが一発決まり、緊張の糸が切れた龍花は壁をずるずると滑って座った。呼応して、赤みがかった2メートル近い髪の毛が床に散らばった。

          *     *     *

「っつー、なあ洸平よ。オレには全自動体細胞修復機とかないし、ちゃんと痛覚神経だって通ってるんだから、もうちょっと手加減してはくれませうか?」
 床に腰を下ろして龍花は休んでいる。
 今は痛む両手をぶらぶらさせるという科学的に何の根拠もない方法で痛みをとっている。
 洸平との戦闘訓練の時、黒杖の打撃を受け止めた手がとても痛い。
「本番と同じようにしなくちゃ、訓練の意味が無くなっちゃう、ってどっかで聞いたことがあったんでつい力だしちゃうんですよ。それに、それくらいはちゃんと受け止めてもらわないと困りますよ。ガナサイト合金の拳銃を使ってるんですから、それに見合った動きをしてもらわないと」
「うるさいだまれそして死ね。てめえの棒だって同じ素材だ馬鹿。そしてお前の動きは人間じゃないから追い付くのは死なないと無理。死ぬつもりはないから無理」
 ガナサイト合金と言うのは、洸平が乙探偵事務所の所員となって初めてやった任務の時に報酬としてもらった金属だ。
『一度固体になったこの金属は、その後の温度変化によって一切変化せず、さらに、どんな状況でも硬化した状態を保ち続ける』という性質をもっているらしいのだが。
 こいつのすごいところは、ただでさえ堅いのに、中に混入されている微細機械によって、傷付いてもすぐに元に戻ると言う、自己再生能力をもった金属だというところである。(っていうかそれって金属なの?)
 これによって洸平の黒杖は曲がらず折れず傷つかず、オレの二丁拳銃も洸平の打撃にたえることが出来るようになった。
 しかし堅いものをもっているからといって、衝撃がなくなるわけでもない。手でもっているからには手に衝撃が来るのは当たり前。
「お前が死ねばそっちの戦闘力はゼロ。生きてれば少なくとも一以上だからオレの勝ち。この結論を導くために潔く死んでくれ」
「すみませんねえ龍花さん。どうすれば死ねるのか知らないので死ねません。あ、そうだ。龍花さんと一緒にサリンが充満してる部屋に入れば死ねるかもしれません。どうですか? 早速試してみましょうか?」
 下らない言い合いはめんどくさくなったのでオレが黙ってオレの負け。負けても失うものは安っぽいプライドだけなので別に気にしない。
「…………で、どうだった?」
「七十点ぐらいですかね。やっぱり利き手じゃないぶん、左手の反応速度が少し落ちてますね。手がまだ痛いのは衝撃の吸収がうまくいってないせいです。さっきの『このくらいは』っていうのは本当ですし、今ぐらいのだったら当てるだけじゃなくて、引いて衝撃をやわらげる動作をいれるようにしないと」
「無理だろ。というか今のが限界だ」
「じゃあ限界を超えてください。それと僕以外だったら別にいいんですけど、僕は頭打たれても平気なんで、攻撃の時に隙をつくってると反撃しちゃいますよ。というかしましたけどね」
 右手にいまだに残っている骨と皮の感触を思い出す。
「あぁもう! てめぇを中心に考えるな! どう考えたってあれは脳震盪コース一直線だろうが!」
「そうですか? まあちょっと視界がぶれましたけど……」
「黙れそして死ね」
 龍花はそう言うと立ち上がって武器庫のほうに歩いていく。
 洸平はにっこりと微笑みながら後についていく。
 体育館についているような巨大な時計は六時を指していた。
  1. 1990/01/04(木) 01:02:00|
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【ConceCt】第1話 炎の転校生

  第1話 炎の転校生

 小春日和。
 ダイニングに入ってくるなり新聞を開き、椅子に腰掛け、その新聞を読みながら洸平はオレに話し掛けた。
「龍花さん。おはようございます。いやあ、雲一つないどこまでも広がる青空ってほんといい天気ですねぇ。
 まあ僕にとっては雨じゃなければ、曇りでも雪でもいい天気なんですけど、そんなのは僕から見た主観的なものなんで特にお気になさらないでください。いや、べつに龍花さんが雨の日をいい天気と言おうが、嵐の日をいい天気と言おうが、僕はそんなことでは態度を変えることはありませんので特に心配はしなくていいですよ」
「するか。死ね」
 洸平の無駄口は、もはや死んでも治らない。無意味な単語の連続には人間をイライラさせる成分でも入っているのか? 誰か調べてほしい。……自分でやれって? 知るか。オレはやらない。
「つれないですねぇ。せっかく挨拶したんだから『おはよう』ぐらい言ってもらってもバチは当らないと思うんですよ。思いませんか? まあ神様を信じないんだったらバチがあたるなんてことも気にしないとも思いますけど、やっぱり挨拶には挨拶を返すのが礼儀なんじゃないかと僕は思うわけですよ。それともあれですか? 僕はたった一言、挨拶もしてくれないほど龍花さんにひどいことをしたんですか? 僕の記憶の中にはそんなことは少しも残ってないんですけれども、もしそうだとしたら謝っといた方がいいこともないような気がしてならないので正確なところをどうか教えていただけたりするとありがたいのですが」
「した。よって死ね」
 おい神よ。
 なぜこいつに言語という高等なものを与えた? きまぐれとか言ったらオレが殺すぞ。いやむしろ自殺しろ。富士の樹海で。てめえのせいでオレがどんだけイライラするかわかってんのか? よく考えてから行動しろ、この無能神めが。
 と、意味不明な理論展開を頭の中で繰り広げながら、沖山龍花は朝飯をつくっていた。別にどうと言うことはない。ただの焼き魚と味噌汁とごはんとその他。
 出来た料理を机の上に並べる。四人分。
 まったく、なぜオレが料理なんぞしなければならんのだ。しかも純和食。……ああ、そういやそうだったかな。男女平等社会、たしかにそういう言葉もあったかもしれん。それはある。男だからって料理をしないのはよろしくないのはわかっている。いるが、……だからなんとオレは言いたい! 男は黙ってアウトドアクッキングだ! なぜ、和食などという、女のレパートリー必須科目をマスターしてしまってるんだ、オレは?
 ああ、わかってます! それもわかってますよ。原因はオレにあるんだから。ようするに、じゃんけんに負けちまったんだよこんちくしょーめが。あんな運とその場の雰囲気でいくらでも変わるような不確かな決定方法でその後全ての食事当番を決定するのはいささか問題があると思うが、オレも最初に同意してしまったので文句は言えない。
 そして、その時勝った三人と自分のためにこうして朝食の配膳を行っている。
 正方形のダイニングテーブルの一辺に一人ずつ座る。頂点に座ったり、一辺に複数人入るようなことは普通はしないので、必然的にそうなる。普通じゃないって言われればおしまいなんだけど。
 それからも聞こえてくる洸平の声にうんざりしてきて、毎朝のことながら洸平の味噌汁に味噌を当社比で二・五倍にしようか本気で悩んでいると、ダイニングの扉が開き明日香が入ってきた。
 高梨明日香。
 髪の毛は肩で切りそろえ、化粧は全くしていない。めんどくさいかららしい。それでも、十人男がいたら七・五人は振り返るほどの顔の持ち主なので全然問題はない。ただし声をかけた瞬間からそのイメージはもろくも崩れ去る。なぜなら性格に問題があるからだ。わがまま。ジコチュー。自分のことしか考えない。やりたい放題。洸平並みに喋る。そして暴力的。
 そんな極端な性格の明日香は、大きなあくびをしながら洸平に手をふる。
「ふあぁ。よく寝たわ。あ、おっはー森知君」
「おはようございます明日香さん」
 洸平は快く挨拶をする。オレはすこしイライラしていたので八つ当たり。
「つーかてめえ、寝たの四時だろ。よく寝たもなにもねえだろうが。なんか一般人と違うんじゃねえか?」
 まあたしかにオレ達は一般人とは違う。ちょっと違うところはあるが、その中に睡眠は特に関係はなかったと思う。
「うるさいわねえ。黙ってなさいよロン毛。私は寝てる時は他の人間と時間の進みかたが違うのよ。そうね、強いて言うなら<わたし時間>? だから少しだけでもたくさん寝てるの!」
「意味不明だからそこらへんでやめとけよ。いやむしろやめろ。オレにバカが伝染る」
「もともとバカな人間には伝染らないわよ」
「タイプが違うんだよ。オレはまともなバカ。カナはバカなバカ」
「まともでもバカはバカなんでしょ。どっちにしろ変わらないわよ。……って、ん? あれ? ちょっと待って。ってことはトラと私、同レベル? だめだめ。そう、そうよトラのほうがなんとなく頭使ってなさそうじゃない? だからトラの負けね。私の勝ちね。わかった? あーゆーおーけー?」
「あーゆーおーけー? って聞きてえのはこっちだ」
 トラなんて誰のことかと思うが、オレだ。寸分の狂いもなくオレだ。なんとも奇怪なあだ名をもったものだ。『え?あなた龍花っていうの?じゃあ龍だからドラゴンね。略してドラ!あ、でも言いにくいからトラね』という摩訶不可思議的理論により決まった名前がカナの中ではずっと使われている。<ドラ>からきてるので発音は動物の虎のほうじゃなくて、寅さんのトラの発音で呼ばれてる。
 オレが高梨明日香のことをカナと呼ぶのは、まあ仕返しみたいなもんで、高梨のまん中二文字をとって<カナ>になった。
 お互いバカだったと後悔してるが、それがそのまま使われ続けてしまっている。
「明日香。その時点で既に意味不明だ」 
 唐突に、明日香の後ろから乙が現れた。
 乙 一。年齢不詳。いつも黒い服を着ている男。女が十人いたら十人が振り返るほどの美貌の持ち主。ただし、常にサングラスをかけているのでその素顔がじかに見られることはほとんどない。部屋の中でもサングラスをかけている精神はどうかと思うが、ポリシーなんだろう。噂ではヘテロミクアらしい(どこの噂だよ!と突っ込みを入れたい)。
 一応全員揃ったので、食いはじめる。

「あ! おいちょっ、カナ! なにオレの分の魚とってんだよ!」
「なに? おいしいからに決まってるじゃない。いいじゃない。まったくケチなんだから」
 明日香は胸を張って言いやがる。言ってるあいだも自分の分の魚を食べてんのは器用と言うべきか。
 その横で洸平がぼそっとつぶやく。
「お前のものはオレのものって、ジャイアンニズム精神ですね」
 地獄耳の明日香が聞きつける。
「なんか言った? 洸平?」
「いいえ。特になにも言ってませんよ」
 笑顔で言われると嘘っぽく聞こえるのはオレだけだろうか?まあ嘘だろうが。
 そうこうしているうちに明日香が自分のを喰い終わり、オレの分の残りをを食おうとする。まったくもって油断ならん。
「おい、カナ」
「なに、トラ? もう返さないわよ」
 いぶかしみながらも、オレの反対側に魚を箸で遠ざけながら明日香は言った。そのセリフは無視し、オレは明日香の肩に手をおいて優しくさとすように言った。
「いいからもう喰うな」
「いやよ。これから……が…………」
 数秒、明日香は思考し、愕然とし、怒りながらこっちを向いた。
「トラ! こんなところで能力使うなんておかしいんじゃないの!? とっとと取り消しなさい。ずるいわよ! 汚いわよ! セコいわよ!」
「人のメシを食う方が数倍汚いわ、黙って返せ」
「いやっ。それだけはいやっ!」
「どうせ食えないんだから渡せ、渡すんだ、渡しなさい!三段活用!」
 うだうだやってると、洸平の声が聞こえてきた。
「ごちそうさまでした。おいしかったですね。……それより龍花さんももう時間ですよ。早くしないと遅くなりますよ。ってちょっと考えてみれば当たり前のことですけれど気にしないでください。それでは」
 洸平は去っていく。
 オレは時計を見て、「ぐわ~」といいながら悔しさいっぱいの顔で部屋に戻ろうとする。
「ちょっと、トラ! これ解除していきなさいよ!」
 オレは振り返り、一言。
「道連れだ」
 明日香の怒鳴り声が聞こえてきたが無視する事にした。
 


          *     *     *

 世界には特殊な能力をもった人間がいる。ちなみにオレ(沖山龍花)たち、(オレ、洸平、明日香、キノさん)も、その能力者の内に入っている。キノさんの話によると、日本には潜在者が十万人、発現者はその十%ほどいるらしい。ホントのところはよく知らない。
 それでも、そんな能力があったところで特に日常生活に影響はない。
 基本的に能力者はその力を隠す。ややこしいし、問題になりやすいからだ。それでまず人前では使えない。そして特に、能力を使わなくても、普通のもので何とかできることが多いのだ。よって、あまり役にたたない。
 オレの能力は、『禁止』<人に触れながら、禁止したいことを相手に理解させればその行動を禁止できる>というもの。条件なんかはいろいろ明日香や洸平で試してみた。使ってみるとわかるもんだが、高校生にはまったく必要無い。命令するがわにいないから、禁止させることがない。使えるとしたらさっきのような時ぐらいだ。せめて学級委員とかなら使えたかもしれない。どうせ真面目にやらんだろうが。
 洸平の能力は『高速再生』<身体を活性化させ、傷を瞬時に修復させる>。こっちはケンカとかに使えそうだ。
 明日香は『超感覚』<常人より遥かに高い感覚能力をもつ>。つまりはとてつもない視覚と聴覚と嗅覚と触覚と味覚をもっているということ。使えるか使えないか、やはり微妙。まあ、眼がいいのはいいことだ。
 キノさんは『壁』<空間に不可視の壁をつくり出す>。昨日は明日香もこれに助けられたらしい。本人は認めてなかったが。まあ、これも微妙。
 PKとかなら一人のときに横着できたりしたのに。まあ、今のままで使い道を考えよう、ということで。朝のような使い方をしたりしている。いいんだか、悪いんだか。……多分悪いんだろう。
 
          *     *     *

 この高校の出席確認はチャイムの時刻が基準だ。チャイムが鳴り終わるまでに教室に入ればセーフ。一秒でも遅ければアウト。余韻がなく、プチッと切れるので、ごまかしがきかない。教師は既に教室にいる。
 そのチャイムが、今鳴り始めた。現在地は一階昇降口。目的地は二階最奥の教室。全力疾走開始。すでにこの地面につくかという長い髪の毛で目をつけられている。遅刻が重なれば最悪留年もあり得るために、本気で走る。その髪の毛がうしろに水平になびいている。それだけの速度で走っている。右横の『廊下は歩く』のポスターを一瞬だけ視認。ふざけんじゃねえ、こちとら命かかってンだ。不安定な精神はポスターごときにも反応してしまう。
 あと五メートルちょっと。タイムリミットももうすぐ。
 キーンコーンカーンコ-……。
 ガラガラガラガラ。とドアを開け滑り込んだ時、ちょうどチャイムの音が切れた。
 ハァハァハァ……。
 とりあえず安心して自分の席にむかい、机に向って倒れる。
「ぐはぁぁぁぁ~」
 と、後ろの席からかん高い男の声が聞こえてきた。
「お疲れ、ハナちゃん。大丈夫だった? いつもよりちょっと遅いね」
 肩で息をしながら洸平は答える。
「すこし凶暴猿と格闘してたからな。それとハナって呼ぶな」
 ついでに何度目か判らない訂正。いきなり話しかけてきたのは後ろの席の田中。下の名前は知らない。というより、忘れた。一年のときからの腐れ縁で、二年生になった今でもいまだに田中で済ましている。特に問題はおきていない。…………はずだ。
「そんなことより、ハナちゃんの机の中に封筒入ってるよ。ラブレターかのろいの手紙か年賀状かはわからないけどね」
 オレの訂正を軽く無視し、田中は嬉しそうにオレに言う。
 何で嬉しそうなんだ? そして何故年賀状?
 よくわからないが、とりあえず手紙の封を開けようとして、……………………やめた。
 視線を感じる。背後から。わかりやすく言えば田中から。
「…………………」
「…………………」
 後ろでじぃぃぃぃぃっと見つめる人間がいたので、手紙は机の中へ。
 ラブレターはまずないが、もしもその手の手紙でそれを田中に見られるとなれば、オレはこのクラスのおもちゃへと成り下がってしまう。こいつの辞書にプライバシーという単語はない。
 それでも、田中が勝手にに人の郵便物を開けて見るような非常識なやつじゃなくてよかった、と思った。

 ショートホームルームが終わり、一時間目の教室移動の時にトイレに行って中を見た。
『沖山龍花さんへ
 一時間目の授業中に屋上に来てください
          あなたに恋する乙女より』
「…………………………………………………………………………」
 うさん臭さマキシマムのラブレターだった。

 騙されたわけでは断じてない。何故かって、まず一人称が『あなたに恋する乙女』の時点で、本気で書いたとしたならばどう考えても社会不適合者なのだから。どうせ手のこんだいたずら、もしくは果たし状なのだろう。
 オレは特に暴力関係で目立つ気はないのだが、微かに赤みがかって染めたように見えなくもないこの長髪を見たら、多分オレが上級生でも、生意気なやつだ、と思うと思う。よって、目をつけられていじめ(?)られるのだが、一介の高校生に過ぎない先輩方の技術では、キノさんと毎日と言っていいほど戦闘訓練をしているオレにかなうはずなく、結局返り打ちに会うことになる。そして、そうなると別の集団、または力に自信のある馬鹿共が集まってきたり、別の学校から挑戦状を叩き付けられたりしてしまう。それに勝つとまた別のやつ……で、デフレスパイラル突入ということになっていく(あれ? インフレスパイラル?)。どっかで負けてしまえばよかったのだが、それはそれで悔しいのでつい勝ってしまう。そんなこんなで敵多し。果たし状も現実味を帯びてくる。
 まあなんにせよ面倒ごとは早めに解決するに限る。
 と言うことで、屋上に来たのが十分前。まだ春とよんでいいはずの季節なのにこの暑い日射し。唸るような太陽。だんだんのぼっていく気温。本当に『口は災いの元』なのか? 思考回路も微かに麻痺し始めて来た。いい加減戻ろうかとも思ってきる。
 普通は呼び出した方が先に来るんじゃないか? だんだんと暑くなってきたのでもう教室に戻ろうと、屋上に通じるドアに向きを変え一歩踏み出した時、

「………ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおりゃあああああああ!!!」

 叫び声が上から聞こえた。遠くから近くに向ってくるように声がだんだん大きく聞こえてくる。
 どんっ、という音と同時に、階段の屋根の上に謎の男が着地した。そっちを見ると、ちょうどその時太陽がその男のうしろにあったため、男のほうを見ると後光がさしているように見えた。しかしあくまで気のせいだろう。……気、の、せ、い、だ、ろ、う。
「ハ~~~~ハッハッハッハッハッハ~~~~~~!!!」
 謎の男が腰に手を当て、謎の奇声を発している。
 がんばって目をこらして見ると、その男は眼鏡をかけていた。服装はどこかの学校の制服だろう、ワイシャツに下はベージュのズボンだ。優等生っぽい雰囲気をまとっているが、笑い声が全てを台なしにしている。その笑い声は三流の戦隊ものの悪役の笑い方に似ていた。
 とりあえず、笑い続ける男にむかって手紙を差し出し、一つ疑問に思ったことを言う。
「なあ、この手紙はお前のか?」
「そうとも! この私直筆の君に贈った手紙だ。じつはそれは罠だったのだが、まんまと罠にかかってくれてありがたい。これで一人で待っていたとなればとても美しくないのでな。こっちが礼を言いたい気分だ! よって礼を言おう。ありがとう!」
「いや、オレはべつに礼は言いたくない」
「そうか。まあそんなことはどうでもいい」
「いいのかよ」
「いいのさ。ところでそんなことを考えていてもいいのかい? 沖山龍花君。私の使命は君の抹殺なのだが、ぼ~っとしていて大丈夫なのか?」
「いや、だからそんなことは初めて聞いたし、抹殺って。っつーか、ばらしてもイイもんなのか? そのなんか機密事項っぽい事」
「正義のミカタはまず名乗る事から始めるべきだ。これが世界のおきてなのだからな」
「おきてなのか? そしてお前は正義なのか?」
「二つともイエスだ。そういえば私はまだ名乗ってなかったな。これではおきてに反する事になってしまう。ということで、私の名前は三鷹空海。三匹の鷹と空と海さ。どうだ、美しい名前だろう。かの修行僧空海と同じ名前であるぞ」
「いや、わからねえ」
「わからないのか!? そうか、この美しさが理解出来ないとは残念だ。ああ、本当に残念だ」
「で、あんたはなにをしに来たんだ?」
「もちろん君を殺しに来たのさ。しかしいきなり背後から一撃で葬るのはなかなか美しくないではないか! 本当の美しさとは、正義と悪と言う二つの力同士の拮抗の末の勝利と私は考えているのだよ。この会話はその両者の価値観のみぞを確認するためのいわば前振りに過ぎない! わかっているかね龍花君」
「別にわからなくていい……」
「それだ! それがよくない! 美しさに無関心になった人間は美しさを求める事が無くなる。それによってこの地球が美しく無くなっていく。ああ、なんて悲しい未来なのであろうか。私はそれを望んではいない。ゆえに、こうして今も美しさを求め続けているのだよ」
「美し………さ?」
「な……! なんだ今の最後の疑問符は!? もしや君は私が美しくないとでも言いたいのかね!?」
 眼鏡をしきりになおしながら、三鷹は言う。
「……………」
「ま、まあいい。それよりそろそろ始めようではないか」
「別にオレは待ってたわけじゃないんだが」
「そんな事は気にしない。美しければそれでいい」
「……バカだ」
「ああ、馬鹿で結構さ。そのかわり美しいからな!」
「そうか?」
 三鷹はオレの言葉を無視し、今まで組んでいた腕をほどき、まるで十字架のように両手を左右に大きく開く。
「さあ、はじめるぞ龍花君! まず先攻はこちらでいかせてもらおうか!」
 身勝手な、という暇もなく、三鷹は右手を上にかかげる。その手の中にはオレンジ色に光る光球が浮かび上がった。
「シャイニングゥゥゥゥ!」
 ピッチャーよろしく、ふりかぶり、
「バーーーーーニーーーーン!!!!!」
 絶叫とともに肩の関節が外れるかと思うほどの勢いで、手のひらをこちらに向けて突き出す。
 直後、爆音が轟いた。
 爆音の寸前に見た景色は、三鷹の手から放たれるいくつもの光球。それがコンクリートにぶつかった時の爆発。そして火炎。
 一瞬の内に屋上は火の海となった。
「っつーか! なん、で、叫ぶンだよ!」
 基本的に能力の発動に言葉はいらない。まあ、オレの能力、というか第弐種能力は催眠的な要素が強いので言葉を使う事もあるが、叫ぶ事はないだろう。
 明るさと熱さに身体が焼けそうになってくる中でも冷静にツッコんでる自分を自覚し、激しく自己嫌悪。
 そんなこっちの思いなどつゆ知らず、三鷹は余裕でオレの質問(ツッコミ)に答える。
「当たり前ではないか! それが何故かと問われれば、もちろん必殺ワザだからだ! 必殺ワザを大声で叫ぶというのは、常識を通り越して既にこの自然界の摂理なのだからな!」
「ああそうかい!」
 投げやりに答えながらこの状況の打開策を探す。まさかここまでやるとは正直思ってなかったが、やられてしまったものは仕方がない。熱にヤラれそうな脳みそをフル回転させて対策を考える。
 まずはこちらの戦力確認。コイルガンはバッテリーの充電中で撃てない。拳銃は持ってきてすらいない。屋上のこんなどまん中に武器が落ちているはずもなく、コンクリートを砕いて使うほどの勇気と根性と頑丈さは持ち合わせていない。能力は接触型なので、遠距離ではほとんど意味がない。つまりは徒手空拳。……やべえ。
 対して三鷹は『炎使い』と思う。というかそれ以外は有り得ないだろ。シャイニングなんたらとかいう変な名前をつけているが、あれは広範囲の火炎弾攻撃と見て間違いないし。遠距離でも近距離でも有効のはず。もし自分の炎が全く効かないという事であれば、近距離で炎を振り回され、直接殴る事も出来ない。
 どうする?
「美しくないな! じっとしているでけではほ乳類の薫製になってしまうぞ! 足掻け、逃げろ、抵抗しろ! 最後の最後まで美しく歌ってくれ! 美しく散ってくれ!」
 思考を中断させる嬉々とした三鷹の声が聞こえて来た。
 何で喜んでいるのかは宇宙開闢以来の謎だ。そういう事にしておく。
 しっかりと無視し、考えた末の答えは一つ。『能力の発動を禁止する』まあ考えなくても同じ結論に辿りついたのは間違いないだろうが。というかこれ以外に何かあるのか? まあとにかく実行に移すために動き出す。
 しかし、こちらのたどり着く結論が一つならば、少し考えればむこうも同じ答えを見つけているだろう。こちらの名前を知っていて、能力を使って殺そうとしている事から、こちらの『禁止』の能力が知られてる確率はかなり高い。
「……こりゃキツくなりそうだな」
「ハッハッハッハ、もう弱音かい?」
「ルーン無しで直接って時点で既にセコいわ」
 髪の毛に燃え移らないでくれよ。
 思いながら一気に駆け出す。
 右に三歩。切り返して左に一歩、すかさず再び右に駆け出す。視線を意識的に動かしフェイントを誘った上で移動。ワンテンポ遅れて髪の根元が。ツーテンポ遅れて髪先がひらひらと舞いながらついてくる。
 思惑どおり三鷹は左側に火炎弾を放ってくる。……無言で。ヲイヲイ。早速前言撤回ですか?
 自分で言った自然界の摂理を三鷹は完全に無視。無言で連続的に攻撃を放つ。いちいちツッコんでる暇もなく、再びオレは走る。
 放たれた火炎弾は一瞬遅れ、その結果標的(オレ)を掠め、オレのすぐうしろで激突。爆発。炎上。
 オレは爆風に乗り加速。屋上にたまたまあったポールに捕まり、そのまま半回転。重心の移動、遠心力、腕力、爆風による加速を利用し、右斜め横から飛び出し三鷹に一気に詰め寄る。
 その直後、オレの、「こちらの動きは読まれているだろう」という読みは当たり、何の問題もなく三鷹は振り返り、
 
 目が会った。

 すでに彼我の距離は2メートル。
 お互いに刹那の硬直。即座に互いに硬直から解放。
 三鷹は火炎壁を発動。その名の通りに炎の壁がオレの前に立ちふさがるが、その行動を予想していたオレは、すかさずそれに突っ込む。
 予想外の展開にかすかにうろたえる三鷹。
 オレのワイシャツにまとわリつく炎が熱さを告げるが無視。最後の一歩を全力で駆け出し、三鷹に飛びかかる。
 近距離の爆発系の能力で、カウンター。
 嫌な予想が頭をよぎった。しかし、あとには引けない。
『攻撃を……』
 手のひらを開いて、掌底を浴びせ、
『禁止する!!』
 同時に叫んだ。
 直後、『禁止』の効力が発動。三鷹の操っていた屋上の炎が、一瞬にして消え去っていった。
 すでに火がついてしまったワイシャツは戻らないのかと心配していたが、服の炎も消えていた。不思議な事に焦げてもいなかったが、運がよかったのだろう。
「おい、あ~~~、なんだっけ………え~~、そうだ三鷹!」
 オレの攻撃で吹っ飛んだ(といっても1メートルくらいなのだが)三鷹はすでに立ち上がり、オレが自分の服を確認している時に逃げようとしていた。
「は!? てめえまさかこのままですむと思ってンのか? この腐れナルシスト!」
 三鷹は振り向いて右手を「よっ」という感じで上げ、満面の笑みで言った。
「やられるところは全体的に美しくないのでな。まあ過去のことは水に流そうじゃないか、龍花君」
「ふざけてんじゃねエぞ! 三途の川の水で流してやろうか!?」
「はっはっは、現代の川の水は汚いらしいのでそれは却下だ。ではさらば!」
 なんだかよくわからないが、三鷹はいつの間にか、視界から消えていた。
「結局何で襲って来たんだよ?」
 肝心な事を聞いていなかったが、気にしない事にした。
「明日はなんか武器でも持ってくることにしよう」
 どうも所長と一緒にいると、面倒な事に巻き込まれる率が高い。それは別にいいのだが、学校内はやめてほしい。
 この平穏な生活を壊さないでほしい。
 オレは途中からでもと、教室にむかった。
 屋上のドアを開けたらチャイムが鳴った。さっき運がいいなんて言ったのは訂正。
 ……運が悪い。
  1. 1990/01/04(木) 01:01:00|
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【ConceCt】第0話 序章

   序章

 取り引きの張り込みをしていたのに、隣にいる森知洸平が喋りかけてきたので見つかってしまい、その場にいた十人全員が追っかけてきたので、そこから全力で逃げている途中なのだが……。
「洸平。いいか? 今からオレの言うことをよく聞け。……黙れ、そして死ね。できるだけオレの遠くで自殺しろ。自害しろ。富士の樹海なんか最高だ」
「え? いやあ自殺なんて真似、僕にできるわけないじゃないですか。僕ができるとしたら、毒薬をこっそり飲料水に混入させることとか、どこかの誰かさんの首と胴体の切り離しの手術とかだけですってば。買い被り過ぎですって」
「洸平、口は災いの元、っつーことわざ知ってるか?」
「知ってますよ。人間の息に含まれてる二酸化炭素で地球温暖化になって異常気象が頻発するって意味ですよね。人間って結構二酸化炭素を吐くんですよ。あ、ここでは<災い>っていうのが今で言う<災害>ってことになってるところがポイントですね。龍花さんそんなことも知らなかったんですか?」
「いやもういい。問答無用で死ね」
 ……逃げている途中なのだが、そんな緊張感など全く感じないままに、バカな話をしながら走っている。
 特に洸平。何故この状況で笑っていられるかは永遠の謎だが、いつもこんなかんじで笑ってるので気にしない。
 オレがもう一度「死ね」と言って会話が途切れた。ついでに、背後にむかってコイルガンを五連発。ついでじゃない気がするのはこの際お構い無し。ちなみにこのコイルガンは市販されていないオレ手作りの自動拳銃で、電磁力の力で弾を飛ばす新しいタイプの銃。火薬を使わないので発射音がしないのがいい所なので愛用品。
 そのコイルガンから発射された五発の弾丸は、背後から追ってきていた一人に全弾命中し、その男を昏倒させる。
 しかし、他の奴らは倒れたやつなど完全無視で追ってくる。さすがに非仲間想いなやつらめ、いやむしろ自分のことしか考えてない自己中心的存在的な存在なやつらと言った方がいいか。まあ、どっちでも意味わからんが。そんな奴らは倒れたやつのことより自分の将来に関わることを優先させている。
 ったく、これじゃあ人質すらとれねえじゃなねえか。
 と犯罪者ばりばりの思考を辿っている龍花だが、相手が犯罪者なのでお互い様だ。と心の中で思っている。
 話しながら走っているうちに、ビルに囲まれてはいるがすこし開けたところに出た。月明かりがほんのりと地面を照らして、路地よりはいくらか明るい。そこに出た瞬間に洸平とアイコンタクトを交わす。会話をやめ、同時に左右に散る。その勢いでオレのかかとまである長髪が風になびく。
 追っ手はその勢いのまま広場に突入。その横手からオレがコイルガンを発射。ねらったのは最前列の男のこめかみ。寸分違わず命中し、そのまま昏倒。
 それに気付いた一人が、自動拳銃をオレにむかって乱射。オレは洸平と違って、弾が当たると十分すぎるほど痛覚神経に刺激を与えてしまうので、もちろん逃げる。再び路地に突入。二人追ってくるが、かなり離れている。当分の間安全と判断。
 少し走ると路地内にある外階段に気付く。全力で駆け登り、三階建てのビルの屋上で休憩。下を見るとさっきの広場がよく見えた。洸平が戦っていた。
 戦闘中でも洸平の顔は笑っている。しかしさっきの笑顔とは微妙に違う。ほとんど同じでわかりにくいが、それを読み取れるくらいには長くつきあっている。……と思う。
 微かに笑いながら洸平は疾る。右手には漆黒に塗られた杖。杖といってもただの棒に等しく、一メートル半の長さと、一センチ五ミリの直径を持つ。両端はやすりで磨いたように丸くなっている。
 その黒杖をたずさえながら疾走。一瞬で一人の男の懐に入り込み、下方からの顎への掌底の一撃で脳震盪を起こさせる。そのまま男を黒杖で突き飛ばし、前方の一人にぶつける。やっと襲撃に気付いた男達が洸平に向け銃を発射。四筋の斜線が闇夜に走る。しかし既にそこに洸平はいない。
 洸平は空高く三メートル舞い上がり、だれひとり気付かないままに、包囲円の外に着地。一番近くの男の頭部に黒杖の一撃。後頭部への突きに生身の人間が耐えられるはずもなくそのまま転倒、気絶。
 残りの四人が気付いた時にはもう遅い。もう一人、さきほど洸平が押し倒した仲間の下にいた男が立ちあがったが、瞬間的に黒杖の餌食になり、残りは三人。
 ここでオレを追い掛けてきた二人がオレを発見。非常階段を登る足音。音を出さないように気をつけているようだが、普通の聴覚のオレでも聞こえるのだからほとんど無意味だ。
 洸平に合図の一射。他のと違い、当たったところで破裂し仲間同士の間で目印になる。合図ついでに命中させておくのも忘れない。結果、ひとり昏倒。オレの合図に気付いた洸平は二人から離れオレのいるビルへと近付く。
 ちょうど背後のドアがあいた。出てくる追っ手二人に牽制の一発を撃ち、そのまま階下へダイブ。三階分、八メートルを落ちていく。
 地面との衝突の直前、下を走ってきた洸平がキャッチ。アンドリリース。やばいマジで怖かった。そんなことをおもいつつオレは体勢を立て直し、前方の二人にむかってコイルガンを放つ。洸平はオレをリリースすると同時に跳躍。壁の突起を足掛かりに三階の高さを登り切る。
 オレがねらった二人は、この段階になってやっと敵の(オレ達の)強さに気付いたのか、走って逃げていく。
 追い掛けようとしたがめんどくさいので完全無欠にほっておく。
 ふと上を見ると洸平が降ってきた。もちろんオレは洸平のようにキャッチ出来ないし、したくもない。よけると、洸平が着地。足のまわりのコンクリートに軽くひびが入っている。軽くオレは言う。
「洸平。地面に根をはるのは植物の特権だぞ」
「すみません。本当は龍花さんの頭蓋骨に根をはらせる予定だったんですけど避けちゃったんで出来ませんでした。残念ですよ」
「いやもうてめえ死ね」
「そんなことより逃がしちゃった二人はどうするんですか?」
 こっちのセリフは完全スルー。
「あ? そんなのキノさんとカナで、何とかすると思うんだが?」
「他力本願ですね」
「死ね。のたれ死ね。腐れ死ね」
「だから僕は死なないんですってば。この前もさっきも言ったかもしれませんけど……って同じことこの前にも言ったんですけどね」
 二人は意味の無いことを言い合いながら、残る二人が逃げた方向に歩いていく。

         *     *     *

「……だからあたしはこんなことはやりたくなかったのよ。だいたいこんな夜遅くまで外にでてたら、変質者でもなんでもねらい放題じゃない。あれ? 狙われ放題? まあいいわ。そんなことはどうでもいいのよ。だからさっきから私が言いたかったのは、行動するなら昼間にしてちょうだい、ってことなの! 睡眠不足はお肌の敵なのよ! わかる所長?」
「森知と沖山は学生だ。昼間は働けないということを判れ」
 洸平と龍花がむかう先には二人の男女がいた。
 二十歳前後の女と年齢不詳の男。男のほうは強いて言うなら三十代。
 前者は龍花にカナと呼ばれた女で、後者はキノさんと呼ばれた男である。
 女は名前を高梨明日香といい、男は名前を乙 一と言う。
 明日香が一方的に喋り立て、乙はときおり口を挟む。という会話がずっと続いている。明日香が吠える。
「そんなの学校を休めばいいのよ。だいたい仕事を持ってる人間なら本業はもちろん仕事じゃない! その本業をほっぽっといて勉強なんかやってる方が悪いのよ! むしろやめるべきよ! べきよ! べき!」
 人さし指を路地の先に向けて、明日香がビシッと言い切る。
「考え方は個人の自由だと俺は言う」
 すぐさま切って返す乙の言葉に反論しようと明日香は口を開けたが、でてきた言葉は反論の言葉ではなかった。
「所長、話の途中で不本意だけど、右斜め四十ニ度、三百メートル前方に対象二人の足音をみつけたからさあ、さっさと行きましょう! さっさと行ってさっさと帰ってさっさと寝るのよ!」
「森知と沖山はどこだ?」
 興奮する明日香に対し、乙は何の感慨も抱かないような声で言う。
「トラと森知君? その後ろ五十メートルくらいを歩いてるわよ。まったくあいつら、逃がしてんじゃないっていつも言ってるのに!」
 走り出す明日香の後ろを乙が歩いていく。歩いてるはずなのに明日香と同じスピードなのが不思議である。
 すぐに明日香達は洸平達が逃がした二人に出会った。
「そこの二人、いい加減止まりなさい! こっから先に行くんなら私に通行料一人五万円渡していきなさいよ。五万円渡すんなら通してあげないこともないかな-という、明日香さんのとっても広い心が情状酌量の心をもってあんた達をどうにかしないまでも通してあげたりしちゃったりするかもしれないわ! わかったならさっさと金を出すのよ。いい? じゃああと三秒のうちに出さないなら……」
 バラララララララッ。
 明日香の支離滅裂な言葉を最初は驚いて聞いていた敵二人だが、落ち着き、自分を取り戻したので、二人はとっとと意味不明な女を抹消するべく、マシンガンの引き金を引いた。
 正確に明日香の脳にポイントされた弾は、その頭を粉々にくだけ散らすと思われたがしかし、連続で発射される弾は一発たりとも当たらない。いや、当ってはいるが、それは明日香にではない。明日香の目の前に、不可視の壁が立ちふさがり、マシンガンの弾はそこで金属音を立てて地面に落ちていく。
「あんたたちこの私にむかって危ないもんぶっ放したわね。覚悟しなさい。そして絶望したあとに後悔させてあげるわ」
 いまだ驚き覚めやらぬ二人に対し、明日香は一歩で近付いて回し蹴りを放つ。男は咄嗟に防御したが予想をはるかに超えるスピードで迫る右足に反応しきれずにノックアウト。流れるように隣にいる男にも近付き、股間を蹴り上げ二人目ノックアウト。武装した男二人を三秒で倒してしまう。
「所長、ありがとね。まあ私は避けられたとは思うけど助けてもらって悪い気はしないわ。それでもやっぱり仕事は昼にするべきよ」
「話題は一つに絞れ」
 明日香と乙はさっきと同じような会話をしながら洸平達のところに向かって歩いていった。
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  1. 1990/01/04(木) 01:00:00|
  2. 創作小説
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