電撃文庫と堕落生活*でんだら*

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俺的ラノベ論

最近ちょっとだけブログ見る人が増えたので適当に書きなぐる。

ラノベに構成を求めたり、ミステリ要素を求めたり、そこらへんからラノベ批判したり。
ちょっと違うなぁと思いながら傍観する。

俺のなかでラノベは娯楽。文学としては見れないな。ラノベを通して自分の新しい一面を発見したりそういうことは特に思ってない。たまにいいやつがあるけど、それはそれで別問題。

一番下に必要なものが違うんだよね。一般文学と。多分。

ラノベの一番下の土台にあるのが、「魅力的なキャラ」なわけだよ。
とりあえず、これに乗っかってればラノベとしての最低限は満たしてる。
構成が糞でも、とりあえず娯楽として読めるラノベにはなる。

逆に文学畑から考えると、一番下に「主題」とか「構成」とか来るんだろう。知らないけど。

で、その土台の上に乗っかるのは人それぞれなんだと思う。
「文章の面白さ」「構成の上手さ」「世界観の深さ」etc...
その中で一番上に乗っかってくる、どうでもいいもの筆頭が「文章力」なんだと思う。

そこで、ラノベに向かって「文章上手くないから糞」っていうのはなんかズレてる。って話。

大体ラノベなんて、基本的に素人に担当がついただけなわけじゃん。
特に最近のデビューした人間とかはちゃんと文学畑から来た人はいるにしても、ラノベからラノベに来た人もいるわけで。
しかも特に電撃の大賞って新しい才能の発掘とかが目的だった気がする。
そんなところで純文学からの評価持ち出されても困るというか、だからどうしたって感じ。

そんなわけで、俺の評価基準は



「魅力的なキャラ」
  V
「面白い文章」「厨二設定」
  V
「世界観」「登場人物の思考の複雑さ」「わざとらしさの無さ」
  V
「文章力」



あたりかなぁ。
もうちょっと洗練できそうだけど。
他の人の優先順位も知りたい感じ。
トンボさんあたりはぶっ飛び設定とか好きそうだけどどうなんだろ。

色々ぶれちゃったので言いたかったこと


【ラノベは娯楽】
【ラノベは「キャラ設定」>>>>>>(個人の嗜好)>>>>>>「文章力」】


まぁおもしろけりゃそれでいいんだけどね。
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  1. 2009/01/12(月) 22:36:51|
  2. 散文
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コストと対価

苦労したとか、それを作るためにどれだけのコストを費やしたかとか。
正直な話どうでもいいわけで、最終的に認められるのは出来上がったものの質なわけだ。それも基本的に一般人から観てどうかというわけで、それが技術的にどういう風に優れていて、どんなに難しいプログラムや技術が使われていたとしても、見る人は大抵そんな苦労なんてどうでもいい人たちばかり。
2Dの授業の講師が、空間を使ってデザインを魅せる人なんだが、見た目は手抜き。でもセンスは最高。だけど、一般人からみれば適当。結局は見た目の問題。

だからこそ、今やるべきはコストダウンや効率化をかっ飛ばして、自分のやりたいことをやりたいだけやるってことなんだと思う。
ここを逃したらもう無い。次に出来るようになるには、それだけの力がついて、自分が自由に出来るものを持つレベルになってからになる。それまではコストダウンと効率化の中でクオリティをひねり出すことになる。
今現在の最高の力を、必要なだけの時間を費やして、作品を作り上げることに意味がある。そんなことが出来るのは今か、将来の将来だ。時間に追われることを体感するのは重要だと思う。締め切りは絶対だし、時間は有限だ。それは変わらない事実で、それを学ばないで社会にでてもどうしようもない。どうしようもないというか使えない。一番重要なのは期日通りにあがることで、集団はそうしないと回らない。
でも今はそれを免除されてる。
コンテストに応募するのも自由。自分で何をするかは本当に自由。時間もある。ソフトもある。これだけのなかで時間に縛られる意味は無い。クオリティをとどめる理由も無い。




だから俺はあと3ヶ月かけてでもみーまーMADを完成させることにする。
  1. 2008/06/18(水) 23:06:51|
  2. 散文
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適当に書いた文をエキサイト翻訳。

元の文を解読できたら神だな。

と思ったら、そのままエキサイト翻訳したら普通に読めてしまった。つまらん。

Is it painful to live?Is it painful to die?It is soliloquized that solitude is the most painful if it is asked that any is painful. Man who lives in the relation remembers solitude if it is one person, and it is in many if there is one person it. It doesn't know solitude if it doesn't know the meaning of relations, and if it doesn't know the pain, I cannot feel happiness. It is impossible, and in the accomplishment of one person of the observation of two contradicted events, only it is drowned in the relation, dies, and goes.
If it likes one, it is likely to be able to live alone. It is depending on the standard by yourself whether it is painful, and feeling painful when it is felt happy becomes possible. As for the plant that grows from ground, is man suggesting should not anywhere in the truth of not reaching space?Not relating to me whoever is done very of whom is the world. Where are you who is alive if it is Secai?
Die.
  1. 2007/12/03(月) 16:42:29|
  2. 散文
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毎学期のことながら図書館報。ちなみにラスト。

長いので追記で。

ネタに凝りすぎた。

お題は「日本の将来」

追記-Postscript-
  1. 2007/06/14(木) 00:41:29|
  2. 散文
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  4. | コメント:1

頭が、重い

人がいいといったからいいのか。

自分がそうだからそうなのか。

結局は自分で決めることなのに、自分の責任はどこへやら

責任と覚悟の所在不明は、そのまま人間不信への序章

序章1章第2章と続けば、そこからさきは奈落

だからどうしたと声高に叫ぶのも一興

叫んでおいて依存するほど愚かに見えるものもない

やりたいことができるからすばらしいのか

選択肢はあるようでないようで実はある

選べるかどうかの責任と覚悟を人任せにした段階で

終わってる人間は区別と差別の境界線

依存と独立が背反ならば、俺は何を信じればいい?

その問いは自分に返却され、それだけで先に進めない

依存してることを嫌っていようと、それは解けず

だからこそ自由が狭まるのはしょうがないこと

それに反対しようとも確定事項はゆるがない

揺るがない真理はそれだけで不快にさせる

生きていくのが辛くなるとぼやいてみれば、

それすらもただの口癖に過ぎずに消える

偽善と偽悪とかっこよさに引かれた言葉は消え

残るのは惨めで悲惨な残骸と化した自分

そんな極端な話をどうしろと終わらせても、

待っているのは怠惰で堕落なクソったれな日常

やりたいこととやらなければならないことと

交互ではなくまとまってくるから気分が悪い

頭が麻痺して流れる思考は無駄思考

意味がないとわかっていてもする行為は無駄

馬鹿だ馬鹿だと叫んで愚かな自分を笑い哂い嘲笑い

やるせなさに自重で押しつぶされるのも間近

脳髄に重石をのせられた感覚はいつまでたっても消えない

義務と責任と勝手に決めた日常と

頭がおかしいマルチタスクは死ねと言ってくる

お前が死ねといいたいが言ってる自分が死んでしまえ

好きなことだけやりたいんだから

そのために堕落への道が開いてるんだろう

それでもそこを選ぶのは苦しくて

もやもやしたわだかまりが脳裏をかすめ苛む

どうにもできない負の連鎖は負債を重ね

溜まった無駄な時間は無駄に消費されて戻らない

やりたいことは済ませたのか済ませてないだろう

義務ばかり迫ったやってられない日常は

それでもまわって俺を責め続ける

その苦しみは自分が生み出したというのに

一体それはなんという言い草なんだろうか

解決策が見当たらないのは日常茶飯事

それが真理と思ったところで中二の俺が否定する

貴様はなんだ? 何がしたい?

問われたところで全てと答える

本心は見えず自分にも見えず他人にも見せず

だから誰にもわからないのは当然の帰結

帰ってくるのは惰性で出て行くのも惰性で

画面にむかって文字を打つ行為がすべての代償

代償であるが故の暇つぶしでもあるといって

自分で作り出した罠にかかった馬鹿な魚

あんたがいい加減気付いてやれよ

終わったのはそれだけで、終わってないのは他全て





やってられない。
  1. 2007/01/22(月) 00:23:38|
  2. 散文
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